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2025年11月神奈川県横浜市保土ケ谷区新桜ケ丘2丁目新藤塚橋の竣工は1995年藤塚IC供用開始も1995年、それに伴い同時にソニー直通出入口ソニーブリッジ撤去新藤塚橋も藤塚ICもまだ無いこの当時はソニーブリッジ健在研究所完成は1961年、解体は1990年代後半徒歩で進入研究所に向かって下り勾配研究所が解体された、まさに同時期の竣工3連休も中日だってのに誰も居ません橋から見下ろすとゾッとする高さです廃ミラーの裏?研究所を背に撮影今となってはどこにも繋がらない道青扉が開
京極町の閉校(小学校)赤字はレポート済青字は今回レポート京極町立脇方小学校(1970年10月31日)京極町立東花小学校(1976年)京極町立更進小学校(1981年)京極町立錦小学校(1981年)京極町立北岡小学校(1983年)京極町立南京極小学校(2017年)2025年12月24日例年のように「ニセコHANAZONOリゾート」に行った帰り京極町の道の駅から喜茂別町に向けて車を走らせているときに必ず通るルートに「旧南京極小学校」の裏手を通るしかし何か違和感が?
岩見沢市の閉校(小学校)赤字はレポート済緑字は今回レポート岩見沢市立孫別小学校(1971年1月1日岩見沢市立岩見沢小学校の一部と統合し岩見沢市立日出小学校へ)岩見沢市立北本町小学校(1972年西川向小と統合し岩見沢市立第一小学校へ)岩見沢市立西川向小学校(1972年北本町小と統合し第一小へ)岩見沢市立宝水小学校(1972年日の出小へ統合)岩見沢市立御茶の水小学校(1972年協和小の一部・上幌向小と統合し岩見沢市立第二小学校へ)岩見沢市立上幌向小学校(1972年協和小の一部・御茶の
小学校の閉校赤字が今回訪問緑字が前回訪問砂川市立宮城の沢小学校(1988年砂川市立砂川小学校へ統合)砂川市立一の沢小学校(1987年砂川市立北光小学校へ統合)砂川市立江陽小学校(石狩小から改称、1989年砂川市立豊沼小学校へ統合)砂川市立富平小学校(1989年砂川市立空知太小学校へ統合)砂川市立中央小学校〈旧〉(1991年焼山小と統合し砂川市立中央小学校〈新〉へ)砂川市立焼山小学校(1991年中央小〈旧〉と統合し中央小〈新〉へ)砂川市立砂川小学校(2026年新設の砂川市
小学校緑字は前回レポート赤字は今回レポート秩父別町立秩父別中央小学校(1964年4月30日秩父別西小と統合し秩父別町立秩父別小学校へ)秩父別町立秩父別西小学校(1964年4月30日秩父別中央小と統合し秩父別小へ)秩父別町立秩父別東小学校(1965年4月30日秩父別小へ統合)秩父別町立秩父別北小学校(同上)秩父別町立秩父別小学校(2026年秩父別町立秩父別中学校と共に新設の秩父別町立秩父別学園〈義務教育学校〉へ統合)高等学校北海道秩父別高等学校(2001年)202
在りし頃のヴィレッジヴァンガード本店(名古屋市天白区)『ヴィレッジヴァンガード本店/名古屋市天白区』ヴィレッジヴァンガード本店EXCITINGBOOKSTORE大学を卒業し就職した年にOPEN(40年前!)数えきれないほど行った思い出深い店…ameblo.jp✩今の姿見てきた✩あゝ...何も無い✩店舗北側の駐車場は名鉄協商の駐車場になっていた✩何かできるのかなぁ?
ちょっと遅めのG.W・・・というわけではありませんが、5月13~14日が連休になったこともあり、12日の泊明けで、ちょっと出かけてきました。行き先は、タイトルの通り武蔵野線の三郷~吉川間です。かつては、ここに武蔵野操車場という、全長5.2km、最大幅350mという巨大な操車場がありました。コンテナ列車による直行輸送全盛の現在、操車場って何?という方もいらっしゃるでしょう。旅客で例えると乗換駅、それも東京駅や新宿駅などといった巨大ターミナル駅ですね。貨車は、旅客のように階段を
当ブログでもこれまでもご紹介しておりますように、西鉄グループでもありました、「西工」こと西日本車体工業は、平成22年10月31日に解散しておりまして、西日本地区の事業者を中心に多く見られておりましたバス車体の架装も終了しておりまして、今後は廃車が進んでいる所も見られている事から減少の一途をたどってもいます。旧西日本車体工業は、北九州市小倉北区西港町に存在しておりまして、ここでは後述のようなバスを架装しておりまして、末期には富士重工に代わりましてボディ架装を行っていました日産ディーゼ