ブログ記事1,401件
九州全土の平定を目前とした島津にとって、大友からの嘆願によって出された秀吉の停戦令は到底受け入れられるものではなかった。島津義久は豊臣政権の先遣隊である四国勢を戸次川で完膚なきまでに粉砕し、その揺るがぬ意思を天下に示した。事ここに至り、秀吉も自らの手で島津を討つべく九州攻めの陣立てを布告した。肥後方面を自身が、日向方面を弟・秀長が指揮する総勢20万を超える大軍である。天正15年、豊前国を皮切りに九州各地で合戦の火蓋が切られた。豊臣の威信をかけて大遠征を断行した秀吉・秀長兄弟。対して、
スーパーホテルプレミアJR奈良駅ウェルカムバータイムには17:00〜21:00迄アルコール類がフリーにお子様のゲーム貸し出し有り早目に行ったら空いていましたテーブル席やJR奈良駅前に面したカウンター席もビールはありませんが、とにかくお酒の種類が充実ビジネスホテルのフリーラウンジのリカーとしては、クオリティ高いですウォッカ・ジンお部屋への持ち帰りはNGだそう梅酒・いいちこ・赤霧島・シソ焼酎奈良の地酒この日は3銘柄金鼓(香芝市大倉本家)・貴仙寿(奈良市豊澤酒造)・八
お市様を娶り、北ノ庄城に迎え入れ、長年恋焦がれた人と食事を共にするも胸がいっぱいで、箸が進まない柴田様から始まった今回。かわゆし今度は信孝に連れ去られてしまった三法師を奪還するためと、信長の葬儀を絡めて、秀吉陣営と柴田&お市陣営、どちらが織田の正統を継ぐかの静かな戦いが繰り広げられました。前回の清洲会議でほかの家老たちを出し抜いた為、丹羽長秀や池田恒興、柴田勝家の怒りをかい、助力を全く受けられない秀吉。信長からの養子、秀勝を喪主とし、信長の葬儀を行おうとしても、やはり各家老は出席をせず。
【奈良】「令和の大改修」のためしばらく拝観休止でしたが大河ドラマ『豊臣兄弟』放送開始に合わせ令和8年1月15日から一般拝観が再開。豊臣秀長公〜思いを馳せる大和三寺巡り〜NHK大河ドラマ『豊臣兄弟!』放送を記念して秀長公にゆかりのある『春岳院』・『壷阪寺』・『長谷寺』が連携し特別切り絵御朱印を作成。奈良県内で実際に秀長公の御姿が見れる肖像画、木像を所蔵するのはこの3ヶ寺の
『豊臣兄弟!』に夢中のみくるです『豊臣兄弟!』を見ながら気になっていた豊臣秀長の家族について調べ、家系図付きの記事にまとめました。与一郎は本当に養子だったの?秀保は誰の子?おきくやおみやとはどんな娘だったの?と、調べていくうちに見えてきたのは、秀吉だけでなく、秀長や姉のとも、その子どもたちまで含めた「豊臣家の絆」でした特に、秀次・秀勝・秀保の三兄弟がそれぞれ重要な役割を担っていたことや、家族みんなで秀吉を支えていたことが印象的でした。大和郡山を歩いていると、市民の皆さんが今も親しみ
1月4日(日)からNHKで放送開始です。ラベルダウンロード豊臣兄弟!第31回「これで、お別れにございます」豊臣兄弟!第30回「清須会議」豊臣兄弟!第29回「天下への道」豊臣兄弟!第28回「急げ!秀吉」豊臣兄弟!第27回「本能寺の変」豊臣兄弟!第26回「信長を笑わせろ!」豊臣兄弟!第25回「変事の予兆」豊臣兄弟!第24回「軍師官兵衛!」豊臣兄弟!第23回「さらば半兵衛」豊臣兄弟!第22回「播磨大誤算」豊臣兄弟!第21回「風雲!竹田城」豊臣兄弟
先日の休みにオール下道、往復4時間、120.6キロで奈良県にある大和郡山城跡に行ってきました。豊臣秀長の城ということで楽しみにしていました。城の近くにバイクの無料駐車場あります。近くにエアコンが効いた無料休憩所(トイレ付き)があるので涼むことができます。天守閣跡今回見学した部分です。いかに大きかったかがよくわかりますね。近くに学校があります。夕方から用事があったので、今回は今までで一番短い距離ですが、楽しめました。色々知るうちに秀吉は性格とかちょっとて感じですが、弟の秀長は人柄
6月8日月曜日書写山圓教寺羽柴小一郎の落書き大河ドラマ「豊臣兄弟」で三木城攻めの本陣であった姫路書写山円教寺の旧摩尼殿の柱に羽柴小一郎(豊臣秀長)が小刀で名前を刻むシーンがあったが書写山円教寺の旧摩尼殿の柱には実際に羽柴小一郎と言う落書きがあるようです。実際には本人ではなくて家臣の誰かが刻んだようです。●兵庫区自転車修理●兵庫区自転車店●兵庫区自転車屋●兵庫区中古自転車●サイクルプラザ・イレブンのブログhttps://ameblo.jp/
先日、岐阜県庁で行われた「豊臣兄弟!」巡回展をこのブログでご紹介したばかりですが、続けて、滋賀県長浜市の大河ドラマ館に行ってきました。長浜は秀吉がはじめて城持ち大名となった地です。天正元年(1573)に羽柴秀吉は北近江の浅井長政攻めの功で織田信長から浅井の旧領を与えられましたが、浅井の居城・小谷城には入らず、琵琶湖畔に新たに築城を開始しました。その際、地名を「今浜」から「長浜」に改め、同時に城下町の整備も行いました。弟・秀長とともに、長浜の町の礎を築いた存在として、今もなお地元の人に親し
昨日、大和郡山市にある真言宗のお寺で大和大納言豊臣秀長公菩提寺の春岳院を拝観させてもらいました。1月22日は豊臣秀長公の祥月命日法要が執り行われる日で午後2時から御住職が本堂で執り行われた法要にも参座させてもらいました。本堂にレプリカが展示されている豊臣秀長公の画像の実物も法要の時には掛けられていて間近に拝見する事が出来ました。この画像は豊臣秀長公二百回忌の時に制作されたもので、その時から毎年4月22日に、まず春岳院本堂で、その後に大納言塚で秀長公春季大法要が執り行われるようにな
豊臣秀長ゆかりの地・滋賀県長浜-戦国を攻略せよ③豊臣秀長ゆかりの地めぐり・滋賀県長浜へ日帰り旅行に行ってきました。余呉駅に移動し、「賤ヶ岳戦国ステーション」へ向かいます。大河ドラマ館や大通寺を巡った記事はこちらをご覧ください。(記事はこちら→)余呉駅近辺には賤ヶ岳もあり、以前に伺っています。賤ヶ岳に登山も行い、懐かしいです。もしよければ以下の記事を参照ください。滋賀史跡巡りの旅①(こちら→)『滋賀史跡巡りの旅(黒田発祥の地、賤ケ岳、姉川古戦場、虎の聖地)①』滋賀史跡
こんにちは。今回も豊臣兄弟!からみです。やっぱり私が秀吉さん好きというのもあり、ゆかりの地めぐりは楽しいです。そんな感じでよろしくお願いします。豊臣秀長木像(大徳寺大光院)今回の京の冬の旅の目玉=大徳寺大光院さんの特別拝観へ伺いました。秀長さんの菩提寺、秀長さん木像も拝見できるということで伺いました。当然ながら、方丈・お堂の中は撮影禁止、以下のパンフの写真をお借りしました。京の冬の旅、大徳寺を中心に今回は紫野の特別拝観のお寺さんをいろいろ周る予定でしたが、ひ
本日は、一昨日発表した「豊臣新幹線天下統一行き第二章」内の企画、「東海道新幹線に乗って“3人の秀勝”を登用しよう!」の詳細についてお伝えします。“3人の秀勝”の内容については、第一章の時の説明をご覧ください。第二章では、於次秀勝が登用できるようになります!!於次(おつぎ)は、織田信長の四男で、秀吉が石松丸の死後に信長に願い出て養子に貰い受け、猶子として育てた子です。天正5年~6年(1577~1578)頃に養子に入ったとみられ、天正8年頃からは長浜城において秀吉の湖北支配
『豊臣兄弟!』に夢中のみくるです大和郡山市の郡山城跡にある「郡山城情報館」を訪れました。こぢんまりとした施設ですが、新しくて綺麗で、空調設備やバリアフリートイレも整っており、郡山城散策の拠点として便利な施設です。館内には、郡山城の変遷や石垣、転用石材についての展示があり、中央には正保時代の郡山城模型が設置されています。模型を見ながら城の配置を確認すると、本丸や天守台、緑曲輪などの位置関係がよく分かり、散策がより楽しくなりました。情報館が建つ場所は、かつて「新宅」と呼ばれ、柳澤吉里の時代
豊臣兄弟!第29回天下への道7月26日放送#豊臣兄弟動画第26回信長を笑わせろ!織田信孝(結木滉星)から明智討伐の差配を任された秀吉(池松壮亮)。焦らず敵を追い詰め、光秀(要潤)を生け捕りにすべきと考えるが、信長を失った織田勢の足並みはそろわず、逸った高山右近(市川知宏)らが敵陣に攻め入る。小一郎(仲野太賀)は初陣の与一郎(大西利空)を残し、自身は援軍として戦場へ。だが与一郎は、刺客から信孝を守って負傷してしまう。一方、小一郎は秀吉に、どうしても光秀と話したいと頼まれ…。
おはようございます名古屋旅行①豊國神社(中村公園・秀吉清正公園)に続いて…『名古屋旅行①【豊國神社(中村公園・秀吉清正公園)】』おはようございます毎週楽しみにしている、NHK大河ドラマ…「豊臣兄弟」(は、豊臣ミュージアム入口の大看板)7月24日(金)・25日(土)の一泊二日で……ameblo.jp今回は、同じ中村公園・秀吉清正公園内にある…の模様を纏めます豊臣ミュージアムの前庭にあるのが、の…日吉丸となかまたち像入館して、先ず度肝を抜かれ
みなさま、新年あけましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願いいたします。ということで、さっそく去年11月20日(木)夜から22日(土)までの和歌山旅行の記録、2日目に入ります。この日は朝から和歌山城に向かいました。ホテルをチェックアウトしたら和歌山駅の地下通路で駅の西側に出て、そのまま駅から西方向の和歌山城方面に向かう「けやき大通り」(県道17号)を歩きます。暑くも寒くも無く、旅行には良い季節ですね。けやき大通りは元々幅広い大通りの両側がアーケード商店街になってい
今年の大河ドラマ『豊臣兄弟!』、わが家では毎週楽しみに観ています。主人公は、豊臣秀吉の弟・豊臣秀長。先日、仕事が休みになったので、秀長ゆかりの郡山城跡へ行ってきました。公式情報でも、大和郡山は秀長が城主として治めた地として紹介されており、2026年3月2日から2027年1月22日まで、「豊臣兄弟!大和郡山大河ドラマ館」も期間限定で開館しています。近鉄電車が駅に近づくと、車内からもう石垣が見えます。電車が近鉄郡山駅に着くと、平日にもかかわらず、けっこうたくさ
【岐阜】3月1日の大河ドラマ『豊臣兄弟』は第8回『墨俣一夜城』大河ドラマ『豊臣兄弟』を記念してステキな【特別武将印】がいただけます【豊臣秀吉×豊臣秀長武将印】武将印は2枚で1セット詳細などはEX旅先予約まで墨俣一夜城『【岐阜】大河ドラマ『豊臣兄弟❗️』墨俣一夜城でいただいたステキな【御城印】&【特別武将印】』【岐阜】次回3月1日の大河ドラマ『豊臣兄弟』は第8回『墨俣一夜城』
NHKの大河ドラマ『豊臣兄弟』第19回「過去からの刺客」を観ました。今回の物語は、戦国の世を生きる武将とその妻たちの思い、そして争いの中で生まれた怨念を抱えながらも、新たな家族として生きていく人々の姿が描かれた、非常に心に残る回でした。主人公の羽柴小一郎は、兄・豊臣秀吉を支えながらも、できる限り争いを避け、人の心に寄り添おうとする人物として描かれています。その最初の妻・なおとの別れは切なく、胸を打たれました。そして後妻となるおちかは、かつて夫を織田方に討たれた過去を持ち、深い悲しみと複雑
ついに秀吉のキャリア序盤のハイライトともいうべき墨俣城築城が描かれます。本当に1夜だったのかは謎ですが、やはりドキドキするいい逸話ですよね。7話の冒頭では、小一郎も名前を長秀と変えたとの紹介がされました。オープニングでもちらっと見られたら出世した後の装いが披露されています。小説版では長の字は丹羽長秀からいただいたというエピソードがありましたが、大河ドラマでは信長の長の字、という紹介でした。確かにその方がこの後の羽柴を名乗るようになる際の丹羽長秀から字をもらうエピソードが引き立つかもしれません