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眠い〜〜めちゃ早く寝落ちしたのに(え)どんだけ寝ても眠いのだ〜でも〜仕事なのだ〜頑張るのんだ〜〜おはようございます〜〜〜昨日は英会話で〜HappyBirthdayを高らかに歌っていただきましてThankyousomuchでした〜〜妹との京都旅の続きです〜〜や〜〜っと乗れた十石舟に満足して〜急いでこちらへ〜〜小野小町ゆかりのお寺随心院で〜す桜も綺麗に咲いてたよ〜〜🌸私は何度もお参りしてるのですが〜おひめさ
幼い頃、叔母に習わせてもらったバレエ。初めて演じた、くるみ割り人形。主人公クララが手にしたくるみからは、お菓子の国の王子様が現れる。私にとってのくるみは、当たり前であるが甘くない。人間を遮断した、どす黒い空間。子たちはまだ親の立場に寄り添える年齢ではなかった。1人で孤独の闇へと入り込んでしまった。もう、動けない!何もしたくない!泡になって、消えてしまいたい、、「心」が残ることも許せないくらい、病んでいた。これらの症状を重度のうつ病だと知ったのは、十年以上後のことである。
醍醐寺献茶式に行きました…といっても献茶式には参列せずお茶席だけ…タイミングよくほとんど待ち時間なしで副席へ香合は吹上菊花は榛はしばみと妙蓮寺椿本席は…美しい襖絵が印象的な純浄観(重要文化財)秀吉が槍山で花見をしたときの建物を移築し
【京都】京都市東山区大和大路通四条の臨済宗大本山建仁寺塔頭両足院のステキな【限定御朱印】毎年恒例初夏の特別公開に合わせ令和元年5月29日から7月7日まで汎下生(半夏生)観音の新たな御朱印がいただけます【両足院限定御朱印】七類堂天谿画伯による作画と揮毫によるステキな【御朱印】です
京都・隨心院(ずいしんいん)でのフォトウエディングに同行させていただきました。随心院が位置する小野地区は、小野氏の根拠地とされ、随心院は小野小町が晩年を過ごした寺としても知られています。境内には、毎日顔を洗ったという「小町化粧井戸」や、数多くの貴族から届いた恋文を埋めたという「小町文塚」などの史跡が遺されています。当初は撮影禁止だったという襖絵は、2018年春より撮影が可能になり、また昨今では、フォトウエディングのロケ地としても人気が高い場所となっています。
下離宮の東門を出ると真っ直ぐ伸びる松並木!ここを進んで行くと上離宮ですが、それは最後なので右側に続く松並木を進んで行きます。松並木の両側には田畑が広がってます。のどかな景色こちらから先が中離宮になります。手前に大きな桜の木がありますが、開花まではもう少し・・・。正面からではなく、右横から入ります。なだからか階段をのぼって・・・中門を通った後に振り返って撮影皇宮警察の方は写真に写り込まないように、微妙なら距離感をキープしてくれます(笑)順路に従って歩いて行きます。庭園の松庭
休前日は連続投稿。4月26日に京都の渡月橋近辺で見つけた子。4人目は、尼崎から遠足で来たという高3の制服美少女。1人目の子と同じ制服かな?ノリのいい元気な子でした。彼女の背景は、看板がチラリと写っていますがローソン。観光地にあるだけあって、趣のある建物でした。おまけ。今回の旅のテーマは襖絵を見たい!ということで、大覚寺で見た襖絵達を。スマホで撮りました。
昨日の続きです。今日は下離宮にある寿月観からです。寿月観一の間です。15畳ありますが、そのうち3畳が上段の間です。下離宮の絵図です。三畳の上段の間です。左に一畳半の床、脇に琵琶床があります。その右側に違い棚があり、違い棚の上の小襖に、飛翔する丹頂鶴三羽が描かれています。違い棚下の小襖には、大明巌に蘭の花が描かれています。どちらも原在中の筆です。一の間から前庭の、遣り水の庭を見たところです。一の間の墨絵の襖は、虎渓三笑の絵で岸駒(がんく)の筆です。柱の
🌸おはようございます本日は番外編⁉️という事で京都醍醐寺近くにある随心院をご紹介します🙇♀️🌸京都🌸随心院🌸🎎住所は京都市山科区小野御霊町35山号牛皮山宗派は真言宗善通寺派寺格大本山御本尊如意輪観音創建年991年当寺の位置する小野地区は小野氏の根拠地とされ随心院は小野小町ゆかりの寺としても知られ小町晩年の姿とされる卒塔婆小町像を始め文塚化粧井戸など遺跡が残る💐🌸💐🌸💐🌸💐🌸💐🌸『花の色はうつりにけりないたづらにわが身世にふるながめせしまに』の歌碑が
伝統手加工襖絵「朱雀」こんにちは、淺田襖工房の淺田です。この度の記事内容は昔ながらの立派な日本家屋です。「続き和室」でないと選びたくても選べない襖紙のご紹介になっております↓↓↓詳しくはこちら↓↓↓伝統の襖絵~四季の彩り・和の暮らしを大切に~|«堺市のふすま屋さん»淺田襖工房このブログ記事では、和室のリフォームに関するアイデアやヒントをご紹介します。襖や畳、障子などの和室の要素をリフォームする際のポイントや注意点、おしゃれなデザインアイデアをご紹介します。和の雰囲気
昨日の続きです。明治以降は歓楽街を「花街」と「遊郭」の2つに分けて、島原は「花街」でした。江戸後期1818年には、頼山陽が角屋の南隣にあった「八文字屋」で、郷里から来た母を座敷でもてなしています。また、各藩の京屋敷では、宴会を島原で行っています。幕末には久坂玄瑞・西郷隆盛・坂本龍馬などの密儀の場としても使われました。新選組の屯所八木邸は島原の北側近くにあり、そこを選んだのは新選組に島原監視の役目をメインにしていたからと考えられます。それもあって、花街としては非公認ですが、「祇
皆さん、こんばんは『世界遺産龍安寺♪京都一人旅(その19)』皆さん、こんばんは世界遺産鹿苑寺(金閣寺)の観光後、今回の旅の目的の2つ目に向かってますさぁ、どちらでしょう🤭鹿苑寺(金閣寺)、龍安寺、仁和寺は、きぬかけの…ameblo.jp京都一人旅(その19)の続きです🎵世界遺産龍安寺ようやく、このロックガーデン見ること出来て、私は感動です🥹ずっと見ていたくて、座ってしばらく見てました私だけじゃなく、座って見てる方たくさんいますこちらは方丈広間の襖絵こちらは案内図からだと
前回の続きです☺️桜があちこちいっぺんに咲くからあちこち桜巡りしてたら記事が全く追いついておりません💦できるだけみなさんに多くの桜を愛でて欲しいけど。。。今年は桜も咲いて散るのも早いので投稿に遅れをとっております💦すんません🙇♀️記事に写真を貼るたび全消去されてもめげずに記述し、投稿してますので、お待ちくださいね💦法蓮寺の寺務所の前の枝垂れ桜を拝見したあとは。。。足元の花々に癒され。。。寺務所の東側へ。こちらも八重桜が咲きかけてました💕この塔頭の並びの小径も