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新・ドラゴン藤波大年表2025271992平成4年(1992年)新年、長州との闘い。海外へ遠征して新しい自分を探し、異種格闘技戦も経験した。新たなる藤波平成4年(1992年)新年早々、長州と闘い。海外へ遠征。新しい自分探しから、「地下プロレス」的なものも、異種格闘技戦も経験した。●平成4年(1992年)38歳●平成4年(1992年)38歳1月4日『超戦士IN闘強導夢』東京ドームのメインで、藤波
[ドラゴンリングインとは]プロレスラー・藤波辰爾がタッグの試合などで、仲間とタッチをし試合権利を有した状態で、戦う為に通常であれば、ロープをまたぐなどしてリングの中に入る訳ですがトップロープをまたぎ、ジャンプする形で華麗にリングインするものの空中もしくは、着地直後はどうしても、スキというものが生まれてしまう為対戦相手が、それを逃さずに藤波が攻撃を喰らってしまう状況に陥ってしまいます。これが、一度や二度であれば「ドラゴンリングイン」という名前が周囲によって付加させ
ジャスト日本です。プロレスの見方は多種多様、千差万別だと私は考えています。かつて落語家・立川談志さんは「落語とは人間の業の肯定である」という名言を残しています。プロレスもまた色々とあって人間の業を肯定してしまうジャンルなのかなとよく思うのです。プロレスとは何か?その答えは人間の指紋の数ほど違うものだと私は考えています。そんなプロレスを愛する皆さんにスポットを当て、プロレスへの想いをお伺いして、記事としてまとめてみたいと思うようになりました。有名無名問わ
新・ドラゴン藤波大年表2025131982年ヘビー級に転向「飛龍十番勝負」もなかなか苦戦ニューヨークで「WWFインターヘビー級」タイトル奪取!藤波は「ヘビー級の証明」をするために「飛龍十番勝負」を闘う。だが、強豪相手に思うようにいかず、焦りも見え始める。そんな中、「WWFインター・ヘビー級」なるタイトルを奪取。これで、「飛龍十番」に代わる路線が見えてきたか、という間もなく、あの「長州の反逆」が始まる。●昭和57年(1982)28歳ヘビー級に
新・ドラゴン藤波大年表2025081978年「WWWFジュニアヘビー級チャンピオンに!」凱旋帰国、冴えわたるドラゴン殺法。日米を股にかけた防衛戦ネバー、ギブアップ!ドラゴンブームに藤波、ニューヨーク・MSGでジュニアヘビー級のチャンピオンに。さわやかな青年チャンピオン。凱旋帰国。ドラゴンブーム!そして、日本とアメリカを股に掛けたチャンピオンロード!藤波さんにとって「もっとも長い1年間」猪木とともに、「新日本プロレス」の看板選手に。●昭和
新・ドラゴン藤波大年表2025151983年長州力との「名勝負数え歌」が大人気にはじめて長州に敗れ、タイトル奪回に燃える。IWGP開催。藤波は「失踪中」(ww)長州との名勝負数え唄。藤波は、一度も負けたことのない長州に、ついに敗れ、「失踪」帰国して長州からタイトルを奪回するまで、熾烈な闘い。この年、新日本の猪木・新間体制にクーデターが勃発、当然、藤波もかかわるも、、、忙しい一年の、前半をこのファイルでお届け。多方面に渡って活躍。その1
新日本プロレスの両国大会で天山広吉選手が現役を引退された!千日前プロレスの現場監督モンゴール天山姉さんは当然、お休みをとられ現地で観戦された模様(当然)お盆の忙しい時期なので私はSNSでちょこちょこアップされる動画は観たが纏めてじっくりの映像はまだない!次の休みにプロレスBARカウント2.99でリクエストして観てみたいですが盟友の小島聡とのシングルマッチの引退試合から豪華レジェンドが集結したセレモニーに至るまで笑いあり涙ありの素晴らしいラストリング