ブログ記事10,928件
海の向こうは大荒れです。円を描く台風について台風24号が円を描くように移動していることが話題になっていますが、ここは、冷静に考えてみましょう。私は気象に関する専門知識はありませんが、敢えて、コメントするならば、お天気は晴れている時が安定している状態で、ここがゼロポイントになると思います。通常、低気圧は温かい空気と冷たい空気がぶつかり上昇気流が発生することで生まれますが、これは、自然の摂理が営まれる循環の中で普通に発生する気象現象です。台風のような大きな低気圧の発生す
いつもブログを読んでいただき、ありがとうございます。今日は、私たちの商品開発における「正直で、ちょっと頑固な本音」をお話しさせてください。私たちが自信を持ってお届けしている「スカルプシャンプー爽塩&ヘアコンディショナー潤塩」。ありがたいことに多くの方に愛されていますが、実は……すべての方におすすめできるわけではありません。もし、あなたが「今のケア」に満足しているなら、この先は読まないでください。私たちの商品は、期待外れになってしまうと思います。❌こんな方には、絶対
武道の真髄(究極の目的)は、私欲を捨て去り、物事の絶対的な心理や理(ことわり)に到達することであるという意味を持っています。言葉の構成と意味渇欲を減して(かつよくをげんして)「渇欲(かつよく)」とは、喉が渇いたときのように激しく何かを欲する気持ち、つまり強い執着心や私利私欲、名誉欲、勝ちたいという執念のことです。これらを「減らす(無くしていく)」ことが最初のステップとなります。絶理に至る(ぜつりにいたる)「絶理(ぜつり)」とは、言葉や理屈を超えた絶対的な真理、あるいは宇宙の法則や自然
お越しくださりありがとうございます今日は子どもたちは大雨だから学校お休みだそうです次回は壮絶に汚いお話ですその前に小休止というか厳しい自然の摂理なんですけど。虫の話なので興味ない方はお戻りくださいうちはにはみかんやレモンの木があるのであちこちでアゲハがサナギになっています。アゲハもキアゲハもクロアゲハもいますですが、サナギから綺麗な蝶になれるのは半分もいないくらいです。ちょっと前に収納ボックスでサナギになった子は、出てくるの遅いから、きっと蜂が寄生しちゃったんだろうなと思った
9月4日華金雨雨だから約束してた予定をキャンセルとか雨を理由に何かを諦めるのが嫌いです天体観測なら仕方ないですけど天気を理由に予定が狂うのはなんか腑に落ちなくてだって天気が崩れるのなんて自然の摂理であたりまえのこと予定は変えない濡れるなら傘をさせばいい濡れたのなら着替えればいいそれだけの話もうすっかり秋そんなこと言いつつ晴れてほしいので晴れ風と秋っぽいビールをホームレスですから天気が崩れたくらいで狼狽えていたら仲間にバカにされますむしろ雨や
初めて私のブログをご覧になる方へ私のブログを読むことで、傷ついたり不快になったりする方もいらっしゃると思います。再度、はっきりと申し上げると、私は、障害児や積極的治療、延命に、ポジティブな感情を抱いていません。思ったことをストレートに書きます。批判はやめてほしいです。綺麗事もいりません。批判するなら読むのをやめて、去ってくださいね。今日も、不妊治療中・予定の
【感謝という祈り】第3回明日も「おはよう」と言える保証は、どこにもない前回は、「祈り」と「感謝」について書きました。神とは、人間の願いを都合よく叶えてくれる存在ではなく、ただそこにある大きな摂理そのもの。だからこそ祈りとは、お願いではなく感謝に戻ることなのかもしれない、と。今回はその続きとして、「生きていること・生かされていること」について、私自身の感覚を綴ってみたいと思います。当たり前の朝今朝、目が覚めたとき、あなたはどんな気持ちでしたか?
昨日見たNetflixの教場reunion。いくつか気になることがあって飛ばしながら見直しました。最後に長いエンドロールがあって、昨日は止めて寝てしまったので改めてゆっくり眺めていました。最後に『共に戦い歩んだ、西坂瑞城との日々に感謝して』というメッセージが出ます。西坂瑞城さんはフジテレビで『教場』『教場Ⅱ』や『ガリレオ』のプロデューサーさんで、43歳の若さで心不全により亡くなられています。43歳か。若すぎます。最近は検察側の罪人の脚本·監督を務めた原田眞人さんも亡くなってしまった
灼熱の中咲いていた。キンカンの花。蟻があつまる。外なので、敵だらけ。鳥も、スズメバチも、だ。でも私が1番苦痛なのは寄生されること。脱皮したばかり。ふにゃふにゃ適正な数を保つ自然の摂理だろうけどね。幼虫、この段階からが寄生は多い。サナギに寄生する昆虫もいるからね。アゲハのサナギから、寄生バチの幼虫がでてくる瞬間は結構、ショッキングだ。
大切なのは無垢(むく)であること。天然の無垢板は、傷がついてもへっちゃら。桜の花びらがいっぱいのサロンの床は、無垢板なので傷もいっぱい。へっちゃらどころか、傷がつけばつくほど、豊かな表情になる。時を経て古くなればなるほど、味わい深くなる。傷や汚れの一つひとつは、生きた証、勲章。手を入れた跡すらも、大切な思い出となる。過ぎていくすべての時間を昇華し記憶の底に沈み深みを増していく。無垢なも
世の中で害をなすのは何も悪いものばかりだとは限らない。やり過ぎるのも害となる。論語にも、「過ぎたるは及ばざるが如し」とある。昔からそんなことは言われてきたんだ。でも人間はついつい加減を忘れてしまう。やり過ぎてしまって歯車が狂い出したのはこの人間の性なのだろうか?もうすでに狂い出した世の中を止めることは可能なのだろうか?END