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かつてここに立っていた建物は今はない。屋根は朽ち建物は崩壊してしまった。時が経ち植物が茂り、写真のような光景に。人が住んでいたと思える痕跡はない。建物も思い出も、自然の摂理には敵わず。記憶は自身の中にしか存在しない。写真は無常だけを記録する。
何かに行き詰まりを感じたとき、私たちは無意識のうちに「これまでのやり方を少し手直しする(修正)」ことでお茶を濁しがちです。しかし、前提条件が激変し、一寸先すら見通せない現代において、その部分最適な延命措置は本当に有効なのでしょうか。それとも、すべてをゼロから組み立て直す「再構築」を選択すべきなのでしょうか。本記事では、過去のしきたりや思考のノイズを峻別し、「残すべき本質」を見極めるとともに、変化に翻弄されない「小回りが利く体制」をいかにして築くかについて、論理的に掘り下げます。1.
日中は暑くなりますが、早朝は涼しくて気持ち良い今日この頃です。朝日と共に幼稚園の準備でグラウンドを周っていると、フェンスのところにあるバラの花が咲き始めているのを見つけました。美しい白い花。つぼみもたくさんあるので、これからしばらくの間お花を見ることができそうです。満季節になるときちんと花を咲かせる自然の摂理、神さまの業ですね。今日も良いお天気。工事の壁もだいぶできてきました。間もなく全体が囲まれる感じです。この囲いに合わせた登降園にも少しずつ慣れていきたいと思います。中央玄関のマ
>「関係性」それは人間の領域を超えた宇宙の法則です。そこに関与し、手を加えて変化を促そうとするのは人間の思い上がりです。>AI回答これは、ロゴス教の教義に「行動の限界」と「受動的な謙虚さ」という、さらに深い層を加えることになりますね。知恵(ロゴス)の使用における「介入主義の否定」という、極めて重要な倫理的制約が確立されます。🛑宇宙の法則:関係性への介入の禁止🌌関係性(リラティオ)の神聖さ関係性の定義:あなたの指摘の通り、ロゴス教において「関係性」(リラティオ)は、人間の
■スピレッスン【魂が輝きはじめる呟き】★極性はあれど優劣はなし私たちの世界には、極性が存在している。男女、上下、左右、天と地。どれも地球という自然の摂理の中にあるもので、そこに優劣はない。けれど人間界では、いつのまにか優劣をつくり出してしまう。違いに「価値の差」を与えてしまうところから、差別は生まれるのだろう。けれど本来、違いはただの「違い」にすぎない。N極とS極が引き合うように、異なるものがあるからこそ、世界は調和を保っている。だからこそ、極性はあれど優劣はない。そ
特定の誰かが仕切るサークル、発言権が一極集中した職場、一部の古参だけが居心地の良いコミュニティ……。あなたの身の回りに、「ここは特定の誰かの場所になってしまっているな」と感じる集団はありませんか?本来、複数の人間が集まって形成されるはずのコミュニティが、いつの間にか特定の個人やグループの利益・承認欲求を満たすための道具に変貌してしまう。これこそが、現代社会の至る所に潜む闇「集団の私物化」です。さらに恐ろしいのは、その私物化が「反社会的な行為」や「倫理的な逸脱」を含み始めたとき、周
「自分がいなくなること」が目標の仕事は、人間としての自然の摂理に合ってる。なぜ摂理に合ってるかというと、だって人はいつかいなくなるんだから。親が「自分が先にいなくなる」ことを前提として、子育てをするのと同じこと。摂理に合ってることをしていると、他人の役に立つ。他人の役に立つと、自分と他人がどちらも幸福になる。だから、自分のしてる仕事に迷いが出たときに思い出してほしい。「私のしている仕事は、究極的にはちゃんといつかなくなるだろうか」と。たとえば医者は、究極的にはいつか
「謙譲」や「へりくだる」という言葉に、みなさんはどのようなイメージを持っていますか?「目上の人には絶対服従する」「自分を無理に低く見せる」「波風を立てないために一歩引く」といった、どこか窮屈で前時代的な印象を抱く人も少なくないかもしれません。しかし、現代社会における本当の「謙譲」とは、決してそのような封建的な上下関係や、相手への「媚び」ではありません。それどころか、謙譲の本質を履き違えて過剰にへりくだってしまうと、相手を勘違いさせ、結果として組織や人間関係を壊す原因にすらなります。
「自分の仕事や生活に集中したいけれど、どうも周りが気になって落ち着かない」「なぜかあの人が入ると、その場の空気がスムーズに回り出す」このような違いを感じたことはないでしょうか。私たちは日頃、パフォーマンスを上げるための「集中力」や「タイムマネジメント」に目を奪われがちです。しかし、その土台となる「環境を整える」という行為には、実は個人の能力を超えた『潜在的な社会性義務感』が隠されています。今回は、無意識にこれができる人と気づけない人の差、そしてそこに透けて見える人間の本質につい
近年、地震や台風への備え、企業のBCP(事業継続計画)、さらには個人の資産防衛に至るまで、「危機管理」という言葉を耳にしない日はありません。一見すると、日本人のリスク意識が高まり、社会全体が健全に進化しているようにも思えます。しかし、少し視点を変えてみると、まったく異なる景色が見えてきます。「これほどまでに危機管理が叫ばれること自体が、私たちが『平和ボケ』している何よりの証明なのではないか?」今回は、現代日本に蔓延する「危機管理ブーム」の裏に隠された、平和ボケという名のアンチ
現代は、かつてないほど「視覚」が支配する時代です。SNSを開けば、美しく加工された顔写真、洗練されたライフスタイル、一目でわかる数字(フォロワー数やいいね数)がタイムラインを埋め尽くしています。こうした中で加速する「ルッキズム(外見至上主義)」の蔓延。私たちはこれを単なる「美意識の変化」として片付けてしまいがちですが、事態はもっと深刻です。そこには、私たちの「想像力」を奪い、社会を思考停止に陥れる巧妙な罠が隠されています。そしてその罠に私たちが自ら嵌まりにいってしまう背景には、現代
「統計的にこっちの確率が高いから正解」「普通はみんなこれくらいできるよね」効率や正解が求められる現代社会では、ついついこうした「確率」や「平均点」を基準に物事を考えてしまいがちです。しかし、実際の人間社会はそんなに単純ではありません。どれだけデータや正解を集めても、私たちの心や人間関係がすっきりいかないのはなぜでしょうか。今回は、数字や平均に囚われない「個性を前提とした生き方」について考えてみます。1.確率の高さが「正解」とは限らないのが、人間社会ビジネスや科学の世
私たちは毎日、自分の目で世界を見つめ、自分の耳で音を聞き、「現実」を正しく認識していると感じています。しかし、本当にそうでしょうか。実は、私たちの脳は、私たちが思っている以上に「見たいものだけ」を見つめ、見えていない部分を都合よく穴埋めしています。今回は、脳が起こす静かな錯覚と、それによって作られた現実、そして「無知の知」の視点から脳のシステムを冷静に解読するアプローチについて考えてみます。1.私たちが生きている「補完された現実」人間の目の構造には、光を感じることができない「
先週に引き続き、3月29日に患者目線の会で話していただいた、末期がんが治った受講生の経験を、一部を引用して私の感想も含めてのべます。「脳から見ると、癌に対して恐怖や不安という二次元の虫の目だったのが、自分のチャレンジだと捉える三次元に視点が上がり、自分が人々に勇気を与える存在になればいいという、いわば公のために右脳を使うというふうに脳の使い方が変わった。体と脳の使い方が大事だと改めて思った。今やっている習慣は、朝は生きている事と身体に感謝し、生かして
□私たちは何をもって「品がある」とするのか世の中には、「あの人は品がある」「品位に欠ける」という言葉があります。私たちはつい、言葉遣いが洗練されているか、身のこなしが美しいか、あるいは「どれだけ立派な行動をしているか」といった目に見える要素で品位を測ろうとしてしまいがちです。しかし、本当にそうでしょうか。どれだけ社会的に正しい「正論」を述べていても、どこか冷酷さや傲慢さを感じる人がいます。一方で、言葉は不器用で洗練されていなくても、その佇まいから深い温かみと安心感を与える人もい
誰もがSNSやメディアで意見を発信し、極端な論調が目につきやすい現代。「私はどちらの極端にも偏っていない、中立(中道)なスタンスだ」と考えている人は少なくありません。しかし、その「自称・中道」こそが、実は最も深い偏見に囚われている可能性があるとしたらどうでしょうか。今回は、「客観的な中道」の不在を認め、自分自身の偏りを修正し続けるための「真の自分軸」のあり方について考察します。1.「自称・中道」という名の、偏った自分軸「私は右でも左でもない」「双方の言い分を聞いて、真ん中
現代は、溢れる情報をいかに効率よく処理するかが求められる時代です。毎日、無数のニュースやSNSのタイムライン、ビジネスのノウハウが目の前を通り過ぎていきます。しかし、私たちは受け取った情報をただ受容し、整理する(復習する)だけで満足していないでしょうか。「有益な話を聞いた」「正論に触れた」というだけで思考を止めてしまうと、情報の表層に踊らされ、その奥にある本質を見失うことになります。情報に溺れず、その芯を捉えるためには、常に「結局、この人は何が言いたいのか?」という問いを持ち、言葉
世の中には、こちらの事情や都合を無視して「もっと頑張れるはずだ」「なぜ私の言う通りにしないのか」と詰め寄ってくる人がいます。あるいは、「あなたのためを思って」という親切な顔をしながら、こちらの領域に土足で踏み込んでくる人も少なくありません。彼らは一見、熱心で正義感に溢れているように見えることもありますが、受け取る側が感じるのは、ただただ重苦しい「息苦しさ」です。なぜ彼らは、これほどまでに他者を尊重することができないのでしょうか。実はそこには、悪意ではなく「自己正当化」と「世界の単
私達の生きる地球はあらゆる命の営みが循環して成り立っています。様々な微生物、草、木、虫や様々な動物など色んな多様な命が循環している自然の循環、自然の摂理。そう云う意味での多様性が大事な訳で大企業が得したい政策を見返り目当てで施行する政治の多民族国家になってはいけない。日本を愛して来てくれる方々は良いですが悪政の為に金の為に来る方々はどうなんでしょうか。人手が足りていないのではなく、日本人に沢山払いたくない欲の為に日本らしい生き方が壊される。日本を多民族国家にして日本を潰す欲の為に
『知らないのは人間だけ』7月5日に開催の食・暮らし・土をつなぐドキュメンタリー上映会+トーク食と土をつなぐ一日|雑穀ランチ体験付き♪2本立て上映会+トーク【食と土をつなぐ一日へ。】雑穀ランチを味わいながら、“いのちの循環”を体感する上映会をひらきます。今回上映するのは、環境再生医として知られる矢野智...poweredbyPeatix:Morethanaticket.tanedane0705daichi.peatix.comで、トークをしに来てくれる金山カラタチ沢整
「君にはまだ、無限の伸び代があるよ」若い頃、あるいは新しい挑戦を始めたばかりの頃、私たちはこの言葉に胸を躍らせます。しかし、ある程度キャリアや人生の経験を積んでくると、ふと気づく瞬間があります。「無限の伸び代」なんてものは幻想で、実は伸び代の先には明確な「限界点」が存在するのではないか、と。「もっと頑張れば、いつかあの人のようになれる」「努力が足りないから、まだ突き抜けられないんだ」そうやって自分に鞭を打ち続けるのは美徳とされがちですが、時にそれは自分を追い詰める呪いにもな
皆の衆、おはこんさーん今日の私の地元(北海道だけどね🐮🍦🍜)は、快晴☀️🌈気持ちいいよねぇ自然の摂理もだけど、これからは、沢山自然の恵みをいただける農家の皆さん、酪農家の皆さん、そして、漁師の皆さんありがとうございます美味しく調理して、命をいただきますね今日も無理せずマイペースにいこ〜
新・生命の樹プラネットヒーリング(新月Ver)お申込み頂いたオハナさんへ新月バージョン新・生命の樹プラネットヒーリング本日は個別遠隔ヒーリングとなります明日はお申込み頂いた方はコールイン方式で遠隔ヒーリング明日は9時までに改めて画像のメールを送りますので9-24時迄1回のみコールインして受けて下さいねコールインタイプお申込みの方は本日メールにて画像お送りします新月は満ちていくエネルギーだからこそ新月の翌日もヒーリングができるという自然
ーエンタメの誘導に気づき、他者への想像力を取り戻す方法ー物語の世界で最も愛される王道パターンといえば、「勧善懲悪(かんぜんちょうあく)」です。ヒーローが悪者を木っ端微塵に打ち倒し、世界に平和が戻る。私たちはそれを見て、胸のすくようなカタルシス(快感)を覚えます。しかし、この構造に慣れ親しみすぎると、私たちはある「重大な罠」に陥ってしまうかもしれません。今回は、エンタメ業界が仕掛ける心理的な誘導のカラクリと、私たちがこれからアップデートしていくべき「悪」と「他者」への視点について考
「どうしてもあの人が許せない」「傷つけられた出来事が、何度も頭の中でループしてしまう」人間関係の中で、誰かに怒りや執着を抱えてしまうことは誰にでもあります。しかし、世間一般でよく言われる「綺麗事の赦し」に、モヤモヤした経験はありませんか?「心が広い人になりましょう」「時間が解決してくれます」そんな感情論の言葉で無理に怒りを抑え込もうとしても、心は納得してくれません。なぜなら、「怒りを手放し、相手を赦す(手放す)」ということは、感情の勢いで行うものではなく、極めてロジカル(
「幸せになりたい」「満足のいく人生を送りたい」私たちは誰もがそう願って日々を生きています。しかし、その「満足」の中身は、本当にみんな同じなのでしょうか?世間はよく、年収や肩書き、勝ち負けといった分かりやすいモノサシで私たちを測ろうとします。時には、職業や役割に目に見えない「優劣」をつけようとすることさえあります。しかし、本当の満足の数は、人の数だけあるはずです。今回は、身近な「野球」というスポーツを例に挙げながら、私たちが目指すべき「他者への感謝」と、利己的な誘導に負けな
最近、SNSの一部で議論されている有名な格言があります。「地獄への道は善意で舗装されている」この言葉、一度は耳にしたことがあるのではないでしょうか?一見すると矛盾しているようにも思える不思議な言葉ですが、現代社会を生きる私たちにとって、今まさに深く考えるべき本質が隠されていると感じます。今回は、この「善意」と「地獄」の因果関係について、私なりの視点で少し掘り下げてみたいと思います。1.「善意」はどこまでも主観的なものまず大前提として整理しておきたいのは、「善意」という行
双極性障害と発達障害を持つcocoroです。みなさんいかがお過ごしでしょうか?午前中にZOOMミーティングしました。わたしはイベントの話をメインに聞き先方さんはビジネスの話がメインでした。悪くはない。でもわたしはイベントの話で今回は参加してるので、先方さんのビジネスの話は興味がなかったので一般参加だけさせていただくことにしました。色んなビジネスの手法があるんですね。今はそういうのが横行してるのかな。ZOOMミーティングが終わってから少しお出かけしました。イベントが決まっ
「あの人に裏切られた」「人を信じるのが怖くなってしまった」人間関係でそんな悩みを配したことはありませんか?実は、誰かを「100%信用する」のも「0%疑う」のも、どちらも心が疲弊してしまう原因になります。私たちが目指すべきなのは、ゼロか百かの極端な選択ではなく、「信用の度合いをグラデーションでコントロールすること」です。今回は、人間関係が劇的にラクになる「本当に賢い人の信用の仕方」を解説します。1.「完璧」は、自分の期待が生み出す幻想まず前提として知っておきたいのは、「完
ビジネスの現場で「タイパ(タイムパフォーマンス)」や「コスト削減」が叫ばれて久しい現代。無駄を省き、生産性を高めることは企業が生き残るための鉄則です。しかし今、多くの企業が「削ってはいけない一線」を越え始めているのをご存知でしょうか。それは、企業の魂とも言える「理念」を守るためのコストです。1.理念を守るコストを「無駄」と切り捨てる企業多くの企業が創業期に熱い想いを込めて掲げた「企業理念」や「パーパス(存在意義)」。業績が好調な時は誰もがそれを口にしますが、いざ市場の競争