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テレビのニュースやバラエティ番組を見ながら、ブツブツと文句を言ったり、「こんなことも知らないのか」「くだらない」と嘲笑したりしている人を見かけたことはないでしょうか。あるいは、自分自身が画面に向かってそんな悪態をついてしまった経験はないでしょうか。「そんなに不満があるなら消せばいいのに」「不快なら見なければいいのに」周囲から見ればそう思えて仕方がありません。しかし、文句や批判を繰り返しながらも、毎日何時間も同じようにテレビの前に座り続ける人がいます。彼らは一体、テレビに何を期待
マツコ、「とうとう人間はここまで甘くしたんだって…『神様、お許しください!』って思った」フルーツの品種激白タレントの有吉弘行とマツコ・デラックスが16日放送のテレビ朝日系「マツコ&有吉かりそめ天国」(金曜・午後8時)に出演。マツコが最近のフルーツの甘さについて問題提起する一幕があった。視聴者からの「お二人は食べてみたら、思ってるのと違うから苦手な食べ物はありますか?」と言う声に答える中、「甘過ぎ問題がない、フルーツって。砂糖食べてるみたいな」と話し出したマツコ。「そうね。めっちゃ甘
秋の風物詩として知られる「だんじり祭り」。勇壮で魅力的な伝統行事である一方、毎年のように騒音や交通規制、マナー、安全対策をめぐる議論が巻き起こります。特に近年、痛ましい死亡事故が発生するたびに、SNS上でのバッシングや論争は一気に加速・過熱する傾向にあります。しかし、そこで繰り広げられる「肯定派vs否定派」の応酬を冷静に観察してみると、単なる安全論争を超えた「他者否定の連鎖」、「当事者性の欠如」、そして「SNSの消費構造の罠」が見えてきます。世論の過熱に飲み込まれず、健全な思考
時間を直す前に暦を見直したらどうだ?「うるう秒」を廃止して「うるう時間」を導入するという。わずか1秒のズレが、コンピューターや社会システムに影響するからだそうだ。しかし、そもそも人間が決めた時間の仕組みに、自然界を無理やり合わせようとすること自体がおかしくないか?太陽暦ではなく、太陰暦に戻せば良い。本来、人間は太陽や月の満ち欠け、四季の巡りとともに生きてきた。自然のリズムに人間が合わせるのではなく、人間が作った仕組みに自然を合わせようとする。これこそ本末転倒。も
おはようございます。ViewthispostonInstagramある日、白浜で潮が引いた干潟のちょっとした水たまりに全身が傷ついた魚が泳いでいました。何かに襲われたんでしょう。結構弱っている感じでした。泳ぎもゆっくりで。とにかく全身がかなり痛めつけられており痛々しい感じでした。自然の摂理ですが、弱っているところをみると可哀想に思います。魚類でも、意外とたくましく傷だらけの跡を持つ個体も生きていたりするのでうまく生き延びられればいいなと思いました。おわり、まるまブログをお読
気がつけば介護のお仕事を約20年している私。今は特別養護老人ホームの正社員として働いております。ありがたい事にサービス残業は絶対に駄目で時間になると次の方に引き継いで勤務終了となります。これは、本当に!有難い!😆私は必ず手作り弁当を持参すると決めてるので家でやる事は次の日の弁当作り洗濯、掃除などなどとそして何よりも肝心要の大事なひーさん仕事があります❤️😆🙏一年間洗濯屋のパートを週4日の仕事の時は沢山時間もあり一見、良さげでしたが足は少しずつ浮腫み
実に悩ましい・・・Oh,TyphoonNo.30I’llbecheckingeverydayfromnowonWell,itseemsnoonecanpredictwhatwillhappenfornow,soallIcandoisprayWell,Ican’tfightthelawsofnature,soit’simportanttojustgoonwitheverydaylifeasusual
韓国ドラマの「梨秦院クラス」の中で、とっても自尊心が上がる詩がありました。知っている方多いはず「わたしはダイヤ」私は石ころだ炎で焼いてみよ私はびくともしない石ころだ強く叩くがいい私は頑強な石ころだ暗闇に閉じ込めてみよわたしは1人輝く石ころだ砕けて灰になり腐りゆく自然の摂理すら跳ね返してやる生き残った私私はダイヤだトランスジェンダーだと非難の言葉や中傷をされた中、自分を「ダイヤ」と思い、立ち直るシーンです。
おはようございます☀️今日のメッセージ優しさを選ぶことで何も失うものはありません。優しさとは、目に見えない光のようなものです。本当の優しさとは目に見えない、目立たないもの。そして暖かくまるで母親のように当たり前のように感じるもの。「善行」と言うものはまるで自然の摂理のようなものでないといけないんだと思います。自分が得する訳でもないのに陰で支えてくれている人。誰に言われたでもないのに誰も見ていないところでそっと手を差し伸べてくれる人。私たちは、知らない間に
人間関係でいつも同じパターンで疲れてしまったり、相手のために頑張っているのに心が満たされなかったりすることはありませんか?「自分がもっとしっかりしなければ」「自分が相手を理解して救ってあげなければ」そうやって一生懸命に尽くしているのに、なぜか心が休まらない。その背景には、幼少期の愛着形成や「全能感」からの離脱プロセスのつまずきが深く関係しているかもしれません。今回は、生きづらさを生み出す心のメカニズムと、そこから抜け出して人生を豊かにするための5つのステップを解説します。1
私たちは日常の中で、驚くほど無意識に「自分を正当化」しながら生きています。他者との摩擦、小さな失敗、思い通りにいかない現実——。そうした不都合に直面したとき、私たちの脳は瞬時に「自分は間違っていない」「相手や状況に問題がある」というストーリーを作り上げます。しかし、その「自己正当化の防壁」の中に閉じこもっている限り、私たちは本当の意味で現実と深くつながることも、自分自身を更新することもできません。今回は、「自己正当化」のからくりに気付き、自らの内側にある「自己愛性錯誤」を受け入れ
今年の6月頃、友人が自転車で会社の近くを走っていた時に声がけ。休みの日に何をしているかを尋ねると「ANAのマイルの消化を兼ねて全国を旅している」私も行きたいから誘ってくれ、とお願いして実現したのが今回の旅。友人が厳選したのがタイトルの「天孫降臨神話をたどる旅」学生時代以来のヤロー二人の旅日本神話や歴史に疎い私には見て感じる良い機会となりました。相当に足早な行程でしたが、神秘的な景観を次々と見ていると確かに思索したくなります。「奇跡(自然の造形)が信仰を生む」と
「自分はすべてを理解している」「正しく判断できている」そう思っているときほど、私たちは誰かが用意した手のひらの上で踊らされているのかもしれません。現代社会には、無意識のうちに自分の主導権を誰かに手渡し、「裸の王様」になってしまっている構造が溢れています。今回は、個人から組織、そして日本社会全体に見られる「主体性の喪失と、お膳立てを超えて協力を生み出す知性」について掘り下げます。1.全能感が生む「待ち姿勢」という罠知識や経験が増えると、人はどこかで「自分は分かっている」と
休みたくても休めない。。。ずっと全部一人で何とかしようとしてきた貴女へオールハンドのハニーエステと五感心理学セッションで、心身をゆるめて自分の感覚を思い出す五感が整うと、忙しい日常も楽しめる♪『五感のお稽古』ナビゲーター浜田ちか乃ですプロフィールはこちら♪朝のお散歩で毎日行く神社の境内に、今朝はソワソワ感満載✨木が揺れてるし車も停まっててハシゴもある。。。どうやら冬支度の庭のお手入れの日のようでした。
こんにちはー|´ρ`)ノ今日は、「この世界に自然の摂理でないものは一つもありません」というテーマで、動画をシェアいたします。この投稿をInstagramで見るざびえる(@xabier.sandalphon)がシェアした投稿◆アイスキャンセラピー®アイスキャンセラピー®は、波動調整機「I-SCAN」による波動調整です。「I-SCAN」により、全身のエネルギーフィールドを正常な状態へと整
とりあえず書いておこう。まぁ、人生の大半を性別違和で悩んでいたのだけど?あれだけ違和に思えていた事が、気が付くとほぼ解消しているんだよね。もちろん、自分の感覚的なものだから、シスになった訳でもないし、すべてがオールオッケーって訳でもないのだけど。環境に慣れたというか?今の生活が当たり前になったというか…。そもそも、以前は性別違和のおかげでまともな生活が出来なかった?いや、性別違和そのものが重荷になっていたというか。じゃあ、私にとっての性別違和の重荷にな
1ヶ月半前、父が亡くなりました。亡父の通夜が終わった後、ろうそくの火を絶やさないために誰かが交代で番をするというのが本来の通夜だと思うのですが、昨今、電気のろうそくががんばってくれるので身内だけで近くのレストランに外食しにいきました。私の息子が好き嫌いが多いので息子基準で店を決めたのですがロイヤルホストファミリーレストランの中でも高級で、でもがっつり食べられる。これがすごく良かったんです!通夜葬儀って本当に疲れますよね。84歳の父、正直本人さえも「死」を受け入れ
年内のリコネクトが一昨日で終了しました今年も色んな出会いを頂き、毎回毎回が豊かな時間だったなぁそして大好きなゲストハウスをいつも使わせてもらえて最高に幸せでした❤️❤️わたしはやっぱり暮らしをテーマにが一番しっくり来ます暮らしをテーマにと言ってもただ一緒に寝泊まりをしてご飯を食べるということとは少し違うかなリコネクトとしてやっているのは、ただ一緒にお泊まりする旅ではないですRE「再び」CONNECT「繋がる」RECONNECTさて何に繋がり直すのでしょうか?そこは一人一
ニュースで衝撃的な犯罪報道を見たり、SNSで華々しいサクセスストーリーを目にしたりしたとき、「世の中はなんて物騒なんだ」「自分も同じように成功できるかもしれない(あるいは、成功できない自分はダメだ)」と感じたことはありませんか?実はそれ、メディアや情報発信者が陥りがちな「特殊な事象の無駄な普遍化」という罠であり、同時に私たち受け手側の心理的な偏りが引き起こす現象でもあります。なぜ極端な出来事が「あたかも当たり前の日常」のように語られ、また信じ込まれてしまうのか。そこに隠された発信側
世の中には、常に「何か」や「誰か」と戦っていないと落ち着かない人たちがいます。日常のささやかな会話から仕事の進め方、果てはSNSでの他人の発言に至るまで、あらゆる出来事を「勝ち負け」や「上か下か」に置き換えてしまう。そして勝つためにマウントを取り、周囲を疲弊させ、自分自身もすり減らしていく……。なぜ私たちは競争から抜け出せなくなり、強さを誇示してしまうのでしょうか?今回は、人間の根底にある「戦闘的な本能」と「平和を望む理性」の葛藤を紐解きながら、他者との境界線(バウンダリー)を引き
サトリってどんな人?2分で読めるサトリの簡易プロフィール今日は、メルマガ読者の方から頂いたメールに対する僕の考えをシェアしようと思います。なかなかに深く、物議を醸しそうなテーマですが、遠慮なく本音で切り込みます(笑)メールを送ってくれた方は、阿部敏郎さんのブログ、『いまここ』の読者でもある方で、阿部さんのブログ記事に書かれていた、『そうか、さとりをたくさん学んできたけれど、いま、さとりの中に入ればいいだけなんですね。いまのままの自分ではダメだと思い、自分
Geminiオペラ発声はサーフィンである1.波をねじ伏せるのではなく、物理のうねりに乗る未熟な歌唱ほど、筋力や意図によって「声を力づくで作ろう」と試みます。しかし、それは荒れ狂う海を力づくで押し返そうとするようなものであり、生じるのは摩擦と過緊張、そして破綻に過ぎません。サーファーが自力で波を作り出せないのと同様に、歌い手もまた、音そのものを腕力で捏造することはできません。声の真髄とは、呼気圧、声門抵抗、咽頭腔の形状、そして音響物理がカチリと噛み合う「共鳴の波」を見極め、その巨大な
「一人で静かに旅立つなんて可哀想だ」「誰にも看取られないなんて、きっと寂しい最期だったに違いない」孤独死や、家族の立ち会いがないまま最期を迎えることに対して、世間ではこうした憐れみの言葉がよく掛けられます。一見すると深い思いやりや優しさのように聞こえるかもしれません。しかし、本当にそうでしょうか?「看取られない=不幸・可哀想」という決めつけの裏には、実は村社会的な集団主義の「自己正当化」と、「他者の生き方や尊厳に対する尊重の欠如」が潜んでいるのではないでしょうか。今回は、「独りで旅立
世の中には、驚くほど頭の回転が速い人や、高度な専門スキルを持った優秀な人材がたくさん存在します。しかし、ふと社会全体を見渡したときに「なぜこれほど優秀な人材が多いはずの日本で、経済の低成長や閉塞感が長年続いているのだろうか?」と疑問に思ったことはないでしょうか。その背景には、単なる個人の能力や技術力の問題ではなく、「能力や富を何のために使うのか」というマインドセットの歪み、そして「行き過ぎた個人主義」「富の二極化」「ノブリス・オブリージュ(持てる者の義務)の欠如」という構造的な問題が
仏教には「般若(はんにゃ)の智慧」というのがあるそうです。「般若」にはもともと「智慧」という意味があるので「智慧の中の智慧」という感じかもしれません。今回も、前回に引き続きこの「般若の智慧」について一緒に観じてみましょう(^_^)<般若の智慧・第三の智慧>「無関心の智慧」作家のひろさちやさんは『「損する生き方」のススメ』という著書のなかで「いまの人たちは、他人に関心をもちすぎています」と述べて、次のような例え話を紹介しています。ーーーー
サラリーマン時代からずっと愛用してるモノ。。。スーツやバッグは今や無用の長物だし、あれこれ思うに、この二つだろう。2008年ころ、当時の上司だった役員が、このブランドの万年筆をお持ちで、革のケースに持ち歩いてたのがとにかく刺さった(笑)万年筆じゃハードルが高かったので、まずはボールペンを。ほどなく同じデザインのシャープペンを手に入れ、二本入る革のケースも購入。現在に至る。Pelikan
幸福とは求めるものではなく「悟る」もの。欲望や不幸を客観的に管理し、誘惑に惑わされず足元にある確かな実りを手に取るための、思考の技術と心の整え方を解説します。はじめに「もっとお金があれば」「もっと認められたら」私たちはつい、今持っていない何かを追い求めることで幸福になろうとしてしまいます。しかし、どれだけ望むものを手に入れても一向に心が満たされないのだとすれば、求める方向そのものが間違っているのかもしれません。結論から言えば、幸せとは外側の環境によって与えられる「状態」ではな
日常の中で、私たちはつい「これって奇跡だよね!」という言葉を使いたくなります。思いがけない再会、絶体絶命のピンチからの脱出、あるいは確率の低い幸運。ですが、私たちは「奇跡」という言葉を安易に多用しすぎてはいないでしょうか。一見すると純粋でポジティブに聞こえるこの言葉。しかし、何でもかんでも「奇跡」の一言で片付けてしまう姿勢の裏には、私たちの「知性の怠慢」と「幼さ」が隠れているのかもしれません。1.全てを「奇跡」で片付けるという単純化複雑な出来事や、すぐには説明のつかない現象
新・生命の樹プラネットヒーリング(新月Ver)お申込み頂いたオハナさんへ新月バージョン新・生命の樹プラネットヒーリング本日は個別遠隔ヒーリングとなります明日はお申込み頂いた方はコールイン方式で遠隔ヒーリング明日は9時までに改めて画像のメールを送りますので9-24時迄1回のみコールインして受けて下さいねコールインタイプお申込みの方は本日メールにて画像お送りします新月は満ちていくエネルギーだからこそ新月の翌日もヒーリングができるという自然
「相手が何を考えているのかわからない」「良かれと思ってした対応が、相手の意図とズレてしまった」「表面的な会話だけで終わってしまい、深い信頼関係が築けない」仕事やプライベートの人間関係において、このような悩みを抱えたことはありませんか?人と人とのコミュニケーションにおいて、相手の発言や表情といった「目に見える情報」だけに頼っていると、相手の本音や本当のニーズを見落としてしまうことがあります。そこで重要になるのが、目に見えない本質を捉える能力、いわゆる「心眼(しんがん)」です。