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はじめましてこの記事をご覧頂きありがとうございます入院23日目、この日は待ちに待った車椅子に乗れる日ですあの子も私も朝からワクワクしながら楽しみにしていましたあの子が楽しそうに待ちわびる姿を見るだけでも、とても嬉しかったです看護師さんが車椅子を持って来て下さいましたやった!車椅子がきた〜!でも、どうやってあの子をベッドから車椅子に移動させるんだろう?と思っていると看護師さん、理学療法士さん、作業療法士さん、私の4人がかりでの移乗させる事になりましたあの子の下にひかれている薄手の
※しばらく少し前の話になります。翌日も絶飲食とステロイドの副作用が辛いのか機嫌が悪いなーちゃん。「抱っこ!抱っこ!うわぁぁぁん!!」と泣き叫ぶなーちゃん。主治医にはステロイドの副作用で性格がガラッと変わる子は多いと聞いてはいたもののずっと泣くか怒るかしていて辛かった。正直変わってしまった娘のお世話も体力的にも精神的にもしんどかった。この日までまともに眠れていなかった為にヘトヘトだった。腕がしびれてはおろしまたすぐに抱っこ。それの繰り返し。本音を言う
娘の病気が発覚したのは昨年の夏です7月21日の夜に休日救急受診からの緊急入院になりました最初に「あれ?」と感じ始めたのは3月中旬頃です発覚までの道のりは長めになりますので、数回に分けて記していきます================================私の仕事は土日祝もあり、子供たちがお休みの時に仕事に出ることもよくありました。基本は夫がみてくれますが、2人とも仕事の時はどちらかの実家にお願いすることもありました。娘は生まれた頃からほぼ人見知りなく、ママへの後
はじめましてこの記事をご覧頂きありがとうございます入院13日目、鼻の太い管を外し、右腕の管も外れ、この頃には排尿の為の管も外れていました。昨日からの指を握りこんで意思を伝えるコミュニケーションのおかげで、yesnoだけでは無く沢山のやり取りをする事ができるようになりましたただ昨日はナゾナゾの回答を聞いたりというばかりで、あの子の思いを聞いていなかった様な気がします「何か言いたい事ある?」と質問し、あの子の右手が私の人差し指を握れば会話の開始あいうえおを一文字一文字確認し、メモしてい
※しばらく少し前の話になります。この日は週末で土日は放射線治療もリハビリもお休み。病室で長い時間なーちゃんと過ごす。ステロイドの副作用とストレスが限界なのかとにかく機嫌が悪い。ぼーっとしたり何度も何度も抱っこをせがまれる。この身体がもっと強ければずっとしてやれるのに…。腕がしびれては降ろしまた抱っこし体力の限界まで抱っこした。ただ、この日全く動かせなくなっていた指先がほんの少し動いた。ステロイドによってむくみがとれたのだろうか…。少し嬉しくなった反面で
本日、午後5時52分なーちゃんこと「渚(なぎさ)」は苦しみから解き放たれお空へと旅立ちました。闘病生活9ヶ月。5歳9ヶ月という短い生涯でした。治療法もなく診断と共に余命宣告される恐ろしい病気脳幹神経膠腫(脳幹グリオーマ)に罹患し少しでも救う方法はないか?小児がんへの支援の輪を広げたい一身でやりはじめたブログで皆様から暖かいご支援いただきまして本当にありがとうございました。最後の闘いはできずにお話しすることもできずにお別れすることになり悔しく寂しく今は本
突然ですが私はサッカーが好きです。Jリーグではジュビロを応援しています。先日そのジュビロが天皇杯初戦敗退となりました。サポーターとしては「あーーー」と落胆するわけでその後の家事も捗らず(笑)スポーツとか応援しているチームがある場合勝敗によって気持ちが揺さぶれることあるんです。でもそんな時心菜の闘病中のことを必ず思い出します。当時はこんなことなかったんですよね。現実逃避的にドラマなどを楽しんではいたけれどなにかに気持ちが動くこ
※現在まで書き溜めているのですがきちんと整理して書いていきたいのでゆっくり更新していきます。7月某日お姉ちゃんと2歳違いの次女が5歳を迎えてすぐ七五三の前撮りに行った日。なぜか、真っ直ぐ立ち続けるのが難しいようでお姉ちゃんに寄りかかったり右足がおぼつかない感じがした。今思えばこの日にはもう病魔に侵されていた。次女は人を笑わせるのが大好きな子で変顔だったりユニークなダンスをしたり面白いことをしたりするのが大好きでした。だから、歩くこともおしゃべりも普通にで
娘の病気が発覚したのは昨年の夏です7月21日の夜に休日救急受診からの緊急入院になりました最初に「あれ?」と感じ始めたのは3月中旬頃です発覚までの道のりは長めになりますので、数回に分けて記していきます================================近所の小児科受診から数日間。やはり、今までの元気が感じられない娘。弟と楽しそうに遊ぶし、元気がないわけではない。でも、やっぱり何かが変。そんなある日の朝のこと。娘が起きてからいつものように2階から呼ぶので迎
維持療法前にまだ行ってなかった神社に先週行ってきました!県内なんですが、車で2時間弱かかりました。こんな遠い所までパパの友達は、家庭も仕事もある中で行ってお守りや御札を買ってきてくれたのかと思うと本当に感謝です。今回の神社は国の指定文化財にもなっている事もあり、生命が漲っていると強く感じました。自然の力って本当にすごい。ああいう自然の中に立ってると、頭の中にある余計なことがどんどん消えていって、ただただ「ここに存在している」「生きてる」ことだけを感じます。色んな感情がリセッ
皆様、娘と私達家族を想って予想以上の暖かいコメントを多数いただきまして心よりお礼申し上げます。驚きと共に辛かったけどこんな現実があるんだよと皆様に知っていただく事ができ子どもたちを救う活動ができたら…と思っていたので渚の頑張りは今も頑張っているお友達やそして増えてほしくはないけれど統計上、毎年50人〜のお子さんが罹患する病気なのでその子達やそのご家族を孤独にさせず支援していくことができるんじゃないかなと思うとここまで諦めずに闘い抜いた娘を誇りに思います。
月曜日この日は姉妹初めての夏休みだけの短期水泳教室の日だった。長女が学校のお友達が泳げているのを羨ましがったのをキッカケに二人分申し込んだ。上手くできるか不安な長女とは裏腹に楽しみにしていた次女。早速始まった。私はガラス越しに見学する。あれ…次女のなーちゃんなんだか右足が動きづらそう………プールサイドに立ったときもやはりふらついている。そして、やっぱりおかしいと思う出来事が起きた。バタ足の練習
2023年7月7日の七夕の日に星になりました。脳幹グリオーマと最後まで闘った、息子の頑張りを知ってほしいです。脳腫瘍が分かったキッカケ、セカンドオピニオンについてはコチラです↓『【診断当時のこと】脳幹グリオーマが分かったキッカケ』診断から2年が経ちました。よく頑張っていると思います。振り返るのは辛くなると思いますが記録してみようと思います。2020年11月28日新人戦後から言われまし…ameblo.jp『【診断当時のこと】2021年1月セカンドオピニオン』診断当時を振り返ります。以前
よく頑張りました最期までいい子で、優しくて賢くてこれからもずっと一緒よずっと皆一緒大好きよ、まおちゃんずっと読んでくださり、ありがとうございました
主治医O先生からの説明(MRI結果)・腫瘍サイズが少しだけ大きくなってる・白いモヤモヤが小さくなってる→壊死が小さくなってる可能性(良いこと)・でも全体的な大きさが少し大きくなってるかな。・アバスチンは壊死には効いてるが、腫瘍の増大に対しては効いてないかなと。でも症状を抑える効果はあると思うので、アバスチン続けていく方向。・抑え切れてないけど抑えれてる部分もあるのでアバスチン続けていくのがいいと。・脳幹腫瘍じゃないが、一旦大きくなった腫瘍にアバスチン続けて腫瘍小さくなった人がち
診断から2年が経ちました。よく頑張っていると思います。振り返るのは辛くなると思いますが記録してみようと思います。2020年11月28日新人戦後から言われましたが…この時にスタンドから先輩の応援をしていて、「見えにくい」「ダブって見える」と感じたそうです。12月10日メガネを作る12月下旬眼科に行く複視、右目が内側に寄っていることから、「急性内斜視」と言われる。最近、スマホやタブレットの見過ぎで、子どもに増えていると。目の緊張を取る目薬をさしてから寝る、老眼鏡を100均で
随分ブログを書いてなかったです。書ける気持ちになれなかったのが本音です。娘は今も頑張って病気と闘っています。今日は学校へ行く前に大量に嘔吐をしたのですが、学校へ行くと言うので行かせました。昼前に小学校から連絡がありました。「ふらつきと頭痛があるのですぐに迎えに来てください」以前より小学校からのお迎えの連絡が多くなりました。どれだけ体調が悪くても、いつも笑顔で明るいみーたんです。それだけが救いです。集団下校の時は同級生だけで帰ります。集団登校のみ1年生から6年までみんなで登校
再燃してから治療を現在もしていますが、大学病院が計画していた治療も後しばらくで終わります。前回は国が負担してくださり、今回の治療費は全て大学病院が負担してくださったので助かりました。毎週毎週痛みに耐えながら頑張ってくれました。ですが次の治療がまだ決まっていません。数ヶ月前から主治医には次はどうしていくのか何度も聞いていますが、まだどうしていけばいいか決まらない状態だそうです。脳幹にある腫瘍が、いつ突然大きくなるか不安な気持ちでいっぱいです。不安な思いは消えず、あと残り2回の治療で一旦
前回の遊園地が終わった後脊髄への照射もようやく終わりました。始業式のブログでも書きましたが現在でもやはり歩けるまでには至らず。残念でなりません。また奪われた身体機能や体力のせいで今はまた寝たきりの時間が増えてきました。脳幹の再照射後はその子たちや症状にも寄りますがわずかに生存期間が延びるだけ。・・・そういうことなんでしょう。書きたくない、言いたくもないだけど、現実を見つめることも大事なことで。娘が少しでも長く笑っていられる日がきますよう
月命日明日は、9回目の月命日。どんどん季節が進んでいきますね。月命日はお休みをいただいていましたが欠員が出たので、急遽出勤することにしました。ヘルプを求められると「行くよ!」と手を挙げてしまう、、まだ未完成ですが息子の周りが整ってきました。遺影が入ってないでしょう。笑ちゃんとありますよ。写真が大きくて入らなかったので、小さくしたら入れます。短いろうそくも買うのを忘れたし、プリザーブドフラワーも買うのを忘れました。とりあえず、家にある物を差しておきました。ガラスのお位牌もおり
こんばんは。最近はTwitterの方にすぐ報告しちゃうから何から書けば良いのか………。とりあえずご報告としては予想通り脊髄に播種がありました。でも予想よりかなり悪く広範囲に腫瘍があってこの増大スピードは厳しいです…と涙目でおっしゃった主治医。そっか、そっかぁ…宣告された時から残された時間についてはずっと頭から離れることはなくてでも大丈夫、まだ大丈夫まだ一緒にいられる。そう思って今日までやってきた。
はじめましてこの記事をご覧頂きありがとうございます入院21日目、ようやく放射線治療開始の日がきました。あの子の脳幹グリオーマを治療する為の唯一の方法ですあの子は動けない為、ベッドごと治療室まで移動ですベッドの固定を解除人工呼吸器を外し手動型のものに取り換え出発治療室の前には沢山の看護師さんや担当の方が待っていて下さいましたでも処置室に残り、治療を受けるのはあの子1人です怖さを紛らわせる為に好きな音楽をかけて下さる事になりましたあの子が処置室に入る前頑張ってね、ここで待って
こんばんは少し日にちが空いてしまいましたというのも退院→通院に切り替え→放射線治療終了→MRIの流れだったんですが…放射線治療終了したタイミングで夫がコロナになってしまい私達家族は濃厚接触者となり病院に行けずMRIが延期になりました😭(今のところ家族は無症状で明日まで自宅待機です)今日記事にするPICC(末梢静脈挿入型中心静脈カテーテル)も抜去予定が延びなーちゃんには不便な思いをさせてます😫早く終息して安心して病院に通える日々になってほしいものですでは、
※闘病記15以降カテゴリは闘病生活ー再燃ーになります。時系列が少しゴチャゴチャしていますが9月に退院してからは右上下肢の麻痺は少し残ってはいるものの週に1~2、訪問看護やリハビリ医大にも月1~2往診医さんの外来に行ったりするぐらいで元気に過ごしていました。11月に書いた「現状報告と旅行について」にある通り旅行に行く直前に麻痺が少しずつ進行しました。旅行は無事に乗り越えることができたけれど帰ってきてからはどんどん悪化していき不安があった
何をどこから書いていいのやら。4連休土曜日から状態が落ちた娘。体温調整も更に難しくなり朝は39℃台から冷して下げるも続き心拍150サチレーション80前半とか数値的には心配な感じになり指先も紫になりでも基準は見た目娘が穏やかかどうか飲み物は、飲む!なっちゃんオレンジ飲む!目が覚めてる時に「飲むよー!」と言うと舌を一生懸命に動かします。左側の目でお返事できなくなったらお返事できるところを探します。飲むかどうかのお返事は舌ベロ。かわいい。笑
お昼ご飯を食べた後はジャングルカーニバルでボール投げをしました残念ながら私、長女、次女&夫で挑戦しましたが獲得ならずあの限定クッション可愛かったなー参加賞のピンバッジをもらって帰りましたそのあとはアリスのティーパーティーキャッスルカルーセル等子どもが好きそうなアトラクションに乗ってシンデレラ城を見学してちょっと疲れたのでワールドバザールでアイスを食べるともうあっという間に夕方パレードを見るために早めに予約を取っていたのでクリスタルパ
娘の病気が発覚したのは昨年の夏です7月21日の夜に休日救急受診からの緊急入院になりました最初に「あれ?」と感じ始めたのは3月中旬頃です発覚までの道のりは長めになりますので、数回に分けて記していきます================================「なんとなくママっ子になったなあ」そんなことを感じ始めた3月、4月娘は元々朝は1人で起きられないタイプ。起きたら2階から大きな声でパパやママを呼んで、迎えにきてもらって、おトイレを手伝ってもらって、抱っこへ
こんにちは。少し遅くなりましたが春休みに叶えた夢について書いていこうかな、と思います実はこの春休み中はまだ脊髄への照射は終わってませんでした。ただ、採血の結果が問題なかったことそしてもう時間がないこと主治医からは今が一番お出かけできるときだと思いますと言われていたのでなーちゃんの体調を考慮しつつ行けるなら行くぞ!と県内の遊園地へ向けて出発しました。その日は春休み入ってすぐで県外に住む妹家族(共働き)も繁忙期なのに無理して遊び
今回は、今思うと「おかしいな??」と感じることを綴りますちゃーこの発病は2018年10月、ちょうど幼稚園の年中さん2学期のことでした。・急激に体重が増えた!4月18kg→10月21kg(ちなみに前年は1年で体重3kg増加)幼稚園の制服がどんどんキツくなり、きれなくなりましたもともと、とーってもグルメな子で、食べることが大好き。美味しいものは「おいちぃー!」と言ってよく食べました好き嫌いもなくて、お野菜も大好きでバランスよくたべれます。強いて言えば、炭水化物が好きだっ
2024.3.15昨日は娘の中学の卒業式にパパと出席しました。一緒に娘の晴れ姿を見ることができて嬉しかったです。久しぶりに小綺麗な格好をしたので、パパと2ショットの写真もたくさん撮りました。20代半ばの私達の元に生まれてきてくれた娘は、いろんなことが未熟だった私達をパパとママにしてくれました。一緒に泣いて笑って、家族内感染した病気は数しれず、逞しく、強く、親子で力を合わせ成長してきました。小さい頃から負けん気が強いのに引っ込み思案なところもあって、何をするのも慎重で自分が納得しないと