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手術終了12時間半を超える手術次女本当に良く頑張った!そして手術をしてくださった医師スタッフの皆様もありがとうございました。手術が終わり呼び出しがったので夫と向かいました。次女と会えるのかと思っていたら違った。医師からの手術報告でした。医師の話医師からの話。途中簡易病理に出したが悪性の可能性が高い部分的にドロドロでバキュームで吸引しながら摘出した。全摘出は無理だった。少し残っている状態。神経や脳幹辺りに残っている悪性の上衣腫の可能性が高いよって今後
入院準備小学校に次女の病状の説明をした後自宅に着き慌ただしく入院準備をしました。家には父がいてくれてまだ長女と母は中学校の入学式から帰って来ていないと言うことでした。今日言われたことを父に簡単に説明し私は入院準備をして急いで病院へと出発しました少しでも…1分1秒でも早く次女に会いたかった。不安であろう次女の元に戻りたかった。病院に着くと次女は思ったより元気にしていました元々天真爛漫で前向きな次女。初めてみる電動ベッドに興味しんしんでこうやったらベッ
先月の脳外科でのこと。右目半分の視野欠損の発作は今も相変わらず続いていますが(月に1〜3回程度)体調は悪くないですなので、いつも通り気負うことなく診察に行ったんですが主治医から初めて聞くワードが。主治医「画像では新たな病変はないですね。が…少し嚢胞がありますね〜」私「えっ?んん?の、嚢胞?」主治医「この小さくなった腫瘍の上に丸いのがありますよね。これ嚢胞です。今は症状もないみたいですし、大きさも小さいので様子を見ていきましょう。」私「は、はぁ〜…ちなみに、嚢胞ってなんですか?」
お見舞い手術日の前日の夕方病院の理容院にて髪の毛を剃った。そんな時に今年担任の2年生の先生と去年担任だった先生と隣のクラスの先生の3人でお見舞いに来てくれました。先生達もぼうずになった次女を見て少し戸惑っていたように感じました。なんて声をかけたらいいのか悩むよね次女はぼうず頭が少し恥ずかしそうだった。先生は「お渡しするものが…」とクラスメイトの寄せ書きと色々なお便りや沢山の新学期の書類を持ってきていましたクラスメイトからの寄せ書き。凄く嬉しかったし有り難かった
こんにちはさくさく記事を書かないと、忘れていくことに気付きましたもうすでに忘れている東京の大学病院に行ったお話の続きです注:私の所感がかなり含まれます。この病院が大好きな方、K先生の推しの方、気分を悪くされたらすみません・・・・病院に9時過ぎに到着し、受付をします(都会にあるコンパクトな病院という印象。人の数に対して狭いな~と。いや、今までの病院がきれいで大きすぎた)持参したデータの準備が出来た人から呼ばれるシステムのようですが、ここ
入院4日目夜中何度も看護師さんが次女を起こし意識確認をしてくれました。次女は寝付きは良い方なので幸いにも確認後は直ぐに寝られたようでした頭痛や嘔吐があり水頭症の悪化や脳への圧力の可能性もあるので薬や点滴で脳への圧力を抑えていました。そのお陰もあり4日目は1日元気に過ごすことが出来ました。プレドニンはずっと飲んでいたので吐き気が無いときは食欲がモリモリ。特に食事制限もなく食べたいものを食べさせて大丈夫との許可がおりていたので下のコンビニに行きたこ焼きやコーン
※「BPから何日目の記録」記事は過去に書いたものを予約投稿している形式ですので、現在と時間軸に差があります。体調が安定しないため、リアルタイムで投稿したブログ記事は現在の状況となりますm(__;)私は…残念な醜態を晒しつつ、日々、生きています。BPから236日目の記録7回目のエムガルティから3日目20263月19日(木)顔面が痛い。痛すぎる。そして異常に眠い…眠い…(;´д`)トホホ…朝ご飯はパンを1つ、キュウイフルーツ1つ、牛乳午前診でホーム病院に痛み止めをもらいに行きたか
先日、MRIと診察が有りました。前回、夏の教授進診で首の痛みについて相談しました。首の痛みの原因が頚椎症なのか?椎骨動脈関連なのか?不安な事を訴えました。怖いのが椎骨動脈の解離性動脈瘤から血栓が飛んで脳梗塞なので、脳梗塞の痕跡の指摘もあり更に不安に。昨秋から左手の痺れも加わり、相当不安でしたが何とか診察まで大幅な症状の進行は無く迎えました。初めての先生で緊張しました。硬膜動静脈瘻は再発無し。新しい脳梗塞の痕も無し。そして、頚椎症の鑑別から進める事に。頚椎症かどうか?頚
R8年2/22〜1ヶ月ほど三叉神経痛に苦しみました今までにも時々痛くなることはあったものの、こんなに痛いのは初めて。今までは顔を洗う時にビリッと痛むくらいで1週間も経たないうちに気がつけば治っていました。今回は話しても痛いしご飯を食べる時も痛い。酷い時は、まばたきをするだけでも歩いているだけでも痛くてしかも痛みが酷く、するどい静電気のような痛みがビリッもう必要最低限の家事と仕事に行くだけで精一杯でした今まで休んだことのないフラのレッスンまで休むほどでした
都内在住。中学の息子、小学生の娘のママです。40代でクモ膜下出血で救急搬送され、コイル塞栓術をしました。クモ膜下出血を起こした日↓『突然、、。』去年の年末。2021年12月27日。27日、28日とパートに行けばお休みコロナも落ち着いてきてたけど若干増え始めなんとかギリギリ、お正月に実家に2年ぶり?に帰…ameblo.jp未破裂脳動脈瘤、高血圧、橋本病で通院中。金属アレルギー持ち。※なさゆみこ、とはニックネームで本名ではありません。いつもご覧いただきありがとう
スケーリングの危険性スケーリングとは歯に付着した歯石を取る治療法のことを言う日本の歯科界では決して歯石が付着しない方法をお教えしない!私も当初は普通に歯石を取るには当たり前と考えておりましたしかし、連続的に歯石を取っているといろいろな問題が発生することを知ったのだ確かに、スケーリングによって炎症を起こしている歯茎にさらに傷をつけてしまう!その結果、菌血症と言って血液中に歯周病菌が大量に入り込んでしまうのであるその歯周病菌が全身に周りいろいろな病原を作るこ
息子さん、何歳ですか?と聞かれて、あ、昨日で11ヶ月じゃん!と気づいた。息子(11ヶ月)今日も脳室内にできた謎の脳腫瘍と闘っています!『まさか』入院2日目の朝小児科の先生が「CTを撮りたいけど、被爆するから将来甲状腺がんになる可能性が100人に1人から100人に5人の率に上がる。」と言うので、ちょっと…ameblo.jp手術が無事に終わり、水頭症に再びなっても手術しなくて済むようにポンプが頭に入った。↓手術をした理由『これってアルアルなのですか?!』『まさか』入院2日目の朝小児科の
脳外科での話病院に到着し重い足取りで脳外科に着きました。名前を言い待合室で待つことに。この時、ずっと名前を呼ばれなければいいなと思いました。このままずっとずっと名前を呼ばれなかったらなって。話を聞くのが怖くて怖くて堪らなかったから。だけど、暫く待つと呼ばれてしまいました。当たり前のことなのだけれど…。心臓の音が聞こえそうなほどにバクバクしていました。緊張しながらドアをノックし診察室に入りました。脳外科のT先生。今までの経緯を改めて聞かれて耳鳴りから始まったこ
ここしばらく壁の中からカタカタ音がしていて、害獣駆除業者の人に見てもらったらネズミだろうとの事で、今日ネズミ追い出しと破れた通気口に上から金網を貼ってもらいました。一階の屋根裏に煙を吹き付けてネズミを追い出す作戦の様でした。ネズミは逃げて行ってくれたか分かりませんが、取り敢えず終わってほっとしました。夕方脳外科に向かいましたが、生憎水曜日の午後が休みでした。折角車を出したので、久し振りに図書館に行きました。片付け本を中心に借りて来ました。それから、これもまた超久し振
前回の続き『頭に新たな悩みの種』先月の脳外科でのこと。右目半分の視野欠損の発作は今も相変わらず続いていますが(月に1〜3回程度)体調は悪くないですなので、いつも通り気負うことなく診察に行った…ameblo.jp主治医の外来日ではない日に臨時受診したので別の先生に診ていただき、「MRIを撮りましょう」となりました。先生「脳梗塞がないか、脳の血管もみておきましょう。今日は単純で撮りますね。」私「わかりました。よろしくお願いします。」と返事をしたものの、え?脳梗塞?脳の血管?今まで撮っ
入院3日目やはりほとんど寝られず朝を迎えました。天井を見るたびに「現実なんだ」と思い知らされ打ちのめされる気がする。次女はなかなか起きなくて心配になり何度も何度も呼吸を確認しました。午前中はお風呂の許可がでて入ることに。泡で遊んでいる次女の姿を見ていると愛しくてたまらない。午後からは私の両親が来てくれました。両親は朝長女を中学校に送ってくれた後に自分の家に帰り(実家)家の仕事をし夕方長女が帰る時間になったらまた長女を中学校に迎えに行ってくれて
職場へは入院決定した日に電話で上司にざっくりとは伝えました。・まずは身体第一。・退院後の仕事などはおいおい決めれば良いから今は休むように。上記2点を言われ、仕事で穴をあけるのに申し訳ない思いと感謝の思いになりました。退院後に復帰の話し&病気の事をするため上司に時間をとって頂きました。病気の事は医者に言われた事をそのままお伝えしました。仕事に関しては運転NG以外はとりあえず通常通りで良いという旨を伝えました。業務内容をすこし軽減するかたちで退院して4日後から仕事復帰しました。
4月22日朝になっても鼻血が痰になり口から出てくる。緊急で耳鼻科の先生がHCUまで来て診てくれました鼻に止血剤(ボスミン)を染み込ませた綿を詰めて翌日までそのまま入れておくことに息が苦しそう朝御飯も昼御飯も沢山は食べられないけど少しずつ食べることができるようになりました次女にマッサージやお世話をしながら私は次女に言いました。「パパやママがおじいさんおばあさんになったらこんな風にお世話してね」すると次女は「絶対にしてあげるね」と言ってくれた。本当