ブログ記事3,387件
10週目に入った頃、大学附属病院に行き、NIPT検査の遺伝カウンセリングを受けに行きました。事前に調べていたので、自分で調べて得た知識の答え合わせのような感じでカウンセリングを受けました。遺伝カウンセラーの方に、「お二人ともまだ若いので、そんなにリスクはないかと思われます」「検査を受けられるのは、35歳以上の方が多いです」と言われましたが、内心は「リスクが低かろうと、こういうことはあるときはある」と思いながら聞き流しました。それでもこのとき、実際に自分たちに起こっている
退屈だった入院生活も、2週間。数日毎に交換する点滴の針は、漏れたり、失敗したりして交換する場所が見つからなくなってきました。25週を迎え、約束通り私はMFICUから一般病棟へ移りました。個室は1泊1万円以上。正直、そんな余裕はありません。当然のように大部屋へ移ります。今まで自由だった空間はなくなり、常に誰かの気配がある生活。交流はないけれど、なんとなく事情はわかってきます。妊娠高血圧。妊娠糖尿病。切迫早産。双子妊娠。待合室では「みんな何かある仲間」と勝手に心強
お久しぶりです。どのくらいぶりかというと…約3年半?じゃがさんは滞りなく小学生になり、特別支援学校も4年目…はや!発達は相変わらずですが、とにかく笑顔で愛嬌があるので周りの皆さんに可愛がられてのびのび成長中です。じゃがびーちゃんもピカピカの一年生になりましたー‼︎そして私は…離婚しました(爆)!!まぁこの話は長くなるので追々…。とにかくそんなわけで我が家は、シングルマザー×重症心身障がい児家庭になりましたがなんとか生活回っております。特に素晴らしい能力はない母なのでどこまでやれ
超音波検査の日まで、努めて明るく振る舞い首のむくみについて、一度も検索することなく過ごしました。この日の早朝、母と二人で超音波検査のクリニックに行きました。先生が一人で、わたしたちを待ってくれていました。先生は、早速みていきましょうと、ジェルをお腹に塗り、エコーの機械を当てました。赤ちゃんは、手や足をぴょこぴょこ動かして元気な様子でした。「心臓の部屋はちゃんとできていますよ」「手も足も指は5本、ちゃんとできていますよ」「お顔もトリソミーの特徴は見られないです」「鼻の
分娩室に看護師さんが戻ってきました。わたしは分娩台から、わたしを分娩室まで運んできた病室のベッドに転がるように移動しました。看護師さんと夫がわたしを乗せたベッドを病室まで運んでくれました。病室に戻ると看護師さんはベッドを固定し、ポータブルトイレを回収しました。「もう普通にトイレを使ってもらって大丈夫ですからね」そして、ルートを腕に残したまま、点滴が外されました。しばらくしたら昼食を運んでくると言って、看護師さんは出ていきました。汗をびっしょりかいてパジャ
検査から2日後。クリニックから羊水検査のFish法の結果が出たと、電話で連絡を受けました。その翌日の夜9時に予約を入れていただき、夫と結果を聞きに行くことにしました。仕事から帰ってきた夫と軽くご飯を食べて、すぐに車で向かいました。クリニックに着き、結果の話をする前に、エコーで娘の様子を見させてもらいました。リンパ管腫はさらに悪化していて、娘の頭から首のあたりは、分厚いクッションに包まれているように見えました。分厚くて柔らかいクリニックの上に体が乗っていて、体が半分沈みこん