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お腹の痛みが落ち着いた頃、看護師さんが来てくれました。赤ちゃんが産まれた後の話をしに。「産んだ後、何かやりたいことはありますか?」やりたいこと……?何ができるのかも、分かりませんでした。聞いてみると、・母子同室・抱っこ・沐浴・手形や足形を残す・家族写真を撮るそんな選択肢があると教えてくれました。「会いたくないという人もいるし、強制ではないからね」そう言ってくれました。正直、何をしたいか、何をするべきかよく分かりませんでした。だから私は言いました。「できそうなこ
24w3d。エコー後の医師から「今後の話を、ご主人も一緒にしたい」と言われました。その一言で、心臓がぎゅっと縮みました。きっとあまりいいことを言われないだろうと、怖くて前の日の夜は、ほとんど眠れませんでした。翌々日、久しぶりに直接会う夫。夫は会えたことを喜んでくれているのに、私は怖くて仕方なかった。安心と恐怖が同時に押し寄せて、また涙が出ました。(不育症を経験していると、“夫も一緒に”という言葉がどれだけ重いか分かりますよね)医師の説明は、とても丁寧でした。・完全
MFICUから、病棟の一番端の個室へ移動しました。ナースステーションからも遠く、隣の部屋にも人はいないみたいで、赤ちゃんの泣き声やモニターの音が聞こえない部屋でした。それだけで、救われました。看護師さんから、旦那さん泊まって行ってもいいけど、どうするか聞かれました。夫が何も迷うことなく泊まると言いました。荷物もないのに。翌日も仕事なのに。即決でした。そのことが、何より嬉しかったです。大きなお腹はそのまま。でも、何をしても胎動はありません。静かな部屋で夫と2人、
医師からは続けて、今後について説明を受けました。・生後早期からのペースメーカー治療が望ましい・ただし24週で産まれたからと言って、ペースメーカーを埋めるのは難しい・この病院では32週頃から可能・より早く対応できる病院があれば転院を検討したほうがいい・ただ、胎児水腫になっているため、子宮内で亡くなる可能性もある・緊急帝王切開もあり得るが、週数が足りなければ救えない想像はしていました。でも、厳しいということを言葉にされると、やっぱり苦しい。夫は、ずっと私の手を握っていま
退屈だった入院生活も、2週間。数日毎に交換する点滴の針は、漏れたり、失敗したりして交換する場所が見つからなくなってきました。25週を迎え、約束通り私はMFICUから一般病棟へ移りました。個室は1泊1万円以上。正直、そんな余裕はありません。当然のように大部屋へ移ります。今まで自由だった空間はなくなり、常に誰かの気配がある生活。交流はないけれど、なんとなく事情はわかってきます。妊娠高血圧。妊娠糖尿病。切迫早産。双子妊娠。待合室では「みんな何かある仲間」と勝手に心強
振り返ってみると、11週で異常を告げられた日から、この子と何度も試練を乗り越えてきました。一緒にいれば、また乗り越えられる。どちらにしても難しいなら、少しでも長く一緒に頑張りたい。でも正直、帝王切開をして亡くなったら次の妊娠に影響が出るかもしれないという思いもありました。私は、私を一番大切にしてしまう。それも本音です。「もう少し、一緒に頑張りたい」そう伝えると、「君がそう思うなら、それがいい」と夫。しばらく経って、先生が戻ってきました。「どうしますか?」夫が言