ブログ記事6,525件
入院しました明日がオペ日2ndlineローブレナ25mg耐性化後も服薬継続中です。いよいよ、本日、入院となりました。外来で慣れているはずの病院ですが、入院受付でマイナンバー保険証の処理をしたり、手首につける輪っか(何ていう名かわからん)を受け取ったりと、いつもとは違うスタートだったので、少しだけアウェー感を覚えてしまっていました。病室は17階で、凄い見晴らしも良く、窓側のベッドになったので、景色を眺める事で、良い気晴らしも出来ます。採血とX線単純撮影を行った後は、呼吸器外科
みなさま、やっと朝晩涼しくなって、気持ちいい季節になってきましたね💛いかがお過ごしでしょうか?私はと言いますと、タイトル通り化学療法(キイトルーダ+アリムタ)が投薬中止となりました。CTとMRIを撮った結果、右肺の原発とリンパ節に増悪が見られたためです。脳の腫瘍は、新しい腫瘍は見られないが、ガンマナイフで治療した箇所が少し大きくなっているとのこと。ただ、壊死や増悪かは不明とのこと。あー、1年ももたなかったかぁ…。がっくりしましたね。キイトルーダはわたしにはあまり聞かなかっ
【治療歴】☆2018年10月肺腺癌ステージ4と診断される。胸椎、脳、リンパ節に転移あり。骨折寸前のため骨転移部の固定手術後に放射線治療10回☆2018年11月EGFR遺伝子変異のため分子標的薬のタグリッソ80mg服用開始。☆2022年3月腰椎に転移。放射線治療5回☆2023年10月腰椎に転移。放射線治療5回☆2024年7月胸椎、肋骨に転移。放射線治療10回☆2024年8月タグリッソ終了(5年9か月)二次治療
【タグリッソ37日目】ありがたい事に、タグリッソの大きな副作用もなく過ごせてますしかし、とうとう「風邪」をひいてしまったみたい昨日の夜に、「下痢」が始まり今日の朝は5回くらいトイレとお友達でした(水下痢じゃないから辛くはなかった)くしゃみも止まらず、鼻水もしんどいし何だか喉も痛い咳も出てきたし、ちょっと熱っぽいいつもなら、市販の風邪薬や漢方で治してたけど、今は何でも薬を飲んでいいのか不安しかないので、病院へ電話して急遽受診の予約を取ってもらいました【第(2)類医薬品】パイロンP
今までの治療経過2024年の夏に肺腺癌4bと診断を受け・2024.8〜11カルボプラチン+アリムタ+キイトルーダで治療開始・2024.12〜2025.2キイトルーダ+アリムタ・2025.2〜7ドセタキセル+サイラムザ・2025.8〜カルボプラチン+アリムタ+ベバシズマブ(アバスチン)・2025.12〜オプジーボ救急車で搬送されたら…の話し入院してる間に担当医からお話があるということで夫とそらこと3人で面談する時間がありました12月の頭にはSPO2値が98%
父の火葬前のお別れをする妹つい数ヶ月前、私達は父との最後のお別れをしたばかりだった。父の場合、ゆっくりと衰えてゆく介護期間が長かったので、私個人としては死の衝撃はそれほど大きいものではなかった。と言うのもまだ母が生きていたからかもしれない。母の死の予感は、ヒシヒシと迫るものがあった。何より母自身が体調悪化により迫りくる死を感じ、死を恐れ、時には泣きじゃくりながら、それでもわずかな生への希望を信じ、もがき続けていたのだ。私は時には無情にもこんな事を言った。「大丈夫、私が最後まで看取ってあげ
父は才能と生まれ育った環境に恵まれ、社会的に成功した人だった。しかしその分家庭を顧みない人でもあった。プライドの高かった父が、足腰が立たなくなり、オムツをされ、母の手に負えなくなり、介護施設へ入所した。最初父は家に帰りたいと強くせがみ、精神不安とみなされ、向精神薬を処方された。そして父は虚ろな目をした介護施設の入居者らしい人になった。父にとって自分の建てた家は宝だった。しかしパンデミックを経て数年後には、自分の家のことさえ忘れてしまった。「私のことは覚えてるかな」「うん、〇〇子だろ?」しか
朝7時40分には職場のタイムカードを押し、変わりなく1日がスタート朝のミーティングから始まりいつもの一日を過ごしていると、13時からの休憩前に職場に母のケアマネさんから電話💦嫌な胸騒ぎ💦仕事中は携帯が持てないので緊急時は職場に直接の電話をお願いしていた。「今から緊急搬送する」と先週から風邪を拗らせしんどいのは知っていたが、「呼吸が苦しい」と…そんなこんなで13時で早退し搬送先の病院へ駆けつけた。すると次女が付き添ってくれていた。救急隊員が妹に連絡したが直ぐかけつけ
このブログは約1年前の回顧録なので、本日は1年後の現在の話になります。私は最愛の母を失いました。母は最後までこの世に執着していました。魂の抜け殻となった母の横にスマートフォンがあり、その最後の検索言葉は「肺癌治療法」深夜、私は病院から「危篤」と叩き起こされ、その5分後に「死亡」と告げられました。母は死の5時間前には普通に食事し、私と普通に会話もしていました。母は生きたかった。でも身体はもたず、あの世へ旅立つ準備をしていた。私はどうすればよかったのでしょうか?残された者も中々心の整理が出
肺癌の中でも最多の癌である肺せん癌について深読みしてみます。何故かタバコを吸わない女性に多いようです。その理由迄解明できればbestですがやれるだけやってみようと思います。という事で肺腺がんについて深読みしてみました。先ずは基本からです。肺がんの組織型分類肺がんは、採取した組織を顕微鏡で調べる検査(病理検査)の結果によって、主に「腺がん」「扁平上皮がん」「大細胞がん」「小細胞肺がん」の4つの組織型に分類されます。このうち「腺がん」「扁平上皮がん」「大細胞がん」は「非小細胞肺がん
ご訪問ありがとうございます。三重県の菰野町でピアノの先生をしております。レッスンの様子や息子くんの?な行動、日々感じたこと、を綴っております。よろしくお願いします。母の闘病記録です。患者会に送っていきました最近の私は患者会に送っていくだけにしています。本人だけにしか分からない辛いことや家族には聞かれたくないこともあると思いますからねこの日は初めて参加される方がたくさんいらっしゃったようで
ご訪問ありがとうございます!NPO法人京田辺音楽家協会理事長、ピアニスト竿下和美です2023年2月末にステージ4肺腺癌、余命一年半と診断を受けましたが、がん細胞と共存生活はもうすぐ4年目に突入!エンドレス抗がん剤治療を受けながら音楽活動を行っています◼️2023年3月~抗がん剤+免疫チェックポイント阻害薬◼️2023年11月~CBDCA+PEM療法+ベバシズマブBS併用◼️2025年8月~ドセタキセル+ラムシルマブそして現在~4次治療へ◼️2025年12月末~単体治療・
ご訪問ありがとうございます。三重県の菰野町でピアノ教師をしております。レッスンの様子や息子くんの?な行動、母の闘病記録、日々感じたこと、を綴っております。よろしくお願いします母の闘病記録です。春になって気温も湿度も上がってきて母の爪はずい分改善されました。とは言っても爪きりは厳禁以前見た時よりも確実に薄く、脆くなっています。やすりで優しく削っています。そんな皮膚症状は頭皮に
はじめまして2025年1月に健康診断を受けたら、肺に影いろいろ調べても悪いものが見つからず、手術したら「肺腺癌ステージ2bです」って言わました続くかわかりませんが、覚書として開設しました