ブログ記事3,382件
岡山県の西部にあった備中国〈きびのみちのなかつくに〉は吉備の中央に位置し、弥生時代には吉備の王墓とされる楯築〈たてつき〉遺跡(墳長約80m)、古墳時代には大王陵に匹敵する規模の造山〈つくりやま〉古墳(墳長350m)が築かれています。この備中国の国府(国司が政務をとる国庁が置かれた場所)があったとされる賀陽〈かや〉郡は、現在の総社平野から高松平野にかけての一帯に比定されています。このうち総社平野東部の金井戸地区には「北国府」、「南国府」、「御所」といった地名が残り、備中国府跡の有力な候補地と考え
古代DNA—日本人のきた道—@国立科学博物館のつづきです。自然科学と考古学、ふたつの観点から日本人のルーツをたどる展覧会。今回も館長の解説も参考に、弥生時代から記録です。▼本展を監修した館長による見どころ解説動画▼前回の記事『【最初の日本人から縄文人へ】古代DNA—日本人のきた道—@国立科学博物館の覚書』3月某日、古代DNA—日本人のきた道—@国立科学博物館に行きました。今は5月です😇自然科学と考古学、ふたつの観点から日本人のルーツをたどる展覧会。各時代の…am
エジプト考古学者の吉村作治先生は、私にとって一生一番の大恩師です✨吉村先生がエジプト考古学を日本で始めて広めて下さったおかげさまで、私は12歳頃からずっと楽しいです✨さらには、「元弟子」と名乗るのもおこがましいくらい不出来な学生だった私を調査や発掘に連れて行って下さり、最高に楽しく幸せな日々を過ごさせて頂き、感謝してもしきれません(TT)。そんな吉村作治先生のすごさをインスタでもお伝えしたい!♨と、燃えつつも手法に迷走していたのですが・・・「元弟子でエジプト考古学者の卵と
コンスタンス1世についてローマ帝国の皇帝(在位337〜350)全名:カエサル・フラウィウス・ユリウス・コンスタンス・アウグストゥスコンスタンティヌス1世とファウスタ(マクシミアヌス帝の娘)の間に三男として生まれる。コインの詳細【表】・図柄真珠の冠を被り、右手に地球儀を持っている。地球儀は皇帝が支配する世界を表していると思われる。この図柄は、硬貨を使うすべての人に「皇帝は世界を掌握している」と伝えている。このような地球儀は、ローマ帝国の多くの硬貨にも描かれており、皇帝が手に持
古墳時代に営まれた半地下式の竪穴住居〈たてあなじゅうきょ〉を発掘すると、しばしば壁際に赤く焼けたカマドのあとが見つかります(「カマドのある風景」をご覧ください)。岡山県南部にカマドが伝わったのは5世紀前半のこと。当初は四角い住居の隅に設けられていましたが、やがて北辺や西辺の中央に移ります。これは、カマドの反対側に開いていた入口と関係しているようで、南向きや東向きの住まいを好むのは今も昔も変わりません。5世紀後半~6世紀前半のカマドは、地面を深く掘り下げた竪穴の壁につくり付けられていますが、
さて、岡山県北部の下市瀬〈しもいちぜ〉遺跡で注目されたのは、何も小銅鐸〈しょうどうたく〉だけではありません(「中国山地で唯一の小銅鐸」をご覧ください)。小銅鐸の出土地から100m南に離れた場所で、一つの建物が確認されました。柱の根元に石を据えた礎石〈そせき〉建物で、南北12m、東西7m以上の大きさです。焼けた屋根瓦が見つかっていることからすると火災に遭ったのかもしれません。建物前方の斜面からは、仏具と見られる多口壺や蓮弁付鉢のほか硯〈すずり〉や灯明皿に転用したり墨書をしたりした土器が出土してい
=Xポストより=■東洋さん@toyo1126Q17学校で教えられてきた歴史や科学、考古学、医学、宗教、経済学などを未だに信じている方々がいらっしゃるようですが、それらはこの社会を支配してきたカバール、フリーメイソンによって捏造された嘘です。19世紀初頭、今から約200年ほど前、ロシアを中心に世界中で起こった「マッドフラッド(泥の洪水)」によって人類の大半が滅亡しました。それにより、「タルタリア帝国」は歴史から消滅してしまいました。学校
アメブロをうろうろしていると、慶應通信のお話を書かれていることが多いことに気づきました。通信課程の存在については知っていましたが、具体的な内容は分かっていなかったもので、受講されている方々のブログ等拝読してみました。そこで抱いた感想というか、とにかくシビアで難しそう。通学過程の記憶だと、なんとなく出席して、出席シートを出して、レポートを書けばなんか単位は来てしまう…。基本的には真面目でしたので、THE試験対策のようなことはしたことはありませんでした。それに比べると、通信課程はレポート