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ご訪問ありがとうございます。前回は継体天皇の后妃について検証しましたが、継体天皇は、かなり広くネットワークを構築していたことが見受けられます。そこで今回からは継体天皇自身がどこに母胎を持っていたのか、考えてみたいと思いますが、今回はちょっと長いので目次をご活用いただいて、ちょっとずつ読んでいただければ(;^_^Aいやぁ、いいタイミングでリリースされて良かったです。目次「上宮記逸文」の系譜凡牟都和希王は誰か?応神天皇の原像(ホムダワケ)応神天皇の原像(オオトモワケ)応神天皇
ご訪問ありがとうございます。前に「飛鳥の夢」というテーマで、飛鳥時代を取り上げた時に、「大兄」について考えているのですが、ここでもう一度整理しておこうと思います。目次大兄制とは何か?「嫡子」欽明天皇の即位勾大兄皇子の大兄冊立の意義「嫡子」による継承大兄制とは何か?大兄制(コトバンクより転載)おおえせい皇位継承が兄弟間で継承されることの多かった5世紀の段階から、父子継承が根を下ろし始める7世紀後半に至るまでの過渡的な皇位継承の制度。「おいね」とも読む。6世紀の勾大兄皇子(まが
さて、福岡・久留米から西へ、吉野ヶ里遺跡を訪ねた翌日には、今度は久留米から南へ。西鉄バスで八女市へと向かったのでありますよ。目指したのは岩戸山古墳とこれに関連する展示室の設けられた「八女市岩戸山歴史文化交流館いわいの郷」でして。西鉄久留米駅前から西鉄バスで30分ほど、福島高校前のバス停で降車しますと、大きな案内看板が目にとまりました。ところで、そもそも岩戸山古墳を気に掛けたのはその被葬者が筑紫君磐井であることからなのですな。2022年9月、大阪・高槻市の今城塚古墳を訪ねたのですけれど、