ブログ記事681件
現在の皇室と天照大神(豊玉姫・卑弥呼)・宇佐王家の関係、繋がりについて改めて考えみます。蘇我王朝が、現在の皇室に繋がるのは、旧東出雲王国の富家から蘇我家へと養子に入り、振姫と結婚したオホド王が、継体天皇として即位したことから始まるわけですが、手白香皇女(たしらかのひめみこ)との子、欽明天皇から考えれば、あくまでも継体天皇は、蘇我氏に養子となった者として、蘇我王朝とは言えないのではないか、との疑問もあるわけです。もちろん、継体天皇と蘇我本家の振姫との子となる安閑天皇、宣化天皇の二代は、
武烈天皇は実在しません、って話をします。誰だそれ、とか言わないで。古代の古代にいた、日本史上最悪最凶の君主ですよ。実在しないんですけどね。中国では、ある王朝の歴史はつねに新しい次の王朝によって編纂されます。このとき、前王朝の最後の皇帝は、王朝を滅ぼした責任を一身に背負わされ、あることないこと悪口雑言を書かれるのは宿命です。最後の皇帝が「天命を失っていた」からこそ、その王朝を滅ぼす大義名分があるのですから。これは、日本においても同じです。「王朝最後の天皇」は、きわめて「徳のない」人物に
天皇家は、延々と血が繋がって現在に至っているわけですが、出口王仁三郎さんの氏族の方は2度途絶えている!と語ったようです。1度目は、今から約1500年前で、2度目は明治維新の時だと言われています。これは、継体天皇が即位した時と、明治天皇が即位したときと言われています。継体天皇も全然遠縁な方が天皇になったのも疑問が残るかと思います。なんで越後から天皇を持ってきたのか?また、継体天皇以前の実在も確かでないとも言われています。これは、今から1500年前に