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ご訪問ありがとうございます今回から「日本書紀」も「敏達天皇紀」に入りますが、この辺りから、異母姉妹や叔母、姪との近親婚が増えてきます。なぜかというと、「嫡子」欽明天皇以来、天皇の血統がとかく重視され、「嫡子」つまり、雄略・仁賢・継体天皇の血を引く欽明天皇の血統が重視されていき、皇后も皇族から選ばれて、その子がまた血統を受け継ぐ、「嫡流」が形成されるからです。金色が嫡流だと思ってくださいそういう意味では、敏達天皇は継体天皇の嫡孫でもあり、母石姫皇后(宣化皇女)を通じて、継体天皇の最
武烈天皇は実在しません、って話をします。誰だそれ、とか言わないで。古代の古代にいた、日本史上最悪最凶の君主ですよ。実在しないんですけどね。中国では、ある王朝の歴史はつねに新しい次の王朝によって編纂されます。このとき、前王朝の最後の皇帝は、王朝を滅ぼした責任を一身に背負わされ、あることないこと悪口雑言を書かれるのは宿命です。最後の皇帝が「天命を失っていた」からこそ、その王朝を滅ぼす大義名分があるのですから。これは、日本においても同じです。「王朝最後の天皇」は、きわめて「徳のない」人物に
こんにちは、スタルペスです前回の今城塚古墳につづいて番外編をお届けします。今回は、大阪府茨木市の「太田茶臼山古墳」です。今城塚古墳からすぐのところにあるので近くの病院のコインパークにレンタカーを停めて訪問しました。※太田茶臼山古墳の前方部と周溝この太田茶臼山古墳は全長226m、高さ19.8mの前方後円墳で全国21番目の大きさを誇ります。宮内庁により「三嶋藍野陵(みしまのあいののみささぎ、三島藍野陵)」として第26代継体天皇の陵に治定されていますが、築造年代が
ご訪問ありがとうございます。実は次回の継体天皇の出自について30年ぶりくらいに岡田精司氏の「継体天皇の出自とその背景」を読み返しましたところ、「上宮記逸文」の分析において、同じ論旨になっているところが多々ありましたので、前回と前々回にその点を加筆致しました。ご了承を御願い申し上げます。さて、前回の凡牟都和希王がめちゃくちゃ難問でしたので、今回はさらりと(^^;)目次「上宮記逸文」の検証母々㤙己麻和加中比賣雄略天皇の母系一族「上宮記逸文」の検証まずは読み下し文を再掲します。前
☆断夫山古墳(だんぷさんこふん)尾張国愛智郡愛知県名古屋市熱田区旗屋町(大型P有り)(許可を取れば登拝できるようです)■形状前方後円墳*周濠有り(二重周濠の可能性有り)*造出有り(後世に造作の可能性有り)*三段築成*葺石があったとされる■全長全長151m(推定長160m)*前方部東南が欠失、後円部1/3が掘削済み■築造時期古墳時代後期(6世紀前半)■埋葬施設(不明)■出土品円筒埴輪列有り朝顔形円筒埴輪片、形象埴輪片須恵器(子持高杯があったとされるが所
まず、『日本書紀』が継体天皇を「応神天皇五世の孫」としているのが謎解きのポイントとなります。「倭の五王」のくだりで述べたとおり、その5代の天皇の間に、実際には応神天皇を祖とする一族から別の一族へ王朝が変わっていますが、『日本書紀』はその断絶を認めず、『釈日本紀』の筆者卜部兼方(鎌倉時代の官人)によって、応神の皇子である稚野毛二派(わかぬけのふたまた)皇子の曾孫を継体として扱い、皇統をつないでいます。果たして応神天皇の皇子から継体までつながるのでしょうか。『日本書紀』によ