ブログ記事8,049件
早朝4時ぐらいから母は口が乾いたのと体力が限界に近くなったからか声が出なくなった。意識はあるけど、声が出ないから母の伝えたいことが聞き取りにくい。けど一生懸命何か伝えてくる。それは私達が補助した後の「ありがとう」など最後まで自分の事より私達や相手をいつも気にかける母の言葉。少しして喉がゴロゴロいいだした。これは死期の近い人に起こる1つのサインだと私は知っていた。日本に帰ってくる前に間に合わなかったらどうしようという不安から死期が近い人に起こるサインを調べていたから。私は妹に後1日か
夜中の2時過ぎぐらいから母の吐血の回数が増えた。(鮮血ではなく黒いコーヒーのような吐血)もう私達は時計を見る暇などないぐらい吐血→片付け→吐血→口腔ケア→水分補給の繰り返し。吐血は全て口から。母が「この鼻のチューブ意味ある?」と聞いてきてチューブをすごい外したそう。私も外してあげたかったけど、吐血の回数も増えてたし、素人が鼻のチューブを外すのは怖かったから明日の朝、訪問看護の人が来たらすぐに外して貰うようにしようと母に伝えた。腹水でお腹パンパンで身動きが取りにくい母、吐血する度に私と妹が
終末期で手の施し用がありませんと言われる前まで、母は家族とほんの数人にしか病状の事を伝えていなかった。それ以外の人には少し体調を崩してると言ってただけ。心配をかけさしたくないという理由と彼女自身が膵臓がんに絶対に勝つという気持ちがあったから。だけど終末期という事を知らされた後は会いたい人や今までお世話になった人達に病状を伝えた。その次の日から日本国内いろいろな所から、たくさんの人達が母に会いにきてくれた。母の偉大さを改めて感じた。この時の母は、モルヒネのおかげなのか痛みに強いからなの
夜9時過ぎには布団の中に入った私達。母は口、喉が渇くと水を欲しがった。ガーゼのような布に水を含ませて唇の上に持っていき水を吸わせる、またはコップの水をストローで飲ませるなど。一度に飲める量はほんのわずかだから頻繁に。この時、母は1時間に1、2回吐血するようになる。私達は母のお世話や母の容態が気になって寝れない。母も同じく吐血や身体の痛みなどで寝れていない。だけどお世話や吐血した後、必ず母は「オッケーありがとう。さぁ皆んな寝よう寝よう」と言って私達を常に気遣った。でも布団に入って数分
12月19日金曜日2回目の化学療法パクリタキセルとアバスチン投与する抗がん剤の量は通常の30%トータル1時間半程で、点滴をしながら温熱療法(ハイパーサーミア)をします。ハイパーサーミアは患部を中心に一対の電極盤で身体を挟んで、電極間に高周波を流すことで熱を発生させて患部の温度を上昇させる仕組み。温熱療法は7回目。最初のうちは痛くて痛くて、なかなか出力が上げられず500〜600Wくらいだったのですが、毎回汗は大量にかきながら、徐々に出力を上げられるようになり、今回
人間【絶対】と言えるのは、ただ一つだと思います。【人間絶対に死ぬ】縁起の悪い事を言わないでと言われる方が多いと思います。医学がいくら進歩したといっても、死の苦しみは簡単に和らぐものではありません。そんな折週刊現代に医者が明かす「痛い死に方ランキング」ワースト50なる記事が掲載されていた事を思い出し調べてみました。そもそも論ですが、痛感等は個人差があり医師は何を根拠にこんな順位を付けられるのだろう?そこで何らかのエビデンスに基づきデータを掲載しているのか調べてみました。と言っ
2部に分けて投稿しています本文はこちらです看取りケアの技術終末期に起こりやすい発熱と低体温(冷感)終末期は発熱や低体温が起こりやすい・高齢者は、体温調節機能の低下により、気温や室温の影響を受けやすくなっています。・終末期となり、身体が衰弱してくると、急に発熱したり、低体温になったりすることもあります。・発熱は感染症や脱水によっても生じますが明らかな感染症がない場合は冷罨法(クーリング)などで対応します。・発熱は頻脈(100回/分以
ドクターが帰った後、私は叔母や叔父、妹、兄達、身近な家族達にだけ母の時間が1週間もないことを伝えた。母はラムネみたいに舐めるタイプの痛み止めを飲んでも身体は相変わらず痛いと言って私が昨日よりしんどい?痛みは強くなっている?と聞くと頷いた。そして身体が熱いのか「熱い熱い」とも言っていた。眠れてもいないし体力も限界だったと思う。それでも母は私達の事を気づかってばかり。トイレも自分で行こうとしたから、今日は歩くの大変だからオムツでしようと伝えた。この時はしんどそうだったけど時折、自分で水
先週はみなとみらいの放射線学会総会に参加してました。自分の発表は、動注の即効性の効果について、です。癌性症状の緩和を実感する時間がカテ後翌日が最も多く、僕の101例の臨床経験では、やはり動注は即効性だったが結論でした。が、まあ、放射線科の学会は画像が中心なので、臨床や抗がん剤のこういった話はあまり受けが悪くて、5月のIVR学会ではもう少しウケてほしい。でも、関東の親友先輩先生が、やっぱり関の治療は面白くて臨床効果も高いな、俺も真似してみようかなあと言ってくれたのはちょい嬉しか
訪問看護の人が来て、すぐに吐血の事を伝えた。訪問看護の人はそうですね。これからはさらに吐く事が多くなるかもと小さい声で私に知らせてくれた。そして今後は下からも可能性があるので汚れても良いようにと母の枕元とお尻周りに防水シートを用意。母は身体の痛み、吐血、トイレに1時間起きに行ってたから全然眠れてなかった。ご飯も食べれていないから体力も限界だったと思う。そんな状況なのに母は私に休んでと何回も言った。私も眠れなかったし正直2日間ちゃんとした睡眠がとれてないからしんどかったけど平気だよと伝え
前回のアメンバー記事でご報告しましたが先週、母(95歳)が発熱したと施設から連絡がありました。私はおそらく、昨年処置した胆管ステントが詰まって体(肝臓)に炎症が起っている可能性が高いなと思っていましたが、血液検査の結果から、施設の訪問担当医師もその判断でした。そのとき施設から確認されたのは「病院へ搬送しますか?しませんか?」という決断でした。母とはまだ認知症になる以前、本人の意思がしっかりしていた頃から「もう積極的な(延命)治療はしない」と話していたので、家族として
筋肉、脂肪が無くなりつつある私のカラダカラダ中が痛くわがままになる痛み止め胃瘻から入れてーマットレスが固いから変えてー夜中も痛みで目が覚めナースコールカラダの向き変えてー横になっていると痛いから起きるーとカラダがわがまま言いホーダイレスパ8日目ですがまともに寝れません緊急入院してた時はどう過ごしていたのだろう?今日の夜も看護師に迷惑をかけるのカナ?私のわがままボディは…
昨日の夕食はちらし・押し寿司セットでした。また,夕食は冷やした桃でした。寿司セットの味は普通でこんなモンでしょう。一方,桃は美味しかったが一人で食べるには量が多く満腹となりました。妻がいれば半分食べてくれるのですが。昨日は0時前に精神安定剤と睡眠薬を服用し0時半前に消灯しました。そして寝つきは良く7時過ぎに中途覚醒があったがまた眠れて9時に起床しました。スマートウオッチでの睡眠の質の評価は82点でした。睡眠時間は8間23分でした。なお,起床後の血圧は140-72mmHg
2部に分けて投稿しています本文はこちらです看取りケアの技術呼吸の変化を観察する呼吸状態の変化について理解し、家族に説明する・最期のときが近づいてくると、呼吸の状態が変わってきます。・口を開けたまま、あえぐような呼吸をすることがあり、苦しそうに見えますが、ご本人は苦痛を感じていないとされています。・終末期でこのような呼吸をしているとき、心臓や肺の機能は低下し、呼吸筋の動きも弱くなっています。・血液中の酸素が欠乏し、脳に十分な酸素が供給
おはようございますブログを読んで頂きありがとうございます昨日、入院している祖母の元へお見舞いに病院に入ると、職員さんが一斉に「お誕生日おめでとうございます🎉」の声病室に入ると壁一面にお祝いの飾り付けがな、なんと市の最高齢だそうです👏👏数日前までは、今月退院して施設に戻る予定でしたですが、お医者様の話ではもう終末期に入っていて回復の見込みは無いとの事それはそうですよね〜108才、すごいですよね😍祖母は昔からお坊さんに「私は108歳で逝くので,よろしくお願いします
2025年7月22日(火)今日は先週に撮ったCTの結果を聞きに病院へ。新たな転移は発見されなかったが、原発は肥大していたのである。そして…本日をもって、積極的な治療は終了したのである。苦しめられ続けた抗がん剤の副作用との闘いは終わりを迎えたのだ。末期癌…これからは3週に一度のペースで通院し、痛み止めの処方を受けながら余生を過ごすのである。残された時間がどれ位なのかは分からないが、最期まで必死に生きてみようかと思う。『我が人生、悔いなし!』そう思えるように…
お昼すぎに訪問ドクターと看護師の方が来てくれた。母のお腹の様子や一通り診察して点滴を開始。この時まで母は点滴の事を気にして私達に、これ落ちてる?点滴ちゃんと落ちてるって常に聞いていた。私はゆっくり落としているから落ちてないように感じるけど、ちゃんと量は減っているから点滴できているよと嘘をついていたから点滴がちゃんと開始され母に嘘をつかなくても良くなったから一安心。ドクターに吐血の事を伝えると、口からの吐血ばかりは辛いから鼻にチューブを入れて鼻から出すようにしましょうだったか、ちゃんとし
病気が発覚し、手術をして再発予防の抗がん剤治療をし、経過観察をしていたのが今から約2年前。2年前、私はステージ4のガン患者になった。しかも、多発肺転移。肺にたくさんの小さな癌細胞が散りばめられた状態でした。個数も数えられない程のガン細胞たち。それらをやっつけるべく、抗がん剤治療を開始し、効かなくなると次の抗がん剤、また効かなくなったら次の抗がん剤と、4パターン試したけど、私の肺に居座ったガン細胞たちは、勢いを強め、増えていった。大きな病院では、標準治療を
やっと日本に帰れる日、私は複雑な気持ちだった。母がこの日まで無事でいてくれた事は、とても嬉しいし有難い。だけどきっとこれが母と会える最後の時間になるかもと考えたら日本に帰るのが少し怖くなった。会いたい気持ちや帰りたい気持ちは強いけどいつものような明るい気持ちとは違ったから。長いフライト中も母の状態がずっと不安で眠れなかった。日本に到着して、母の無事を確認して一安心。ゼリーぐらいしか口にできないと聞いていた母に美味しいゼリーを食べさしてあげたいと千疋屋のゼリーを何種類か買った。そして
抗がん剤が使えない?!先日、夫に付き添いで病院に行った時のこと。主治医から、クレアチニンの値が高いので、抗がん剤治療は出来ません、と言われました。クレアチニンでわかるのは腎臓の働き。その値が高いと、抗がん剤が尿できちんと排出されない。薬が身体に溜まったり、副作用が強く出たりするため、安全に使えないそうです。まさかの展開に夫も私もビックリ。最後となる治療法に期待していたからです。完治への期待ではありません。ガン細胞が大きくなるのを抑えて、余命を長くするためでした。さらに主治医か
私の知る限りコメント数『ピカ一』サンフランシスコさんのblogです。元気をもらえましたので紹介します。我がブログファンの中には闘病中の方が沢山おられます。アイアンマン稲田弘さんからのメッセージです。・諦めない心を持ってほしい・チャレンジすることを恐れないでほしい・夢を持ち続けてほしい『やれば出来る!93歳過酷なアイアンマンレースに挑戦し続ける男』アイアンマンレース史上最も偉大な挑戦者の一人世界最高齢完走者としてギネス世界記録を持つ稲田弘さん佐原(千葉県)倉敷
睫毛反射(しょうもうはんしゃ)とは、睫毛(まつげ)の根元を触ると閉眼する反射のこと。これが消失すると終末期において脳幹機能の低下を示す重要な指標となる。母は開眼しているとき、黒目を上に向けて目を見開くようにしていたがそれまでは、睫毛に触れると目を閉じたのに今日の午前中から睫毛に触れてもまばたきしたり目を閉じたりしなくなった。睫毛反射の消失血圧も120→100→80と下がってきている。手首の血管、橈骨(とうこつ)動脈はまだとれている。橈骨
こんにちはラスール草加ですいつも見て下さりありがとうございます先日職員の研修を2つおこないました通常疥癬を学ぶ入居者様の状況に合わせて施設全体で周知・確認の為にも随時研修を行っています看取り対応最期の呼吸と私たちにできる事終末期に多い呼吸法を学ぶ事で状態把握をしご家族様へご心配や不安を取り除くお声がけができる様に学びました✎これからも研修を通して様々な事を学んでいきたいと思います管
4月24日(金)3週間毎の治療の日。数ヶ月前までは、酸素ボンベも無しで一人で電車で行けていた病院。酸素ボンベを持参するようになってからも、着替えなどの荷物を持って一人で電車で行けていたのですが、夫に付き添ってもらうようになり、遂には、電車移動も大変になり、今回からは夫に車で連れていってもらいました。車から降りて、少し歩いて、病院に到着すると、やっぱり咳が止まらなくて。。。落ち着くまで診察を待ってもらう事に。ほんと、少し歩いただけなのに息切れと咳と発作で嫌になるわ
いつもありがとうございます。自然療法スクール&アロマサロンアンデイーンの早坂美惠子です。50歳を過ぎて、こんなお悩みありませんか?「笑いが絶えない講座です」・最近、同世代の友人がガンになった自分の死も、急にリアルに感じるようになった・親の介護や看取りが近づいてきている・大切な人を悔いなく見送りたい・死がなんとなく怖い自分の死と向き合えない・「私の人生、このままでいいのかな?」とふと思う人生のゴールが見え始める