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おはようございます。叔父さんを看取った2年半を綴っています。叔父さんの相続については、司法書士さんにお任せして、たぶん完了するのは、年明けになるでしょう。今まで登記以外で司法書士さんに依頼したことはなかった。親の介護はしたけど、施設入居までする事はなかった。ちょうどNISAを始めた頃に、叔父さんの遺言書作成に関わったので、叔父さんが20年も投資をしている事を知った。身近で投資をしている人なんて居なかったので、叔父さんを通して、定年後でも投資するのが遅くない事を知った。
おはようございますcarenavi_gate訪問看護師米中京子です。「できれば、家で過ごしたい。」その希望を聴いて、一緒に過ごす時間を思い浮かべる。同時に、「どうすれば、それができるのだろう」と心配になる。夜に具合が悪くなったら。一人で介助できなかったら。仕事に出ている間は、どうしたらよいのだろう。家での療養を考えるとき、家族がすべての答えを用意する必要はありません。まずは、医療者や支援者に確認したいことを、三つに分けてみませんか。①困ったとき、誰
今日は、神奈川県看護協会の「訪問看護師養成講習会」の最終日でした。5月25日から始まって、10月14日まで。約半年です。修了証書をいただいて、そこに書かれている研修期間を眺めながら、「ああ、本当に終わったんだなあ」と、少しだけ感慨深い気持ちになりました。なかなかハードな研修でした。この講習会が始まった頃、私はまだ今の訪問看護の仕事を始める直前でした。訪問看護について講義を受けながら、「在宅ってどんな感じなんだろう」「病院とはずいぶん違うんだろうな」くらいのことを考えてい
もう6年も前になる2020年10月の終末期の記録。******母が体調を大きく崩し、8月中旬に実家に駆けつけて以来、2ヶ月、実家で長期看病滞在している。長野の我が家では、慣れない家事と仕事の両立にひとり奮闘していたオットさんにも体調不調が出て・・・夫婦そろってそれぞれにトホホ。目の前で下血と大腸癌による腸の痛みにヒーヒー言ってる母を看護介助しつつ、オットさんに良かれと思うアレコレを電話で指示しつつ・・・ピンチだ、これは人生で何度か訪れる大ピンチの峠越えだ
おはようございます。叔父さんを看取った2年半を綴っています。鹿児島に帰ってきたのは、叔父さんが亡くなって10日後。司法書士さんと面談、猫ちゃんの陸送。夏休みが近づいているので、さっさと帰りたかった。(飛行機も高くなるし、暑すぎる)もう、川崎に滞在する理由がない。鹿児島に帰って次に、手配しなければいけないのは、四十九日。義父母の法事をお願いしているお寺は、遠い親戚にあたる。今までも、川崎のお寺にお世話になっていたが、鹿児島のお寺とは違う事はいっぱいあるので、気になることを
❤薬に頼らず心と体を調える❤国際中医薬膳師抗癌剤なし乳癌サバイバー胡桃じゅん(くるみじゅん)です。はじめましての方は、コチラから自己紹介をみてくれたらうれしいですインスタはこちらお問合せは公式LINEでカンタンにできます。・女性の悩み・不調を改善するアロマ薬膳の使い方・アロマ薬膳の驚くべき体験談・女性の経済自立を叶えるメディカルアロマ起業術をお伝えしていますがんが皮膚からはみ出してくる花咲きガンあまり聞いたことのない名称かもしれませ
9月中旬からステニー(ステファニー)の食欲が少しずつ落ちてきました。今までも朝ごはんも夜ご飯も両方を完食することは珍しく、たいてい、朝ごはんは残して、夜ご飯は、夜中のうちに食べて朝には完食している、ということがほとんどでした。それが、9月下旬には、夜ご飯もドライフードはほとんど残して、ウェットフードは出すものによっては食べている感じ。オヤツは別腹ですから、気に入ったものは食べていたようです。1年前のステニー。まだまだ健脚。後肢もだんだん力が入らなくなって、ヨタヨタにな
私が今の介護職に就いてから1年半が経ち、色んな人の人生の終末期を見させてもらっています。最初に実習に行った施設であるご利用者さんの看取りがありました。まだ実習生だった私は、数日前まで意思の疎通が出来てた人が亡くなる姿を初めて見てとてもショックでした。看取りとは回復を目指す治療が中心ではなくなった人に対して、人生の最終段階を本人らしく過ごせるよう希望する場所で過ごすための支援です。高齢者の人などで延命治療は必要ではないと本人やご家族の方などが判断された場合、施設で最期を迎えることがあります
今日、母が旅立ちました。今日の今日で記録を書くのも…とも思いますが、できるだけ記憶の新しいうちに書き留めておきたくて。記録のため、ちょっと生々しい表現もあるかもしれません。・朝9時半ごろ、父から「お母さん、意識はないけど大きな声を出していて苦しそう」「レスキューで痛み止め投与してもらった」「心の準備が必要かも」と連絡・10時半ごろ病院到着・昨日も呼吸の際に「あー…あー…」と喉から蚊の鳴くようなか細い声が漏れていたが、今日はもっとはっきりとした声→叫ぶとか苦しむとかではなく、「
おはようございますcarenavi_gate訪問看護師米中京子です。「家に帰りたい」その言葉を聞いて、かなえてあげたいと思う。でも、夜のことを考えると、不安になる。何かあったら、私に対応できるだろうか。仕事をしながら、どこまでできるだろうか。自分が倒れたら、どうなるのだろうか。本人の希望を聞いたとき、すぐに「そうしよう」と言えないことがあります。そんな自分を、冷たいと感じてしまうかもしれません。けれど、家族にも暮らしがあります。体力にも、時間に
昨夜連絡のあった酸素飽和濃度については、その後持ち直していたそうです。ですが、今日は昨日までとは違う変化がいろいろあり…・朝に血圧が70まで落ちた(その後持ち直す)・午前中、父から「呼吸が少し変。喉に痰が絡むのかゴロゴロ音がする」と連絡あり→吸引してもらおうとしたが、苦しそうな顔をしたため中断→死前喘鳴じゃないかなと思う・14時ごろ、呼吸の仕方が変わってきたと父から連絡→病院へ向かう・病院ついて看護師さんに聞くと、逼迫した状況ではなかったことが判明・が、確かに昨日までとは違い
人の思いは切ないですね昨日と今日のゾンビ化計画(休養計画)は成功しました。昨日は突然、精神の単独訪問看護が入りましたが、一人暮らしをされていてあまり外出されない方の所に、初対面で1人で訪問して、血圧を測ったり、痛みや、お薬のこと。室内の整理のアセスメント、その方の外出の希望を拾い、初訪問を壊さずに終えました。その前日は、寿町の真ん中で精神訪問看護でしたし、自分自身の精神科医療や福祉経験でのつらい思いが、何も言わなくても自然と相手に伝わっているような気がしました。おそらく終末期、精神、外国
今日も、別の利用者さんと、昨日コースを巡り、気持良く支援を終えて帰宅そして、デジャヴ??玄関開けたら即臭うトイレが………挙げ句…部屋のポータブルトイレも使っていたダブル掃除……ブチギレしている気配に、息子さんが参戦ポータブルトイレは息子さんに任せましたつ〜か、トイレ、確認するように言ったよね?すまんって、なんだよそれ!!よく、姑ちゃんの口癖だったのがうちの母を見て、マウント取って『あーなったらおしまいだ』『あーはなりたくない』『オムツしたら終わり』母に聞こえる様に言
二日前に危篤の報せを受けましたが、母はまだ頑張っています。昨日と今日のことを記録。危篤の報せのあった一昨日、父と兄は病院に泊まり、私は一旦自宅へ帰宅、妹は実家で泊まり。昨日は私は朝から病院に行きました。しばらくして妹家族が面会に(元々義弟と姪っ子たちは自宅で待機してたけど、急遽来てくれました)午後からは他県に住む母方の従姉が何時間もかけて来てくれました。この日は一日を通して母のバイタルなどは安定しており(薬や酸素のおかげだけど)、一日中穏やかに眠っていました。日中担当の
シングルマザーのカヨコです・アラフォー・身長161センチ、体重は55キロ⭐︎フルタイム正社員⭐︎娘は高校生昨日、父の入院している病院へ母と一緒に行ってきた。父は昨日から緩和ケア病棟へ移ったのである。緩和ケアの主治医となる先生と面談、今後の過ごし方について話をしてきた。ずっとせん妄状態が続いているけれど、脳のMRI画像を見ると萎縮が見られるんだそう。認知機能自体もだいぶ衰えてしまっているとのこと。水分は摂れているけど、食事は殆ど摂れていないので、もう最期が近い。ここ
おはようございます。叔父さんを看取った2年半を綴っています。相談室から転院の電話が来たので、まだ時間は掛かるし、落ち着いてるからと、鹿児島行きの飛行機の切符を取りました。鹿児島は、7・8月はシーズンなので、とても高くなります。まだ時間掛かるのなら、2~3日で良いから、帰っておきたかった。自分のメンタルがちょっとヤバかったんです(泣)川崎に居ても、何もできず・・・体調悪いし、片付けなどをしていても、すぐに疲れてしまう。先に必要な物は、鹿児島に送ってるし、新に何もする気がしな
私のプロフィールはこちらをご参照下さい☞水野敬生プロフィール記事が参考になりましたら、バナーをクリック👇で応援頂けると嬉しいです🙇にほんブログ村9月24日、『《ゆっくりコロリ》2000人を看取った在宅緩和ケア医が語る“理想の最期”…自宅で穏やかに天寿を全うするための「3要点」』という記事を見つけました。記事によると、長年にわたり在宅で多くのがん患者の終末期に寄り添ってきた医師は、最期まで治療を続けることだけを目標にするのではなく、本人が望まない医療を
訪問ありがとうございますはなのこです‖シニア世代になって一生のうちに癌と診断される人が50%になるという時代私も50代で乳がんの診断を受けた自分は初期でなんとか仕事も続けられたが進行していて復帰がかなわなかった友人もいるあれこれと手を尽くしたが残念ながら終末期となった時どうするのか考えることがある‖父の場合私の父は胃がんで亡くなった病院嫌いの父は終末期も家で過ごすことを希望したしかし介護というのは大変母はいろいろ問題がある人で少しのことで
Xから拾った投稿より日本に土葬墓地はいらないと思う人✋🙋♂️<母国に帰れば揉めずに土葬できますよ。https://t.co/AuMA56J0Wbpic.twitter.com/NtTThCCe4d—🌸🏯🌸桜城れい🌸🏯🌸(@zundamotisuki)October7,2026分かる。なんかオカシイ勢いで増えてる。なんで?https://t.co/2AkHeHGbW0—右京(@u_kyo_u)October7,2026ほんと泣きそう
おはようございます。叔父さんを看取った2年半を綴っています。5月のゴールデンウィーク終わって、主治医の電話で叔父さんの「終末期が近づいている」と言われ、川崎に戻ってから、早や1か月近く(泣)自分の体調不良もあって、アッという間に経ちました。ターミナルケア病棟に転院した後は、もう何も出来る事はありません。「その時」がいつ来るか分からないので、遠出する事もできません。ドタキャンする訳にもいかないから、友達をランチで誘う事もできなくて、こんな状態になっている事に、また自分を責めてし
おはようございますcarenavi_gate訪問看護師米中京子です。『訊きたいことは、あったはずなのに。』診察が終わって帰宅すると、「あれも訊けばよかった」と思い出す。がんの療養や在宅介護について、説明を受けても、家で振り返ろうとすると分からないことが出てくる場合があります。「これから、家でどう過ごせばいいのだろう。」「家族は、どこまで準備すればいいのだろう。」「困ったときは、誰に連絡すればいいのだろう。」質問がまとまらないこともあるでしょう。まずは、気に
今日、万一に備えて在宅ワークに切り替えていました。作業をし始めて少し経ったころ…10時頃だったか、父から連絡が入りました。病院から連絡あり、母の状態がかなり悪く、今日明日には…と言われたとのこと。病院の取り決めで面会時間は15時からとなっているけど、もういつでも来て大丈夫だと。ただ中学生未満の子を連れてくる場合は、他の面会者の目等もあるので個室に移ってからにしてほしいと言われたらしく。(本来は中学生未満は面会不可のため。今回は差し迫った状況なので許可がでました)個室に移れるの
ブログvol.146今日もありがとうございます。私はタカヒロのベッドに横になり彼をそっと抱きしめて泣きながら謝り続けました。「タカヒロ、ごめん。本当にごめんね。」うつ病の時優しくできなくてごめん。ずっと、がんの痛みに耐えていただろうに気づかなくてごめん。最後まで苦しい思いをさせてごめん。あの時私が求めていたのはタカヒロからの「ありがとう」だったのだと思います。タカヒロが肝臓がんの終末期で先がないと分かってから自分で
おはようございます。今日のお弁当は親子丼です。昨日母の所に行って看護師さんに終末期だって言われて。食べ物を受けつけないって事はそうなるとも思っていた。まだ体力があるならば胃ろうなどの選択もあるが、それもという話だった。母とも話をして。ずっと話が合わない。うちの人は浮気ものだった。ん?いや、確かにそんなように見受けられる時もあったけどそんなモテる父じゃない。背もちんちくりんだし。子供は4人。ん?4人?うちは3人よ。〇夫に〇夫に〇子にケイ子。いやいや、アンタがケイ子や。母
おはようございます。叔父さんを看取った2年半を綴っています。叔父さんの終末期に、川崎に戻ってきた私。戻ってからすぐに、なんと自分の前歯が取れてしまいました(泣)人は疲れると、身体の弱った部分に出ると言いますが、私の場合は、いつも歯なんですよね。早めに治療しましたが、前歯が無いと食べにくくて、今度は胃が痛くなる、治療で喉が痛くなる、咳も出る。毎日、ロキソニンを飲んでる状態でした。なので、叔父さんの面会に行っても、ちょっと顔を見たらすぐに帰ってきて横になってしまったり・・・
今回、友人の終末期を病院で付き添い、両親の在宅看取りと比べてしまいました。急激な肝性脳症+腎障害だったので、病院でないと対処は無理だったと思います。生食点滴、酸素投与、尿カテ、痰吸引で、アミノレバンや抗生剤の投与もありました。モニターでSPO2、脈拍、呼吸数を管理され、一定数から外れると、アラームが鳴りました。点滴量を3割弱減らすまでは、痰が絡んで酸素飽和度が下がり、頻繁な痰吸引は苦しそうでした。両親は老衰だったので、鎮痛剤(皮膚吸収や坐薬)と皮下点滴で補液をわずかに入れただけ。乏尿
今日は長男を連れて面会へ。きのう子供たちに今の母の状態を包み隠さず説明し、そのうえで面会に行きたいかどうか聞きました。娘は小学生で、母の入院している病院は小学生以下は面会不可となっているので無理なんですが…(涙)長男は行く、次男は行かないと選択をしました。次男は元気だったころのおばあちゃんが変わり果てた姿を見るのが怖いという気持ちがありそうだったので、無理強いはしたくなく。学校が終わってからそのまま病院へ向かいました。そして妹と兄も同じくらいの時間にかけつけてくれて、
4日間休日だったはずなのに、今朝の8時に家を出て、先ほど21時に自宅にて記録と往診の打診と事務業務を終わりました。なんだか今日は、めちゃくちゃ働いた気がする🤣でも、終末期の独居の方の穏やかさが、とても心に沁みます。僕も男性なので、妙に分かる気がするんですよね。なんであんなに穏やかで優しいんだろう。
おはようございます。叔父さんを看取った2年半を綴っています。終末期病棟に転院したのは、5月の下旬。ほどなく5月も終わりなので、施設の退去も急ぎました。施設に入居したのは、3月終わり、再入院したのは4月終わり。わずか1か月しか、住んでなかったんですね。掛かった費用は、3月分の日割り分、4月分、5月分。それに、退去した次の月の分も払う規則なんで、6月分も掛かります。もしも、退去が来月になってしまったら、もう1か月支払うので、今月中に退去しなくちゃ(汗)車で衣類など
医師からの説明が終わり、母に会いに行きました。酸素マスクが昨日よりレベルの高いものになっており、酸素の供給量もMAXまで増えていました…呼吸もとても荒い。看護師さんが、「〇〇さんー、今日から治療始めますね」「その前に、レントゲン撮りますよー」と声をかけると目を覚まして頷いていました。そのあと、お母さん私来たよーと声をかけると、今日はうつろながらも目が合ってウンウンと頷いてくれました。いっつも私ばっかりで、またかってなるよねー(兄妹は事情があってすぐに来れないので)ごめんねっ