ブログ記事8,043件
夜9時過ぎには布団の中に入った私達。母は口、喉が渇くと水を欲しがった。ガーゼのような布に水を含ませて唇の上に持っていき水を吸わせる、またはコップの水をストローで飲ませるなど。一度に飲める量はほんのわずかだから頻繁に。この時、母は1時間に1、2回吐血するようになる。私達は母のお世話や母の容態が気になって寝れない。母も同じく吐血や身体の痛みなどで寝れていない。だけどお世話や吐血した後、必ず母は「オッケーありがとう。さぁ皆んな寝よう寝よう」と言って私達を常に気遣った。でも布団に入って数分
ドクターが帰った後、私は叔母や叔父、妹、兄達、身近な家族達にだけ母の時間が1週間もないことを伝えた。母はラムネみたいに舐めるタイプの痛み止めを飲んでも身体は相変わらず痛いと言って私が昨日よりしんどい?痛みは強くなっている?と聞くと頷いた。そして身体が熱いのか「熱い熱い」とも言っていた。眠れてもいないし体力も限界だったと思う。それでも母は私達の事を気づかってばかり。トイレも自分で行こうとしたから、今日は歩くの大変だからオムツでしようと伝えた。この時はしんどそうだったけど時折、自分で水
病気が発覚し、手術をして再発予防の抗がん剤治療をし、経過観察をしていたのが今から約2年前。2年前、私はステージ4のガン患者になった。しかも、多発肺転移。肺にたくさんの小さな癌細胞が散りばめられた状態でした。個数も数えられない程のガン細胞たち。それらをやっつけるべく、抗がん剤治療を開始し、効かなくなると次の抗がん剤、また効かなくなったら次の抗がん剤と、4パターン試したけど、私の肺に居座ったガン細胞たちは、勢いを強め、増えていった。大きな病院では、標準治療を
両親を看取った後、介護や在宅医療関係のファイルは捨てました。今になって考えると、検査結果表、薬剤情報提供書は残しておけばよかったと思います。どんな病気や症状に対してどんな薬を処方されたかは、自分や周囲の人に将来役立つ情報かもしれません。心筋梗塞+ステント留置、心筋梗塞の後遺症の糖尿病で、父に処方されたのは以下の薬だったと思います。β遮断薬アーチスト(カルベジロール)抗凝固剤バイアスピリンとプラビックス(クロピドグレル)糖尿病トラディアンス配合剤利尿剤スピロノラクトン、フロセ
ビリルビン値の異常で抗がん剤治療は中止CTでもMRIでも胆道胆管に詰まりはなく原因のわからないビリルビンの異常値を下げる為色んな治療をしてもらったけどビリルビンは下がらなかった治療の効果がないという事は既に肝臓の機能が失われているいわゆる肝不全に近い状態抗がん剤治療もビリルビン値を下げる治療もついに終わりを迎えた終わりを告げられた時主治医も看護師さんも泣いていた腹水でお腹がパンパンの旦那は声を発する事が難しくなっていたけど精一杯の力を振り絞り主治医に「○○先生
やっと日本に帰れる日、私は複雑な気持ちだった。母がこの日まで無事でいてくれた事は、とても嬉しいし有難い。だけどきっとこれが母と会える最後の時間になるかもと考えたら日本に帰るのが少し怖くなった。会いたい気持ちや帰りたい気持ちは強いけどいつものような明るい気持ちとは違ったから。長いフライト中も母の状態がずっと不安で眠れなかった。日本に到着して、母の無事を確認して一安心。ゼリーぐらいしか口にできないと聞いていた母に美味しいゼリーを食べさしてあげたいと千疋屋のゼリーを何種類か買った。そして
お昼すぎに訪問ドクターと看護師の方が来てくれた。母のお腹の様子や一通り診察して点滴を開始。この時まで母は点滴の事を気にして私達に、これ落ちてる?点滴ちゃんと落ちてるって常に聞いていた。私はゆっくり落としているから落ちてないように感じるけど、ちゃんと量は減っているから点滴できているよと嘘をついていたから点滴がちゃんと開始され母に嘘をつかなくても良くなったから一安心。ドクターに吐血の事を伝えると、口からの吐血ばかりは辛いから鼻にチューブを入れて鼻から出すようにしましょうだったか、ちゃんとし
おはようございます昨晩は夫と魔女の宅急便を観てたら(豚の次)眠くなってきた夫いよいよ半分にカットした薬の出番です飲んだのは22:00頃私は様子を見るために隣の部屋でパート仲間とLINEしたり手帳タイムしたりしてました~24:00頃かな夫が起きた様子「やっぱり半分じゃダメだわ…「どうなのかな?意識しすぎじゃない?自分で自分に暗示かけてるタイプです。実は私本日土曜日バイトの子が体調崩した為急遽ロングタイムになりまして朝イチから夕方まで働く事に…なので夫のその後は分か
リビングに布団を敷いて私は久しぶりに母と一緒に寝た。父と3人で一緒に寝るつもりだったけど、母が「今日はお父さんは自分の寝室で久しぶりにゆっくり寝て」と言ったので2人で寝ることに。母は歩いてトイレには行けるけど転倒防止のための付き添いがいる、そして腹水のせいで起き上がるのに助けがいる。私は長時間のフライトで疲れていたけど、母のために手助けがしたかったし、残り少ない限られた時間かもしれないと思ったので、これぐらいの手助けは全然苦ではなかった。母はおしっこがあまりでてないことを不安に思ってい
2025年7月22日(火)今日は先週に撮ったCTの結果を聞きに病院へ。新たな転移は発見されなかったが、原発は肥大していたのである。そして…本日をもって、積極的な治療は終了したのである。苦しめられ続けた抗がん剤の副作用との闘いは終わりを迎えたのだ。末期癌…これからは3週に一度のペースで通院し、痛み止めの処方を受けながら余生を過ごすのである。残された時間がどれ位なのかは分からないが、最期まで必死に生きてみようかと思う。『我が人生、悔いなし!』そう思えるように…
帰って来て夕ご飯の後、母はご飯を食べれないから食べてない。点滴を明日してもらうとのこと。私は言うのを少し戸惑ったけど伝えたいことを今言わなければと伝えたことがある。それはお母さんの子供で産まれたことが大当たりだった。大当たりのくじを引いたと。来世もまたお母さんとお父さんの子供で産まれたいし、そうさせてとお願い。そして今まで本当にありがとうと伝えた。これを言うことで、お別れが近いと母に思わせるんじゃないかと少し戸惑ったけど、伝えたいと思ったからちゃんと伝えた。母は笑顔で頷いていた。
人間【絶対】と言えるのは、ただ一つだと思います。【人間絶対に死ぬ】縁起の悪い事を言わないでと言われる方が多いと思います。医学がいくら進歩したといっても、死の苦しみは簡単に和らぐものではありません。そんな折週刊現代に医者が明かす「痛い死に方ランキング」ワースト50なる記事が掲載されていた事を思い出し調べてみました。そもそも論ですが、痛感等は個人差があり医師は何を根拠にこんな順位を付けられるのだろう?そこで何らかのエビデンスに基づきデータを掲載しているのか調べてみました。と言っ
最近、呼吸苦が落ち着いた?ゴリでございますまぁ、薬ありきですが…最近、仲良しの訪問リハのオバチャンから言われたパワーワード「人たらし」担当者会議が私に関わる人数が多い為自宅では難しいのでケアマネが私と妻の意見を聞き会議室がある病院で会議が行なわれました会議の後半は、だいたい愚痴が出てくるらしいがあんたベタ褒めの嵐よと…私には厳しいのに💢と…笑オバチャンの少し悪意のある「人たらし」でした😁
4月24日(金)3週間毎の治療の日。数ヶ月前までは、酸素ボンベも無しで一人で電車で行けていた病院。酸素ボンベを持参するようになってからも、着替えなどの荷物を持って一人で電車で行けていたのですが、夫に付き添ってもらうようになり、遂には、電車移動も大変になり、今回からは夫に車で連れていってもらいました。車から降りて、少し歩いて、病院に到着すると、やっぱり咳が止まらなくて。。。落ち着くまで診察を待ってもらう事に。ほんと、少し歩いただけなのに息切れと咳と発作で嫌になるわ
訪問看護の人が来て、すぐに吐血の事を伝えた。訪問看護の人はそうですね。これからはさらに吐く事が多くなるかもと小さい声で私に知らせてくれた。そして今後は下からも可能性があるので汚れても良いようにと母の枕元とお尻周りに防水シートを用意。母は身体の痛み、吐血、トイレに1時間起きに行ってたから全然眠れてなかった。ご飯も食べれていないから体力も限界だったと思う。そんな状況なのに母は私に休んでと何回も言った。私も眠れなかったし正直2日間ちゃんとした睡眠がとれてないからしんどかったけど平気だよと伝え
実家に到着してすぐにお風呂に入った。真っ先に母の元に行きたかったけど免疫力が落ちている母のため、飛行機や空港に長時間いた私は少しでも清潔に、そして変な菌を家にできるだけ入れたくなかったからまずお風呂に。そしてやっと母のいるリビングに行きベッドの上で小さくなった母がスヤスヤ眠っているのを見て涙が自然と出てきた。母はもともと太っている人ではないけど50キロぐらいあった体重はきっと40キロはきっていたと思う。少しして起きた母は笑顔をみせてくれた。私は涙を見せたくなかったけど、また泣いてしまっ
著者のファンになりました~。この本は、本屋でよく見ました。おかげで、図書館で随分と待ちましたね。小鳥とリムジン著者:小川糸冒頭は、介護している話です。正直、母親が介護が必要な状況なので、主人公の気持ちと重なりました。途中まで、辛い物語なんですよね。そのなかで、小川糸さんの強みである「食べる描写」は突き抜けていました~。心が、ホッと温かくなる。主人公の小鳥と介護しているコジマさんと奈良県へ旅行します。それは「弥勒菩薩」へ会いにいくため。https:
前回のアメンバー記事でご報告しましたが先週、母(95歳)が発熱したと施設から連絡がありました。私はおそらく、昨年処置した胆管ステントが詰まって体(肝臓)に炎症が起っている可能性が高いなと思っていましたが、血液検査の結果から、施設の訪問担当医師もその判断でした。そのとき施設から確認されたのは「病院へ搬送しますか?しませんか?」という決断でした。母とはまだ認知症になる以前、本人の意思がしっかりしていた頃から「もう積極的な(延命)治療はしない」と話していたので、家族として
4月3日(金)緩和ケアを中心としていて、訪問看護と訪問診療を行っている私が、唯一治療を行っている自由診療の病院へ、夫と一緒に行って来ました。治療が終わってから夫と一緒に食べるお昼ご飯を楽しみに、電車で向かったのですが、どこで食べようか調べているうちに眠ってしまいました「ナルサス」って言う薬の影響です・・・・。病院では事前に撮っていただいた造影CT検査の結果を聞きました。今まで変化があまり無かった腫瘍マーカーも増えていて、CT画像も良くなっているとは言えず。画像を見せても
高市早苗とトランプが、石油の確保に向けて今度はメキシコと、話し合ってるみたいですが、本当にトンデモナイ国だと思います。トランプに、媚尾売ってですね、世界平和を守れるのは、あなただけなのよ。ドナルド。こんな感じでですね。本当にバカとしか、言いようがないですよね。最初から、こんなことやるなよという話。それを言った直後に、今度はトランプが日本はこのイラン戦争で全く協力してくれないとか言って何があっても、もうアメリカ様に小番ザメのようにね、近魚のようにくっついていかないと気が済
こんにちはラスール草加ですいつも見て下さりありがとうございます先日職員の研修を2つおこないました通常疥癬を学ぶ入居者様の状況に合わせて施設全体で周知・確認の為にも随時研修を行っています看取り対応最期の呼吸と私たちにできる事終末期に多い呼吸法を学ぶ事で状態把握をしご家族様へご心配や不安を取り除くお声がけができる様に学びました✎これからも研修を通して様々な事を学んでいきたいと思います管
今、レスパイト入院してます薄々感じていたのですが鬱になっています今日、この病院で信用している看護師が担当で全て話を聞いてもらったらある程度スッキリしましたそれでも、動悸がして苦しくなります頻脈って鬱の薬で楽になるのですね…落ち着いたらどうして鬱になったか話が出来ればと思います
2部に分けて投稿しています本文はこちらです看取りケアの技術呼吸の変化を観察する呼吸状態の変化について理解し、家族に説明する・最期のときが近づいてくると、呼吸の状態が変わってきます。・口を開けたまま、あえぐような呼吸をすることがあり、苦しそうに見えますが、ご本人は苦痛を感じていないとされています。・終末期でこのような呼吸をしているとき、心臓や肺の機能は低下し、呼吸筋の動きも弱くなっています。・血液中の酸素が欠乏し、脳に十分な酸素が供給
ふ74歳の夫(シニア再婚7年目)2024.9膠芽腫発症(左前頭葉7cm大の腫瘍)余命半年〜1年の告知2024.10在宅介護開始2025.3退院後2回目のMRI腫瘍見られず、血液検査、尿検査正常値2025.63回目のMRI再発(昨年9月とほぼ同じ大きさ)アバスチン10回で終了テモゾロミド9回で終了2025.9/1左片側痙攣発作高熱、意識混濁酸素吸入開始2
11月28日(金)に化学療法をやってその日は元気!!29日(土)は次女の小学校の学芸会へ。30日(日)は長女の買い物の付き合いでアウトレットへ。↓人生初、スタバの一番デカいサイズを頼んでみましたあれ?抗がん剤治療も減薬したから副作用ないのかしら?12月1日(月)副作用、来ました〜。朝から倦怠感。身体が重たい。腰が抜けるような痛み。やる気が出ない。眠い。ほぼ1日中寝て過ごしました。食欲はありました!12月2日(火)午前中は自転車で買い物に行けるくらい少し回復
猫って、ご飯食べない子は本当に食べないですよね。(突然)絶対おなかすいてるはずなのに、頑なに食べない。武士か!って思うことすらある。笑ちなみにわが家のシマシマは、嫌だってなったらマジで食べなくて、お腹すいて吐くのに食べない。元気な時は良いんです。ただ選り好みしているだけならいいんですよ。そのうち食べるから。でも、そうじゃないとき。いつもと様子が違うとき。そんなときの、猫の「食べない」はサインです。
2部に分けて投稿しています本文はこちらです看取りケアの技術終末期に起こりやすい発熱と低体温(冷感)終末期は発熱や低体温が起こりやすい・高齢者は、体温調節機能の低下により、気温や室温の影響を受けやすくなっています。・終末期となり、身体が衰弱してくると、急に発熱したり、低体温になったりすることもあります。・発熱は感染症や脱水によっても生じますが明らかな感染症がない場合は冷罨法(クーリング)などで対応します。・発熱は頻脈(100回/分以
ご訪問ありがとうございます口から食べることが出来るご高齢の方はそれだけで頼もしいですし長生きの秘訣だと感じます。出来るだけご自分で食べたいものを食べ続けることができると良いですよね。口から食べることを経口摂取と言いますがこちらの記事でご紹介しましたよね。高齢者の終末期の食事や栄養のこと①体の状態は人それぞれ。94歳、女性。半年前に誤嚥性肺炎で入院。この時も食べれなくなり経管栄養で体力付けつつ、経口摂取を続けたところ全量経口摂
16年ぶりと言う寒い冬の後、待ちに待った春がデンマークにもやってきました。半氷化した分厚い雪が溶けるのに、約1週間かかりました。道のところどころに、泥だらけの氷の塊がまだ残っている状態です。でも、今日の日中はの気温は11℃!毎年春を告げてくれる花々が、今年も元気に勢揃いしてくれました。寒さで気持ちが固まっちゃっていたり、色々あって心に余裕がなかったりして、ブログに間が空いてしまいました。今日はひな祭りですね!母を思い、雛人形を飾りました。私が一歳だった
先週はみなとみらいの放射線学会総会に参加してました。自分の発表は、動注の即効性の効果について、です。癌性症状の緩和を実感する時間がカテ後翌日が最も多く、僕の101例の臨床経験では、やはり動注は即効性だったが結論でした。が、まあ、放射線科の学会は画像が中心なので、臨床や抗がん剤のこういった話はあまり受けが悪くて、5月のIVR学会ではもう少しウケてほしい。でも、関東の親友先輩先生が、やっぱり関の治療は面白くて臨床効果も高いな、俺も真似してみようかなあと言ってくれたのはちょい嬉しか