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本田親徳翁の「鎮魂法と帰神術」について考察したいと思います。************************「七年八年となると、イヤ實驗材料が集まる集まる、一日平均二三百人にも上るのですから、私に取りては、誠に以て有難い仕合せで、腕によりをかけて、片ツ端から神懸りの實驗を試みました」大本での鎮魂帰神法は彼の人体実験の場だったのだ。これでは出口氏が中止させたのも当然だと思う。霊的な浄化や向上を求めて集まった多くの信徒達を、単なる実験材料として扱っていたわけなのだから。「實はある
🌀番外編:言靈子(ことたまこ)祓いと鎮魂の道みなさま、いつもご予約・ご来店ありがとうございます🙇♀️✨今回はちょっと特別に、「番外編」をお届けします。スピリチュアルな裏話──“祓いと鎮魂のリアル体験記”です。🚗突然の呼び出し?真清田神社(ますみだじんじゃ)へ9月22日ある知り合いから突然の連絡が。「真清田神社に行きたい、ご霊水が欲しいの。一緒に行こう!」……これは、もしかして「呼ばれた」?🤔そう思いながらも、急遽、真清田神社へ向かうことにしました。実は、私──“穢れの
[近江国栗太郡]佐久奈度神社祓戸大神を祀る総本宮。写真は「穢祓」が行われる社前を流れる「瀬戸川」。■表記*「延喜式」祓詞…瀬織津比売*他に瀬織津姫・瀬織津比咩・瀬織津媛等*ウブラ姫命…宗像大社辺津宮の祭神で、瀬織津比売神と同神と推測される*八十禍津日神…本居宣長は瀬織津比売神と同神とみる*撞賢木嚴御魂天疎向津姫命(ツキサカキイツノミタマアマサカルムカツヒメノミコト)、天照大神の荒魂、禍津日神(マガツヒノカミ)等と同神とする見解がある*湍津姫命…大斎原(熊野
本田親徳翁の「鎮魂法と帰神術」について考察したいと思います。************************浅野氏はその著書で自ら指導したという鎮魂帰神法について、その実態を吐露している。『が、過去現在の大本敎が何であらうとも、靈的體驗を、ふんだんに供給してくれたことにかけては、私はどんなに感謝しても、感謝し切れなく、考へて居るのであります。信仰を求めて、大本に集つた人達から云へば、あそこが立派な修行場でありませうが、私から云へば、あそこは一の實驗場で、信者は悉く私の研究材料で
本田親徳翁の「鎮魂法と帰神術」について考察したいと思います。************************『第二章日本書紀に見ゆる実例一日本書紀巻第一(神代上)(巻末G参照)又猿女君の遠祖天鈿女命は即ち手に芽纏の矟を持ち、天石窟戸の前に立たして、巧に俳優す。亦天香山の真坂樹を以て鬘と為し、蘿を以て手すきに為して、火処燒き、覆槽置せ、顕神明之憑談す。』(「顕神本田霊学法典」)『また猨女君の遠祖天鈿女命は手に茅を巻いた矛を持ち、天石窟戸の前に立って、巧みに俳優をした。
本田親徳翁の「鎮魂法と帰神術」について考察したいと思います。************************『⑸宮城島氏には各階級(但し上位)の神霊が憑依されたが、主として「八千彦命、三保の大天狗」の二柱が懸られる事が多かった由である。八千彦命は書道が巧みであられた。現在も御穂(三保)神社の正面に掲げるところの板額に「御穂神社」と雄渾な書体で揮毫され、なお、「八千彦命懸りてしるす」と側らに書き添えられてある。此の様な“額”は恐らく他の神社には例のない事と思われる。月見里神社(稲