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徳川大名となった「真田伊豆守信之」となります。伊豆守というのは「伊豆国(今の静岡県の一部)の受領(国司)」という、朝廷から任命される職務に対応した肩書です。しかしもちろん、真田信之は伊豆の国司でもないし伊豆に領地も持っていません。伊豆守は、実際の彼の仕事とは全く関係ない、つまり名目だけの肩書です。なぜ伊豆守という名前なのか、ですね。武士の名乗る「何とかの守(かみ)」は、多くの場合、本当の支配地や居住地とは関係ない地名になります。なんでか。これは室町、戦国時代あたりから本格的になった「
【長野】【高市神社御朱印】【高市神社御朱印】【御祭神】大国主神事代主神1583年真田幸村(信繁)の父、昌幸公が上田城築城の際城下町の元町として海野町を作り商いの守護神として請願されたのが「髙市神社」と伝わります。以来長年、町の繁栄を守り幾たびか遷座されてきましたが明治30年代鎮座していたこのゆかりの地に社殿を建立し
和歌山県九度山町戦国時代最強の真田幸村ゆかりの地私が小学生の頃何十回も読み込んだ学研まんがシリーズ「真田幸村」もちろん学研まんがシリーズは卑弥呼から全て持ってたよ!!🔼真田幸村公🔼紀州九度山!!🔼九度山へ追放!!🔼紀州九度山!!🔼父昌幸は九度山で亡くなります😭🔼幸村は49歳…。小学生だった私には首と胴体が分離する場面は衝撃的だった。40数年前のことです。「家康どのはいずこぞ‼️」「真田幸村見参‼️」40数年前小学生だった私は何度読み
カーディアス・バウンテンウッデン「1日の楽しさの為に365日の我慢がある」『閃光のハサウェイキルケーの魔女』で一番共感してしまった台詞であり、今の私もまさにこの心境でした。この日が1年で最良の日とするために、構想1年、下準備に半年をかけて練ってきたプランがこちら。今回は東日本在住者の方の移動の軽減負担を兼ねて、関東を候補に…そして2026年ということで実はある記念の年でもありました。2016年丸会開催10周年記念思えば現在のかけがえのない友人達との交流はまさに10年前に開催された大河