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昨日の続きです。今日は藩主御殿の真田邸の紹介です。松代最大の武家屋敷です。江戸時代では大名の妻子は人質として、生涯江戸住まいでした。しかし、1862年(文久2年)に、将軍の徳川家茂がおこなった、「文久の改革」による参勤交代制度の緩和にともない、妻子帰国が許されるようになりました。そのため松代にも屋敷が必要になり、藩主真田幸教の義母・貞松院(ていしょういん)のために、1864年に建てられたのがこの御殿です。当時は新御殿と呼ばれました。隠居後の幸教(側室の子供でした)もここを住まいと
メルキュール長野松代スバ&リゾートをチェックアウトして向かったのは松代城址。川中島の戦いで武田本陣、武田の軍師・山本勘助築城で、当時は海津城と言われていたよう。その後は松代藩主・あの真田家のお城で、松代城と言われるように。駐車場からすでに桜が美しい。北アルプスと桜のコラボお城の周りも綺麗でした。つづく…
来る平成31年4月21日(日)に行われます(福岡県)大野城市議会議員選挙において、盟友こと『中村しんいち』さんが二期目の出馬となります。氏はその昔、共に汗を流し苦難を乗り越えた同志でもあり、時にヘロヘロの飲み仲間でもあり、時に相談にも親身に耳を傾け、他人の事を自分の事のように感じる、人間臭く、温かく、間違いなく誠実度198%で身体が出来ております真の漢でございます。誇張ではなく真の『漢』・・そう、それは大野城市でただ一つの存在。その雄姿、個が大群をつくり、大軍を退けたかの『真田家』のそれ