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新年早々に長い発作昨年3月以来だろうか、2時間以上の発作が起きたのは。今回は3時間以上続いた。しかも、頓服薬として処方されているベラパミル(ワソラン)を2錠飲み、精神安定剤的役割を果たすジアゼパムも飲んだのに3時間以上続いた。これは、何を暗示しているのだろう。薬の飲み方は、良くなかったとは思う。最初にみぞおち辺りがギューッとなり、すぐに、心電図を測ると脈拍は120。そこまで高くないので、感覚的に苦しいとか横になりたいとまではならないが、立ち上がって行動する気にもなれない。いつものよ
再び発作2022年4月18日(月)の衝撃的な発作の後、夜中に胸が痛んだり、不快感で寝つけない日もあったが、なんとか1か月が過ぎた。その間、普通に出歩いていたし、あまり気にしないようにしていた。希望は完全に捨てていなかったと思う。しかし、完全なる発作が立て続けに起きたのだ。5月25日(水)の深夜、はっきりとした強く速い鼓動は、まるで私に敗北を告げるように波打ち続けた。脈拍は160近い。頓服用に処方されていたベラパミルを飲んだ。1時間以上経ってもおさまらない。充分想定内だ。アブレーショ
ようやく手術(カテーテルアブレーション)が終わる尿道カテーテルが正確に装着されていないことに気づいてから、40分くらい経っただろうか。地獄の我慢大会は、医師の一言で幕を閉じた。「もうそれ以上やったら危ないから、終わろう」。手術の痛みの他に、腹部の痛みと尿意の我慢の限界を考えると、本当にほっとした瞬間だったが、医師の一言は私に充分な不安を与えた。やり切った感がない。しかたなく終わるのだ。アブレーション終了後、すぐに看護師が尿道カテーテルを装着しなおした。スーッと腹部の痛み、重みが消え
いよいよ手術の日です!この日は手術が怖すぎて夜少ししか寝れませんでした。初めての入院、手術なので1ヶ月くらい前から緊張と不安がやばかったです色々書いてあって余計不安になります手術は午後からだったので朝食はなんとか食べれました。朝食後シャワーを浴びて、採血や点滴をします。午前中は不安でずっと深呼吸してました(笑)脈はいつもと同じ110程...(やっぱり普通の人より速いなぁ...)手術の時間が迫る中、不安が増していったので看護師さんに話を聞いてもらいつつ緊張をほぐしていただきました
こんにちはいつもブログを見てくださっている方々ありがとうございます!初めて見る方もぜひ最後まで読んで頂けると幸いです以前から発作性上室性頻拍の体験談をブログに書いてきたのですが、同じ症状の方が結構いるみたいなので、実際に自分がやって良かったことや悪かった事など、これから治療を受ける方に向けていくつかご紹介したいと思います。まず発作性上室性頻拍は、何もしていない時でもいきなり脈が爆上がり(1分間に150~200以上)し、いきなり治まるといった病気です。もしまだ発作性上室性頻拍と診断されて
いよいよ入院2022年2月20日(日)、入院の日。病院まで夫に車で送ってもらった。コロナ禍なので、患者本人以外は病院に入れず、私は病院の入り口で降りた。病院から自宅まではかなり遠い。手術でもし、何かあっても、家族はすぐに到着できない。私が次回夫に会えるのは、退院の日、迎えに来てもらう時だ。どこか知らない所に取り残された子供のように、なんだか寂しい気持ちになった。受付で手続きをすると、PCR検査へ。ここで陽性の結果がでたら、帰らなければいけない。検査の結果がわかるまで、入院する予定の
手術の時が来た2022年2月22日(火)、朝を迎えた。いよいよ今日だ。手術(カテーテルアブレーション)は午後1時の予定だった。朝食後、コーヒーを買いに休憩室に行ったら、ドアが開かないようになっていた。昨夜のロックダウンのアナウンスを思い出した。コロナ患者が利用した可能性があり、閉鎖されたのだろう。しかたなく上階の売店でホットコーヒーを購入し、病室へ戻った。コーヒーを飲もうとしたその時、看護師が入ってきた。手術の時間が早まり、午前中に行うという。午前中の手術の人は朝食を食べてはいけな
携帯型心電計でわかったこと2023年11月、かかりつけの循環器内科の医師にすすめられ、携帯型心電計を購入した。なんとその後すぐに、発作が起きて、発作時の心電図を記録することに成功した私は、早速、医師に、心電図を印刷したものを持参した。心電図からわかったことは、私は今も発作性上室性頻拍であるということだ。手術(カテーテルアブレーション)がうまくいかず、発作性上室性頻拍が起きていることが、はっきりと裏付けれられた。とりあえず、何か違う不整脈が見つかったわけではないことに少しほっと
開口一番医師に言われたこと先月、薬を処方してもらうため、かかりつけ医を訪ねた。1月に3時間以上続いた発作の心電図を時間の経過ごとにコピーしたものを持参した。「やはり、もう一度、アブレーションをしたほうが良いですね。」医師はコピーに目を通した後、開口一番そう言った。私もそう思う。状況は理解している。これだけ長時間発作が続くということは、心臓の異常な回路が現在もしっかり存在するのだ。前回、手術は不成功に終わったとはいえ、かなり焼灼し、実際、発作持続時間が短くなった。でも、長い発作
気になった鼠径部の傷退院後、気になったのが鼠径部の傷だ。カテーテルを挿入するために切った部分である。傷の周りが、青紫のあざのようになり、それは広がり、その色は濃くなっていった。医師や看護師から説明がなかったこともあり、これが正常な過程なのかわからず不安を感じた。退院2日後、かかりつけの循環器内科で、診てもらった。結果、問題はなかった。そうなるものらしい。そのうち、青紫のあざのような部分は移動していくだろうが、気にしなくても良いとのことだった。ほっとした。平穏な日々私のメモには「
退院の日2022年2月23日。退院は午前中だった。朝食後、荷物をまとめた。昨日、手術(カテーテルアブレーション)をしたばかりなので、病院を離れることに少々不安な気持ちはあったが、早く家に帰りたいとも思った。荷物をまとめ終わった頃、叔父の命の恩人である大御所の医師が病室に来てくれた。23日は祝日だったせいもあり、診察もなく、鼠径部の傷が気になっていた私は、大先生に診てもらい、問題ないと言われ、ほっとした。そして、私は聞いた。「先生、私のアブレーション、微妙だったみたいですね」と
2月2日に頻拍発作に襲われて、病院で発作性上室性頻拍(PSVT)と診断されました。過去にも頻拍発作があり、そういえばあの時もこれだったのか、と謎は解けてすっきりしたのですが、しばらくするとこの発作を持ちながら生活することはやはり生活の質が落ちると考えました。発作後1Wはベラパミル、その後はビソプロロール(2.5mg)1T朝後内服中です。心臓の働きを抑えるお薬なので激しい運動や脱水、アルコール、刺激物は控えるように指導されています。お休みの日には激しい運動とアルコールで過ごしていた自分にと
薬を服用していても発作が2022年6月9日(木)からビソプロロールフマル1錠の服用を再開したところ、発作は起きなくなった。しばらくは平穏な日々が続いた。夜中に胸に不快感を感じることはあったが、日中、はっきり認識できる発作は1年以上なかった。しかし、とうとう平穏な日々に終止符が打たれた。2023年10月14日(土)夕方、ギューッと胸がつまる感じがした。発作性上室性頻拍特有のドクドクと急激に速く強く波打つ感じではないが、脈を測ると120以上あった。頓服用のベラパミル1錠と精神を安定させ
大学病院で2022年6月8日(水)、手術(カテーテルアブレーション)をしてもらった病院からの紹介状を持って、自宅から程近い大学病院へ行った。一通り検査をした後、診察室に呼ばれた。医師の見解では、新たな不整脈が発生したというよりも、カテーテルアブレーションで焼ききれなかった部分があり、発作が起きているのではないかとのことだった。もちろん、発作時の心電図がないので、断定はできない。断定できないことについては見解を述べない医師も多いが、その医師は自分の考えを述べてくれるタイプだった。
ひっきりなしに患者が訪れる深夜の救急外来2019年2月1日、夜、発作が起きた。発作時に飲む頓服薬として処方されたベラパミルを1錠飲んで2時間以上が経っても発作は止まらず、23時過ぎ、夫の運転する車で救急外来へ行った。心電図や血液検査をし、発作を止めるため点滴の投与が始まった。薬は血圧を下げるらしく、もともと血圧が低い私に、医師は慎重に何回かに分けて様子を見ながら薬を投与してくれた。とても感じの良い若い男性医師だった。看護師さんたも皆、若い。今日がたまたまなのか、それとも人手が
嫌な予感的中2021年10月、病院で測った血圧の上が80台だったことから、医師にビソプロロールフマルを1錠ではなく1/2錠の服用に変更するよう言われた。ビソプロロールフマルは血圧を下げる効果があるらしく、医師はもともと血圧が低い私に薬が作用していると考えているらしかった。この病気を発症した際、1/2錠を飲んでも発作が起きるので1錠にしたという経緯がある。1錠にしてからは、発作はおおむねおさまっていた。薬の服用が半分になって、嫌な予感は的中した。ほどなくして、また発作が起きるようにな
先週末にカテーテルアブレーション手術しました。昨年の2月に銀座で、4月に渋谷で、今年の2月2日に大阪市福島区で発作性上室性頻拍(PSVT)の発作にみまわれ、渋谷ではしばらくしゃがみ込み、大阪では3時間止まらずに病院受診して注射薬で止めました。その後内服していましたが、小さい発作はたまにあり、何をするにもビクビクしてしまって、生活の質が低下していました。自分の病院の内科の先生の勧めもありアブレーション手術を大阪府の北部の病院で受けました個室料は1日1万4千円。トイレとシャワー付きでした。
前立腺癌治療後経過観察中でもあるので、なるべく体を労わりながら、昔のように無茶な運動や過労をしないように生活してきましたが。1月31日金曜日に東京の所属するコンサル会社本社で社員向け研修会に講師として呼ばれました。午前中は大阪の病院で勤務して、午後から新幹線で品川へ。夕方に講演。夜は天王洲で食事会。品川プリンスホテルに宿泊して土曜日に京都に帰宅。(これが無理だったか?これで感染した?)2日の日曜日に軽く筋トレして入浴して大阪のマンションへ移動。福島駅から歩いていると突然激しい動機ととも
無事退院の日の朝を迎えました!昨日は術後ということもあってか体調が優れない1日でしたが、朝起きたら昨日まであった頭痛や吐き気が無くなっていて、気持ちよく起きることができましたそして痛みが怖かったトイレも昨日よりは痛くなくてめっちゃ嬉しかったです笑外もいい天気!生きてるって実感が出てきますね昨日まで食べれなかったご飯も全部完食できました昨日まで120以上あった脈も今は70近くで安定してます!そのおかげか心臓が軽くなったような気がして、前は少し歩いただけで疲れやすかったり息切れがしてま
入院3日目手術後の体調不良で投稿が遅れてしまいましたまず最初に言いますが手術終わりが1番辛かったです。朝看護師さんに起こしていただいて、昨日手術した時カテーテルを入れた場所に異常がないか確認してもらい、固定を外してもらいました。数分後に主治医から尿管を取っていいという許可が下りたので外してもらったのですが、これが今までに経験した事のないような激痛で辛かったですその後朝ごはんも運ばれて来たのですが、食欲がなく食べ切るのにかなり時間がかかってしまいました...食べ終わってトイレに行こうと
追記:⑫で退院前に抜糸したのを書き忘れてました。Y先生に抜糸してもらいましたが、出産で3度抜糸は経験済みということもあり、問題なく終了。ちょっと強めに引っ張られる程度の痛みでした。お昼前に自宅に帰宅。とりあえず、コタツで寝ころびます。動けないのでコタツからあれこれ家事のお願いをしますが、どうやら私の声が思いのほか出ていない&カッスカスなようで・・・なにか言い出すと、50㎝ほどの距離まで耳を近づけて話を聞いてくれてました。念願のプリンも寝たままで食べました(笑)
入院4日目(術後1日目)何とか眠れて体調も回復若干頭痛は残るものの睡眠って大事だ‼️朝の採血はキープしたルートから引けたので針を刺されずに済みました(*´꒳`*)看護師さんも私もお互い嬉しい朝ごはん《午前中、入院担当の先生の診察》心電図と簡易型のエコーで心臓に血液溜まっていないか確認右そ径のカテーテル挿入部はお団子ガーゼで圧迫しているので、圧痛の確認や血腫が広がっていないか確認まだ血圧は80台だけれど、カテコラミンもとりあえず止めることになり、2本の静脈ルートのうち1本は抜い
4/19一週間以上ぶりになってしまいました。たまってるララちゃんの写真をたくさん置いときます4/13前回の休みが13日(日)だったのですが、雨でララちゃんの病院にも行けず、ずーーっと寝てるララちゃんと一緒にのんびりだらだらウトウトしてたらあっという間に夜でした。外に出ていないので抱っこで寝てるララちゃんを。4/1513日の休みに病院に行けなかったので、15日の午前中に半休もらって行ってきましたよ。ララちゃんの注射は29回目💉でした。で、体重ですが・・・なんと、2
入院2日目安静時採血からスタート本当に血管出なくて申し訳ないです💦連日不眠が続いていたので、さすがに眠剤貰っで寝ようと思ったら、薬飲まずに爆睡‼️睡眠って大事〜体がラク〜6時からいつもの朝活参加して7時からシャワー浴びて8時に朝食普通に美味しいなぁと思ったら「常食」でした!午前中脈波図検査両手足に血圧計のマンシェットを巻いて測定します。コンビニ寄ってお部屋に戻るとお次は造影CT呼ばれましたと逆戻りCT室の看護師さんハキハキと明るくて礼儀正しくて静脈ルートも一
11月25日入院3日目いよいよ手術日5:30起床して洗顔などあとは術後困らないように水やストロー歯ブラシ、お箸などオーバーテーブルの上に準備T字体も看護師さんに分かるように6:00いつもの仲間との朝活いつも通りが良い7:00検温、点滴開始8:00静脈血栓症予防の弾性ストッキングを履いて尿道留置バルン挿入あー、久しぶりのバルン気持ちの良いものではないよねそして前貼り昨夜アローゼン飲んだけど便が出ない毎日快便子