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9月の下旬母は10年弱お世話になったグループホームから同じ敷地内にある特別養護老人ホームへと移りました。そして直近の入院中に申請した要介護度区分変更により要介護3から5への飛び級となりました特養に関しては、実は介護認定を初めて申請し要介護がついた時(12年くらい前)申し込みしていました。当時で区内限定でおよそ2000人待ちと言われました。それから10年以上経ち、グループホームを経て要介護5になり特養へとなった次第です。同じ経営元の施設というのも優先されたと思います。認知症の進行を緩やか
認知症の母との食事は、あっという間に終わりました。母の家は、すぐそこだけど…。家に帰ったり見たりして、母が特養で不穏が激しくなったら職員さんが困るからダメだと旦那が言います。私が近くにいて、頻繁に面会に来れたらいいのにね。それはそれで、また大変だろうけどね。そのまま、母を特養に送り届けて、旦那は車の中で待っているようです。特養では、入り口のすぐ横が事務所になっていて、出入りする人がすぐわかるようになっています。(義母のグループホームは、鍵がかかっていてインターホン対応です。)一
8年前に母から住宅型有料老人ホームに入所で通帳とキャシュカードを預かりました。それまで親がいくらお金をもっているかは知りませんでした。長い間の諍いの末、やっとの入所でした。1000万円くらいは持っているだろう87歳だったので5年間分の介護費用は何とかなるだろう~92歳くらいで母も亡くなるかもと予測してでした。父が14年前に亡くなった時は兄が父の名義通帳は全部母名義に変えて私はめくら判を押したのでいくらあったのか知りません。その父も地元の介護サービス付き有料老人ホームに
皆さんこんにちは、特養2階です😊段々と暖かくなってきましたね。さて今回は、前回に引き続き食事イベントの様子をお届けします。ご利用者からのリクエストで、4月はあんみつを作りました。お好きなフルーツやあんこを盛り付けています。フロア職員・栄養課職員とお話しながら、終始楽しそうな雰囲気です♪完成したあんみつを召し上がっています。「美味しい」と皆さん素敵な笑顔を見せてくださいました。今後もご利用者のリクエストを元に、食事イベントを継続していきたいと思います😋インスタ
毎月、母のいる特養から届く写真。3月は、節分のイベントなのか、鬼の面を被ったスタッフさんと一緒に写っている母の姿でした母の両手には豆の入った小さい袋が1つずつ。おどけた表情の母は楽しそうでした母はずっと仕事をしていて忙しく、我が家ではこういう季節の行事的なことはあまりやりませんでした。豆まきは、私が子供の頃、1,2度やったかなぁぐらいの記憶。でも今は母楽しそうにしているので、まだ節分が何かは分かっているのかも?で、同封のお手紙には、衝撃の言葉が・・・(笑)テレビ台の後ろに
特養の申し込み私の母はアルツハイマー型認知症です。一人暮らしが難しくなった母を引き取り、夫や子どもたちと一緒に暮らしています。母の介護認定が終わり、介護度が決定したところで、毎回出てくるのが「特養にいつ申し込みをするのか」問題です。いずれは、特養にお願いしたいと考えているけれど、いったいそれはいつなのか。何を基準に決めたらよいのか、自分でもよくわかりません。頑張ればもっと頑張れそうな気もするし、すでに限界のような気もする。もっと大変な介護を、自宅でやっている方も
認知症で田舎の特養にいる母の面会に行きます。母の家から歩いて10分程の特養です。それでも、旦那はホテルを予約します。母の家は、田舎の空き家で、給湯器が壊れてる。今年の3月に母を特養に入所させて、そのままほったらかしです。あ、母もほったらかし。数日前に、姉に報告のLINEをした。私も娘ふたりとそれぞれの子供と5人で面会に行きます。お隣の人に庭木の剪定をする人を紹介してもらってそのお金を払ってきます。日曜日に行きます。私が行く2日前に行くってことな。私が姉にLINEしなかったら
みーこです主な登場人物私・・主婦59歳ダンナ・・アルバイト66歳娘・・在宅自営業31歳息子・・結婚して近くに住む姑・・認知症86歳(ただいま特養に入所中)ダンナの弟(義弟64歳)親戚(60代ダンナの従兄弟)姑の友人Mさん(80代)ご無沙汰しております今日は【主な登場人物】の中の親戚(ダンナの従兄弟)についてありがた迷惑な話しを聞いて下さい~ダンナの従兄弟は世話好きで認知症の姑に辟易していた頃はたまに連れ出したりし
私が若い頃は映画が娯楽の一つであり、中学生の時に観た山口百恵の「伊豆の踊子」は忘れられないし、ブルースリー映画の全盛期であり全て観ました。ジャックニコルソン主演の「カッコーの巣の上で」は人間の尊厳を問うあまりも重厚な作品で、すごくショックだったのを覚えています。松本清張原作の「砂の器」も忘れられない映画の一つで、映画は原作を変えてありますが、試写を観た松本清張は「この映画は原作を超えたね」と言ったそうです。あの頃は映画館はもちろん、街中に映画のポスターが張ってあり、今では考えら
午前10時、わたしの携帯電話が鳴った。母が救急車で運ばれた市民病院で診てくれた医師からだ。『退院後は施設入所になるかも!』母が救急で市民病院に入院した夜、医師から言われた。退院後は在宅介護はムリかもしれないと。『【母が緊急入院】その①』母が特養の施設から夕方帰宅した。預けてから1…ameblo.jp医師という職業からイメージする重々しい声ではない。朝から清々しい気分になる声だ。実際、彼は爽やかでさっそうとしていた。下腿部皮下血腫や発熱の原因となった菌に対しては、点滴に抗菌薬を入れたこ
母の家の浄化槽から、一気に「四国八十八ヶ所巡礼」に、話しが飛ぶ飛ぶ…。自由気ままのおかんちゃんのブログです。だいたい、歩けなくなった義母をグループホームに入れて、実母を田舎の特養に入れ…。呑気に、お寺参り。12日間かけて、乗り合いバス🚌で、四国八十八ヶ所のお寺をまわります。歩いてまわるわけじゃないから、ご心配なく❣️定年退職したら、行こうと思ってたんや。お前は行かんでもいいんやで〜。なんて言いながら、しっかり申し込みされた。そして、写経もふたり分購入…。『四国八十八ヶ所巡礼
本日は、介護Day今日は、朝から実家へ往診の先生にきてもらって診察を受けた後ショートステイの施設へ母を送り届ける介護スタッフの皆さま優しい人ばかりちょっと今回はいつもより長めのお泊まりです母よ、施設にいる間しっかり体動かしておいてね体は動かさないと動けなくなるから…元気に帰ってきてねー今日は朝から夕方まで丸一日、母のお世話でしたさて、夜からはようやく自分の時間です月末のお仕事頑張りましょう(ง•̀_•́)งということで今日は、ここまで読んでいただ
特養にいる母を大きな病院で精密検査するから付き添いをしてくださいと言われていたのにいつのまにか特養の併設病院の主治医の判断だけで統合失調症と診断された母。これから私がやる事は役場に行って障害者手帳交付の申請手続きをする事だとケアマネさんに言われた。母脳出血で半身不随、脳血管性認知症に。リハビリ病院で療養し暴言を吐続け、特養へ。数ヶ月のショートステイを経て入所。要介護4。暴言しか口から出てこない。父アルツハイマー型認知症。薬を飲んでも激怒して暴れて…
🌸本日の特級献立:春の身体を整える「大根」の魔法皆さま、こんにちは!特養(特別養護老人ホーム)で働く管理栄養士です。4月7日、春本番ですね🌸本日の献立は、入居者の皆さまに大人気の「いなり寿司」を中心に、胃腸を労わりつつスタミナも補給できるラインナップです。🍴本日の彩りメニュー【朝食】味噌雑炊(貝柱)&小松菜の和え物朝の冷えた体に染み渡る、海の幸の旨味。【昼食】いなり寿司&大根と豚肉の煮物甘じょっぱいいなり寿司は、食欲をそそる魔法のメニュー。【夕食】豚肉と大根のオイスター炒
先週までアメブロへのログインを怠っておりましたm(__)m久しぶりのblogと思いきや、何と今年初のblogということに先程気付きました❗皆様、ご無沙汰しております。小麦です(^^)v昨秋に圧迫骨折で入院していた義母ですが、年末にリハビリで別の病院に転院しましたというのも大きな病院では2ヶ月以上の入院は基本できないので、年末でもありなかなか見つからなかったのですが、どうにか12月29日に転院できました💦義母が入院している期間に申請し結果要介護3でしたので、それから色んな施設を義弟や
ここに記さねばならないほどのミラクル起こりまして、久々にやってまいりました。何が起こったのかと言いますと。数日前、突然弟からLINEが来まして(滅多に自分からLINEをしてくることはありません)【引っ越しの予定は決まりましたか?】とありました。引っ越しというのは、千葉の特養に入所した母を、またこちらのグループホームに戻ってきてもらおうと思うと、以前に話をしたためです。母のマンションが売れた今、グループホームの利用料を支払う事が出来ます。なので、ずっと
特養に入っている私の母に母の日にモンベルのシャツをプレゼント母はずっと長袖を着ているからこれにしたよボタンじゃなくてパッチンだから母にも出来そうだしねそして、名前を書かないと行けないから布製のプレゼント袋も一式購入して私が中にカーネーションも添えて入れたよ喜んで着てくれるかな〜そして、娘やひ孫にまた会いたいって言ってたからまた、連れて行こうと思うよ〜
昨日は父の面会でした。中東系?の男性スタッフさんが「あの〜」と。何かあるな、悪いことかな、とびくびくします(^o^;「ここなんですが、痣になっていまして」「たぶん夜中にベッドの柵にぶつけたのではないかと、夜勤の者が言っていました」「これから日勤の看護師が来るので診てもらいます」「痛みは無いようです」「申し訳ありませんでした」「いえいえ、よくあることなので」父の右手です「またこうなっちゃったよ」「うん。高齢になると血管が脆くなるから、ちょっとのことで内出血しちゃうんだよ」「
特養ユニットリーダーの加藤です😊この度ご縁をいただき介護福祉士の職能団体である愛知県介護福祉士の理事に就任しました。理事のお仕事は主に介護福祉士のスキルアップの為の研修の企画運営です認知症実践者研修や介護福祉士実習指導者研修などを介護福祉士会が開催しています。なぜ、私が理事をさせて頂くことになったのかいうと、私は介護福祉士の上級資格である認定介護福祉士でもあります。認定介護福祉士として地域や職場に貢献したいと思っていたところに理事のお話を頂きました。やはり今の仕事との両立ができる
もしかしたらもう一つの特養に入所早めてもらえるかもと期待して、訪問看護先の病院の外来に来た。このピンクの介護靴イオンで6000円弱で買いました。とってもお気に入り。上地市長から振り込まれた6000円はお米ではなくて靴に化けました。診断書書いてもらうのにその日ではうけとれない。時間は相当かかると思ったけど心電図胸部X線採血尿検索問診血圧。全部終わったのが10時10分に到着して12時10分終わりました。私たちは先にタクシーで浦賀から1200円も使って診療所に付いていた
ソレイユには、私たちと一緒に働く外国人スタッフがいます。ユニット4には、ミャンマー出身で日本語が堪能、方言まで使いこなせるテッさんと、ご利用者様思いで料理上手なメーさんの2名が毎日頑張っていますこの日は、「私の国のおやつを皆さんに召し上がって欲しい」と、自らキッチンに立ってくれました。早速、ご利用者様と一緒に手作り開始!T様は、「エプロン姿がかわいいね!」と、ニコニコされながら、M様と一緒にバナナの皮をむいてくださいました。たくさんの果物、ココナッツミルク、寒天などを
特養の毎日は「意外とヒマ」でいい。ケアマネママが教える施設の真実おはようございます!特養ケアマネママのこむぎです施設のパンフレットを見ると、楽しそうなレクリエーションの写真が並んでいますよね。「わあ、毎日賑やかなんだ!」と思う反面、ん?そんなことある?と思うことありませんか?正直に言っちゃいます。特養の日常は、もっとずっと地味で、「普通」です。今日は、現場を走り回っている私だからこそ言える「飾らない特養のリアル」をお届けしますね\介護の不安を軽くするヒント/親が倒れた!親の入
月曜辺りは暇だったのに水曜日は発注がどばー――っと来てひっさびさの1時間越えの残業でした。ひーん最近、劇団の稽古で最初の運動時足が上がらなくなったなぁ・・・と感覚で自覚はしていました。それを昨日鏡の前でやったら、全然上がっていないのを目で確認してしまい・・・お腹の肉が邪魔なのかはたまた股関節が固くなっているからなのか不明ですが・・・結構ショックでした。ちょっと、ねぇ。身体が固くなるとケガも増えますからね。メンテナンスをちゃんとやろ
このブログは義父と義母を介護した過去の経験をもとに書いたものです思いつくままに書いており時系列順ではありませんあらかじめご了承ください「私は一体どうなるの?入れる施設はあるのでしょうか」地域包括支援センター主催のカフェで今は独居となられたご婦人が心配されていましたできればケアハウスに入りたいとのことただ「すぐに」ということではありません将来施設介護を希望する人も「来年の誕生日には入所していたい」と考える方はごく稀でしょう将来はいつ訪
ご訪問ありがとうございますこれまでの軌跡2012年母が認知症、要介護3の認定を受け実家へ通い介護開始2017年~両親を呼寄せ在宅介護2021年8月父が他界2023年12月から母が施設入居主な登場人物パニ子の母プー子認知症歴13年要介護4車いすでグループホーム暮らし時折、体調を崩すもそのたび見事に復活する80代パニ子母の在宅介護を経て、今はグループホームでの暮らしを見守るアラカン主婦気にしいの泣き虫趣味はぬいぐるみ作りと洋
ママちゃんのきょうだいは父親が亡くなった時に遺産分割をしてそれぞれ自宅を購入したり事業資金にあてたりした…と聞いている残された母親を介護していたのは長男夫婦遺産分割の際、かなりモメたらしい結局等分に分割したらしいが介護で苦労したワタシは今なら叔父叔母(長男夫婦)が不満をもったことも理解できなくはない数駅先に住む80代の叔母(ママちゃんの妹)は当時独身都内にマンションを購入小さな庭付きのコンパクトな家そこに今は亡き叔父(別名:ひも男)と暮らし…「ひ
ブログに来ていただきありがとうございます登場人物おばちゃん義理の母の姉92歳死去マホブログ主ヒデトシマホの夫ミクマホの娘高校1年生お母さん義理の母2018年死去2026年の1月9日にブログをはじめて、3か月近くになります。ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。おばちゃんとは血のつながりこそありませんでしたが、6年半という時間を、いちばん近くで過ごしました。最初の入院のとき、病院のカフェテリアでサ