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あっという間に5月になりました。今年は気温の上昇で梅、桜があっという間に終わってしまい、新緑も早く輝きだしてます。本日、やっと節句飾りをしました。恒例の梁に幟旗。頼朝、義経、弁慶の絵。玄関には挿絵画家の村田涼平君から頂いた表紙絵の原画。4月は東京で個展を開催。11月には京都で個展が開かれるそうです。新聞に掲載された澤田瞳子さんの小説「落花」の挿絵集も出版されていました。(完売との事)金太郎さん。そして・・・恒例の、家康公着用具足写。全部飾り付けて、ようや
冬ドラマも終盤渋滞之火曜日だけどテミス…は先週終わっちゃったし今夜は再会〜Silenttruth〜が最終回終のひとも今夜最終章突入観るのは明日ね0:58からだし東京PDは今夜TVerで観られるかな……でリブートのことなんですが永瀬廉くん演じる冬橋の出番が序盤少なくてえ?こんな?と思っていたら中盤から色々明かされてきて露出多くなってきた冬橋は実は良き青年だったの『しぇるたー』という行き場のない若者を支援する団体に入っていてその代表がマチ前々回に殺られちゃった
本日は安徳天皇の祭日です。第八十一代安徳天皇は平安時代末期の天皇です。御名は言仁(ときひと)。治承二年(1178年)生。御父は高倉天皇、御母は平清盛の娘徳子(高倉平中宮)。後白河天皇の皇孫です。御在位、治承四年(1180年)から寿永四年(1185年)。高倉天皇の第一皇子として誕生された言仁親王は、生後間もなく親王宣下を受け立太子されました。そして満一歳二ヵ月で高倉天皇の譲位を受けて即位されます。外祖父の地位を確保し、平氏一門の政治的基盤を確固たるものにするという平清盛の願
こんにちは!Scoti-manです。2025年10月29日午前2時頃にリリースされたCK3の最新DLC「AllUnderHeaven」。前回は、867年シナリオで平安貴族の一角・伴氏を復活させるチャレンジをしました。CK3律令制日本伴家の復活チャレンジ①|WNHシミュレーションゲームの部屋今回は、1178年シナリオ、鎌倉幕府で有名な源頼朝で、実際に幕府を開いてみたいと思います。挑戦する実績はこちら↓難易度カテゴリーは「普通」。バージョンは1.18.1.1(C
源頼朝三社詣を叶えた神社ワンコ!三嶋大社(みしまたいしゃ)2025.4.18(金)最終日の朝も三嶋大社へもちろんちびハロちん♪も一緒だよ~なお悦び乃盃の影も廻るや朝日影伊豆の三嶋乃神風も吹き治むべき代の始め幾久しさとも限らじや嘉辰令月とは此時をいふぞめでたきいきなりですが、三島は謡蹟の地でもあり、ここ三島大社が、春栄の舞台でもありました実は先日訪れた時に、謡蹟「春栄」小謡の一節を、今回も読むつもりで、メモして持参していた
「平将門の乱は、藤原秀郷や平貞盛らが討伐した、とあるけど。俵藤太はともかく、平貞盛は従兄弟でしょ、何故、同じ平家どうしが争うの?」いくつかの先入観からくる誤解があります。まず、いつも言ってますが、平家ではありません、平氏です。さらに根本的な問題は、「親族というのは、団結して戦うものだ」という思い込みです。違います。争いごとは、赤の他人とではなく、まず、近い親族同士で起こるものなんです。何故って、人間社会の争いのほとんどが「財産争い」、もっと言えば「相続争い」なんですから
「源氏や平家の子孫は、今もいるのですか」という質問に答えるなら。「源氏」「平家」という用語を、どのように認識されているか、から確認が必要です。「平氏」というのは、桓武天皇の孫の「高望王」が、平の姓を賜って臣籍降下した、その子孫が全国に散らばった、そのすべてが「桓武平氏」の一族です。たとえば北条氏も三浦氏も畠山氏も、すべて「平氏」です。だから、子孫は山のようにいる、といえます。しかし「平家」と言った場合、これは「平清盛の家族」だけを差す用語です。当時(平安末期)の感覚では、「家」というのは
歴史系図トリビアこれは楽しい!おもしろい!そう感じるような歴史上の人物の系図を紹介していきます歴史上の人物の系図を追っていく歴史系図トリビアです。はい(´Д`)。本日は源義経の正妻・河越重頼女の系図を見ていきたいと思います。呼び名が無いと不便なので、伝承の郷御前を使わせていただきました。郷御前は前述のように河越重頼の娘で、源頼朝の計らいで、その異母弟である源義経と婚姻しました。義経が謀叛人になると、奥州下向に同行し、奥州平泉で義経に殉じて亡くなりました。では郷御前の系図を見て
歴史系図トリビアこれは楽しい!おもしろい!そう感じるような歴史上の人物の系図を紹介していきます歴史上の人物の系図を追っていく歴史系図トリビアです。はい(´Д`)。今回は「長屋王の変」で知られる悲劇の皇親政治家・長屋王の系図を見ていきたいと思います。長屋王の父は天武天皇の息子・高市皇子、母は天智天皇の娘・御名部皇女で、正妻は元明天皇の娘・吉備内親王という当時としては極めて嫡流に近い位置にいる皇族でした。藤原不比等の没後は左大臣として国政の中心的な地位にありましたが、謀反の疑いをか
皆様こんにちは!三嶋大社に参拝しました💕三島大社は伊豆屈指のパワースポットと呼ばれる格式の高い神社です。かの有名な鎌倉幕府の初代将軍、源頼朝が現地再興を祈願して成就したことから有名になり、勝負運のご利益としても人気だとか、、、。春、桜の頃がお勧めのようです。桜の頃行けたら、最高ですね💕やはり、午前中に神社に参拝すると、気持ちいいですね💕年末に神社に行くのもまた、いいものですね💕2026年の干支は「丙午(ひのえうま)です。12支では午(うま)にあたり、十干と、十ニ支を組みあわせた
三浦半島の漁港と言えば、三崎港を筆頭に松輪・佐島・長井など、東京の飲食店でよく聞く名前がたくさんあるが、もう一つ小坪の漁港も非常に由緒ある場所だ。鎌倉の地から近いこともあって鎌倉時代から続く歴史があり、源頼朝もたびたび訪れていたという。こちらが今回の目的地。訪問日は2026年3月29日の日曜日。東京からJR横須賀線で向かい、11時6分に逗子駅で下車。オープン1回転目に間に合うかなあと心配しながら、小走りにタクシーに乗り込む。訪れたのは、こちらの「ゆうき食堂」(写真
こんにちは。瑠璃色の世界へようこそRinkoです。先日の静岡旅行では、3つの神社を訪れました。1社目が熱海の來宮神社2社目はこちらです↓↓関八州総鎮護伊豆山神社(静岡県熱海市伊豆山)「関八州」とは、古い関東地方の国々のこと。伊豆山神社は、源頼朝さんと北条政子さんが愛を育んだ場所として知られ、ここから、縁結びのご利益があると言われています。熱海駅から坂道を登った、海抜約170mのところにあり,景色がよかったです
今回は、以前このブログで取り上げた女優の土屋太鳳さんのご先祖様に関する考察(2024年9月22日投稿『土屋太鳳さんの時代劇再興』)の補足。その時引用した太鳳さんのオフィシャルブログには、土屋家の先祖が鎌倉武士、いわゆる御家人だったことと、その先祖が宮崎に移り住んで鵜戸神宮の神官になったことが書かれていた。“私の母方の祖父のご先祖様が源頼朝公、義経公に仕えてた人で、時代の流れでいろいろあって、最終的に宮崎県の日南市にある鵜戸という場所に移って、今の代に続いたという話を祖父から聞
昨日は鎌倉ダフネへ中根さんのCD発売記念ライブの応援にでかけました。2008年に出演して以来の再訪かも??懐かしい思い出が込み上げますその前に少し時間あったので鶴岡八幡宮へ小町通でメンチカツを買い食いしながらのんびりお散歩。お天気よくて気持ちよかった🥴ふと立ち寄った旗上弁財天のうらにある政子石後から知ったけど北条政子が懐妊したときに源頼朝が安産祈願をした石なのだとか。何も知らずに、なんとなく詣っておいて良かった、ご利益ありますように🙏帰りは小町通りとは別の道でダフネへ向かう
「義高ウォーク」は、入間川で非業の死を遂げた木曽義高(源義高)を偲んで開催されている歴史ウォーキングイベント。義高は木曽義仲の嫡男。人質として鎌倉に送られていましたが、1184年(寿永3年)2月、源頼朝が義仲を滅ぼすと、4月、婚約者だったという頼朝の長女大姫の計らいで鎌倉から逃亡。4月26日、入間川で討手追いつかれ殺害されてしまいますがが、義高は鎌倉街道を祖父源義賢ゆかり大蔵、父義仲を救った畠山重能ゆかりの菅谷方面を目指していたのだといわれています。「義高ウォーク」は、狭山市駅西口市民広