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第七十七代後白河天皇は平安時代末期の天皇です。昨日は安徳天皇の祭日でしたが、安徳天皇は後白河天皇の皇孫となります。大治二年(1127年)生。御名は雅仁(まさひと)。御父は鳥羽天皇、御母は藤原璋子。御在位、久寿二年(1155年)から保元三年(1158年)。雅仁親王は鳥羽天皇の第四皇子です。第一皇子の同母兄の崇徳天皇が譲位したのは、鳥羽法皇の寵愛する皇后美福門院から生まれた異母弟の近衛天皇でしたので、皇位を継ぐとは誰からも思われていませんでした。しかも、父や兄からは、「
執権義時に消された13人闘争と粛清で読む「承久の乱」前史/榎本秋【3000円以上送料無料】楽天市場大河ドラマ「鎌倉殿の13人」を思い起こさせるタイトルに思わず買って手に取りました。大河ドラマで、姉政子に問い詰められる義時のシーンが印象的でしたが、北条氏のために消された人がてんこ盛りです。政敵を殺しつつ、身内も殺す。弟たちを殺して、源氏の将軍が絶えてしまった頼朝もどうかと思いますが(それでもカリスマ的要素は残っていて、結局征夷大将軍=源氏の頭領であることの礎になっている?)、北
三嶋大社(静岡県三島市)に行って来ました。御祭神は大山祇命(おおやまつみのみこと)と積羽八重事代主神(つみはやえことしろぬしのかみ)の御ニ柱の神を三嶋大明神大(みしまだいみょうじん)と称しているとのこと。大鳥居を過ぎると左右に神池が広がります。創建の時期は不明ですが奈良・平安時代の古書にも記録が残っているそうです。三嶋神は東海随一の神格と考えられています。「総門」三島市指定文化財です。平安時代末、伊豆の蛭ヶ小島に流されていた源頼朝は三嶋大社を深く崇敬し源氏再興を祈願しました。「神
本日は安徳天皇の祭日です。第八十一代安徳天皇は平安時代末期の天皇です。御名は言仁(ときひと)。治承二年(1178年)生。御父は高倉天皇、御母は平清盛の娘徳子(高倉平中宮)。後白河天皇の皇孫です。御在位、治承四年(1180年)から寿永四年(1185年)。高倉天皇の第一皇子として誕生された言仁親王は、生後間もなく親王宣下を受け立太子されました。そして満一歳二ヵ月で高倉天皇の譲位を受けて即位されます。外祖父の地位を確保し、平氏一門の政治的基盤を確固たるものにするという平清盛の願
あっという間に5月になりました。今年は気温の上昇で梅、桜があっという間に終わってしまい、新緑も早く輝きだしてます。本日、やっと節句飾りをしました。恒例の梁に幟旗。頼朝、義経、弁慶の絵。玄関には挿絵画家の村田涼平君から頂いた表紙絵の原画。4月は東京で個展を開催。11月には京都で個展が開かれるそうです。新聞に掲載された澤田瞳子さんの小説「落花」の挿絵集も出版されていました。(完売との事)金太郎さん。そして・・・恒例の、家康公着用具足写。全部飾り付けて、ようや
令和8年4月28日火曜日。今日の再掲は熱田神宮。「うべなうべな君待ちがたに我が著せるかさねの裾に月立たなむ」自其国越科野国、乃言向科野之坂神而、還来尾張国、入坐先日所期美夜受比売之許。於是献大御食之時、其美夜受比売、捧大御酒盞以献。爾美夜受比売、其於意須比之襴、著月経。故、見其月経、御歌曰、比佐迦多能阿米能迦具夜麻斗迦麻迩佐和多流久毘。比波煩曽多和夜賀比那袁麻迦牟登波阿礼波須礼杼。佐泥牟登波阿礼波意母閉杼那賀祁勢流意須比能須蘇爾都紀多知迩祁理爾
源平合戦、ローリング・ストーンズ、平清盛、源義朝、源頼朝、源氏、平氏、愛知県、京都市、日本史、歴史、ロック。トップページ・プロフィールこれまでの曲目リスト歴音73.平家の桜散る②義朝散る(桜うた.9)すでに桜の花の季節が終わってしまった地域がだいぶありますが、青森や北海道はまだまだ!もうすぐ北海道も通りすぎる!でも、「歴音fun」の桜は、まだ散らない!毎年、桜の季節に掲載しています、連載「桜うた」です。今回のコラムは、過去のコラムを加筆修正し、本連載の中に組み入
こんばんは、建部大社のお話の続きです。神門くぐって右側にある鳥居の方に歩いていきます。池があってちょっと上り坂を歩いていきます。池。檜山神社遥拝所。建部大社から歩いて15分ほどのところに檜山神社があるそうです。次は赤い鳥居の方に歩いていきます。三つの社が並んでます。右側に大野神社。真ん中に稲荷神社。左側に八柱神社。さらに左側に進むと、伊勢遥拝所。立派な遥拝所です。宝物殿。水神社の看板があります。神馬舎の横を通って木々の中に入っていきます。説明看板。水神社
日本史兄弟対決[後藤寿一]楽天市場カインとアベルの時代から、兄弟というものは争うもの。本書では15組の兄弟(1組はちょっと違う)の争いについて解説されています。有名な天智天皇vs天武天皇や、源頼朝vs源義経、織田信長vs織田信行らの対立についてはもちろんのこと、お家大事の真田親子のことも書かれています。15組目は、徳富蘇峰・蘆花兄弟。他の争いが血生臭いものであるのと比べると異質ではありますが、この兄弟にも争いがあったのかと思いました。足利尊氏vs足利直義、西郷隆盛
「6日本文学史(彫刻④)」今日は、源氏と八幡宮とはみなさんおはようございます北海道で地震です気を付けてください連休まであと少し今週は計画的にお過ごしくださいウキウキを伝える、卯月、4月新たな人生は始まっている(笑顔で)「小川翔護とハタラク仲間たち(OHN)」ご参加いただいた皆様、いつもありがとうございます4月27日は源頼朝は以仁王の令旨を受け取りました源氏の氏神である石清水八幡宮に向かって挙兵を決意したのです日本文学史
鶴岡八幡宮。(すごい混んでたー)入ってすぐ、蝶々が3羽🦋🦋🦋目の前に飛んでたから、写真撮ったけど、1羽だけしか撮れずー🦋(白い花に止まってます)まずは、大好きな弁天様へ❤️【旗上弁財天】弁天様のとこは、落ち着くーーーー。(来週は、江の島の弁天様へ行く)そして、ここの裏手にある【政子石】へ。北条政子さん、頼朝さんと座ってたのかなぁー、とか、ニヤニヤしちゃう。(不謹慎)前に、神社の方が、願いが叶う石なんですよ、て教えてくださった。が!ニヤニヤして、妄想して、
【鳴霞の「月刊中国」】張又侠の“源頼朝伝説”海外逃亡の噂が海外で流布!鳴霞の「月刊中国」plus
今回は、以前このブログで取り上げた女優の土屋太鳳さんのご先祖様に関する考察(2024年9月22日投稿『土屋太鳳さんの時代劇再興』)の補足。その時引用した太鳳さんのオフィシャルブログには、土屋家の先祖が鎌倉武士、いわゆる御家人だったことと、その先祖が宮崎に移り住んで鵜戸神宮の神官になったことが書かれていた。“私の母方の祖父のご先祖様が源頼朝公、義経公に仕えてた人で、時代の流れでいろいろあって、最終的に宮崎県の日南市にある鵜戸という場所に移って、今の代に続いたという話を祖父から聞
先日、去年11月にリニューアルしたばかりの千葉市立郷土博物館に行ってきた。1126年6月1日に桓武天皇、高望王の血を引く千葉常重が猪鼻城を本拠地にして「千葉」と名乗った。この時、千葉氏と千葉市の歴史が始まった。今年はそれから900年の節目の年で、千葉開府900年として注目されている。博物館は千葉氏の居城だった猪鼻城跡に建つ天守閣風の建物で、高台にあるので遠くからでも見える。俗に千葉城と呼ばれることがあるけれど、実際にこういう形状の建物があったわけではないらしい。内部は千
【現存最古の多宝塔…上層と下層のバランスが絶妙で、軒反りの曲線が美しい洗練された優美な姿から”三大多宝塔”の一つとされる】【兵庫県・大津市】奈良時代の天平十九年(747)に、第45代聖武天皇の発願によって良弁僧正が創建した石山寺の境内に建つ多宝塔で、国宝に指定されている。多宝塔は鎌倉時代の建久五年(1194)、源頼朝の寄進によって建立されたもので、年代の明らかなものとしては日本最古。また、鎌倉時代の当初の姿形を保っている貴重な遺構。多宝塔は、寺号の由来となった硅灰石(天然記念物)の後方の
三嶋大社は、静岡県三島市にある旧官幣大社の神社で、創建の時期は不明であるものの、社名の「三嶋」とは伊豆大島・三宅島等から成る伊豆諸島を指すと言われ、古代から伊豆諸島の噴火を畏れた人々から篤く崇敬されてきました。祭神は大山祇命(おおやまつみのみこと)と積羽八重事代主神(つみはやえことしろぬしのかみ)の2柱で、三嶋大神(みしまのおおかみ)と呼ばれています。平安時代の末、伊豆に流された源頼朝は三嶋大社で源氏再興を祈願し、これが成就したことから益々崇
平氏、平家、源氏、源平合戦、平清盛、源頼朝、徳川家康、鎌倉幕府、征夷大将軍、源氏長者、日本史、歴史、牛丼、ロック、歌謡曲。トップページ・プロフィールこれまでの曲目リスト平らなのに盛っちゃって(歴史AIソング.1)「歴音fun」では、ちょうど今、連載「桜うた」を続けています。その連載の中で、「平氏」や「源平合戦」のお話しを書いています。今回は、ちょっとブレイク(休憩)!皆さまから質問されることの多い「平氏(へいし)」と「平家(へいけ)」の違いについて、書きたいと思い
さっきお腹いっぱいつったい肉そばを平らげたので、腹ごなしの散歩をすることに。天王町をまずはぶらぶら。帷子川という川らしい。元は暴れ川だったのを治水工事によって現在の姿になったそう。反対側はみなとみらいが見えるのか、ランドマークタワーの先っぽが見えた。まだ3月末だったので桜も咲き始めたばかり。それでも毎年早くなってやしないかい?橘樹神社、これが源頼朝が創建した祇園社か。1921年に橘樹神社に名前を変えたそうなので100年以上前ね。近所の公園もポカポカ陽気なので子供やお
伊東市役所にて打ち合わせを行いました。新年度を迎え、人事異動により新しく着任された各担当者の皆様ともコミュニケーションを深めてまいります。先月までは、綺麗に咲いていた桜も、今ではさくらんぼの実をつけ、季節の移ろいを感じさせてくれます。市役所近くの佛現寺にも、毎月欠かさずお参りしています。実は今は亡き父がここの改修工事に携わっており、私にとっても特別な場所なのです。そして、講習会場の近くにある日暮神社にも足を運びます。この神社は源頼朝と、八重姫が逢瀬を重ねた地として知られています。そ
金沢区主祭神市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)1180年、源頼朝が瀬戸神社を創建した際、北条政子が夫に倣って自身が深く信仰していた竹生島の神を祀るため、海中に島を築いて創建しました。島の形が楽器の琵琶に似ていることから「琵琶島」の名がついたと言われています。御神体が立ち姿であることから「立身弁財天」と呼ばれ、政子の出世にあやかって立身出世のご利益があるとされています。参道入り口には頼朝が禊の際に衣を掛けた、金沢四石の一つ「福石(呉服石)」があります。この石の前でものを拾うと福を授
源氏山公園と寿福寺2009年12月2日の鎌倉散歩をご紹介しています。2009年12月2日の鎌倉散歩➉をご紹介しています。銭洗い弁財天を見学の後、紅葉に誘われて源氏山公園に回りました。▲源氏山公園風景公園の散歩道を歩きながら、紅葉を楽しみました。▲園内の源頼朝像紅葉に囲まれて源頼朝像が現れました。なるほど「源氏山公園」ですか。▲源頼朝像にズームイン凛々しいお顔ですね。▲源氏山公園の遊歩道を歩く▲遊歩道から時々見える鎌倉の風景遊歩道の隙間から時々見える風景は、やは
桜の国🌸SakuranoKunionInstagram:"『夢を見る』/桜国の物語No.0019桜で知られる美しい国の物語月曜・金曜21時配信▶︎@sakuranokuni.storyいつも桜の国の物語をご覧いただきありがとうございます。この国には、まだ語られていない物語がたくさん眠っています。ぜひ他の物語も覗いてみてくださいね。⸻作:根岸教昭/NoriakiNegishi▶︎@noriakinegai夢には、いい夢もあれば、悪い夢もある。そ…17likes,0c
「安土桃山時代が一番好きなんだよね。明治以降きらい〜」「あー、わかる!ママも明治前は好きだったけど近現代苦手だったわ〜」塾の宿題をしながら、話しかけてくる息子。会話をしている中で「へいきよもりってさー」と息子が言った。ん??ん???数秒、間が開く。「たいらのきよもりのこと?!」私と夫は涙を流して大爆笑🤣息子は恥ずかしそうにソファーにうつ伏せになり顔を埋めていた。笑平清盛を「へいきよもり」と読むとは…我が息子、やはりケアレスミス全開です!『●息子の勉強はパパが伴走
桜ソング、平氏、源氏、源平合戦、六波羅蜜寺、平清盛、源頼朝、氷川きよし、平安時代、鎌倉時代、六道の辻、ドロロンえん魔くん、日本史、歴史、兵庫県神戸市、京都市、六波羅、歌謡曲。トップページ・プロフィールこれまでの曲目リスト歴音72.平家の桜散る①六波羅(桜うた.8)桜の季節も最終盤に突入!すでに桜の花の季節が終わってしまった地域もありますが、青森でも開花し、北海道ももうすぐ!「歴音fun」の桜は、まだまだ散らない!毎年、桜の季節に掲載しています、連載「桜うた」です
急遽お伊勢さんへ行きたくなったので。蟹江だと若干ですが三重よりの場所だし、近鉄もあるからとの理由もあって、宿泊先にした今回。蟹江は自分にとっては、あまりなじみのない街のはずだけど。歩いていて、なんとも表現しようのないデジャヴというか、懐かしさを感じていた。多分、以前ここへ何回か来たことがある…。記憶には残っていなくても、こーいうのって、身体が覚えてるとでもいうのかな?記憶にないくらいの昔に、家族の運転する車で、きっと何回も通ってたのかもしれない。大相撲ストリートという、お相撲さん達
建久八年(1197年)、源頼朝が善光寺に参詣した際、東条雨飾城主の娘・お安姫もまた参詣していました。その姿に心を動かされた頼朝は、お安姫を鎌倉へ連れ帰り、側室としました。やがてお安姫は頼朝の寵愛を受けるようになり、これに対して北条政子は強い嫉妬心を抱き、「もし懐妊すればただではおかない」と脅したと伝えられています。お安姫は庭に咲く紅梅に向かい、「どうか実を結ばぬように」と祈りました。すると不思議なことに、その年を境にその紅梅は実をつけなくなったといいます。頼朝没後、お安姫は
昨日は鎌倉ダフネへ中根さんのCD発売記念ライブの応援にでかけました。2008年に出演して以来の再訪かも??懐かしい思い出が込み上げますその前に少し時間あったので鶴岡八幡宮へ小町通でメンチカツを買い食いしながらのんびりお散歩。お天気よくて気持ちよかった🥴ふと立ち寄った旗上弁財天のうらにある政子石後から知ったけど北条政子が懐妊したときに源頼朝が安産祈願をした石なのだとか。何も知らずに、なんとなく詣っておいて良かった、ご利益ありますように🙏帰りは小町通りとは別の道でダフネへ向かう
東京十社北方守護創建は1190~1199年の建久年間と言われている源頼朝が関東の守護として整備を進めた時期に創建された主祭神:イザナギノミコト天地開闢の神国土・神々を生んだ徳川将軍の祈願所として崇敬江戸時代、春日局が当社に祈願しめでたく家光の将軍就任が叶った→「子育大願」の神社狛犬は拝殿前に鎮座1827年生まれ肌の表現が美しい向かって右マリ向かって左子境内社「関神社」(せきじんじゃ)御祭神:蝉丸公(平安時
4月19日今日は何の日川柳575測量へ伊能忠敬地図の旅🗾⚾️根尾昴二刀流からピッチャーへ教育がヤグルマギクの花言葉🌸NTT何でもできたISDN第一回ボストンマラソン130年前🏃オンエアー世にも奇妙な物語🐶😾飼育の日動物生物語呂合わせ🐡平治の乱源頼朝伊豆流し🇯🇵日本地図はじめの一歩4.19🚶♀️刑事から村野武範食いしん坊🍚
こんにちは🤗れんじゅと申します『わくわく💞』が私の原動力✨💪日々楽しみながら、気付いた事、感じた事などを発信しています🎶どうぞ、よろしくお願い致します先日の東松山への神旅先にランチという事で、初『武蔵野うどん』さんにお連れ頂きました〜麺、天ぷら、カレー、漬物、ご飯…食べ放題で1150円安すぎ〜近くにあったらいいなぁ〜今回は晴みさんがご馳走してくれました〜ご馳走さまでした🙏さて…お腹も満腹になり、『正法寺』さんへ🚙源頼朝ゆかりの地なんですね…令和4年に始まったNHK大河ド