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『渡来人』第9回<飛鳥時代の渡来人>飛鳥時代は、蘇我氏が飛鳥の地で政治を主導的におこなった時期がその始めとみとめられるので、7世紀初頭がその始まりと考えられます。646年に実効性は疑われているが薄葬令が出され、このころから大型の前方後円墳がつくられなくなった。707年に文武天皇が火葬され、この八角墳を最後に古墳がつくられなくなる。また、飛鳥時代の成立区分が明確ではなく、ここでは蘇我政権が確立された7世紀初頭とします。すなわち、古墳時代は3世紀中頃~7世紀中頃で、飛鳥時代は7世紀初
『渡来人』第8回<日本人の成立>今、「旧石器時代」が熱い。少し前まで、邪馬台国の弥生時代や三内丸山遺跡の縄文時代が注目されていましたが、この最近「われわれ日本人はどこから来たのか?」それを教えてくれる旧石器時代が注目されています。<日本人の成立>●1991年埴原和郎が混血説―「二重構造モデル」を提唱。後期旧石器時代から縄文時代までの間、どのように現在の日本列島人になっていったのかについて現在最も支持されているのが混血説の「二重構造モデル」である。埴原和郎は、現代
『渡来人』第3回<縄文人はどこから来たのか?>(縄文人)●概略縄文人は、1万6000年~3000年前まで北海道から沖縄本島にかけて縄文文化を成した。最新の遺伝学的研究では、縄文人の起源については次のように説明されている。縄文人は東南アジアで分岐しユーラシア大陸各地の集団によって形成された。日本列島に様々な移動ルートで渡来してきて、多様な遺伝子をもった人種から派生したとみられる。縄文人も、もともとは渡来人だ。日本列島に来るまでは、ホモ・サピエンスの「旧石器時代人」あるい
『渡来人』第4回<稲作を伝えた渡来人>●概略水稲の本格的な開始は、水田遺構が発見されている縄文時代晩期の紀元前(BC)10~9世紀の九州北部が最初とされる。我々の食するジャポニカ米の祖先は、日本列島の現生種ではなく大陸側から伝来したと考えられる。長江下流域の遺跡などにおける考古学的発見に根拠を求めている。「日本列島における稲作は、弥生時代に始まった」というのが、ついこの前までの歴史学の定説だった。しかし、2003年、国立民族歴史博物館の研究グループが、水田稲作(水稲)は従来