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まとめ買いに入っていた紫雲です。昭和30年代の製品です。すげーーーーー!パイロットは棒の上に座らせます。「あったあった!」と懐かしがるのは私と同じジジイです。水平尾翼は差し込みです。古い1/144ではあったけど、ほんとに久しぶりに見ました。プラを流し易くする為か主翼がランナーの様です。さて、懐かしがるのはいいけれどこのキット、どうしましょう。1番目立つカウルがノッペリなのでエンジンを仕込みましょうか。でも2重反転なんだよなあ。機構を知らないのでやりようがないや。
烈風の続きです。塗装ですがデカールは試作機の物です。試作機はまあ、綺麗ですよね。汚したいので、というより綺麗に作る自信が無いので歴戦の感じにします。イメージとしては・・・海軍側が三菱の提案を飲んで初めから三菱製エンジンを積んだので20年初頭に烈風の配備が始まった。エリートの局地戦闘機部隊ではなく通常部隊に零戦52型の代わりに支給された機体。って感じに塗装しようと思います。塗装前です。黄橙と紅を吹いたところです。白を吹いてマスキングです。下面は銀なので黒サフです。銀
今、この時!―南太平洋海戦真珠湾攻撃の後も、村田少佐率いる雷撃隊は戦い続けます。しかしミッドウェー海戦で日本海軍は惨敗。ミッドウェーの雪辱を果たそうと必死の南雲忠一長官率いる南雲機動部隊。南雲長官は、旗艦翔鶴に乗り、南太平洋海戦に挑みます。村田少佐は翔鶴の飛行隊長となっていました。南太平洋海戦は、ソロモン海域で行われた空母決戦。1942年(昭和17年)8月にアメリカがガダルカナル島に上陸して以来、ガダルカナルを巡る激しい攻防戦が展開されます。起こった海戦を時系列にみれば第
春風駘蕩村田重治少佐(むらたしげはる)。海軍兵学校卒58期。長崎県出身。戦死後、二階級特進で大佐。享年33歳。(↑写真はWikiからお借りしています)豊田穣氏によれば村田少佐のあだ名は「ブーツ」。いつも飛行ブーツを履いていたからとか。山本悌一郎氏によれば村田少佐のあだ名は「ぶつ」。仏をさすということ。春風駘蕩とした仏様のような風采だったからとか。どちらが本当かわかりませんが。あるいはどちらも本当かもしれません。豊田氏も山本氏も共通して書いているのが、村田少佐は闘志を胸に秘