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2026年2月18日。西村慎太郎です。引き続き、相馬藩の年譜である『相馬藩世紀』から浪江町域の記述を確認したいと思います。二代藩主である相馬義胤の記述です。-----------------------------------------------------------・寛永3年34頁一、六月廿四日、御祖父長門守義胤君、泉田ヨリ中村城江御移、・寛永11年40頁一、三月、御領分海道江松ヲ植、・寛永14年54頁一、十一月七日、御領分堺目御見分御出馬、〈廿二
一般社団法人浪江町地域文化フォーラムです。2月26日に川添鈴木家文書の調査を行いました。今回は現在作業を進めている浪江町の古文書を利用したくずし字・古文書の初学者向け出版物刊行を目指しており、その際、鈴木家所蔵の検地帳を利用させて頂くの撮影です。鈴木家には弘化2年(1846)の旧川添村の検地帳が遺されています。これは相馬藩の天保大検地に伴って作成されたものです。標葉郡内では天保大検地の検地帳が必ずしも多く遺っておらず、大変貴重です。調査に当たっては鈴木仁根さんに多大な御協力を
2026年2月4日。西村慎太郎です。本日も磐城平藩士の味岡礼質が執筆した『戊辰私記』(関内米三郎、1903年)より浪江町域の部分を見てみたいと思います。慶応4年7月29日条の前半です。常用漢字に直して、適宜読点を入れたいと思います。--------------------------(慶応4年7月29日条)二十九日天明立食シテ請戸濱ニ赴ク、途中平城ニ来会セル水谷長左衛門氏ニ逢フ、氏云、萬策既ニ盡タリ、仙臺ノ大衆盡ク去リ、殘ル者ハ貴藩ト自邑ノ人數ノミナリ、如何ソ敵ノ大衆ヲ支ヘ
『14年後の福島の今』2011年に東京電力が原発事故を起こしてから14年、避難指示となった地域を中心に、最新の放射線量マップを2月中旬から5月上旬にかけてアップしています。▼詳しくはリンク先にてご覧ください。「【告知】『14年後の今』東京電力原発事故後の福島≪最新≫放射線量マップ公開」https://ameblo.jp/koken-josen-net/entry-12883898955.html「常磐線『浪江駅』前」(福島県浪江町)の放射線量をはかりました。Wemeas
福島県南相馬市への出張。東京から八潮で同僚を拾ってレンタカーで常磐自動車道を爆走して浪江ICにて下車です。↑浪江ICその後、小腹もすいたのでランチで立ち寄ったのが道の駅なみえでございます。↑道の駅なみえ食べる物といえば、なみえ焼そば!かつて日本のB級グルメの祭典・B-1グランプリにてグランプリにもなった事のあるなみえ焼そば。今回はなみえ焼そばと常磐もののしらす丼のセットを頼みました!↑なみえ焼そば+しらす丼ハーフその後、南相馬市に移動。1日、しっかりお仕事をしまして、宿泊先にて