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連雀亭のブログをご覧頂きありがとうございます。しばらくの間、お付き合い願います。この度も大変遅くなりまして申し訳ございません。12月の番組表をお知らせ致します。◎2024年12月ワンコイン寄席の番組表はこちらNo.19111@フリカレfreecalend.com開場11:00開演11:30(~12:30頃)当日のみ500円◎2024年12月昼席(日替り昼席&講談きゃたぴら)の番組表はこちらshishiza@フリカレfreecalend.com開場13:00
連雀亭のブログをご覧頂きありがとうございます。しばらくの間、お付き合い願います。この度も大変遅くなりまして申し訳ございません。まず、正月特別興行のお知らせです。元日から三日まで今年は各日、二部制でお送りします。各部10名出演して、木戸銭2,000円新メンバーから、真打の決まったメンバーまで各派、幅広い演者でお待ちをしております。〜主任〜◎元日一部立川寸志二部三遊亭鯛好◎二日一部柳家花飛二部港家小ゆき◎三日一部瀧川鯉丸二部神田紅純番
■兼ねてより三山ひろし君が【学芸のすすめ】第三弾として【落語】【講談】に続き【浪曲】‥【長編歌謡浪曲】!今回は浪曲師★玉川奈々福さんと共に浪曲の世界を三味線と掛け合い乍ら独特のかたりで物語を進める話芸。■第一弾は日本の伝統工芸…【屏風】のすすめと日本の【伝統話芸】での【落語】を【立川志の春】師匠に師事!【三山とさ春】の名を拝命しました!■先ず前座の爆笑~爆笑の【金明竹】を収得…少し難しい【厩火事】【お菊の皿】を収得出来ました!■そして第二弾…更なる極みを目指し日本三大話芸の【講談】を
来年のお知らせです🤩おののこみち、木馬亭浪曲定席の新春公演に出演させていただきます。浪曲❗……まさか❗……ではないです。なんと❗ゲスト枠で「昭和歌謡」歌わせていただきます🎵🤩浅草21世紀で22年レギュラーでやってきて、初めて席亭からお声かけいただきました。本当にありがたいことです。一生懸命、楽しんで、精一杯歌わせていただきます。1月3日、浅草寺、浅草神社、お詣りのおついでにでも、よろしければ、木馬亭にお寄りくださいまし🙋
この度も大変遅くなりまして申し訳ございません。10月の番組表をお知らせ致します。◎2024年10月ワンコイン寄席の番組表はこちらです。開場11:00開演11:30(~12:30頃)当日のみ500円◎2024年10月昼席(日替り昼席&講談きゃたぴら)の番組表はこちらです。開場13:00開演13:30(~15:00頃)当日のみ1000円◎2024年10月夜席(貸席)の番組表はこちらです。詳細につきましては、主催の演者各自にご確認ください。そして、10月1
〇情報です
お世話になっております。神田連雀亭です。お知らせです。少し長い内容ですが最後までお読みくださるとありがたいです。10月いっぱいで連雀亭を卒業するメンバーの紹介とその経緯を説明致します。1、経緯二ツ目の層が厚くなる状況を受けて、以前から会員より連雀亭に新会員の加入を促したいという意見がよく出ておりました。オーナーからは、連雀亭は各自の修業の場として機能するために、現状以上の会員数にすると、毎月の出演できない会員もいるため、これ以上枠を増やすのは困難との見解が示されました。そ
落語のチケットをいただいたので友達を誘って行ってきました。会社でミスをして落ち込んでいて、落語の気分でもないのですが、チケットがもったいないので行ってきました。思った以上におもしろくて、私も友達も大満足でした。桂米團治さんのファンになってしまいました。初めて聞いた浪曲もこんなに面白いとは驚きでした。最近はミュージシャンのコンサートにも行く気にならず、(最初から最後まで立ってるなんて無理)お芝居とか、歌舞伎とか、ディナーショーにするかな〜なんて思っていましたが、落語もいいですね。楽しかったで
連雀亭のブログをご覧頂きありがとうございます。しばらくの間、お付き合い願います。連雀亭十周年大感謝祭が近づいて参りました。10月11日、12日の2日間、出演者は当日のお楽しみ!初日は4部制、千秋楽は2部制(各部10名程の出演)各日、各部とも魅力的な演者が多数出演します。是非是非、ご来場ください!この度も大変遅くなりまして申し訳ございません。11月の番組表をお知らせ致します。◎2024年11月ワンコイン寄席の番組表はこちらです。開場11:00開演11:30
この週末は、昭和46年の紅白歌合戦を堪能した。この当時の歌を見聞きすると、演歌とポップスが明確でなく、歌謡曲と一括りされている印象。三波春夫さんや村田英雄さんの歌は、古来から伝わる浪曲が進化したものと感じた。南沙織さんやフォーリーブスの歌がアイドルポップスの起源という感じを受け、片方では森進一さん、五木ひろしさんが台頭し、歌謡曲がポップスと演歌に明確化されるきっかけが、この年だったと感じました。この頃の紅白。出場者の歌のうまさが圧巻。やたらと大人数のグループもなく、もちろん口パクではない
サムネ万延元年(1860年)森の石松は、三十石船で大阪の八軒屋から淀川を京都の伏見まで船旅を楽しむ。伏見で船を降りて寺社をお参りして京都見物を済ました。この旅は、前回の「石松三十石船道中」の続きだが、今回の「石松と見受山鎌太郎」は、石松が鎌太郎宅にワラジを脱ぎ、そこでの二人の話になる。草津追分の道標東海道は京都三条大橋から大津宿を経て、その次の宿場が草津宿になる。草津追分は東海道と中山道の分岐点であった。京都三条大橋から草津追分道標まで直線で17.3Kmの地点だ。草津宿の追分周辺地域を
サムネ浪曲と云えば、誰でも一度は耳にしたことがあるだろう。特にテレビが各家庭に普及するまでは、ラジオから落語、講談などと共に浪曲は流れてきていた。こうした話芸は、次はどうなるか解っていても同じ題目を何回でも楽しめた。中でも、「清水次郎長伝」の森の石松が主人公の「石松三十石船道中」は、映画になったり、他の話芸でも使われていたので、ベストヒットだと云えよう。話芸の多くは、時々によって語り口が異なることもあるが、戦後に録音された二代目広沢虎造の「石松三十石船道中」は、軽妙な語り口で特に評判が良い
以前の12月といえば必ず忠臣蔵でした、「ときに元禄15年12月14日、江戸の夜風を震わせて響くは山鹿流儀の陣太鼓」、映画、テレビ、商業演劇、これをやらなければ新年は来ないといった感じでやっていましたが、映画、テレビはなし、商業演劇も歌舞伎で他の出し物に交えて一幕だけ上演といったかたちになってきています。昔は、忠臣蔵は独参湯と呼ばれて、どんな不入りのときでも忠臣蔵を上演すれば客が来る、演劇の気つけ薬だと言われたのですが、最近ではその効能はなくなってしまいました。映画、テレビ、商業演劇、は