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親と長い間、音信不通の私。なぜ音信不通になったのか?そもそもなぜ婚活をする前に親との関係を修復しなかったのか?と、疑問に感じる方もいるでしょう。まず、なぜ音信不通になってしまったのか?から話していこうと思います。うちの両親はとても仲の良い二人です。特にうちの父が母の事を大好きで、子供の私からしても理想の夫婦でした。母も、『お父さんのような人と結婚しなさい。』と言うほどでした。父は穏やかな人で、母は猪突猛進なところがあるのでたまに暴走気味な母に父が「まぁまぁ。」なんて
音信不通になった原因について話しましたが、次はなぜこのタイミングで親との関係を修復しようと思ったか?について少しお話します。親と連絡が取れなくなった直後は、まだ親と接触するのが怖く、また仕事や趣味に忙しくしていることを理由に親の事は考えないようにして、連絡を取ろうとしませんでした。そして時間が経てば経つほど、私は親に連絡をしようという気持ちを奮い立たせる力がなくなっていました。こうして、気付けば10年ほど連絡を取っていませんでした。私がアラフォーになって来た頃、
音信不通になっている親へ久しぶりに連絡することを決めた私。しかし、電話番号も知らなければメールアドレス、LINEも知りません。それではどうやって連絡するのか?ちなみに私の実家は広島の田舎の一軒家で、私が小学生の時に親が家を建てています。その為何かがなければ引っ越すことはありません。きっと実家に直接帰れば、会うことはできるのでしょうが、そんな勇気もない私。実家の住所は覚えていたので、まず手紙を出すことにしました。音信不通にしていたことに対する謝罪、できれば再び家族に戻
2024年11月中旬。のぶくんと付き合って5ヶ月あまり。とても仲良く過ごしている私達。あと1か月後のクリスマスで、付き合って半年になる私達。クリスマスケーキを予約してのぶくんとクリスマス直前の土日に一緒に過ごす約束をしました。もうすぐで、2024年が終わるなぁ。そう思いながら、きっとこのままのぶくんと付き合っていくと結婚の話にもなっていくんだろうなぁ、私はそう思いました。また、少し前から始めた料理は順調で、やり繰り上手になったと我ながら思います。これを続けていけ
のぶくんに私がされると嫌なことを伝えた私。また、私達は付き合ってからずっと2週間に1回会うというスタイルです。これは、のぶくんからそうしたい、という話があったので今までそれを続けています。私は会う頻度についてものぶくんに意見を伝えておこうと思いました。「会いたいと思う頻度も何だかんだいってちょうどいいと思うよ😊私自由人らしいので笑」と、私。のぶくんと会った土日の帰り際に寂しくなってしまう私ですが、会っていない土日は友達とご飯やカフェに行ったり、日本酒会をしたり
※どこまで書こうか迷いましたが、婚活の活動記録のブログなので、きちんと話していこうと思います。ここからしばらくは特に批判などもあるかと思いますが、お付き合い頂けると幸いです。※前のブログでも触れましたが、10年以上親に会っていない私。会っていないばかりか、音信不通なのです。ちなみに、のぶくんにはこの事は話していませんでした。私は38歳まで結婚に対して興味がなかった最大の理由に親との関係性がありました。今思えば、どんな理由があったにしろ、音信不通になるのは育ててくれた
(「彼氏ののぶくん」のカウントが100になったので、ここからは適度にタイトルを変えながら話を進めていこうと思います。)のぶくんと有馬温泉に行った日の帰りの電車で私はいつものようにのぶくんにLINEを送りました。「今回は3日間ありがとう😊✨️とっても楽しくて、有馬も素敵だったー🎵本当にありがとう😊✨️そして、たくさん一緒にいて欲張りになってやっぱり最後に寂しくなっちゃいました笑5分間のインターバルで次も頑張るね笑たくさん充電できたから、明日から頑張るよ🎵」
婚活をしていて、うまくいかなかったりすると、落ち込んでしまうことってありますよね?私も落ち込むことはあるのですが、周りの婚活友達には立ち直り早すぎ!!とよく言われます笑それでは、なぜ立ち直りが早いのか?今日はそれについて、少しお話していきます。まず私はマイルールとして、落ち込むのは1日だけ!と決めています。私はこの1日で思いきり泣いたり、落ち込む時によく聴く曲とかもあるので、それを聴いてとことんテンションを落とします。テンションが落ちきってしまうと、何でこんなに落ち
マッチングアプリで知り合い、付き合うことになるも、金銭感覚や色んな感覚の違いにより、15日間で別れた元彼のすぎさん。今回はそのすぎさんと、久しぶりに会った話をします。2023年の年末に、あまりのすぎさんのケチさ、将来への計画の無さから、私から別れを切り出し、最後は説教までしてしまった私。すぎさんにかなりダメージを与えてしまったのではないだろうか?と別れた後に少し心配をしていました。しかし、別れた相手に連絡を取るつもりもないため、そのままにしていました。しかし、お
1年ぶりに再会し、飲みに行ったねぎさん。推定20代後半~30歳だと思っていたねぎさんが実は34歳と発覚し、私は驚きを隠せませんでした。私が婚活で求めている相手の年齢的には、全然ありでした。(相手が求めているかは謎ですが)その為、私はさっきまで散々自分の婚活話をしていましたが、ねぎさんの理解に努めようと、今さらですが色々聞きました。すると、ねぎさんは34歳で一人暮らし。医療機器の営業をしており、土日祝日お休みの人、ここまでは私の求めている条件ぴったりな人でした。し
有馬温泉でホテルの露天風呂付きの部屋に泊まった私達。当初の予定では次の日は朝早く(といってもいつもの6時)に起きて、朝のお風呂も堪能するはずでした。しかし、目覚めると7時半でした。「寝すぎたね。」と、のぶくん。「本当だ!もう7時半!朝ごはん食べに行かないと!」と、時間にびっくりする私。どうやら二人して寝坊?したようでした。しかし、のぶくんは焦ることなく、「やっぱこのベットいいわー!久しぶりによく寝たよ。」と、ベットに感心していました。ただ、よくよく考えてみると、
のぶくんとのLINEのやり取りで、「みゆにはみゆの考え方あってもいいからね。」そうのぶくんに言われた私。もしかして、私にあまり考えがないと思われているのかな?そう思った私はきちんとのぶくんに私の考えを伝える事にしました。「私も考え方あるよ😊私は、①相手の時間を無駄にする人②後から「実は・・・だったのに。」って言って、その時に言わない人③気分がころころ変わって不機嫌になる人は本当に無理かな💦」直して欲しいことはないか?という話からの流れだったので、考えと
有馬温泉のホテルで飲み物を購入した私達。「ホテルの温泉も色々あっていいよ!」というのぶくんの話から部屋についている露天風呂ではなく、ホテルの温泉に入ることにしました。のぶくんの言っていた通り、ホテルの露天風呂の雰囲気もよく、有馬温泉の特徴である金泉と銀泉を堪能しました。すっかり体も暖まり、リラックスした私。部屋で夜ご飯を食べることにしました。そう、夜ご飯はホテルのご飯ではなくスーパーで買ったお寿司です笑ゴージャスな部屋でスーパーのお寿司と赤だしという組み合わせもな
婚活を始めるキッカケとなったYくんについて、少し長くなりますが、お話していきますYくんは現在31歳(私より7歳下)の男性で、出会ったのは、今から4年前。ひょんなキッカケで知り合い、私が当時趣味でやっていた、社会人サークルでの飲み会によく誘っていました彼は大阪へ就職で出てきたばかりで、当時コロナで在宅勤務が主流の職場だった為、会社へほとんど出社することがなかったようで、大阪の友達はほぼいなかったそうですそんなYくんですが、「変わった人だな」というのが私のYくんに対する第一印
2024年10月。以前占いに一緒に行ったのぶくんと私。のぶくんはブログでは触れませんでしたが、健康面で将来のことですが少し指摘されたことがあったので、健康を意識して黒ニンニクを食べると言い始めました。そして黒ニンニクのお店が神戸にあるそうで、2週間に1回会うその日に黒ニンニクの購入も兼ねて、神戸を散策することになりました。黒ニンニクは匂いがするだろうとの事で先に神戸の街を散策した私達。色々歩いた後に、カフェに立ち寄る事にしました。たまたま立ち寄ったカフェはとても人
活動記録の前に、自己紹介をしようと思います私はタイトルにあるように、理系女子で現在(2024年5月時点)38歳です!現在は医療系のお仕事をしています。婚活前の実績?は、大学生の時に2人、社会人になってから4人、合計6人の方とお付き合いしてきましたちなみに、なぜか30代に突入したあたりから歳下好きになりました笑(最高で13歳年下の男性とお付き合いました笑)性格は、明るい、ポジティブと言われる事が多く、はまったらとことん追及したくなるタイプです笑(よく見た目は女子だけど、中身
Yくんと合流して、2泊3日で青森を旅行することになった私(もちろん、ホテルはYくんが予約している近くの別のホテルを取って合流)そもそもこの旅行は、Yくんが行きたい所を事前に調べていて、レンタカーで巡っているものそこに勝手に私がついて来たので、全部Yくんの行きたい所について行きました笑合流する日、私は昼間に友達と大阪でBBQを楽しんだ後、家に帰って支度して、速攻で新幹線に乗って新青森駅へ向かいました笑7時間ほどかけて新青森駅へ到着すっかりホテルの最寄り駅までの終電がなくなってし
今回も、きっかけのYくんの続きをお話させていただきます私自身がYくんを好きだとようやく気付いたのにも関わらず、気付いた時には愛知県に引っ越すことになったYくん2023年5月中旬、Yくんが大阪にいるのも残り1か月となっていました。この期間は、友達として他の子を交えて飲みに行ったり、二人でカラオケに行ったり、何かと結構Yくんと会いました楽しい時はあっという間で、本当に時間が過ぎるのが早かったように思います。そして愛知県に引っ越す前日。私の仕事が終わるのが遅かったのですが、Yく
2024年11月。この頃から、のぶくんは自分の親の話をするようになっていました。のぶくんは両親と妹の4人家族です。妹は既に結婚していて実家を離れており、また子供もいます。そしてのぶくんの家から実家は車で1時間ほどの距離のため、のぶくんは1ヶ月に1回ほど、半日だけ顔を見せに帰っているようでした。また実家の近くに父方の祖父母の家があるようでした。ただ、その家は現在使われていないようで、のぶくんとのぶくんのお父さんが二人で1ヶ月に1回家を掃除しているようでした。「今月
まだ1回しか会ったことのないのぶくんと、会う前日にした電話を含めて合計3回電話し、毎日LINEでこまめにやり取りをしている私。だんだんのぶくんの人柄や、好きなものが分かってきてやり取りもどんどん楽しくなっていました。そんなある日。話の流れで、私にはあまり物欲がなく、家に物が少ない話をすると、家に関する考え方の話になりました。私は次に自分の家を引っ越すのは、結婚を考えられる相手ができた上で相手と一緒に住むタイミングであることを話しました。すると、の「俺は次探さんとな
Yくんに振られた日から1週間。私は、趣味婚や飲み会といった出会いの場に足を運んでみたものの、大した結果も得られていませんでしたこの頃は婚活するぞというより、Yくんに「いい人と出会って幸せになってください。」と言われたから、その為にも行動をしていたところがあります。次にYくんに会った時に、こんなに行動してるよ!って報告する為に。また、名古屋でYくんに振られた後も、LINEのやり取りはずっと続いていました。そんな中、2023年7月25日(月)。大阪では天神祭が毎年行われていて
出会いに対して積極になって初めて行った、婚活パーティー。今回のパーティーではマッチングしなかった為、1人で帰ろうとした瞬間、主催者の方が「スカウトさせてください。」と言って、名刺を私に渡しました。スカウトなんだかピンと来ませんでした。そんな私を見て、「今回はいい出会いがなくてすみませんでした。気を付けて帰ってください。」そう言って、見送ってくれました。なんだったんだろう・・・そう思いながら、会場を後にしました。やっぱり婚活パーティー向いてないや・・・。私はそう思いま
12月10日、マッチングアプリで知り合った34歳けんさんと久しぶりに会う日。この日は、京都の伏見で酒蔵巡りをする予定でした。駅でけんさんと合流し、酒蔵巡りをする為に目的地を目指して歩きました。その時に、「そういえば、昨日まで道後温泉に旅行に行ってたんだけど、これよかったら!」と私はけんさんにお土産を渡しました。するとけんさんは、「え!ありがとう!開けていい?」と嬉しそうに言い、その場で包装を開け、「すごい!鯛めしセット!ありがとう。美味しく食べさせてもらうね!」
だいぶご無沙汰だったマンジャロ日記。忘れていた訳ではないのですが色んな出来事があり更新🆙出来ずにいましたまずは前回の記事はこちら。マンジャロ15日目(3本目の注射)|40代後半アラフィフ人妻PJ静香のブログameblo.jp経過観察①1/11マンジャロスタート②1/12-0.3キロ③1/13-0.9キロ④1/14-0.2キロ⑤1/15±0キロ⑥1/16-0.4キロ⑦1/17±0キロ7日目トータル-1.8キロ
5月19日。マッチングアプリで知り合ったいくさんとお茶をする前に話を少し戻します。この時期、私はたくさん同時進行して出会いの機会を広げていました。私がいくさんと会うために準備をしていると、マッチングアプリからある男性からいいねが来ました。それは、33歳、兵庫県住ののぶさんでした。私は、年下がタイプなのですが、35歳未満の人は38歳(当時)の私を結婚相手として見てくれないだろう、そう思って普段は、候補に35歳~42歳の人しかアプリで表示されないように設定をしています。
久しぶりに婚活パーティーに参加した私。女性スタッフに教えてもらったように、パーティーが始まる前に、異性の情報をチェックすることにしました。自己PRの文章まで、びっしり記載ある人もいれば、開始時間ギリギリになって会場に到着し、最低限の情報を記載したのであろう人、いろんな人がいました。ちなみに、私は年下男性に出会いたい為、38歳ですが、30代限定のパーティーに参加するようにしています。(自分が参加年齢の中心となるパーティーに参加するのがいいと聞いたことはありますが。)大
のぶくんはたまに将来の家についての話をします。(特に婚約している訳でもありませんが。)のぶくんのお父さんと結婚後の家の話をしていたのはかなり驚きでしたが、ある日こんな事も言っていました。結婚した後に住む家を購入することについて、「土地だけ買うって選択肢もあって、叔父さんの知り合いに大工さんいるからそこに頼んで家建てて貰うのも手やねんなあ。値段の半額くらいで建ててくれるんよ。」と、のぶくん。実際に今住んでいるお家もその大工さんにリフォームしてもらったようでした。
たくさん散歩をして満足した私達。再びホテルに戻りました。そして、ホテルのお土産屋さんコーナーがあったので、少し見ていると、そこには地ビールが置いてありました・・・!!のぶくんは全くお酒が飲めない為、のぶくんといる時はいつもお酒は飲まない私。それでいて、普段は特に飲みたくなることもありません。が、しかし・・・!!飲める人からすると、旅行の醍醐味の1つとして気になるのはその土地のご飯とお酒です。私は、とてつもなく地ビールが飲みたくなってきました。付き合う前にのぶくん
有馬温泉でホテルに泊まり、翌朝部屋についている露天風呂に入った後、出会った時の事を話していた私達。気付くとチェックアウトの時間が迫っていました。そこから私達は忘れ物がないように準備して、チェックアウトをしました。そしてのぶくんの家に行くべく車に乗り込んだ私達。そこで私は大事な事に気付きました。「二人での写真を撮ってない・・・!!」私は今回こそは撮るだろうと思っていたのですが、お互い写真を撮る習慣がないためすっかり忘れていました。「本当やね。全然気付かなかったよ。」
5月26日(日)。のぶさんと初めてのお茶。心の距離を縮めようと、タメ語で喋ることを提案するも断られた私は、少しダメージを受けるも、次の質問をしようと気持ちを切り替えました。まずは年齢について。「アプリにも書いたけど、私38歳で、5つも年上だけど、大丈夫?」私は、恐る恐るのぶさんに聞きました。のぶさんは「全然大丈夫ですよ。年齢はあんまりみてないです。」と、何の問題という平然とした顔で答えました。私はのぶさんの返答に心底安心し、「よかった!一応、私の方が5つも上だ