ブログ記事26,830件
2026年2月18日。西村慎太郎です。引き続き、相馬藩の年譜である『相馬藩世紀』から浪江町域の記述を確認したいと思います。二代藩主である相馬義胤の記述です。-----------------------------------------------------------・寛永3年34頁一、六月廿四日、御祖父長門守義胤君、泉田ヨリ中村城江御移、・寛永11年40頁一、三月、御領分海道江松ヲ植、・寛永14年54頁一、十一月七日、御領分堺目御見分御出馬、〈廿二
先日の「天皇家男子少ない問題」から派生した「旧宮家再興」の応援ブログ。系図で見てみよう(旧宮家)(関連)https://ameblo.jp/gonchunagon/entry-12951428761.htmlそこではあえて触れなかったのですが、関連して某SNSで「歴代天皇には女系継承があった(だから女系継承もOKのはずだ)」という投稿を見かけました。きっとアレを勘違いしているんだろうな…と予想される個所が2つあって、そのどっちかだろう…と、やり取り(議論と呼ぶには拙すぎる)を
ツツジ(躑躅)花言葉【節度・慎み】花色ごとにも花言葉があります。赤いツツジ「恋の喜び」白いツツジ「初恋」花名のツツジは、花が「筒(つつ)」状になっていることに由来するといわれます。他には、花が次々に連なり咲く様子から「続き(つづき)」が語源であるともいわれます。日本では古くから自生していて、愛されてきた植物です。万葉集でも多く詠まれている植物です。江戸時代から沢山の品種改良が行われました。赤いツツジの花言葉「恋の喜び」は、まばゆいばかりの赤い花を枝いっぱいに咲かせることから。白
オーデションを経ていよいよ2月から稽古が開始しました。江戸庶民の生活を町屋の舞台に再現するべく老若男女の役者たちの奮闘を楽しみにお待ちください!!なみだ橋慕情「あじさいの記」ムーブホール(ムーブ町屋3F)2026年5月23日(土)24日(日)
足尾銅山近代化産業遺跡の一部・通洞坑見学(江戸・明治・大正・昭和時代)の最終行程の銅(あかがね)資料館を見学した後、外に出て鋳銭座・ちゅうせんざ(貨幣製造所)を再現した展示物を見学しました。足尾では江戸時代末期まで寛永通宝(一分銭)が作られていて裏側に「足」の字が刻まれた「足字銭」が作られていました。その「足字銭」を作る様子を人形を使って再現されていました。2回に分けて紹介します。にほんブログ村世界遺産部門のランキングに参加しています。このブログが気に入ったら1日1回、こちらに応
昨日古本屋さんで何となく民俗学の本を立ち読みしてたら興味をそそる見出しを見つけた。それは何と『江戸時代の未亡人の夜知られざる性欲解消法』で。ざっと内容を解説するとこんな感じ。江戸時代、町民は旦那が亡くなってもすぐに再婚話が来て、何度でも気軽に結婚できたらしい。しかし、武士の家では旦那が亡くなっても再婚は認められず、一生未亡人として旦那を供養し家を守って生きていかなければならなかったという。だから若くして未亡人にな
こんにちは。講師のくわはらです。3月上旬となり、まだ肌寒さが残るものの、少しずつ春の訪れを感じる季節となりました。古典文学において、春は自然の美しさ、心の移ろい、人生観を表現する題材として、よく取り上げられました。今回は、平安時代と江戸時代における「春」の描かれ方を比較してみます。平安時代の春『源氏物語』平安時代の代表作『源氏物語』では、春は「恋」と「はかなさ」を象徴する季節として描かれています。「花の盛りには人も心も浮き立つものなれど、散りぬる花を惜しむ心もまた深
...と言う事で。サービスエリアメニュー第4弾!【羽生パーキングエリア(上り)】です!ここは、建物がすべて江戸です。もはや江戸村!そしてちゃんと中も…江戸時代の町屋街をイメージして作られているようですね...。たまに空が薄明るくなったりと、時間で変化しているようです。ーーーーーーーーーーーーーーーーーー...と言う事で。各店の脇にある券売機を撮ってきました。この写真じゃ見づらいと思いますが…ーーー
「定食」という食文化が定着したのは江戸初期。「一定食事献立」の略で、参勤交代が誕生のきっかけともいわれている。「下にぃ~下に!」とお大名を中心に江戸と国元を移動するが、遠い領国では60日近く歩いて移動する。宿泊するとき、殿様は家来が自炊(毒殺防止のため)するけど、家来は旅籠で出す料理を食べる。「一定食事献立」は一度に数十人から数千人の食事を作るための工夫であり、家来たちはその土地ならではの郷土料理を楽しみにしていたという。お店紹介池袋から全国に広がった
先日の京都ワーケーションでは、スティーブ・ジョブズも宿泊していた(ホント?)と言われる俵屋旅館、300年もの歴史を持つ老舗旅館にステイしてきました。館内は昭和はおろか江戸時代を彷彿させるような作りで、風情のある景観や食事を楽しむことができまして、一応Wi-Fiも飛んでいて書斎もあったりと、京都の街中にあるのですがとても静かで何事も控えめな感じがまた良かったですね。近未来のイケてる外資系のホテルも好きですが笑、日本が古くから持っている良さを再認識できる時間となりました。
徳川幕府十一代将軍徳川家斉側室。尾張藩十代藩主徳川斉温、因幡鳥取藩九代藩主池田斉訓正室泰姫生母。女中名をるり、やを。お瑠璃の方と称される。父は旗本戸田政方。母は政方養父、戸田政演の娘。ーーーーーるりが三十三になった年。家斉は将軍を世継の家慶に譲り、本丸から西の丸へ移った。大御所となってからも、家斉の影は容易く薄まるはずがなかった。在位五十年という長さは、家斉の権力を強固なものにしていた。表向きには家慶や老中たちに政務が任されていたが、その実権は家斉が握り続け、家
カルビーは中東情勢悪化によるナフサ不足で印刷インキの原料供給が不安定なため5月下旬出荷分から包装を変更すると発表した白黒2色のモノトーンのパッケージはカラフルに慣れている目には美味しさが伝わるだろうかこちら竹の皮の包み自然素材です使い終われば土に還りますいつからラップや発泡トレイの包装資材が当たり前の生活になったのだろう石川英輔さんの本をぜひ読んで欲しい「2050年は江戸時代」現代の便利さは異常であり長続きしない江戸時代のシステムを学び現代の技術と融合させることで
江戸時代、鎖国の中でどのように文化が発展したのか?中学受験でよく問われる問題をまとめました。さくっと15問、隙間時間にチャレンジしてみてください。Q1.江戸時代、17世紀から18世紀はじめにかけて上方(かみがた=京都、大阪)で生まれた文化をなんと呼ぶ?A1.元禄文化Q2.三味線の伴奏と太夫(たゆう)の語りに合わせて人形を操る伝統芸能は?A2.人形浄瑠璃(にんぎょうじょうるり)Q3.人形浄瑠璃の脚本家で「曽根崎心中(そねざきしんじゅう)を書いた人物の名前は?A3.近松門左衛門(ち
ちょいと前に訪ねた杉並区立郷土博物館のお話もかなりゆるゆる語りになってしまっておりまして…。元々は特別展「昭和歌謡は杉並から生まれたテイチク東京吹込所物語」目当てで出向いたところが、ついでに覗いた常設展示室で杉並地域の古代、そして中世を振り返り、ようやく近世、江戸時代に到達したところでして。小田原北条氏の滅亡後、関東に入部した徳川家康は…各地で検地をおこなって土地の状況を把握し、…以降、徳川氏の支配のもと、江戸近郊の村々は幕府の直轄領や寺社・旗本の所領として組み込まれていきました。中世以来
竹村健一先生と渡部昇一先生と堺屋太一(元経済企画庁長官)さんと石原慎太郎閣下(元知事・元衆議院議員)の対談動画を見て、再発見したことがあったのでここに記します。・関ヶ原の戦いの時に既に世界一の『製鉄技術』があった!・30,000もの寺子屋があり、町人なら誰でも「ひらがな・カタカナ・漢字」を読み書きできた。(いわゆる識字率が高かった!)・元禄時代に既に“飛脚”という郵便制度が存在した!・“勤勉さ”に対する価値観/意識の高さ~「諸行即修行という考え方」がある!!など惜しい
うぁかたけぃるの物語で少しだけ上代日本語の発音に触れました。たけぃるとは死後300年後に雄略天皇と勝手に名づけられましたが、本当の発音が、うぁかたけぃるというものであったと比定されています。そんな古代の日本語については、一般的に現代人が聴き取って会話が成立するのは江戸時代まで、と言われています。特に平安期の日本語になると、全く別の言語といっても過言ではないくらい聴き取りが出来なくなってきます。そんな一例を、一文の発音で遡って例示してみましょう。なかなか興味深いもので
『大河ドラマ「べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜」-NHK』で興味をもった蝦夷地、田沼意次~松平定信時代に蝦夷地探検に関わった最上徳内を主人公にした小説田沼意次&松平定信時の最高権力者の思惑に翻弄され続けながらも、蝦夷地への夢、アイヌへの思いに生きた最上徳内六つの村を越えて髭をなびかせる者(PHP文芸文庫)Amazon六つの村を越えて髭をなびかせる者(PHP文芸文庫)[西條奈加]楽天六つの村を越えて髭をなびかせる者【電子書籍】[西條奈加]楽天内
神月乙桜さんインスタグラム、YouTube、ライブなどでご活躍年齢は281歳江戸時代から現代にタイムスリップした花魁という設定で、花魁やお江戸の事を凄く勉強されていて、花魁のいでたちで🤭わかりやすく、ユーモアに、様々な内容を発信されていますインスタグラム神月乙桜@江戸時代の花魁onInstagram:"【落語】紺屋高尾#江戸#江戸時代#吉原"3,149likes,16comments-kamidukisakuraonNovember8,
江戸時代のオタクファイル読みました数百年前を生きた町人もお殿様も好きなものを追いかける姿は現代の私たちとそう変わらない。江戸時代、人生を賭して○○愛を貫いたオタクの先人25人を紹介!85点特定の事物にのめり込んだ人、それらを生きがいとした人を「オタクの先人」とし、そのディープなオタクライフを紹介しています平安時代もそうなんですが平和な時代が長めに続くと日本人ってすぐにオタク化しやすい気質があるんじゃないですかね凝り症だし勿論辛酸なめ子さんのイラストも文章
前回の屏風覗きの説明にもあったように、一太郎の父、藤兵衛は松之助を長崎屋で引き取れないとわかった時、松之助や松之助の母親が生活に困らないようにきちんと(主にお金で)してあげてます。目次6話おんないのおさらい7話うかぶせ松之助の奉公先…闇すぎる東屋の主人家族がひどすぎる松之助の絶望とビードロの希望ここからはネタバレです。8話以降の見どころ6話おんないのおさらい赤ん坊の松之助を受け入れなかったのは、おたえの母親おぎん。そもそも長崎屋はおぎんと伊
浮腫み解消に、デトックスにTWICEのサナちゃんやBTSのジョングクが愛飲している黒豆茶カフェインなしなので水分補給に使ってます【ふくちゃの日クーポン】【5月7日~16日発送分】黒豆茶国産320g(3.2g×100包)植物由来ティーバッグノンカフェイン豆茶ティーバッグカップ用ふくちゃがぶ飲み黒豆茶送料無料豆茶国産くろまめ茶お正月楽天市場1,350円徳用丹波種黒豆茶ティーバッグ大容量500g(5g×100p)【送料無料】|健康茶がんこ茶
大河ドラマ『べらぼう』でも話題になっている蝦夷地を題材にした吉村昭先生の作品『間宮林蔵』ロシアの文化露寇から始まる林蔵の樺太大冒険と優秀な密偵・林蔵を描いた作品新装版間宮林蔵(講談社文庫)Amazon新装版間宮林蔵(講談社文庫)[吉村昭]楽天新装版間宮林蔵【電子書籍】[吉村昭]楽天内容・レビュー『大河ドラマ「べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜」-NHK』でも話題になっている蝦夷地を測量し、樺太から、東韃靼地方まで旅して、樺太が島であることを証
現在の富山市中央通り一丁目および一部総曲輪三丁目にまたがる地区は、江戸時代~昭和前期には西から、中町(なかまち)、袋町(ふくろちょう)と名付けられていました。そして、現在の中央通りアーケード部分は、かつて中町通りと呼ばれていました。戦後のネーミングである「中央通り」は、かつての「中町通り」をリスペクトしたものでしょう。今では、市電の電停「中町(西町北)」にその名を残すのみとなっています。富山市中央通り1丁目(左に「中町(西町北)」電停が見える)■中町(なかまち)北陸街道(巡見
一見すると、天岩戸神話を描いた正統的な神話画のように見えるこの絵のぼり。しかし、よく見ると、神楽の場で演じられる登場人物のように、神々が生き生きとしています。本作は、厳粛な信仰の神話というよりは、祝祭芸能として親しまれてきた神話世界を描いた一例と言えるでしょう。※本記事は2026年に内容を整理・加筆しました。目次須藤晏斎『岩戸神楽乃起顕図幟』1|幕末の祭礼文化が生んだ一枚の絵のぼり2|作者・須藤晏斎について3|父の晏斎と子の鞆音──画業の
映画「木挽町のあだ討ち」を見て来たのですがメチャクチャ名作でした!本記事ではネタバレなしで紹介と感想を書きます。本作は同名小説(未読)の映画化とのこと。江戸時代の情緒、人情が最高で、そこに演技の上手い役者だらけのキャスティングが合わさり素晴らしい映画となっておりました。特に瀬戸康史さんの役が予告から想像したより遥かに出番が多く役どころとしても良くて、瀬戸康史さんに惹かれて見に行った身として大満足だったので、同氏のファンの方にもオススメです。目次瀬戸康史さんファ
1枚目の写真。右側は国道340号線で、江戸の登り街道(八戸から江戸直通の幹線)にほぼ比定できる道。登り街道は八戸藩主が参勤交代で利用するなど、八戸城から江戸に向かうための、当時で言えば最重要な国道。ところで。何かの文献で江戸時代は登り街道、左に折れる道が本来だったと。つまり、登り街道は、ここの部分から5枚目の写真のあたりはまでは、現在の340号線からは外れていたと。2枚目から3枚目の細いクネクネした坂道を登り切ると、結局、また340号線にぶつかるが。よくよく考えたら、現在の我々は幹線=道
新年度が始まって、早くも数週間が経ちました。まもなく、待望のGWとカキツバタの季節がやってきます。このシーズンに合わせて、根津美術館では毎年、同館のマスターピースというべき尾形光琳による国宝、《燕子花図屏風》をお披露目する展覧会を開催してきました。開館85周年を迎えた今年ももちろん開催されています。今年のタイトルは、“光琳派国宝「燕子花図」と尾形光琳のフォロワーたち”です。(注:展示室内の写真撮影は、特別に許可を得ております。)・・・・・・・光琳派?琳派じゃなくて?
古代の氏姓制度は、江戸時代の幕藩体制に喩えて説明すると分かりやすいと私は考えています。幕藩体制は「幕府」と「藩」でできています。幕府は中央政府として日本の全ての権力を集中しているように思われがちですが、実はそうでもないんです。藩、つまり各地の大名は、いわば独立王国であり、藩主つまり大名はその藩内の権限をすべて握っていて、幕府は藩の内部にはまったく口出しできない仕組みでした。いわば、江戸時代の日本は、ゆるーい連邦国家だったわけです。古代の日本も、これに似ています。天皇家(大王家)が圧倒的
超次元ライブ479【立法・司法・行政の深い闇】4月から実地された自転車の規制強化ですけど、誰が作った?もう、現場が大混乱じゃん!でさ、今の政権が繰り出す政策は全部こんな感じ?混乱しか起こさないよね。で、今回は、縄文時代と江戸時代を参考にしながら今の政権がしている政策等を検証していきます。へぇ~、縄文の頃の人たちや江戸時代の人たちってこう考えて生きていたんだ。だから、自由で豊かな生活が出来てたんだね・・っていうお話しです。では、お楽しみくださいませぇ~^0
どんな刀にしよう刀を作るにあたり、まず考えたのは刃長。どれくらいの長さにしようか。長いほど良さそうに思いました。平安時代~鎌倉時代の太刀は2尺6~8寸:80cm前後が多いと思います。南北朝時代にはもっと長大な大太刀も現れますが、概ね太刀の刃長は2尺6~8寸くらいが多いでしょう。戦国時代になると太刀から打刀に変遷します。2尺~2尺2寸(60~66cm)くらいの刀が多かったと思いますがマチマチです。もう少し長めの刀や、もっと長大な刀を好んだ武士もいてそのような刀も稀に残っています。