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地球低軌道付近から撮影された、日本列島の夜景を示す画像。金色に連なる光は都市照明で、人口分布や経済活動の集中を反映している。大都市の東京は24時間眠らない。Soraによる生成画像。浅草寺の時の鐘。江戸には、江戸城を囲む9ヶ所に時の鐘が設置されていた。中でも日本橋本石町(現在の日本橋小伝馬町)の鐘が基準になっていた。公務員として江戸幕府に雇われていた鐘守(かねもり)が定刻に鐘を鳴らして、時を告げていた。私たちが当たり前のように考えている「時計」と「夜の睡眠」。しかし、それらは決して普遍
先日、川柳発祥の地に行ってきた。場所は台東区蔵前。都営地下鉄大江戸線の「蔵前」駅から7、8分程度の三筋二丁目交差点の角にその記念碑が立てられていた。この場所は柄井川柳が最初の万句合を興行した場所と言われる地だそうだ。川柳と俳句との違いは知っていたが、不覚にも川柳が柄井川柳という名の文化人に由来するということは知らなかった。そして、その柄井川柳が選んだ句から呉陵軒可有という人物が川柳の句集である『誹風柳多留』なる書物にまとめて刊行したことにより川柳が盛んになり、次第に庶民の間にも広まってい
2025年8月に出版された、畠中恵さんの『まろ丸伊勢参り』を読み終わりました。初出は公明新聞。上方にある大店の跡継ぎになることが決まった六歳の姪っ子を送り届けることになった九郎。たいして進んでもいないのに、一緒に出掛けた姪っ子の乳母がけがをして歩けなくなったり、スリにあったりと前途多難。さらに跡取り問題に絡んだ事件も続出して、無事に目的地に着けるのかな内容の小説です。伊勢参りをするおかげ犬として、仔犬のまろ丸も登場。本を読んでいて一番印象的だったの
現在、街の中で、鐘が鳴るのは、防災的に、火災が街中で発生した際に、周りの住民への危険を知らせる存在として、高いところに設置されている。でも、江戸時代までは、、、「時」は、「鐘」しか、無かった、、、現在、関東地方で、有名なのは、「川越」の「時の鐘」ですが、、、「岩槻」にも、「時の鐘」が、岩槻城址公園に残されております。なぜ、時の鐘が、川越にしても、岩槻にしても、当時としては、珍しく、「高い建物」であったか、知っているだろうか?「江戸の時刻制度不定時法」(落語の発見お江戸の化学)
本日はビンテ-ジUBE③です!「参勤交代」の目的と仕組みとはいかなるものだったのか参勤交代には、本来2つの意味があった。すなわち1つは「権力者への拝礼のために伺候(しこう)する」というもの、もう1つは「権力者に軍役によって奉仕する」という意味である江戸幕府の制度の直接的な起源は、豊臣秀吉が全国の大名たちに、大坂城や聚楽第(じゅらくだい)周辺に邸宅を与え、領国との間を往復させるようにしたことであろう家康は「諸国の大名、大樹(将軍)の命にそむき、参覲に怠るものあらんには(
秋の日比谷公園です。「松本楼」は、日比谷公園の中にあるレストラン。孫文や高村光太郎、夏目漱石など著名人とゆかりがあります。日比谷公園は、江戸時代仙台藩の上屋敷(かみやしき)がありました。伊達政宗の終焉(しゅうえん)の地でもあります。日比谷公園:一〇〇年の矜持に学ぶAmazon(アマゾン)Amazon(アマゾン)で詳細を見る楽天市場で詳細を見るブログ村にほんブログ村にほんブログ村にほんブログ村にほん
昨日2025/12/07の大河ドラマべらほう痺れましたね。始まる前はあと2回なのにどう決着がつくんだろう、ってそんなことにドギマギしておりましたが、のっけの斎藤十郎兵衛登場に「ええええええ」と家族のびっくりするような声をあげてしまいましたそんなびっくりな展開。それとべらほうフリークのX民の考察に唸るばかり。いやしかし皆さん歴史に詳しいですなぁ後半にこのキービジュアルの蔦重がどこか不安気で遠くを見てる様子がとっても気になりましたし、物語そのものも仄暗くなってきて、
暮れなずむ口開けどきに店を訪れ、ひとりゆるりと心地よく酒と肴を楽しめる酒場を、「古典酒場」創刊編集長・倉嶋紀和子が紹介――WEB本の雑誌で連載中の「口開け酒場で、ひとり呑み」。第18回四谷「鈴傳」「江戸時代から続く正統なる角打ちで、口開け三杯。」が掲載されております。口開けから徐々に酒場が温まっていく様子をお店の歴史ともに書き綴る酒場エッセイ。20年前の出会いから今に至るこよなく愛する酒屋の角打ち。虎ノ門時代の思い出
生き別れた子供を慰めるために、自分の絵を送る母親。その絵を撫でる子供。遠く離れていても、いや遠く離れているからこそ通い合う想い。なんとも心に沁み入る絵です。(前回ここまで)夫の秀家さんと息子二人は八丈島に。豪姫さんは実家(前田家)のある加賀藩(今の金沢)に。豪姫さんはその後、他に嫁ぐことはなく、夫と息子のことを祈って暮らしたそうです。前田家はそんな豪姫さんを思いやって、八丈島の婿へ仕送りを行っていた。驚くのはここからなのですが、何と前田家は豪姫さんが1634年享年6
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🚢🌊1619年、海の物流革命が動き出した日――菱垣廻船という“江戸をつくった船”の誕生物語江戸初期、日本は空前の大都市・江戸の誕生期を迎えていました。家康による開府(1603)からわずか十数年。江戸には多くの武士が移住し、人口は急増。だが街にはまだ産業が育っておらず、日用品の多くを西国、とくに大坂からの輸送に頼るしかない状況でした。陸路は遠く、危険で、少量しか運べない。そこで日本史の表舞台に登場したのが――「廻船」。そして後に天下の物流を担う巨人となる「菱垣廻船(ひがきかいせ
江戸時代までは日本に拍手の習慣はなかった…。明治になって西洋から入ってきたらしい。能楽堂では昭和の中頃まで拍手はなかった。歌舞伎なども掛け言葉とあとは静寂だった…。今のロックの会場なんかで拍手がなければどうなるだろう。掛け声だけで盛り上がるだろうか?イエーイ!イエーイ!イエーーーイ!!!愛し合ってるかーい?イエーーーイ‼️何とかなりそうだなあ…。
第六天神社に興味を持ったきっかけは、ある実話怪談であった。山に祀られていた神社を無理に自宅内に移転させたところ家族に災いが起きる、というストーリーだ。第六天神社の祭神といえば元を辿れば第六天魔王。あの織田信長が信仰した強大な魔王である。確かに、怒らせたら祟りがありそうだ。だが、調べてみると、関西では豊臣秀吉がその霊力にびびって(というか現実的に恐れたのは、第六天魔王に象徴される旧主の勢力だろう。)廃絶したので、ほとんど残っていないが、関東地方にはそれなりに第六天神社があるら
お正月の準備を始めるタイミングはいつ頃?▼本日限定!ブログスタンプハイサイミトちゃんヤイビーン(^o^)今日は「こと納めの日」です(^o^)この日は農作業など一年の作業が終わる日であり、農事が終わることを祝って行った行事のことも意味する。2月8日に農作業など一年中の行事の始まりである「御事始め(おことはじめ)」または「事始め」があるのに対し、この日はこれを終えることから「御事納め(おことおさめ)」または「事納め」という。地方によっては「御事終い(おことじまい)」などというと
静乃介さんからブログフォロー申請していただきました。さっそく、静乃介さんのブログにおじゃま虫。こちらが静乃介さんのブログです。侍が斬る!AI時代の真実と生き残りの極意AIで「逆に」忙しくなる!?AI革命の不都合な真実を侍が斬る!|静乃介さんのブログです。最近の記事は「【自由になりたい者ほど、不自由になる】──令和版・蟻地獄の真実!(画像あり)」です。ameblo.jp静乃介さん江戸侍さんでした。真の「自由」を手にする者は、実は「自らに制約を課している」のでござる。これは、
蕎麦売り江戸時代蕎麦は今で言うソールフード、何時でも食べられるものとして繁盛した。始まりは店で商いするのではなく、移動店舗で商いをしていたのだ。よく言われる夜鷹蕎麦、その源は遊女たちを目当ての蕎麦売り、それが夜鷹蕎麦の始まり。安くて直ぐ食べれて、その上体が温まる食べ物として繁盛したと言われる。今も昔も庶民は安くて、早くて、旨いものには目がないもので、
もうすぐ大河ドラマ『べらぼう』も終盤ですねこんにちは・こんばんはあの時代の町の灯りは今より風情があって心地よかったでしょうねそんな時代を体験できる江戸東京たてもの園へ行ってきました江戸東京博物館も大好きなのですがこちらは分館として歴史的建造物や貴重な文化遺産を移築・復元・保存・展示していますJR中央線・武蔵小金井からバスで10分くらい農家を営んでいた綱島家茅葺き屋根の軒先には干し柿田舎のある友人はこれは日常の風景と言っていましたが私は田舎が
こんばんは。ユンで〜す長らくお待たせしてすみません🙇♀️やっと菊池渓谷のお話しです〜。菊池渓谷は7年前にも写真クラブの仲間と撮影旅行で行ったことがあるんよ。子供達を連れて来たこともあるので今回で3回目なと。中央駐車場からシャトルバスが出てたん。菊池渓谷の入り口で維持協力金¥300を支払ったらさぁ、歩こう〜🚶🚶♀️菊池渓谷マップ大きな杉並木江戸時代(1823)に植えられたと案内板にあったん。今年で202歳の杉の木。殿様が「この杉の木の名前
皆さぁ〜ん、大河ドラマ「べらぼう」見てますかぁ〜歌麿さんが帰ってきて、いよいよ写楽だ!ってことで第46話の感想ぉ!蔦重のところへ歌麿が帰ってきました。やっぱり歌麿さんの絵は蔦重さんの指図があればこそ、良いものができるんだね蔦重は歌麿を中心に、絵師たちに歌麿が描いた蔦重の求めていた絵を見せます。やっぱり蔦重と歌麿のコンビ、最高ですよね。目指すのは平賀源内が描いたと思わせる役者絵。絵師たちは実際に役者の稽古場で描きます。絵師がたくさんいるのは、出来上がった絵を描いた写楽が誰が描いた
いつも訪問、ありがとうごいざいます。今週も続けています、”長距離ウォーキング”。本日は、往復でおよそ17.5km。折り返し地点で休憩できる場所を考えていなかったので、ほぼ往復ぶっ通しでした…。今回は、さすがに足だけは疲れを感じましたね。今回は、JR南流山駅(つくばエクスプレス)に近い私の自宅から”東松戸駅”まで、片道で8.6km。帰りは少し遠回りしたので、合計で往復17kmを超えました。自宅近くから、<予想される>片道の所要時間を確認。この場合だと、おそらく2時間前
べらぼうの感想とオタクの戯言が含まれております閲覧は自己責任にてお願いします前回ラストに登場した治済のそっくりさん阿波国蜂須賀家の能役者・斉藤十郎兵衛と名乗りましたこの名前、写楽の正体の最有力とされている人物でございますまさかのウルトラC!!こんな形で登場させるとは思わなかった!これは史実派も唸るでしょうね(皮肉)定信の替え玉策を聞いた重三郎「それは謀反ではないか?」ってのは至極当然のこと前々から思ってましたが、失敗した時のリスクマネジメントのなさ……そこが定信の欠点ですね
本日12月7日は二十四節気【大雪】雪国では本格的に雪が強まり、平野にも雪が降り積もる時季で、天気予報では『冬将軍』という言葉を聞く機会が増える頃です。新年の準備を始める『正月事始め』もこの時期から行われます。
確かに、そう思うことありますよ!特に東京とか関東平野みたいな場所だと、すごくリアルな想像です。実は、地下水の「年齢」(地中に染み込んでから今くぼみ上げられるまでの滞留時間)は場所によって全然違いますが、関東平野の深い帯水層(100~300mくらいの深さ)では、数百~数千年レベルの古い水が普通に存在しています。具体的には:東京23区周辺でくぼみ上げられている地下水の一部は、炭素14年代測定で300~1500年くらい前の水だとわかっているものがあります。江戸時代(1603~1868年)とい
おはようございますびゅうです今日のうちの娘猫いつでも可愛い先月そうだ紅葉🍁を見に行こうと香山園に行って来ましたこの日は暖かくて友達と良い天気だねーこんな大きな木🌲がお出迎えしてくれて園内をゆったりと散策うわーキレイ明治39年の建築物庭園は江戸時代に作られたと伝わるものを造り替えたそうですこんな素敵な庭園ありがとー
「琵琶湖の瀬田洗堰ができるまでは淀川はものすごい急流で暴れまわる大河川で、大阪の町の人は突然襲ってくる洪水を恐れて生活してたのは本当ですか。」はい、本当です。琵琶湖の出口である瀬田川(大阪では淀川の上流部)は、明治時代に瀬田洗堰(現在の瀬田川大堰)が完成する前は、日本でも有数の「暴れ川」でした。昔の淀川(特に宇治川・淀川)の特徴琵琶湖は日本最大の湖で、貯水量が膨大(約27.5km³)湖の出口が瀬田川一か所だけなので、梅雨や台風で湖水位が上がると、一気に大量の水が狭い瀬田川に流れ込
江戸時代の日本人の体力凄いですよね〜飛脚とか駕籠かきの人とか日本人の知恵皆で取り戻しましょうよね
-YouTubeYouTubeでお気に入りの動画や音楽を楽しみ、オリジナルのコンテンツをアップロードして友だちや家族、世界中の人たちと共有しましょう。youtu.be【海外の反応】江戸時代の日本、実は世界最先端だった!?外国人が絶賛した驚きの都市システムジャパンディスカバリー【海外の反応】
幕末陸軍歩兵🌟文明開化になって急に目覚めた日本人は科学技術のことではお雇い外国人からすべて手を取り足を取り教えられたに違いない🌟『足』ということではそれまでの『武士はぶらぶら歩き』であったから、腕と足を交互に出して歩くという習慣さえもなかったという笑えない話もある(時代劇で両手を振って歩く侍の、あの歩き方が標準だったようだ)幕府陸軍歩兵には歩き方さえも一から教えたというそのとき初めて履いたのが甲高幅広の日本人には合わない西洋人サイズの靴初めて出会っ
_ありがとうございました。
いつも訪問、ありがとうございます。2025年冬。物価高騰はすでに止まることがないことが”常態化”しており、来年以降も厳しさが続くかもしれないですね。もうすでに、この日本国内で”節約”を意識しない人は、ほぼいないのかもしれません。Youtubeを観てみると、節約系の動画や投資関係、税金対策関係の動画は目立ち、相変わらず人気です。しかし、やはり567騒ぎが過ぎ去って、”喉元過ぎれば…”のように、あまり健康に関する話題は目立たないですね。いまさら💉の後遺症のことを取り上げる人は、