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続いての全駅間歩きは御殿場線です。御殿場線は国府津駅と沼津駅を結ぶ60.2kmの路線です。もともとは(のちの)東海道本線として開業した路線でしたが、1934年の丹那トンネル開通に伴い、熱海ルートが東海道本線となったことから御殿場ルートの本区間が「御殿場線」に名称変更されました。もともとが東海道本線とはいえ、箱根外輪山の外延を越えることになるため、アップダウンが激しい路線として知られています。それこそが「御殿場線」に「格下げ」される理由でもあったのですが。今回は1泊2
(その12からの続き)-南御殿場(8:16着・8:25発)-御殿場インターを経由して西へ進んで、御殿場駅を通過しました。御殿場駅からさらに西へ500メートルほど進んで、四つ角を左折。かつて商店街だったような町並み。1915年測量の地形図には点線道として存在する道ですが、その頃はまだ建物はなかった模様…。御殿場は富士山の麓。小さな川をいくつも渡ります。そして、この川は沼津に注ぐ黄瀬川(→狩野川)に繋がっています。いつの間にか分水嶺を越えていま
続いての全駅間歩きは「立山黒部アルペンルート」。富山・長野県境の山々を貫く、超有名観光ルートです。でも、全駅間歩き?アルペンルートはいくつもの乗り物で繋いでいますが、このうちケーブルカーとロープウェイは広い意味の「鉄道」に分類されます。昨年11月まで運行されていたトロリーバスも「鉄道」扱いでした。トロリーバスはかつて大都市を中心に運行されていましたが、次第に活躍の場が狭まり、近年では立山黒部アルペンルートで運行されるのみでした。トロリーバスが廃止されてもアルペンルート
(その3からの続き)-(黒部平駅-東一ノ越間歩行中)-黒部平駅に立ち寄り、いよいよタンボ平の登りに入りました。道は時折、背丈を超える藪に覆われることも。登山地図にも道迷い注意と書かれているので警戒していましたが、道自体はわかるので、視界不良だったり焦ったりしなければ大丈夫そう。ただ、これは熊がいたら怖いパターンだな。しばらく歩くと、また視界が開けました。確かに藪藪しているタンボ平ですが、そこまで険しくはない。次の駅・大観峰駅がだい
(その9からの続き)-妙興寺(15:22)-尾張一宮(15:54着)-ホームを2つの市で分け合う島氏永駅を訪れた後、妙興寺へ向かいました。妙興寺から妙興寺駅へ向かいました。まもなく、高架線と駅の入口と思しき階段が見えてきました。妙興寺駅に着きました。太陽光が看板を直撃して、まったく駅名が読めない…。そのまま次の駅へ向かいます。次の駅は尾張一宮&名鉄一宮。西日がガンガン当たり、かなり暑かった…。一宮市街地の中心部へ向かう県
(その11からの続き)-石刀(16:54)-新木曽川(17:26着)尾張一宮駅から尾張国一宮の真清田神社に向かい、再び北へ進みました。こんな住宅地の中にも喫茶店。見かける喫茶店、どこも立派だよなぁ。一宮市はモーニング発祥の地なんだとか。…ということは、喫茶店の数も多いんだろうな。再び線路沿いに出ると、次の駅が見えました。石刀(いわと)駅に着きました。駅から数百メートル東にある石刀神社に由来するものと思われます。天岩戸伝説にち
(その16からの続き)-彦根(11:31着・11:45発)-時間が無い中でしたが彦根城に向かい、天守台に登りました。いそいそと北側の階段を下りました。彦根城に入る際に購入した入場券で天守北側の玄宮園も見学できましたが、時間が無いので今回はパス。そのまま彦根駅へ向かいました。二の丸佐和口多聞櫓。写真右手前の角を右へ進むと彦根城博物館があるそう。これはやっぱりもう一度行かなきゃだめだな。そのまま彦根城の外堀に出ました。
「みちのくひとり歩き旅」、栃木県矢板市内を歩いています(0024年12月28日に歩きました)。さて、高速道路のインターチェンジ入口に差し掛かってぐるっと遠回りになってしまいました。今までに何度か経験ありますが、歩く人にとって高速道路のインターって鬼門なんですよね。地図で見るとこんな感じで赤いルートでぐるっと迂回しなくては成りません。そして大体こういう迂回路はほとんど人が通らないので
(その3からの続き)-相模金子(9:25発)-松田(9:56着・10:05発)-大井町に入っても北へ進み、上大井駅、相模金子駅に立ち寄りました。次の駅へ向かいます。まずは富士山に向かって西へ。四つ角を右折して北へ。道幅はさっきとあまり変わらないのに、こっちは交通量が結構多い。松田方面への抜け道になってるっぽい。右手に小さな商店街。昭和中期に開発された住宅地の商店街という雰囲気。ということは、このあたりは計画開発された住宅地なのかな?
(その1からの続き)-下曽我(7:56着・8:05発)-国府津駅から北へ進み、国府津車両センターにさしかかりました。跨線橋を渡って見えてきたのはE131系。相模線を走っている電車ですが、管轄は国府津車両センターとのこと。さらに先へ進むと、留置線の隣に御殿場線の線路が。もちろん御殿場線の線路は右端の1本のみです。奥には富士山も顔を見せていました。線路の東側に移り、少し北へ進むとまもなく梅の木が目立つようになりました。ここは
(その2からの続き)-垂井(10:15着・10:30発)-垂井駅を目指して、旧中山道を南西に進んでいます。垂井町に入ってからも、旧中山道を道なりに進みました。市街地が近づいたところで、いったん旧中山道を外れて駅の方向へ。相川を渡りました。左手には東海道本線の線路が見えています。川を渡ると、スーパーや商店が増えました。長い道のりだったけど、垂井駅はもう目と鼻の先。垂井駅に着きました。残念ながら駅舎は改修工事中…
(その6からの続き)-奥田(12:39)-稲沢(13:17着)-清洲駅から西へ進んで大里駅に立ち寄り、再び名鉄線沿いを進んでいます。少し広い通りに合流し、北へ進みました。名古屋なのに東京美容室…。そして、ここにも喫茶店がある。奥田駅に着きました。構内踏切は無く、改札は方面ごとに設けられていました。駅舎を撮影したら、次の駅へ。奥田駅からは名鉄線の踏切を渡ってそのまま北へ。正しい方向に進んでいるかちょっと不安になってしまう角
蹴上インクライン手前の交差点を南禅寺方向に向かい200メートルくらいで「南禅寺順正」です。京都のお豆腐料理を食べてみたいと思いチェックしていた豆腐料理専門店です。時刻は11時直前、まもなく開店時間でした。有名店なので時間前でもすでにお客さんが並んでいましたが早めに来たのでオープンと同時にすぐ席に案内されました。三種類あるメニュー(会席以外)から選んだのは「花」コース。鍋は湯豆腐と湯葉が選べ、ここは王道だと湯豆腐をお願いします。朝、おにぎりを一個食べただけでガ
(その12からの続き)2日目の朝を迎えました。2日目は御殿場市街地からゴールの沼津駅を目指します。ここまで地味に登り続けてきましたが、ここからは延々と下り坂。ついでに天気も下り坂のようですが、今日はどんな展開になるのでしょうか。2日目・1月19日(日)歩行区間:御殿場-沼津駅天気:晴れのち雨宿(7:00発)-御殿場(7:25着・7:35発)-空が薄明るくなってくると、窓の向こうに富士山が現れました。どうやらまだ晴れているみたいですね。明るくな
(その4からの続き)-新垂井駅跡(11:10着・11:15発)-垂井駅に立ち寄った後、旧中山道の垂井宿を歩きました。もう一度相川を渡ります。次の関ヶ原駅は旧中山道を西へ進むことになりますが、その中山道からはどんどん離れていきます。道を間違えたわけではありません。いったいどこへ行くというのでしょうか?まもなく市街地を抜けました。周囲は一面の水田地帯…のはず。県道53号が見えてきましたが、さらに北へ。相川を渡ってから10分以上経過
ずいぶん、ブログ更新が遅れています。アパートの工事や家族のことでいろいろとありました。アパートは、allovoisinsというサイトで追加作業をお願いしています。便利!今年もよろしくお願いいたします。さてさて、トゥールの道をパリから歩くシリーズ、オルレアンの手前にあるSaint-Lyé-la-Forêtを目指した日の続きです(2025年5月上旬)。↑車道を越える前に、風車にめちゃくちゃ近づきました。風車って、止まってると思っても、実は、ゆっくり動いてるんだなあ。この後に↓「
(その7からの続き)-(佐久駅-筬島駅間歩行中)-アトリエ3モアを見学したあと、国道40号を再び西へ進みました。たどり着いたのが「北海道命名之地」。松浦武四郎がアイヌの酋長に案内されて天塩川を探索した際、この地でアイヌ語の「カイ」に「この国に生まれし者」という意味があることを知り、後に「北加伊道」を地域名候補として政府に提言したそうです。こちらが18年前の同じ場所。雰囲気が違うと思ったら、いろいろ新しくなったみたいですね。ちなみに、実際に酋長