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本日お昼12時、2026年最初の合戦イベント「甲州征伐」がついに終戦を迎えました!!その結果、勝利を手にしたのは織田軍でした!!まずは参戦されたすべてのみなさま、大変お疲れ様でした!軍功の経過を振り返ってみると、初日は織田軍がリード、翌日は一転武田軍が10万前後リードを保つ中で戦況が明けました。が、その翌日には織田軍が再逆転してそのまま一回目の両軍同時総攻撃を迎えます。総攻撃終了時の軍功差はたったの5,000(!)、そのまま織田軍がほんの少し優勢な状況で推移しますが、
甲州征伐の戦場のひとつ高遠城跡(長野県伊那市)合戦イベント「甲州征伐」、早くも熱々の中盤へと突入して参りました!本日は恒例の「よくある質問編」をお届けします。そして!前回の「北の関ヶ原」で実施して非常にご好評をいただいたあのキャンペーンを今回も実施することとなりました!!後半に詳細を記載していますのでこちらもご注目ください!Q.「注進」における“実戦活用情報”の定義は?A.実戦活用情報は、“軍功を増やす方法や合戦のノウハウ”に該当する投稿です。そのため、再掲となりま
いよいよ今週金曜日に迫った合戦イベント「甲州征伐」。今日は総攻撃と大手柄武将に関する発表です!スケジュールの発表時に、システムに大きな変更はないと書きました。ただ、今日発表の大手柄武将に関してはいつもと違う点がありますので、最後までよくお読みくださいませ。まずは総攻撃の回数から。総攻撃は、織田・武田両軍ともに2回ずつ予定されています。これまで通り、総攻撃は前もって部隊長によって予告されます。続いて大手柄武将について。織田軍の大手柄武将毛利長秀丹羽氏次金森長
合戦イベント「甲州征伐」に関する最後の告知となります。本日は論功行賞と最低必要軍功についてお知らせします!さっそく見てみましょう。全参戦者参戦者全員に、協賛楽座特典「龍勢・竹筒水・袖印」の3点セットを贈呈!勝利軍勝利軍全員、家臣団コレクションで「松姫(信松尼)」の登用が可能に!軍功第一の部隊両軍通して軍功第一の部隊全員に、「10,000貫」を贈呈!軍功ランキング両軍軍功上位1~50位までの方へ、それぞれ所定の「大分銅金」他
伊那大島城跡(長野県松川町)先週金曜日に陣触れが発せられた合戦イベント「甲州征伐」について、本日はスケジュールなどのお知らせをしたいと思います!!主要な日程は以下の通りです。【開戦日時】2026年02月06日(金)14:00【参戦期限】2026年02月12日(木)13:00【終戦日時】2026年02月16日(月)12:00前回の「北の関ヶ原」と同じく、約10日間の戦いとなります。続いてシステム面について。本合戦イベントでも細かい修正や使い勝手の改善はい
本日14時、合戦イベント「甲州征伐」がいよいよ開戦となりました!!今手元の時計は16時、まさに開戦したてで戦況はめまぐるしく動いております!今回の合戦でも細かい改修は実施されておりまして、みなさんの使い勝手に少し影響があるかなと思われる部分について一つだけ補足しておきます。注進(申し上げます!)の画面で、これまでは投稿内容を以下のように絞り込み表示することができました。実戦活用情報含む|のみ|除外これが以下へと変更となります。すべて|実戦活用情報のみ
先日まで見てきた「城門」(櫓門も含む)には、門からの出入りを監視する「番所」を併設しているモノも見られましたが、お城や陣屋を構成する「城郭建造物」には、独立して建てられた「番所」というモノもあります。今回のシリーズでは、各お城にある「番所」(全国「番所」を巡るシリーズ)を紹介しています。お城内外への人の出入りや、各曲輪間や建物間の出入りを監視、管理する「番所」も重要な役割を担う「城郭建造物」です。「番所」には、そこに詰める武士や中間(今でいうガードマン)が滞在できる単独の建物もあれば
織田信長は武田討伐へと先発した嫡男・信忠に対し、執拗なまでに自制を促す書状を送り続けた。それは勝頼侮りがたしという畏怖の表れであった。だが、信忠は美濃から信濃の地へ踏み込むや、父の危惧をよそに破竹の勢いで伊那谷を駆け抜ける。その姿はまさに若き日の信長を彷彿とさせるものであった。一方、これを迎え撃つ勝頼は要所に親類衆を配置し、信濃を決戦場と定めて自身は諏訪の地に本陣を据えた。何の因果か、そこはかつて“諏訪四郎”の名で将として歩み始めた自らの原点であった。信長の後継者として自らの手で武田を
先ごろ「信玄公祭り」を覗いてきた…というよりも実際は甲府在住の友人と飲んできたわけですが、甲府まで出向いたついでにひとつ立ち寄りを。先月のはじめ、石和温泉に出向いた際、駅の観光案内所で展覧会告知のフライヤーを目にしていたものですから、折を見て出かけようと思っていたところでして。ひと月経って、折しも桜満開の山梨県立博物館を訪ねたのでありましたよ。その山梨県立博物館では開館20周年記念特別展として『武田勝頼-日本に隠れなき弓取』展が開催中。武田勝頼といえば、信玄の衣鉢を継ぐ大将とも、武田を
オフィシャル手ぬぐい「恵林快川・滅却心頭」快川国師による「心頭滅却すれば、火も自ずから涼し」の「滅却心頭」デザイン。何度も言うがこれはもうただただ背筋がピンとならざるを得ない。時は天正10(1582)年の武田勝頼滅亡後のこと。織田軍により恵林寺は包囲され、閉じこもった百余名が焼き討ちにあった。その際に火に包まれた快川国師が最後に言ったとされる「安禅不必須山水(安禅は必ずしも山水をもちいず)、滅却心頭火自涼(心頭を滅却すれば火も自ずから涼し)」をモチーフにしている。ち
おはよん(=^・^=)🏸好きなサービスエリアは?新東名高速道路長篠設楽原PAです♫下りに有ります武田軍の赤揃え甲冑パーキング🅿️の横にポケットパーク織田信長の本陣に行ってみました♫小さな神社⛩️織田信長戦地本陣。。。茶臼山茶臼山からパーキング🅿️を見るとこんな感じです長篠の戦い1575年織田信長・徳川家康連合軍🆚武田勝頼の武田軍馬防柵と鉄砲により武田軍が撤退し後に武田氏終焉の道に進む武田軍を苦しめた馬防柵古戦場には馬防柵のレプリカが展
※国指定重要文化財随願寺榊原忠次公廟所門・・・榊原忠次は、徳川四天王榊原康政の孫になります榊原忠次の廟所は寛文5年(1665)、次男で姫路藩2代藩主榊原政房によって造営されました廟所唐門は享保16年(1731)、忠次の曾孫にあたる姫路藩(再封)初代藩主榊原政邦によって建立されました廟所建築として貴重なことから、国重要文化財に指定されています榊原忠次公の墓江戸大名墓シリーズ「江戸時代」は、徳川家康が朝廷から「征夷大将軍」に任命
全国的に寒い日が続きますが、こちらは徐々に暖まって参りました!!合戦イベント「甲州征伐」の告知が続きます。今日は、両軍の部隊長と陣中見舞いが決定したのでお知らせいたします!織田軍は、当時信忠の直属であった森・河尻に、信長が付属させた織田有楽・滝川一益を加えた陣容です。さらに武田家から離反して甲州攻めの先鋒を果たした木曽義昌の姿も見えます。武田軍は、親類衆の信豊(勝頼従弟)、信廉(同叔父)、盛信(同弟)が馬を揃えます。また、当時勝頼を岩櫃城へ迎えようとしたともいわれる真田昌幸、