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2026年5月4日(月)2198句【季語】五月/夏うすうすと窓に日のさす五月哉正岡子規(まさおか・しき)1867〜1902年。俳人、歌人。昨年の5月4日の句→ゆく春の『ゆく春の〜山口青邨』2025年5月4日(日)1835句【季語】ゆく春/春ゆく春のこのともしびを消しがたな山口青邨(やまぐち・せいそん)1892〜1988年。俳人。昨年の5月4日…ameblo.jp岡崎弥保HP「言の葉」ブログ「言の葉つむぎ」
[いきいきてくてく愛媛]in久万高原久万高原・柳谷の直売所、地元女性切り盛り毎週日曜「ししまる」開店、人気は「やきもち」愛媛をもっと掘り下げよう。愛媛をもっと知ってほしい―。1876(明治9)年に創刊された愛媛新聞は、2026年9月11日に150周年を迎えます。これを機に愛媛県内の20市町を1自治体ずつ1カ月特集する「いきいきてくてく愛媛」を25年8月~27年3月に展開します。愛媛といえば何を思い浮かべますか。石鎚山、瀬戸内海、宇和海のリアス海岸、魚類や真珠の養殖、たい飯、今治焼き鳥
野球というスポーツが日本にやってきたのはいつ頃でしょうか?アメリカからベースボールが渡来したのは明治5年(1872年)頃現在の東大の前身のさらに前身開成学校ではじめて行われたといわれています。(詳細割愛)今では老若男女ベースボールというより当たり前のように野球というと思われますが、いつごろから「野球」という訳語が現れたのか?それは中馬庚(ちゅうまかなえ)という人物が1894年にベースボールの教則本を執筆中にBallinthefieldと
私は釈尊(お釈迦様)の次の言葉が好きである。「沈黙しているものも非難され、多くを語るのも非難され、少しを語るのも非難される。世に非難されない者はいない」この世に生ある限り、何をしても人は非難の目、嫉妬の目をもって他人を見つづけるのである。人の目を気にして生きていたならば、自分の身が持たない。天の目を気にして生きてゆくことだ。生と死とは別のものではない‼️正岡子規は「さとりとは、いかなる場合にも平気で死ぬことかと思っていたのはまちがいで、さとり
先日の菓子博でどっさりお菓子を買ったのに、昨日、九州・四国方面へ旅してきた夫の友人がお土産を持ってきてくれた。四国銘菓「坊ちゃん団子」。「坊ちゃん」といえば夏目漱石だが、私は、夏目漱石といえば正岡子規。親友として子規を支えた夏目礎石には、作家夏目漱石とは別に、大いなる好感を抱いている。子規を思いながら食べた団子はおいしかった。
正岡子規の銅像の横に句碑が二つありました。一つめの句碑一つ目は柳原極堂の句碑でした。句碑の説明句碑に彫られた俳句は、「春風やふね伊豫に寄りて道後の湯」でした。柳原極堂は本名正之。慶應3年(1967年)生まれで明治14年松山中学(現松山東高校)に入学し、同い年の正岡子規と友人になりました。当時、松山中学で学んでも大学予備門(現東京大学教養学部)の入試を突破するだけの英語力が身につかなかったので、正岡子規と一緒に松山中学を中退して東京の共立学校(現開成中学・高校)に入学しました。子規は
(2023-06-0918:40:00)春や昔十五万石の城下かな正岡子規.明治28年どう見ても本歌取りなのだが。本歌月やあらぬ春や昔の春ならぬ我が身ひとつは元の身にして「や」と「かな」の切れ字を使用して、字余りとしていると言う事は、「春や昔」は、一つの慣用句と見なせる。
【緑したたる】いい季節です。桜もいい、紅葉もまたいいけど、この新緑がいい。家の庭木や作物、裏山の緑がいきいきと明るさを増して、「生きてるぞー」感にあふれる。気持ちも明るくなります。快晴、英彦山の新緑で森林浴を思いついて出かけます。連休も明け、思った通り静かでしかも明るさにあふれた初夏の森でした。青葉、若葉の頃、などという綺麗な言葉もあります。幼いころの何かの歌が出てきそうな感じですが、晴天好日の山はまさに青葉若葉の頃です。「緑したたる
晴れた朝、JR予讃線の市坪駅へ。市坪駅には、カッコ書きで(野球)の・ボールと記載されているが何のことだろう?ここに坊っちゃんスタジアムがあるからだろうか、などと考えていたけど後でこの意味が判明しました。JR市坪駅から歩いてすぐの場所にある松山中央公園。公園は広くて、プールや武道館、競輪場、坊っちゃんスタジアムなどがある。正岡子規野球殿堂入り記念のプレート。正岡子規と野球、どんな関係があるのだろう?と思いプレートの説明を読んでみると...正岡子規は学生時代、幼名
今日から人並みに五連休である。少しはゆっくり坪内稔典の著作を読めるかもしれない。上は中之島美術館から梅田・堂島を望んだ写真。にょきにょきとビルが立ち上がっている。よく見るとフォルムが変なのでパチリした。坪内稔典といえば「過渡の詩」「口誦と片言」「老いの俳句」この3つがキーワードだと思う。前2つが坪内俳句本来の考え方であろうが自身の老いとともに、「俳句は老人の文学」とよく言うようになったので「老いの俳句」もキーワードに加えた。「坪内稔典の俳句」をこれらのキーワードを基に