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愛媛県松山市にある、日本最古の温泉として名高い「道後温泉」。レトロで風情ある温泉街に、歴史ある素晴らしいお宿がたくさん並んでいて、旅行の計画を立てているだけでもワクワクしてしまいますよね🎶そんな道後温泉へのご旅行を計画する際、きっと多くの方が一度は直面する究極の悩みが……「道後を代表する二大老舗旅館、『ふなや』と『大和屋本店』、一体どちらに泊まるべきなの!?」という問題ではないでしょうか?🥺どちらも文句なしのハイクラスな名宿✨決して安いお買い物ではないからこそ、「絶対に失敗したくない
中学の親友から、「俳句エスプレッソ」の内容を理解するのも難しいなあ、とコメントもらいましたので、「そもそも俳句ってどのようにして起こったのか」を書いてみます。俳句は「5.7.5.7.7」の短歌(和歌)の流れをくみ、特に連歌(れんが)の最初の句=発句(ほっく)が独立して発展したものです。和歌は万葉集の時代から日本の代表的な詩形式として詠まれました。連歌は、複数の人が和歌の「上の句」(5・7・5)と「下の句」(7・7)を交互に詠み継ぐもので、やがて庶民の間に広まりました。さらに連歌から、よ
日清戦争後、帝国主義の波に翻弄されながら日露戦争へと突き進んでしまう日本。国家存亡かけた戦争が始まろうとする時代の中で活躍する秋山兄弟と、正岡子規の最後が語られる怒涛の第三巻!◆あらすじ・内容と読みどころ秋山真之の成長と海軍戦術の革新秋山真之は、米国留学を経て帰国後、海軍大学校で戦術講座の初代教官となり、日本海軍の戦術理論を体系化する。彼の講義は多くの将校に影響を与え、日露戦争では彼の教え子たちが各戦隊の参謀として活躍する。真之の戦術は、源平時代の戦法や瀬戸内海の水軍の戦術などを
3人の主人公—秋山好古、秋山真之、そして正岡子規—第二巻ではいよいよ彼らの夢や努力が大きな転機を迎える。●あらすじ・内容第1巻では3人の主人公—秋山好古、秋山真之、そして正岡子規—が登場しましたが、第二巻ではいよいよ彼らの夢や努力が大きな転機を迎えます。彼らがそれぞれの道をさらに進んでいく過程で、日露戦争前夜の日本が抱える大きな課題や覚悟が描かれます。この時代の日本は、西洋列強と肩を並べるために国力を増強し、帝国としての道を歩み始めていました。特にロシアという巨大な国との対立が避け
ジェンスーさんの本。生きるとか死ぬとか父親とかAmazon(アマゾン)0〜2,110円森まゆみさんの本。正岡子規評伝。子規の音。検索しても出てこなかった。京都不案内Amazon(アマゾン)282〜1,760円これ知らないが面白いかも。
我が投稿句「選外・類想句の一覧」より六月の辛さ祝祭日の無さ素手男六月ぞ働いて×3の国素手男もがき文語古語や旧仮名遣いに拘る俳句も、今の実生活あるいはその理念と相容れないとは思わないが、口語や喋り言葉の句を読んでみると、軽やかにサイクリングをするように楽しい。即興性やその装いが支配的で、「一句ひねる」はすでに死語にさえ思える。口語俳句に切字が必要かどうか判断できないので、下記サイトで切字等を学んだ。現代切れ字十八字(候補)よ・か・ぞ・と・に・へ・せ・で・まで・ず・れ・
今日から、司馬遼太郎の日本が世界に向けて扉を開いた「明治」を描いた人気の名作をみていきます。時代を引っ張るようにひた走る3人の若者の姿を追いかけていきましょう。●あらすじ・内容第1巻では3人の主人公—秋山好古、秋山真之、そして正岡子規—が登場しましたが、第二巻ではいよいよ彼らの夢や努力が大きな転機を迎えます。彼らがそれぞれの道をさらに進んでいく過程で、日露戦争前夜の日本が抱える大きな課題や覚悟が描かれます。この時代の日本は、西洋列強と肩を並べるために国力を増強し、帝国としての道を歩み
ごきげんいかがですか月曜日は俳句週歴季節の俳句を楽しみます。洪水のあとに色なき茄子(なすび)かな「病後対鏡」と前書きがある。だから、「洪水」とは自分の胃の大量出血のことだ。医師は、大量のカンフル剤と食塩を打ち続け、やっと命を取り留めた。夫人が言うに、「三〇分は死んでいた」というぐらいだった。生き延びて、鏡を見ると、顔はすっかりいろの変わった顔だった。それを色がなくなった茄子(なすび)と言った。どのような状況でも、ユーモアを忘れない愛すべき漱石だ。夏目漱
1年半ぶりに松山へ。今回は京急蒲田駅から京急線に乗り、羽田空港へ向かうところから旅がスタート。空港に着いたら、まずはビールをちょい飲み🍺飛行機に乗る前の一杯は、なぜか旅気分を一気に盛り上げてくれる。松山空港に到着すると、リムジンバスに乗って道後温泉へ。久しぶりに訪れた道後の街は、やっぱり風情がある。道後温泉駅前のレトロな雰囲気を楽しみながら、アーケード商店街「道後ハイカラ通り」へ。今日のお目当ては「椿の湯」。ここにはこれまで何度も入っている、いわばお気に入りの銭湯だ。旅の疲れを
あなたはどの風鈴が好きですか?解説夏の風物詩風鈴は、ひと夏の恋を象徴しています。選んだ風鈴から、あなたがこの夏、経験したいと望んでいる恋の形がわかります。この夏☀️まだ間に合うぞ!みんな👍A華やかでドラマチックな恋、夜空に大輪の花を咲かせる打ち上げ花火。これを選んだあなたは、ドラマチックに盛り上がる恋がしたいようです。非日常的であるほど良いので、相手は見ず知らずの異性が希望かもしれません。派手にひと花咲かせたいと思っているのでしょう。ただ、覚えておきたいのは、現実にはそ
象の森書房発行のボクの電子書籍です。夏の読書にどうぞ。(ねんてん)〈坪内稔典俳句シリーズ〉過渡の詩出版社:象の森書房著者:坪内稔典ジャンル:俳句/評論/現代俳句/俳人/正岡子規坪内稔典の若き日の俳句評論集本書『過渡の詩』は『俳句の根拠』、『世紀末の地球儀』と並び坪内稔典の若き日の俳句評論集三部作の一冊。俳句を「過渡の詩」として位置づけ、正岡子規以降、問いかけることの少なくなっていた「俳句とは?」に応える。俳句に関心ある人の避けて通れない作品である。1978年発刊の書籍を電子書籍
2026年8月7日(金)2294句【季語】朝顔/秋朝顔にわれ恙なきあした哉正岡子規(まさおか・しき)1867〜1902年。俳人、歌人。昨年の8月7日の句→新聞にはない『新聞にはない〜栗林一石路』2025年8月7日(木)1929句【季語】無季新聞にはないほんとうの世の中が知りたいのです栗林一石路(くりばやし・いっせきろ)1894〜1961年。記者、俳…ameblo.jp岡崎弥保HP「言の葉」ブログ「言の葉つむぎ」
松山最終日は、子規記念博物館へ。机とか筆とかおいてあるセットがあったので、さっそくいろいろポーズをとって遊ぶ人たち。平日の朝っぱらからですからね。ほぼ貸し切り状態です。漱石さんと子規さんのお家にお邪魔する合成写真が撮れるんですが黒いTシャツだと透けてしまいます。しかし俳句とか短い言葉の中にいろんなものを詰めこんでいろんなものを想像させるってすごいよ。言葉のチョイスがすごいよね。。。できねぇよ。とか、勉強しつつ脊椎カリエスといえば
俳句は形式の面からは「有季定型」(五・七・五の十七音、季語を入れる)を基本とします。それでは内容の面からはどうでしょうか。正岡子規は、連句の第一句(発句)を一つの文学形式として新たに独立させて俳句と呼びました。したがい、俳句にはそもそも連句の本質的な要素があるのです。一方、山本健吉は古典俳句を検討して、「挨拶」「滑稽」「即興」であるとしました。「挨拶」は、連句の発句が客自身が主のもてなしに対して詠むものであったところからきています。たとえば、「五月雨をあつめて涼し最上川」は、涼
「外野とは?」https://ameblo.jp/gameyarimakuri/entry-12963231166.html『外野手とは?』大きく分けて、守備位置には内野と外野とに分かれます外野(=OutField)は内野(=InField)を守る選手の背中側を守ります打者から見て右方向にいるのが…ameblo.jpでも記しましたが、内野手とはInFieldつまりFieldの内側を守ることを意味します一般的には一塁手・二塁手・三塁手・遊撃手の4種類のポジションを示しますしかし上
8月。長い一カ月が始まりました。私の職場では決まった期間の「夏休み」というものは無く、決められた期間で適宜取ることになっているので、今月はほんまに長い一カ月になりそうです。昨日、松山市内で発見した「松山野球拳おどり」が気になったので、調べてみました。やはり、正岡子規も関係していたようですね。松山での始まりは昭和41年。HPによると、そのルーツは大正時代に生まれた「野球拳」だそうです。スーパーアクティブヴァー年代の皆様では、コント55号の番組内での「野球拳」が記憶にある
ごきげんいかがですか月曜日は俳句週歴季節の俳句をご一緒に挨拶の傾き合へる日傘かな篠原温亭この頃の暑さには、閉口します。日傘をさした人が、多くいます。日傘は、暑さの元の日光を遮断します。体との間の空間もあり、暑さをしのげます。日傘をさした人が、すれ違います。知っている人なのでしょう。勿論、頭も下げているのでしょうが、傘も傾けて挨拶をして行き過ぎます。篠原温亭熊本県宇土市に生まれる。現龍谷大学に学んだのち上京し、徳富蘇峰が主宰する「國民新聞」に勤め活躍した。その
2026年8月3日(月)2290句【季語】夏籠/夏夏籠や仏刻まむ志正岡子規(まさおか・しき)1867〜1902年。俳人、歌人。昨年の8月3日の句→泣き涸れて『泣き涸れて〜赤城さかえ』2025年8月3日(日)1925句【季語】蟬しぐれ/夏泣き涸れて聴く一山の蟬しぐれ赤城さかえ(あかぎ・さかえ)1908〜1967年。俳人。昨年の8月3日の句…ameblo.jp岡崎弥保HP「言の葉」ブログ「言の葉つむぎ」
昨日から「防災士」の講習会に参加するため、松山市内に来ています。久万高原町まで行ったり来たりするのも面倒なので、昨夜は松山市内に泊まりました。講習会は休憩を挟みながらではありますが、連続6時間。椅子も硬くて、最後はお尻が痛くなってしまいました。ただ座って講義を聞くだけが、こんなに辛いとは思いませんでした。講義を終えて、レストランに立ち寄り早めの夕食。講義で疲労困憊の体に、白ワインが嬉しい。こちらのお店、女性限定のお店なのですが、女性一人につき男性一人はOKとのことで、夫も無事に入店す
○2025年7月17日、「旅游巴蜀」旅で、中国、四川省、成都の武侯祠に参詣した。ここは、成都武侯祠博物馆にもなっている。その展示案内の中で、『杜甫:蜀相』や『岑参:先主武侯廟』、『李商隠:武侯廟古柏』などの作品が案内してあった。〇それで、「武侯廟古柏」を検索したところ、雍陶の「武侯廟古柏」詩がヒットした。それを受けて案内したのが、ブログ『雍陶:武侯廟古柏』だった。・テーマ「旅游巴蜀」:ブログ『雍陶:武侯廟古柏』雍陶:武侯廟古柏|古代文化研究所〇また、雍陶の作品に「聞子規」
こんばんは!俺んちの知り合いに松山市出身の方がおられる!お母さんが俳句ポスト365で2回入選したと軽く言ったらこのパンフレットをお母さんに持ってきてくださった!松山市は日本一の俳句の街だそうだ!その方が俳句ポスト365で入選は初級ランクといえどすごいと言ってくださった!お母さんも松山市が文学の街で正岡子規や高浜虚子などは知っていたが俳句ポストについては軽く思っていて知り合いやブログで2回入選したとベラベラしゃべっていた!無知の知よ!初級ラ
●愚陀佛庵のリモート吟行2026.7.26(日)松山市主催愚陀佛庵再建記念イベント「夏井いつきリモート句会ライブ」ドキドキしながら参加してみました^^*聞きながら見ながら聴きながら読みながら、俳句を考えるのってめっちゃ難しい!1番多い方は66句投句されていたとのことで、スゴイ☆そして、愚陀佛庵賞に輝いた●七月をきれいな風の濯ぐ遺稿(坐花酔月さん)わぁ~素敵やなぁ♬と思いました。●リモート句会ライブ初参加の時は3句がやっとでしたが、2度目の今回は、8句と大き
猛暑が続きます。ただでさえ、体への負担が大きくなるというのに、熊本では停電や断水状態が続き、被災者の方々は「暑さ」というもう一つの災害にも対処しなければならないので、本当に心配です。予報では、「酷暑」に近い気温になると出ていますから、とにかく、迅速な支援が求められます。7月22日には、ファームリーグの「ロッテVSオリックス」戦が4イニングで打ち切りになりました。複数の選手が「熱中症」になってしまったからです。2軍とはいえ、プロのチームですから、それなりの対策をしていたと思いますが、それでも「熱
城歩きを終えて、隣接した松山市立子規記念博物館https://shiki-museum.com/へ。松山の人の正岡子規愛を感じたよ。館内は写真は決められたところだけでした。260525松山市立正岡子規記念博物館松山と言えば正岡子規。https://www.youtube.com/watch?v=MjvqUqnaLBUちょっと、目についたので、神社に参拝してみた。まずは湯神社https://yu-jinja.official.jp/。石段を登って上を見たら
7月26日(日曜日)四季通信※今日の『四季通信』は、『AIでよみがえる文豪たち』~「島崎藤村と北原白秋」の巻~です。藤村には若菜集より「初恋」を白秋には水墨集より「落葉松」をそれぞれ一部を朗読してもらいました。『AIでよみがえる文豪たち』はこれまで第1回(7月15日)に「夏目漱石と芥川龍之介」を、第2回(7月16日)に「石川啄木と石川啄木」を。第3回(7月24日)「正岡子規と斎藤茂吉」をそれぞれ書いてきました。そして第4回目がこ
朱雀門(すざくもん)*平城宮の正門です。*都の正面玄関として、ここから宮殿へ入ります。朱雀門をくぐりしばらく歩いていくと近鉄線の踏切がありひっきりなしに電車が行き来します。その向こうにあるのが大極門(だいごくもん)です。立派な朱雀門をくぐり、広い敷地を歩いて大極門、第一次大極殿へ。大極殿の中では、天皇が座られたという華やかな高御座も見ることができました。復元された遣唐使船も迫力があり、当時の人々がこの船で海を渡ったのかと思うと感慨深いものがありました。
ブログにお越しくださりありがとうございます。いいね、フォローをありがとうございます。午前中は晴れて、最高37℃でした。昨日は、この辺は23区なのに都心とは違って、雷鳴とほんの少しで湿りもしない雨。今日は夕立らしい雨が降って夜はいくらか過ごしやすくなりました。7月号仮名上級課題皆さまのお清書です。「水茎のふりにし筆の跡見ればいにしへ人は善く書きにけり」=時代を経た筆跡を見ると昔の人は達筆であったとしみじみ思われることだ=by正岡子規
眼鏡のレンズと顔の距離を計測するため中々の近距離で横顔をタブレットで撮影する。わたくし普段から無意識に下唇をつき出す癖があるので唇を引っ込める。唇を結ぶ意識で。店員さんが説明のためその画像を見せてくれる。そこに映る私の横顔…正岡子規。中々自分の横顔を客観的に見れる機会がないので良かったっちゃ良かったが正岡子規。夏草やベースボールの人遠し
『風塵鈔ー2』ー司馬遼太郎●文化の再構築について-①✪明治維新という革命は、このままでは日本は亡びるという危機意識からおこされた。そのあと、玉石ともに砕く欧化主義がとられた。「ザンギリ頭をたたいてみれば、文明開化の音がする」というように、痴呆的なまでにその勢いがすすんだ。明治20年代になって、このまま欧化がすすめば日本も日本人そのものまでなくなってしまう、という新しい危機感がおこった。国民文化を中心に自己を再構築せよ、という運動だった。むろん国粋主義でも右傾化でもなかった。運動を始めた人
「愚陀仏庵」再建オープン夏目漱石と正岡子規が同居、松山明治時代に文豪夏目漱石と俳人正岡子規が同居した「愚陀仏庵」が松山市に再建され、24日にオープニングセレモニーが開かれた。当時のたたずまいを再現した木造2階建て。「文学のまち」の交流拠点として活用し、句会などに使えるよう一部貸し出しも行う。愚陀仏庵は教師として滞在していた漱石の下宿で、身を寄せた子規と52日間、共に暮らした。名前は漱石の俳号、愚陀仏に由来。1945年の空襲で焼失。82年に再建されたが、2010年に豪雨による土砂崩れで