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江戸のポップカルチャー「浮世絵」展。最後は、歌川国芳の「朧月猫の草紙」。時代は鎌倉時代。鰹節問屋の飼い猫「おこま」と恋猫の「とらさん」が駆け落ちしたことを発端に、一大騒動が起こる。大名家や漁師なども巻き込んで一大騒動。猫たちはある時は人のような姿、またある時は猫のままといったように変幻自在に描かれています。なかなか、面白そう。物語として、読んでみたい。こう言う、大衆的なところが浮世絵の魅力の1つでもあるのかな。そしてこちら。久保惣記念美術館の公式キャラクター『大できねこ』らし
1月某日、浮世絵おじさんフェスティバル@太田記念美術館に行きました。浮世絵の中で多彩に描かれた味わい深いおじさんたちを紹介する展覧会。中山道広重美術館で好評を博した展覧会をもとに、太田記念美術館として新たに構成したものです。国内外、気の重くなるニュースばかりで、抱える頭が100個あっても足りない今日この頃。しばし愉快な浮世絵おじを見て心和みたいなと思ってやってきたら、思いのほか混雑していてビックリ!SNSでもじわじわ話題になっているようではあったけど、平日でも行列で壁が
横浜そごう美術館「Ukiyo-e猫百科ごろごろまるまるネコづくし」Page242.歌川国芳山海めでたいずえはやくきめたい播州高砂蛸佐野屋喜兵衛⇒陶芸作家で私が沼間小学校のころ一緒にピアノを習っていた佐野智子さんその母親は、D会落合弘美さんの友人でも、私たちの方が先ですから。あるいは、こころと痛みクリニックで働いていて最初に辞めた佐野さんあるいは、D会佐野支部さんかいめでたいずえばんしゅうかたさごだこ祝言(しゅうげん)の際に謡
ちょつと不思議なお岩さん。盆提燈から夫の民谷伊右衛門に裏切られたお岩の顔が浮かび上がる。「怒りに満ちた」とあるが恨めしいって雰囲気。(恨めしいも怒りかな?)葛飾北斎。何の絵だろうと思った。殺害され骸骨となった小平次が成仏できず、蚊帳の中を覗いている図だと。山東京伝のお話し。絵は葛飾北斎。お岩さんと少しモデルとして異なる。小平次は実在したが役柄は創作。お岩さんも実在して良妻賢母だったそうだが、ならばなぜ神社が存在するのだろう?(演じる時、参らないと祟るそうだし)小平次
1.刃先の饅頭を食らう男信長は、荒木村重の度胸を試すため、饅頭を刀に突き刺し、無言でその切っ先を村重の口元へ突きつけました。一歩間違えれば命を落とす行為です。しかし村重は怯みません。表情を変えることなく、大きく口を開け、刀の先の饅頭を丸ごと平然と食べてみせたのです。この行為は、単なる度胸比べではありません。村重は「恐れない」ことで、自らが信長にとって危険でありながら制御できる、価値ある存在であることを示しました。恐怖を見せれば従属。無謀ならば排除。そのギリギリの境界線で、村
五大浮世絵師の最後を飾るのは、歌川国芳。国芳に作品を実際に見たことはない。今回が初めて。もともと日本の絵画はあまり見ていないので、その良さをどうこう言えるほどのものはないが、国芳はなぜか惹かれるものがあった。小子部栖軽豊浦里捕雷雄略天皇より雷を連れてくるように命じられ、雷を召喚して天皇に合わせたと言う話から。大胆な構図と過剰な色彩。
歌川国芳の猫江戸後期を代表する浮世絵師のひとり、歌川国芳。多数の猫の絵を描き残しているのはもちろんのこと、猫好きでした。天保12年(1841)頃から、浮世絵師の歌川国芳は猫を擬人化したり、役者を猫にした作品を次々と発表していきます。「流行猫じゃらし」「流行猫の曲鞠」歌川国芳猫の百面相忠臣蔵歌川国芳流行猫の狂言づくし国芳の武者絵豪快な武者が魁偉な化け物をばったばったとなぎ倒す「武者絵」で知られる幕末の人気絵師だが、実はとってもネコが好きだっ