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4月24日2026年4月24日6:19富田林市嬉62腰神神社の藤例年は満開でしたが、今年は現在部分的にしか咲いていません。どうしたんだろう。いつもなら大木に寄りかかって見事な花を咲かせるのに...それでも発色はいいようです。ことしも野生の藤らしくシンプルな花を咲かせました。いつもなら高いところから大木にせり出して咲くのに、低い位置に控えめに咲いています。この時不思議にも日当たりの良い高い位置には咲いていないようです。腰の病に霊験あら
「南北朝の戦い」というのは、実は「源平合戦」と同じくらい、誤解を招く表現です。南北朝時代を「南朝と北朝が戦った時代」と考え「北朝の勝利で終結した」という捉え方は、あまり実情を反映していないからです。つまり、北朝の天皇は、戦ってもいないし勝ってもいません、実際のところを見れば。足利尊氏や後醍醐天皇のせいで天皇家が二つに分かれちゃった訳では、ありません。天皇家は、尊氏よりずっと以前、鎌倉時代のうちから、「持明院統」と「大覚寺統」の二つに割れて、交互に天皇を出しながら反目していたんです
ヒルコです前回の、ヒルコのブログ、『多氏』と『イクメ王』のお話はとてもご好評でしたヒルコ家は、九州のヘソの宮崎県(日向)の五ケ瀬町の天孫降臨の地に、古代から現代まで神代の時代から血をつなぎ生存してきました🔔ですが、明治時代より『神代』のヒルコ家は、謎な『新政府軍』により潰されてしまいました西郷隆盛軍も謎な『新政府軍』に、負けてしまいました明治政府『新政府軍』勝利!!ヒルコ家は、九州のヘソの高天原に古代から生存しております、カムロギ丿ミコト、カムロミ丿ミコトの『興梠』(コ
5月29日木曜日、お昼過ぎまで時間が空いたので神戸へ3年振りの神戸。元町高架下商店街のことが気になる父親を連れて。前日、夢に出て来た母親がお参りの事を毎年、今の時期に定期検査のため、隈病院に行ってたからなぁ。通院途中に楠公さんにお参りしてたんだよ。ということで、楠木正成を祀る湊川神社へ湊川神社楠公さんにご挨拶3年前までは、半年に1回お参りしていた湊川神社3年振りに見る表神門に心が一気に晴れました表神門から境内に入る前、大楠公のお墓へ。
腰神神社は、近鉄長野線:汐ノ宮駅から南東へ500m、小さな山の麓に鎮座されます。鎮座地:富田林市嬉62参道の対面も両側も畑。右に手水舎。お賽銭箱はポスト型。---------------------腰神神社腰神神社は嬉石川東岸に連なる山並みの市内最高峰、金胎寺山より派生する山腹の巨石を御神体とする神社です。御祭神は箕島宿祢、八大龍王、猿田彦尊、国光大明神です。創始は大化改新(645)の頃と伝わる。和歌
ご訪問いただきありがとうございます。楽天スーパーセールまだ半分くらいしか購入できていません早目に楽しく購入しようと思っています♪前から気になっていた、皇居外苑にある『楠公レストハウス』食事処、売店、展示スペースがあります。リーズナブルな価格でお昼御飯が楽しめると聞いていてずっと気になっていたので行ってきました楠公レストハウス(日比谷/日本料理)★★★☆☆3.37■予算(昼):¥1,000~¥1,999tabelog.com施設営業時間8:30-
おはようございます(´・ω・`)昨日の続きです最寄りの場所から辿ります京奈和自動車道五條北ICから国道24号を北へ走り、東佐味交差点を真っ直ぐ行き、歩道橋を越えた先にある四つ角を右(東)に曲がると右側に弥勒寺があります弥勒寺『御所市公式ホームページ』より高野山真言宗の寺院。山号は龍華山。本尊は木造弥勒菩薩(鎌倉時代末期の作と推察されている)。創建は不詳ながら、公式サイトによれば、南北朝時代の貞治4年(1356年)、南朝の楠木正行の軍勢を破った高師直が吉野山を攻撃した後、南朝に味方する
第3章歴史に生きる名馬伝説日本の歴史を彩る武将や英雄たちの足元には、常に馬の姿がありました。戦国の戦場、街道を駆ける使者、そして儀式や祭礼の場──。名馬の伝説は、人の物語と切り離せない形で語り継がれています。ここでは代表的なものをさらに詳しく見ていきます。源義経と「青海波(せいがいは)」源義経を象徴する名馬が「青海波」です。一の谷の合戦で、鵯越の断崖を駆け下りて平家を奇襲した伝説は、日本人なら一度は耳にしたことがあるでしょう。そのとき義経を支えたのが、まさにこの馬だったと伝えられ
毎週月曜18:30~19:00MIDFM76.1魁TOPインタビューの今夜のゲストは(株)北村土地代表取締役社長北村栄治さんです地下鉄本郷駅近くで不動産会社を経営街づくりの観点から祭りの復活や田んぼで運動会など人の暮らし、こどもたちを大切に厚い信頼を紡いでこられたお話を今夜もおききくださいね◇<視聴方法>以下のアプリからどうぞhttps://fmplapla.com/nagoyabousai/◇本日の名言は楠木正成建武
私が今まで強い権力に対峙する時、そうですね、典型的には小田原市長だった守屋輝彦やそれと手を組んだ小田原箱根商工会議所会頭らと対峙した2020-2024年。小田原で最も権力を持っている市長と経済界のトップを敵に回して、巨大権力に挑んだんですからね。並大抵の事じゃないんですよ。だから、私は第二次加藤政権では、市長を作り替えた責任者としてふるまっているのです。議員でもなんでもない市民で間違いなく「最強市民」だったと思います。私は何の後ろ盾もなく、自分でこの地位を築いてきたので