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金剛山登山翌日に控えた山上ヶ岳(大峰山)登山への足慣らしにと、大阪と奈良をまたぐ日本二百名山にも選ばれる関西随一の霊山「金剛山」に登ることにしました。金剛登山口(千早本道口)バス停千早赤坂村の「金剛登山口(千早本道口)」にやってきました。バス停と道を挟んで向い側の駐車場「千早モータープール」に車を停めました。料金は「600円/1日」です。駐車場のすぐ脇にあるトイレに行って、登山準備を整えます。千早本道にも2種類があって、「山の豆腐まつまさ」を経由する比較
今までの中から印象的であったものを2週間ほどリバイバルします。原本:2025年4月29日2025年4月25日16:24富田林市嬉62腰神神社の藤今年は4月25日が満開のようです。西日が当たる時に撮りたかったのですが、当日はあいにく午後曇りでした。まわりの大木にしがみついて覆いかぶさり、花を咲かせる藤。花は日の当たるところで咲くようです。4月21日15:124日前はこのようにまだ紫の発色がよくない状態。4月25日16:544日でこのようになりま
叡福寺から喜志駅方面に戻りそこから1km先の美具久留御魂神社へお参りに美具久留御魂神社【みぐくるみたまじんじゃ】崇神天皇(人皇十代)十年、この地に大蛇が多く出没し農民を悩ましました。天皇は「これは大国主神の荒御魂の荒ぶなり。よろしく祀るべし。」と仰せられ祀らしめられた。その後同天皇六十二年、丹波国の氷香戸辺の小児に「玉菨鎮石。出雲人祭、真種之甘美鏡。押羽振、甘美御神、底寶御寶主。山河之水泳御魂。静挂甘美御神、底寶御寶主。」(日本書紀第五巻祟神紀六十年条・出雲国風土記)というご神託
明治から昭和の戦前まで、南北朝時代の天皇は「南朝が正統」とされ、異論は許されませんでした。現実の天皇は北朝の子孫なのに。たとえ学問の分野でも、うっかり足利尊氏や北朝を擁護するようなことを言うと、ヒステリックに非難され、弾圧されました。なんでか?明治維新、という政治運動が「南朝正統」という思想をドグマとしていた、からです。幕末に活躍した「討幕の志士たち」が自分たちの活動の基盤とした思想は、「とにかく天皇は神聖で、天皇に逆らう者は悪である」という「尊皇思想」というヤツです。天皇の意志に叛