ブログ記事3,133件
今日はまず、子犬の話をしよう。先住犬であるしょうちゃんとモクっちを看取り、もう犬は飼わなくていいと本気で思っていたしそのように宣言していました。理由は、「うちの犬はあの子たちだけです」ということにするため。しかし、先に寂しさに耐えかねてギブアップしたのが夫でした。なんか、「俺が飼うからいいんだ」と勝手にブリーダーさんを探し始め、生まれる子犬を予約し、写真とか取り寄せてあれよあれよの間に契約をしてしまいました。という経緯である日やって来たのがツムツムです。「俺が飼
直接的なつながりはないけれど、後醍醐天皇所縁の神社/天皇陵を巡るシリーズとして参拝明治新政府は、江戸時代後期からすでに存在していた「勤王」「南朝正統」などの思想を、新国家の歴史観の中に取り込んでいったという見方のようただ、、多分に、新政府に都合のよいプロパガンダって感じはするけどね👀?鎌倉幕府を倒す→江戸幕府を倒す後醍醐天皇による政治→明治天皇を中心とする新政府建武の新政→明治維新さらに加えるなら、足利尊氏は西郷隆盛か尊氏は京都を制圧したが、南洲翁は西南戦争で没
「桜井の別れ」と「馬上大楠公」前者はJR島本駅前公園内、後者は湊川公園内にある。それぞれハガキサイズ水彩イラスト
こんばんは。結論から言います。今年3回目のドリフのコントをやってしまいました。台風も過ぎ、時々小雨が降る程度でしたが、買えり間際に、「これからにわか雨の予報がある。」とのことで、急いで帰っていたところ、突然空が暗くなり、ポツリ、ポツリと来たところ中間がなくザーと大雨に見舞われ、後は、以前にお伝えした、ずぶ濡れのコント状態です。傘は持っていましたが、無駄でした。トホホの1日でした。スカイツリーは、大雨が止んだ直後で、足立市場前は日比谷線でした。今日も1日お疲れ様です。と言っても私が
「非理法権天」は私が強く心を惹かれる言葉の一つですなぜなら、この言葉には日本人が大切にしてきた“覚悟の精神”が込められていると感じるからです人は時に、自分の感情や都合を優先したくなりますしかし「非理法権天」はそれよりも道理を重んじ、法を守り、さらに最後には人間の力を超えた“天の理”に従うべきだと語りかけていますそこには、ただ権力に従うだけではない「自分が何を為すべきか」を静かに見つめる日本人らしい精神があります実は今回「不義理」「でたらめ」「忘恩」「失当」「傲慢非礼」の場面
(『新・人間革命』第11巻より編集)224〈躍進〉31“大楠公”は、一三三六年、朝敵・足利尊氏の上洛を防ぐために、湊川の戦いに赴く武将・楠木正成と、長子の正行の、父子の別れを歌った歌である。敗北が必死の湊川の戦いに臨む正成は、桜井の地でわが子・正行を呼び、故郷に引き返すように告げる。だが正行も父とともに死ぬ覚悟であり、帰ろうとはしなかった。しかし、正成は、二人が討ち死にするならば、尊氏の天下となってしまうこと
今日(日付変わり昨日)は長崎原爆の日だ。81年前のこの日、長崎の上空で一発の爆弾が炸裂した。旧帝国海軍中尉だった父(私とは曽祖父と曾孫程の歳の差があるが)は、当時、横須賀の追浜の海軍基地にいた。そこで広島、長崎の「新型爆弾」の報せを聴いたという。広島に続き、わずか3日後に投下されたその爆弾の実態を、今を生きる私たちはどれほど正確に知っているだろうか。長崎の犠牲を思うとき、私の思いは自然と、母方の祖父母が被爆した広島へと向かう。長崎への原爆投下の3日前に同じく原爆投下された広島の爆心地
みなさまいつも感謝してます😄商店ハッピーマークンです斎藤一人の8月7日のことば出陣の詩「兵庫隊出陣!播磨灘六甲山に守られて猛将楠木正成千早城より援軍」斎藤一人(さいとうひとり)実業家。「銀座まるかん」(日本漢方研究所)の創業者。1993年以来、毎年、全国高額納税者番付(総合)6位内にただ1人連続ランクインし、2003年には累計納税額で日本一になる。土地売却や株式公開などによる高額納税者が多いなか、納税額はすべて事業所得によるものという異色の存在として注目されている。近著は『
(『人間革命』第5巻より再編集)51〈随喜〉20伸一は、ふと思った。湊川へ向かう楠木正成は、その子・正行に諭したが、今の自分はその正行の立場にあることを、忽然と理解した。伸一は、潤んだ瞳をあげ、戸田を見つめて言った。「先生、決して、ご心配なさらないでください。私の一生は、先生に捧げて、悔いのない覚悟だけは、とうにできております。この覚悟は、また、将来にわたって、永遠に変わることはありません」
押印時期未確認
士はその職について油断していたら成り立たない。特に一生涯心がけるべきものである。諺に「人は思うより情けと真」とあるではないか。昔から一杯の酒のせいで首をかけるのも、この酒の味に誘われたからではない。その情けを捨てがたいことにある。英雄豪傑の士でも一時の情けによって、永くその人に身を寄せ、一命をたちまちその情けに代わってしまう例は多いと聞く。恩禄で普段から生活できるが、主人は骨肉を分け合って一生従う。父母と知りながらこの一大事を忘れて、一時の情けに我が物顔に無益なことに身を捨てるのも人
埼玉県行田市の忍書房様にて『北畠顕家の旗ー蘭陵王太平記ー』が絶好調発売中です。また、行って参りました。忍書房様です。忍が舞台でもある『猫絵の姫君ー戊辰太平記ー』を入荷いただきまして、御礼に参上したところ、「新作の予定がわかったら教えてください」とのありがたいお言葉をいただきました。「今回は早めにお伺いせねば!」と思っていたのですが、やっと行けた次第です。ご覧ください!歴史関係書籍には定評のある忍書房様です。選び抜かれた歴史書の中に、拙著もお取り扱いいただ
千早川鱒釣り場で鱒釣りを楽しんで大満足なひよっこ🐣だが、しかし、徒歩ダーとしては歩行距離が物足りない。最近のひよっこ🐣は15000歩(およそ10km)ぐらいは歩かないと歩いた気にならないんですよ💦そこで、帰りのバスの途中で降りて、観心寺に立ち寄った。河内長野にある観心寺は、飛鳥時代に役行者により開かれた雲心寺を整備して、弘法大師空海が彫刻した如意輪観音像を本尊として、高野山を開くための拠点として造営された古刹だそうです。門前には大楠公(楠木正成)像があり、楠木の菩提寺としても有名です
只今「城スキーのお城紀行」は、「日本100名城」のお城を順次紹介しています。「日本100名城」とは、財団法人「日本城郭協会」が専門家や城郭ファンによって、「優れた文化財・史跡」「著名な歴史の舞台」「時代・地域の代表」という3つの基準に基づいて選んだ100城で、2006年に発表されました。発行されている公式ガイドブックに付随するスタンプ帳を使い、各城のスタンプを集めるスタンプラリーも人気となっています。「日本100名城」を紹介していくに当たっては、そのお城の「歴史と城主(藩主)」
毎日暑い日が続いてます一度ほんの少し涼しくなったと思ったら再びの猛暑熊本の大きな地震猛暑の中の避難日に日にあきらかになる被害の大きさ言葉になりません被害に遭われた方々にお見舞い申し上げます救助される方々救助を待つ方々暑さがおさまってくれるようライフラインが早く復旧されるよう心から祈ります***********8月のお盆の準備やお施餓鬼供養やお墓参りやお寺さんに行く用事がちょこちょこあり暑い中ちょっと疲れが皆様もお身体大切に福井の旅の続き(7月初めの旅行
ボクのブログで政治を語ることはほとんどない。理由の1番目に上がるのが、澁澤龍彦先生の教えだ。「政治を語るのは田舎者だ」と戒めていて、多大な影響を受けた。政治のような生臭いものより、「美」に耽溺していたほうがはるかに人間らしい。そんなボクが「ネトウヨ」嫌いを公言しているのには理由がある。安倍時代、ウジ虫のごとく湧いてきたネトウヨたちが、反対者を「サヨク」と言って非難攻撃していたからだ。あんまり不思議なので、ネトウヨの中でも比較的高学歴らしき人物に尋ね
散歩していたらみつけたお寺。「東福寺」南北朝時代の忠義の武将、楠木正成の千早城における念持仏の毘沙門天王を御本尊とする古刹。楠木正成(くすのきまさしげ)は当寺御本尊に祈願して息子楠木正行を授かり、毘沙門天王を千早城から当寺にお移しした後も正行は住吉・天王寺の合戦やかの四条畷の合戦に趣く際、当寺御本尊毘沙門天王に戦勝の祈願を行い出陣したと伝えられる。※楠木正成坂上田村麻呂の化身といわれた兜跋毘沙門天(とばつびしゃもんてん)の天壁図がある。
しかし毎日暑いですね東北南部も梅雨明けしたのかと思わせられる、本当に暑い日が続いてます。昨日は雨でしたが、本日は雨の予報が外れ、日差しが降り注いでいますそれでもここ数日に比べると、まだ涼しい一日ですけどね。今日は自宅でまったり過ごしています。↑2023年上期の直木賞受賞作です!さて最近、時間をかけて読んでいたのがこの「極楽征夷大将軍」です。「征夷大将軍」というのですから、話の中心は当然ながら「足利尊氏」公のはずですが、どちらかというと、弟の「足利直義」公の奮闘ぶりがメインのよ
水戸黄門はこういう人ではなかった今回はこういうお題でいきます。代表的な時代劇として評判の高いのが「水戸黄門」ですね。助さん、角さん、風車の弥七らをを引き連れ、ちりめん問屋のご隠居として町人姿で諸国を漫遊する水戸黄門。黄門というのは光圀の官位であった「権中納言」の中国風の呼び名です。宮殿の門が黄色に塗られていたことに由来しています。物語の最後で、徳川家の紋所のついた印籠を見せて悪をこらしめる。ワンパターンと言われましたが、予定調和の物語と言ったほうがいいようです。さて、この光圀
観心寺へは昨年の12月初旬に行った切りで久し振りの訪問です。暑い日が続いていますが、元気に行ってきましたよ。山門から境内を覗くと長い石段が続いています。門前の右側の石碑には「勅願道場・南朝史跡観心寺」とある歴史あるお寺です。暑い日が続いて参拝者は少なく、のんびりとカメラ散歩を楽しめました。石段をゆっくりと上って・・・。観心寺は飛鳥時代に役行者により開かれて、当初は雲心寺と呼ばれていたそうですが、平安時代に弘法大師空海が当寺を訪ねられ「如意輪観音菩薩(にょいり
ほぼ始発の「のぞみ🚅」に乗り新大阪を出発名古屋から満員になった富士山は🗻残念ながら着いた先は「江戸城🏯」知ってはいたが都会のまん真ん中にこの広大なスペース。天皇陛下御一家はさぞかし資産価値高いやろうなこれ日差しを遮るモノが何もなく暑いわ「二重橋」駅で降りたはずやのに出口は「日比谷」🧐広い、とにかく広い。さすが江戸城楠木正成はん、こんな有名なんか暑さに心が折れそうになるもなんとか観光する。外人しかおらんおぉ!テレビでよく見る二重橋!石垣も見事!桜田門にも寄ってみた桜
皇室典範等の一部を改正する法律案(いわゆる皇室典範改正)は7月17日に参議院本会議で可決・成立しました。これにより旧宮家の男系男子を養子とすることが可能となりましたが、国民的議論としては今どきなぜ男系男子に固執するのかという点がありました。しかし、そもそも今上天皇は男系男子として繋がってきた方なのかという点は皇室典範改正に関わってきた有識者の方たちも議論してきたのでしょうか。いわゆる明治天皇すり替え説というのは相当信ぴょう性のある話なのです。幕末の暗殺が日常茶飯だった頃に孝明天皇と(その後
先日夫と行った京都滞在旅6日目宝筐院の続きです御本堂から再び庭園に戻って来ました回遊式庭園の奥へ行ってみましょう右側の石柱に小楠公首塚と刻んであります小楠公首塚※頂いたパンフレットの写真です左足利義詮公墓右楠木正行公首塚楠木正行マサツラ公は楠木正成マサシゲ公(鎌倉幕府打倒に活躍した後醍醐天皇(南朝)方の武将)の息子です父の志を継いで足利幕府軍と戦いましたが大阪生駒山西麓四条畷ナワテの戦いで戦死しました楠木正行マサツラ公の首は当
2026年6月21日夏至当日は高鴨神社⛩️へ『2026年夏至奈良旅⑦高鴨神社⛩️へクジュラ王の謎とアジスキタカヒコネ様と八咫烏』2026年奈良旅2日目夏至当日橿原神宮駅近くでレンタカー🚗を借りてまずは高鴨神社⛩️へ賀茂氏ファンなら必ず行きたくなる神社⛩️八咫烏につながる下鴨神社⛩…ameblo.jp高鴨神社で正式参拝される方の儀式を見ていたら、宮司様がまずは鳥居⛩️をくぐった場所にある瀬織津姫👸の祓所でお祓いをしてから本殿に入って行かれた。ここからしてく
ViewthispostonInstagram例祭も無事に終わりホッとひと息。今日は自宅でバーベキューをしながら久々のんびりとした時間を過ごしています。お供にするのは、祭典の直会で、ご関係者の方から頂戴した特別な一杯です。ラベルに描かれているのは、我がご先祖でもある智将、楠木正成公。そして、誇り高き菊水紋が美しく輝く、その名も「楠木正成エール」!見た目だけで終わらないのがこのビールの素晴らしいところ。グラスに注いだ瞬間に驚きました。すっきりとしたフルーティで優しい口当たり
暑かったぁ〰️⤵️午前中、所用でJR神戸駅近くへ出掛けあっという間に用事が済んだのでずっと気になっていた湊川神社を覗いてきました😂神戸の地元では楠公さんと呼ばれて親しまれている神社です子どもの頃から知っていたけれど親の宗教のせいで行くことを阻まれてこの歳になりようやく訪れることが出来ました🙌祀られているのは楠木正成私が知っている楠木正成は悪党❗️😱中世の神戸に居た「悪党!」と「戦・城」の話-もっとKOBEずっとKOBE鎌倉時代後半の頃から近
備忘録先月6月7日(日)に雨の中、大阪万博公園内にある国立民族学博物館にて企画展「ドルポ―西ネパール高地のチベット世界」展を見に行きました。大阪在住の稲葉香さんの登山・チベット文化記録といえる写真展示でした。以前、ご本人様に何度かお会いしたことがあり、その昔に金剛山を沢から上りながら山頂までご案内して頂いたり楠木正成所縁の村にご在住でご自宅の展示を見せて頂いたりと楽しかった記憶があります。美容師でリウマチの持病がありながらネパールの高地を中心に登山活動をされているなんだかすごい人です。
7月12日神戸湊川神社11時から、例大祭御祭神楠木正成公神戸の毘沙門天さまお天気良く☀️沢山の方が、参列され厳粛に斎行されました。宝物殿を拝観天下泰平を祈願され、毘沙門天さまのお力と共に、生涯を正義と忠義を以て、尽くされた大楠公正成さま吉田松蔭先生幕末の志士達も何度も参拝に…至誠天に通ずこの言葉をいつも心にお参りさせていただきまして、ありがとうございました🙇♀️
皇居散策で巨大なクスノキを目にして街路樹が気になり始めたオヤジ・・・・そもそも街路樹なんて全く興味が無かったけれどいろいろ調べてみるとなかなか面白い。という訳で、今回は街路樹のお話です。上の画像は明治神宮拝殿前のクスノキ。見事な枝ぶりで、新緑も美しい。クスノキの新緑は独特の色合いで“エメラルドグリーン”の若葉は遠目にも、一目でそれと認識できます。昔はクスノキから樟脳を採取して薬の原料に使用していたらしい。「クスリの木」が「クスノキ」と呼ばれる様になったのかも
安倍晋三元総理が逝かれて、はや四年目の御命日。令和4年5月、私が安倍元総理とお会いしたのが最後で、それは暗殺されるわずか二ヶ月少し前のことでした。日頃から安倍元総理は私のこれまでの記事を隅々まで読んでくださり「あれほど國體に沿って政治を語る子はいない」「あの時のあの記事が良かった」と熱いご意見を一つ一つ仰ってくださいました。また、私が楠木正成の末裔であることもご存知で先祖の話でも盛り上がりました。「正成公の精神は、今の日本にこそ必要だ」と力強くおっしゃった言葉は、今も私の胸に刻まれていま