四月二十一日、小生は大阪の千早赤阪村に赴き、南北朝時代初期に南朝側にあって奮戦して名を馳せた楠木正成の史跡を幾つか訪ねた。先ず足を運んだのは金剛山の麓の千早城跡。元弘元(1331)年に挙兵するも失敗し隠岐の島に配流された後醍醐天皇は、二年後の元弘三(1333)年に同島を脱出。それに先立って楠木正成は千早城に籠城し、鎌倉幕府の軍勢の攻囲を受けるも抵抗する。攻めあぐねた幕府軍の間には厭戦気運が蔓延し、更に、幕府側の援軍としてやってきた足利高氏の軍勢が叛旗を翻して、鎌倉幕府の崩壊へと繋がっていく・・・