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四條畷神社にある楠木正成公供養塔の謎について『四條畷神社へ初参拝』雁屋墓所に続き、四條畷神社へ初参拝広い境内、立派な社務所もあり、別格な創始の神社であることが分かりました。とにかく、毎日の掃除が大変なのが分か…ameblo.jp四條畷神社にある楠木正成公供養塔彫られてある銘文から、室町幕府・北朝方の有力守護大名であった大内義弘が、恐らくは豊中市にある安楽寺というお寺において建立した楠木正成公の供養塔ということが分かります。大内義弘Wiki
私:判官贔屓(ほうがんびいき、はんがんびいき)という言葉がある。第一義には人々が源義経に対して抱く、同情や哀惜の心情のことで、更に、一般に、悲運の人に肩入れする一般大衆の心情を指すことばとして使われている。源九郎判官義経の様な悲運の人への贔屓だから「判官贔屓」なのだろうか?江戸時代、というdoubleregimeの時代、建て前上は、朝廷が上、幕府が下実態は、幕府が上、朝廷が下という乖離があり、幕府は、朝廷に対し、「お願い」という名目の命
第3章歴史に生きる名馬伝説日本の歴史を彩る武将や英雄たちの足元には、常に馬の姿がありました。戦国の戦場、街道を駆ける使者、そして儀式や祭礼の場──。名馬の伝説は、人の物語と切り離せない形で語り継がれています。ここでは代表的なものをさらに詳しく見ていきます。源義経と「青海波(せいがいは)」源義経を象徴する名馬が「青海波」です。一の谷の合戦で、鵯越の断崖を駆け下りて平家を奇襲した伝説は、日本人なら一度は耳にしたことがあるでしょう。そのとき義経を支えたのが、まさにこの馬だったと伝えられ
少々前のことですが、盛岡城跡公園にある「南部利祥中尉銅像台座」が周辺整備のため移設されるかもしれない、というニュースを目にしました。今そのニュース(読売新聞のサイト)を取り出そうとしたところ、すでにリンク切れ。代わりに「史跡盛岡城跡本丸整備計画」に、その情報が書かれていました。どうやら、移設は本決まりでなく様々意見を聴取の上決定される模様です。さてこの台座、初めて見たときはなんとも不思議に感じました。広々と囲われた敷地に鎮座するのは”台座付き騎馬像”でなくて”騎馬像なき台座”。
昨日はFitnessで汗を流した後、表題の企画展に行って来ました。さすがNHKの横にあるだけあってこの企画展は大河ドラマに出てきた「炎立つ」「太平記」「義経」の登場人物が多く展示されていました。本題に入りますが壺井八幡宮は清和源氏の源頼信・頼義・義家ら河内源氏三代を祀られており、源氏の原点になるお土地柄で、馴染みのある名前で言うと、鎌倉幕府初代将軍の頼朝、その弟の義経、そして北条家(平家)の乗っ取られた鎌倉幕府を倒した室町幕府初代将軍の足利尊氏などの一族の発祥の地です。徳川家康
腰神神社は、近鉄長野線:汐ノ宮駅から南東へ500m、小さな山の麓に鎮座されます。鎮座地:富田林市嬉62参道の対面も両側も畑。右に手水舎。お賽銭箱はポスト型。---------------------腰神神社腰神神社は嬉石川東岸に連なる山並みの市内最高峰、金胎寺山より派生する山腹の巨石を御神体とする神社です。御祭神は箕島宿祢、八大龍王、猿田彦尊、国光大明神です。創始は大化改新(645)の頃と伝わる。和歌