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台湾の糖村SUGAR&SPICEさんはお店が近くにあるので帰国するたびに何かしらお土産を買っています。糖村SUGAR&SPICE糖村SugarSpice|來台必買伴手禮TOP1.全世界最好吃零食TOP10在糖村,您可以找到大人、小朋友和長輩都愛吃的零食糕點。糖村榮獲比利時iTQi風味絕佳獎殊榮、來台必買伴手禮TOP1、金馬獎指定糖村伴手禮。更是眾多明星、主播、知名網紅指定要買伴手禮、彌月蛋糕、機場伴手禮、生日蛋糕、美味零食首選糖村!www.sugar.co
セントレアから約3時間のフライトで台湾・桃園国際空港に到着です。遅延したのに、ほぼ定刻着でした。前回は沖止めでしたが、今回はターミナルに直結。タイガーエア台湾は第一ターミナルに着きます。飛行機から降りると、識別カードと言うカードを受取る必要があります。テーブルに置いてあります。イミグレへ向かいます。Arrivalsの方へ。検疫を通過すると免税店があります。お店の前が分岐点。先ほど受取った識別カードを持っている人は、緑の方向へ。
こんにちは。2025年8月にタイの連休を利用して、連れ(主人)と2人で1年ぶりとなる台湾旅行を楽しんだ後、バンコクへ戻ります。桃園国際空港到着後、TG(タイ国際航空)のチェックインカウンターへ来たところ長蛇の列に遭遇。ロイヤルシルククラスのカウンターは空いていたので、サクッとチェックインを済ませて出国後はTG指定の「プラザプレミアムラウンジ」へ。本音を言えばターミナル2にあるエバー航空ラウンジに行きたかったけれど、TGのチェックインカウンターがあるの
忠孝復興駅に着いた…と目の前の「遠東SOGO」から首をぐるっと回してあるものを発見。*前回の台湾滞在記はこちらからどうぞ『台湾滞在記2025.11.17②朝の食べ歩き、まだまだ続く』最終日も最終日とて、朝ごはんは1軒だけで終わるれるはずもない。どれほど欲張っても、台湾で食べたいものは増える一方。心の中にある「食べたいものスタンプカード」は…ameblo.jpそれは「POYA(寶雅)」!そうなのだ、この旅ではまだ一度もPOYAや屈臣氏、コスメドなどドラッグストア(というか生活百貨というか
帰国します。実質、一泊二日。滞在時間は、約30時間。帰りはピーチ航空。桃園国際空港に第1ターミナル、12番カウンター。23:25からチェックインが出来ます。23:50ぐらいに並びましたが、10分程度でチェックインができました。カウンターの方は英語対応でしたがパスポートを渡し、機内持ち込み荷物を重さを測る台に載せた後はほとんど会話も無く、搭乗券を発券してくれました。3階の出発フロアへこの後は、荷物検査と出国審査です。イミグレは自動化ゲート。
桃園国際空港の無料ラウンジにシャワー台湾は日本よりも暑いです。汗も多く流れるので、シャワーはかなりありがたいです。帰国の日に午後の便の場合は、ホテルをチェックアウトしてかなり時間が経ったあとという時もあります。そういうケースでは、飛行機に乗る前に汗の始末をしたくなるでしょう。桃園国際空港には無料のラウンジがあるので、そこでシャワーを浴びると結構スッキリしますし、このラウンジではスマホの充電もできます。しかし、タオルの用意があるわけではないようなので、タオルを着
2025年夏休み旅行の続きです。台湾の台北で1泊し、翌日は桃園国際空港から搭乗でした。行き先は、最近流行りなベトナムのダナン(DAD)でした。台北駅からMRT空港線快速に乗って桃園国際空港ターミナル2に向かいました。MRT空港線の台北駅に着くまでに少し迷って遠回りしていました。。。台北駅は難しいです。10分程度前にホームに到着しましたが、既に多くの人が並んでいました。ドアが開くとともに席の取り合いとなり、我が家はバラバラですがどうにか座れました。快速とは
台湾旅行の玄関口、桃園国際空港がある桃園市でグルメを楽しんでみませんか?台北やその他の観光地への通過点として見落としがちな桃園市ですが、グルメや観光を楽しめる穴場なんです。帰国日や到着日、最初の観光地として桃園エリアでおいしいグルメを楽しむのはいかがでしょうか?この記事は台湾のお出かけ情報サイト「好好玩」の日本語版姉妹サイト、「Taipeinavi.jp」より引用しています。桃園国際空港がある桃園市には、空港利用だけではもったいないおいしいグルメがたくさんあります。この記事では、台湾人
午前2時。鳴り響く体温計のアラームで叩き起こされる。前日は21時にはベッドに入ったので睡眠時間は普段と変わらないが、やはり早番勤務の時同様真夜中に起きるのはしんどい。しかし、そんな弱音は吐いていられない。今日から台北に行けるのだから。家事と身支度、パッキングの仕上げを済ませ、リムジンバスに乗るため午前4時過ぎに自宅を出発した。始発のリムジンバスが最寄駅にやってくるのは午前5時。なぜ1時間も早く出発せねばならなかったのかと言うと、交通手段が「徒歩」しかないという状況だったからだ。も