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東日本編では松尾芭蕉の俳句8か所を達成して全物件収益2倍ゲットは大きい!早期に達成して1年でも早く2倍の効果をゲットすべき!物件駅ではない3箇所は難しいので下記参照!一方で、八大市場は似たようなイベントだが、「その年度の目的地到達の賞金×10倍」のお金がもらえるだけなので、あまりおいしくない・・・<松尾芭蕉の俳句の場所>・酒田(物件駅)・羽黒山(鶴岡の1つ右の赤マス)・山寺(作並の2つ左のカード駅)・尿前(鳴子の1つ左の赤マス)・平泉(物件駅)・仙台(物件駅)・
牛死せり片眼は蒲公英に触れて鈴木牛後(すずき・ぎゅうご)句集『にれかめる』より。季語は「蒲公英」(たんぽぽ)で「春」。詳細は存じ上げないが、作者は北海道在住で、長年牧畜関係(農水省職員?)に従事し、その日常を詠い、第64回角川俳句賞を受賞。掲句は、受賞作(「牛の朱夏」)の中の代表句で当時(2018年)、俳壇で大いに話題を呼んだ一句。牛の骸が草に横たわり、その片目が蒲公英に触れている、というのだ。写実の迫力というのだろうか…。感情を一切述べず、事実をそのまま表現
(神奈川県横須賀市)今日はあたたかかく、日差しも強いが、風が強い。三連休ということもあって湾岸はものすごく混んでいた。今日は確定申告の最終作業。一応、これで完了した。明日、書類を投函する。さて、今日も「芭蕉翁略伝」の続きを…。【原文】同愚案、蕉翁全傳には蕉翁の俗名藤七郎とあり。藤堂家には半七郎と呼りとぞ。兄を半左衛門といへるは、さるを浪華の遊行寺に野坡が建し碑には甚質と書り。京都の双林寺に、支考が建し碑に、百地黨と書しは松尾氏の先祖に百司といひし別姓あり、
立派な大垣駅。到着してすぐに水まんじゅうを食べたのですが、そのお話はまた後で!西美濃観光案内所の横にあるロッカーが楽しい。街歩きの前に荷物を預けたい人はこちらで。駅を出てすぐに湧水。これが冷たくて気持ちいい〜〜〜。「涼しさを我宿にしてねまる也」芭蕉の句碑がそこかしこにあるんですよねぇ。これは山形県尾花沢市で読んだ句ですって。八幡神社付近で出会った猫。突然夫君がいつもの言葉を発する。「どこかに猫はいませんか〜。あ、いた!」うそ
←クリックしてご覧ください→過去の平成16年から令和元年の一言旧東海道御油の松並木本日は家内と一緒に愛知県豊川市の名鉄国府駅から、旧東海道の御油宿松並木から赤坂宿まで歩き、私は初体験となるインドカリーのお店でナンとカレーセットを食べてから、名鉄電車を乗り継いで帰宅した後に、本日開催されたハーフマラソンに入賞した三男のお祝いとして孫や家族と夕食に出かけました。名鉄勝幡駅午前9時51分国府駅11時08分国府観音本堂33観音松尾芭蕉の句碑観光名所でもない国府観音です
三嶋大社から三島駅に向かいます。最初は駅に向かって歩くだけのイメージでしたが道の脇に水路が流れていて風情があります。三島駅、三島広小路駅、三嶋大社を結ぶトライアングルエリアはせせらぎと街並みが共存する三島の中心街です。旧東海道である大通り商店街や伊豆国一宮の三嶋大社など歴史と水の街を堪能できます。若山牧水、松尾芭蕉、十返舎一九、正岡子規。有名な詩人の歌碑が次から次へと出てきます。三島の観光に関して当初はあまり期待して
忍者の里、伊賀上野城へ登城俳人の松尾芭蕉は伊賀上野の侍だったことを想い出しました。さあ天守へ伊賀上野城は、上野盆地のほぼ中央にある上野台地の北部にある184mほどの丘に建てられた平山城。現在、天守台にある3層3階の天守は昭和初期築の模擬天守。正式には伊賀文化産業城。伊賀忍者で有名ですネ戦国末期に豊臣氏が滅んで戦略的価値が薄れ未完成のまま江戸期を過ごしたそうです。平和なことは何より(^▽^)/それにしても石垣が徳川体制の盤石なことを表してますね・・・女装子蘭のお
秋深き隣は何をする人ぞ松尾芭蕉今さらながら、最近、この句が気になっている。松尾芭蕉のあまりに有名な句で、それ以上、深く考えることはなかったが、この句には、人なつかしさ(人をなつかしむ思い)だったり、他人の寂しさの共有(他人の寂しさを自分のふところに入れる)という思いがあると、岡潔(数学者)と山本健吉(文芸評論家)との対談で読んで知り、あらためて感動した。他人の寂しさを共有する。これはなかなか出来ることではない。「自我意識」というのは
(東京都杉並区大宮八幡)広き野に靈(たま)の清水のあるところ阿波野青畝今日は杉並区新高円寺の「おくのほそ道」講座。加賀(石川県)の「山中温泉」「別離」「全昌寺」の話をした。(源義家鞍掛の松)(大宮八幡)講義が終わると散歩がてら「大宮八幡」まで歩いて行く。門前には「源義家鞍掛の松」があった。義家は「八幡太郎」とも言われた源氏の頭領。源氏には頼朝、義経、実朝など、さまざまな英雄がいるが、すべての源氏が尊敬するのが、この義家だ。父・源頼義と
忌野清志郎スーパースター烈伝2000年代の清志郎を語る上で避けて通れない?(笑)自転車に関わるエピソードを、いくつか紹介させていただきます。山形の強靭なお父様と面会NHKの番組で、ツール・ド・奥の細道~忌野清志郎1000キロの旅〜(初回放送:2002年)がありました。清志郎が51歳の秋、松尾芭蕉の足跡をたどる東京・深川から秋田・象潟まで、10日間・1000キロの自転車旅の記録です。ナレーションは竹中直人さんが勤めています。この旅のメインイベントは、❶で紹介しました、清志
今年の夏休みに行った沖縄旅行記その2ホテルでリフレッシュ後は国際通りへ牧志公設市場内の名物大人気の「歩」のサーターアンダギー!早めに行かないと売り切れてしまうこともあると聞いて少しドキドキしながら向かいましたが、14:00に行って無事ゲットできましたお店の方もとっても親切で嬉しかったのでたくさん買っちゃいました噂通りめちゃくちゃ美味しい😋その後は「末廣」の前を通りつつニューローカルコンビニエンスストア「松尾芭蕉」さんへここはこだわりのセレクト商品が魅力のショップで見て
平泉('05.3.12)さて、いよいよ中尊寺の参道まで来たわけだが、まずは駐車場の脇にある「夢館(ゆめやかた)」に行ってみた。奥州藤原氏の歴史を、107体のロウ人形で表現した施設だ。(入館料\1,050)源義経終焉の地か?北行伝説始まりの地か?(平泉)奥州藤原氏の歴史を蝋人形でわかりやすく解説(平泉)入館料がちょっと高いかな、とも思ったが、実際に展示を見てみたら、入館料分の価値はあると感じた。一つ一つの人形がリアルに作られているのはもちろん、藤原氏の歴史の各場面
(神奈川県横須賀市)【原文】芭蕉翁繪詞傳に云、宗清領所なれば伊賀國阿拜郡柘植庄に忍住す。其子土師三郎家清、夫より五代を經て、清正と云人に子數多ありて家をわかつ。山川、勝島、西川、松尾、北河と名乘、代々柘植庄に住り。其末に松尾與左衞門と申せし人、初て國の府なる上野の赤坂に住り。是芭蕉翁の父也。母は伊豫の國人也。姓氏さだかならず、其子二男四女あり。嫡子儀左衞門命清後に半左衞門と云。次男半七郎宗房、童名金作、是翁也。後に名を更て忠左衞門と云。【意訳】『芭蕉翁絵詞伝
忘れ得ぬこと透きとほる薄氷川俣このみ「秋麗」2026年1月号、第15回秋麗賞受賞作品より。季語は「薄氷」(うすごおり)で「春」。ひそやかな詩情…というのだろうか。「薄氷」を見つめつつ、過去の思い出をうっすらと思い出しているのだ。美しいこと、苦しかったこと、それらが薄氷の光の中に透けてゆくのだ。おくのほそ道講座(1回のみ)参加者募集しています!横浜市民、神奈川県民以外の方も参加できます!〈日時〉2月11日(水・祝)13:00~14:30〈場
↑大垣駅舎から伊吹山眺望会社OB会の「歴史探訪サークル」の例会で、水都・大垣の歴史探訪をしてきた。絶好の行楽日和に恵まれ、メンバー12名が定刻に大垣駅に集まり、まずは駅前の寿司屋で幹事の行程説明のあと腹ごしらえをして出発。最初の訪問地は水門川(大垣城外堀)沿いの四季の道を散策しながら八幡社に参拝し、境内の脇にある湧水で喉を潤した。次に訪れた円通寺は、大垣藩主戸田家の菩提寺で、境内には歴代藩主のお墓がある。一際立派な山門が目を引いた。四季の
『お昼はボリューム満点ソースカツ丼/福井・敦賀旅2日目その4』『たくさん歩いた敦賀駅探訪/福井・敦賀旅2日目その3』『つるぎで敦賀へ!延伸区間に初乗車/福井・敦賀旅2日目その2』『「日本一小さな新幹…ameblo.jp前回のつづきお昼ご飯は敦賀ヨーロッパ軒へ。ソース染み染み、ボリューム満点のソースカツ丼をいただいてきました。お腹いっぱいになったところで、街歩きスタートです。次に向かうのは氣比神宮。敦賀ヨーロッパ軒本店からは徒歩7分ほどです。到着。
(神奈川県横須賀市長沢)旅の皺御覧候へばせを仏(たびのしわごらんそうらえばしょうぶつ)小林一茶なんか、今月は忙しい…。旅行を二つ(銀山温泉、八丈島)も入れてしまったので、これから更に忙しくなるだろう。ま、前向きに頑張ろう。今日は一度、コンビニへ行きがてら海辺を散歩した。小雨が降っていたので、あまり人はいなかったが、釣り人が何人かいた。どうでもいいのだが、釣り人の後姿を時々「美しい」と思うことがある。座っているのはよくない。老人やおじさんはすぐ座っ
こんにちは。鉄子さんぽ大好き♡お江戸大好き♡なコノハナきょうこです🍀先日創建400周年の記念行事が行われた上野寛永寺。去年から楽しみだった、根本中堂の天井画の特別公開にご招待いただき行ってまいりました♡堂内は写真撮影禁止でしたが、秘仏の公開もあり、大変感動しました。(こちらはまた記事に書きますね)寛永寺のある上野公園内。精養軒と韻松亭の間に、江戸時代から時を告げ続けている、時の鐘こと「時鐘堂」があります。菊の御紋のおかげで戦時中の徴収を免れ、江戸時代と変わらぬ音色を響かせてくれて
岐阜県岐阜市湊町岐阜のつづき・・・お宿に着いて温泉に入って、いよいよ・・・「それにしても腹が減った!」「時間だしフロントへ行こう!」フロントで係りの方が本日の夕食の場所へ案内して下さいました。離れとあったので・・・やはり外は雨・・・やっぱ外へ出るんだ・・・傘を貸して頂いて浴衣に羽織、草履のまま雨の中を川原通りを少し・・・「時季の蔵」と書かれてます・・・大きな蔵です。土蔵レストラン「時季の蔵」・・・と、中に入ると最初にお会いした可愛い担当の
失恋の曲は数えきれないほどあるけれど、Roysの「丸の内ミゼラブル」は、別れた“その後”の空気をここまで生々しく描いた曲だと思います。相手を美化しきれない。自分も綺麗でいられない。それでも、部屋に残る癖や匂いや未読通知を、簡単には捨てられない。舞台は七〇五号室、丸の内線、そして生憎東京。華やかなはずの街で、「どうでもいいんだけど」と言い聞かせながら感情だけが置き去りになっていく。この記事では、「丸の内ミゼラブル」の歌詞を一行ずつ追いながら、この曲が描く“最低で最愛な夢の跡
おはようございます今日は弾丸日帰り徳島&岡山ですまぁ目的は例のアレなんですけどね…。岡山で桃が買えたら嬉しいなー。旅程7/25(1日目)・野洲市上下水道事業所(野洲市A)・八日市駅前観光交流施設(東近江市B)・ミモザキッチンラブベジでおランチ・八日市→大垣から養老鉄道で北池野駅・池田町役場(池田町A・B)・大垣市奥の細道むすびの地記念館(大垣市A)(今ここ)・大垣城、水まんじゅうでオヤツ・大垣泊7/26(2日目)・瑞穂市民センター(瑞穂市A)・みの
水戸光圀は、若い頃は滅茶苦茶グレていて、辻斬なんかも平気でやってた、といいます。歳とってから、回想録で「昔はヒドイことをしたもんだ」みたいなこと言ってるそうですが。この台詞、真剣に反省しているようには感じられません。むしろ「俺も若い頃はワルかったんだぜ~」という、元ヤンのおっさんの自慢、いわゆる「武勇伝」にしか聞こえない。「可愛そうなことをしたもんだ」なんて、本気で後悔してる人間の台詞じゃないですよ。人間の本性なんて、変わるもんじゃありません。三つ子の魂百までって言いますけど、光圀って、ジ
さくら市と大田原市のマンホールカードをいただきました。『さくら市と大田原市のマンホールカード[栃木県]』栃木での3日目は、宇都宮駅から宇都宮線を北上することに。この日は大阪に戻る日だったので、夕方までお出掛けを楽しみました宇都宮駅からまず向かったのは、栃木県さ…ameblo.jp戻りのバス前1時間半ほど時間はあったので、大田原市観光交流センターの周りを散策することに。お城跡や芭蕉ゆかりの名所などがあるようで、時間は潰せそうでした。侍門黒羽藩主大関家の重心大沼家の侍門だったと伝わ
須賀川市の隠れた名店、近江屋さんへ久し振りに行って来ました〜実は、当ブログ初登場です♪裏通りにひっそりと佇む和菓子屋"近江屋"さんは、駐車場も狭くて店も狭いのですが、整然とした清潔な店内です。クリーム大福、みたらし、餡子、ずんだ🍡美味しいですよ😋↑写真お借りしておりますm(__)m当店名物15円の小さい饅頭も安くて美味しくてお勧めです😋駄菓子菓子(だがしかし)‼️私、近江屋さんイチオシはヤッパほのかに黄色い「あわまんじゅう(尊明寺)」無着色です♪先ず、甘さ控え
(神奈川県横須賀市)今日は実にあたたか。晩春のような陽気。休日とこの陽気で湾岸の道路は大渋滞…、おまけにとんでもない数の暴走族がやって来て爆音を鳴らして去って行く。今日は里山の麓を散歩して来たが、梅、菜の花は満開、河津桜は三分咲き、冬の寒さに耐えていた水仙がごほうびをもらったかのようにあたたかな日差しを浴びていた。話は変わるが、アメリカの南北戦争を描いた「リンカーン」をアマゾンプライムで見た。幕末、アメリカからペリー艦隊がやって来て、日本は大騒ぎとなったが、その後、官
俳句作メモ4与謝蕪村と小林一茶江戸時代の三大俳人と言えば、松尾芭蕉、与謝蕪村、小林一茶が挙げられる。芭蕉については「備忘メモ8:松尾芭蕉と蕉風」で取り上げているので、以下では蕪村と一茶についてその経歴と作風、代表的な俳句(俳諧発句)などを整理しておきたい。(1)与謝蕪村[生い立ちと経歴]◎1716年、摂津国毛馬村(現在の大阪市都島区)に生まれる。(芭蕉の72年後)◎10代に両親を亡くし、20歳頃に江戸へ出て、芭蕉の孫弟子である早野巴人に入門。◎28歳の時に俳号「