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御茶屋/本陣江戸時代、街道の宿場で大名等が宿舎・休憩のため設置された施設。「御茶屋」の他「本陣」と呼ばれた。御茶屋跡(太養院跡)福岡県飯塚市本町20-17現在は飯塚片島交流センターがある。この地が「本陣」だった為、地名が「本町」となった。階段を降りようとすると見えるこの石垣は当時のものだという。飯塚山太養院(いいづかさんたいよういん)福岡県飯塚市本町19-15曹洞宗の寺院。700年代に行基の開山と伝えられる飯塚村最古のお寺。器運山香積寺(きうんざんこうじゃくじ)と号して
つれあいの病院の送り迎えで衣笠へ。色んな都合があって、久しぶりの送迎だった。つれあいが病院で検査を受けている間、衣笠の街をぶらぶら(病院は衣笠にあるのだ)。この街は高校生当時、住んでいた家からも通っていた高校からも近くて、しょっちゅううろついていた街。ご多分に漏れず、当時と比べるとシャッターも目立つようになった。それでも数年前の大河ドラマで、三浦半島を所領としていた三浦一族が取り上げられていたこともあって、その名残が商店街のアーケードに残っている。そろそろその過去の
2025年1月9日のこです。前日に佐賀県武雄市、武雄温泉の東洋館さんに宿泊しました。朝、チェックアウトして、テクテク歩いて、武雄温泉の楼門の前の坂道を歩いて、淀姫神社を目指しました。こちらのブログの続きです『佐賀県武雄市淀姫神社へのプロローグ武雄温泉♨』2025年1月8日のことです。この日のランチは、、、中国自動車道の、下り線王子サービスエリアの貝汁定食貝汁が、丼の大きさの椀になみなみと入ってるんです。も…ameblo.jp
牛久の次に寄ったのが取手駅。かつて、取手宿があった地です。そんな旧宿場町に残る旧本陣に伺いました。<旅の行程>牛久→取手→大宝駅から徒歩10分程、街道沿いにひっそりと門への道がありました。◆旧取手宿本陣染野家住宅◆(取手市指定有形文化財・取手市指定史跡)表門*公開無料(金〜日のみ)取手宿は千住と水戸を繋いだ水戸街道の宿場町。利根川水運で栄え、往時は200軒程の家屋が集まっていたそうです。この表門は文化2年(1805)の建立。草木の
本陣26~28ページ【小説「新・人間革命」】第17巻2025年3月28日山本伸一の胸には、青年への熱い期待がたぎっていた。「今また、『広布第二章』の本格的な開幕にあたって、今年を『青年の年』と名づけた。これは広宣流布の方程式です。今こそ青年が広布の前面に躍り出て、戦いに戦い、燦然たる、新しき創価の時代を築かなくてはならない。それができてこそ、創価の後継者です。本陣26~28ページ【小説「新・人間革命」】第17巻【池田先生】www.seikyoonline.com