ブログ記事2,497件
ここ、“名前だけ知ってる歴史”が一気に現実になる。草津宿本陣国指定史跡しかも現存する本陣の中でも最大級の規模かつて大名や幕府要人が宿泊した“リアルな拠点”そして残る大福帳には浅野内匠頭和宮親子内親王土方歳三歴史の主役たちの名前がそのまま記録されている教科書の中の話じゃない“ここに来て、泊まっていた”という事実建物の規模空間の空気全部がその時代のまま残っている歴史好きなら確実に刺さる“体感型の史跡”です
次は、金蔵寺と松尾大社に行きました。金蔵寺です。金蔵寺の門です。門からのお役目で大丈夫だそうなので、ここから実施しました。松尾大社です。本殿です。ここの神社は、近くに行くと凄い引っ張られる感じで呼ばれる場所です。歓迎のされ方が今までご縁が有った神社仏閣の中でも1・2を争う位凄いです。それぞれの場所で僕に関連するお役目と御礼参りしました。次の目的地に行きました。
大河ドラマ「豊臣兄弟!」第15回、「姉川大合戦」の感想です。(続きです。)姉川の戦いが始まった。地の利を活かして、浅井・朝倉軍の優勢が優勢のようである。小一郎:「正勝~!突っ込め~!」それに応えて、戦う正勝。木下勢も必死に戦う。<信長本陣>信長:「持ちこたえよ~!」川を越えた浅井、朝倉軍に織田、徳川方の陣は次々と崩されていきました。==================<木
本陣て色んなところで聞くなぁと思っておりましたが。要するに、公家や大名など偉い方がお泊まりになった宿ということだそうで。諏訪を旅しながら現存する立派な岩波家本陣を見学してまいりました。HPがまたまたかっこいいんですわ。ぜひご覧あれ。下諏訪宿本陣岩波家下諏訪宿本陣岩波家は、中山道と甲州街道が交わる交通の要所、下諏訪宿の宿場の最高責任者として活躍しました。現存する築220年の主屋をはじめ、中山道随一と評される築庭式石庭園は2023年に県宝として認定されました。iwana
次は、明智光秀本陣が有る恵解山古墳に行きました。実際行ってみると景色に溶け込んでいるように見えて違和感が無かったです。古墳と戦場が同じ場所に存在しているのは、僕にとっては何か不思議に感じました。僕に関連するお役目をしました。ここでのお役目を終えたので次の目的地に行きました。
ここ、“食べるだけ”で終わらない。本陣樋口山本陣跡に建つ、日本料理店かつて大名や幕府役人が泊まった場所館内には当時の関札も展示されそのまま“歴史の中で食べる”感覚そして料理醒井の名水が育てたニジマス・お造り・焼き物・炊き込みご飯どれも水の良さがそのまま出る味昼御膳は3種類観光地の食事じゃない“土地の歴史と水を味わう一席”ここ、かなり満足度高いです
2026年4月20日(月)、栃木県大田原市、菊の里酒造さんの地酒「大那純米吟醸那須五百万石一貫造り」を呑む。栃木県のお酒には、ちょっとくどいけれど、餃子を合わせよう。大那。この純吟は、香りよく果実味ゆたか。やや辛口だと思うが、スッキリしていてキレも良い。バランスよく、スイスイ呑めそうだ。その前に、前夜の、ちょっとクセ強の、強い味わいの佐世保の地酒「∴本陣」を飲んでしまおう。もろきゅう、冷やしトマトで合わせる。で、大那に戻る。が、愛媛県八幡浜のじゃこ天なので、結局、土佐大正の栗焼
この日は、大阪と京都の方にお役目で行きました。最初は、素戔嗚神社です。本殿です。ここの神社ともご縁が深いのか、来る機会が多いように思います。(僕にとっては、感じの良い神社です。)御礼参りと僕に関連するお役目をしました。ここでのお役目を終えたので次の目的地に行きました。
2026年4月19日(日)、長崎県佐世保市の、潜龍酒造さんの地酒「∴本陣山田錦篩い下米」を呑む。篩にかけられて落ちたクラスの米や割れ米を使っているのかな。貴重な酒造好適米である山田錦を使い切るエコな酒だ。まずは、鶏と大根の煮物を肴に食べ始めよう。そして、姫竹と、菜の花の天ぷら。お酒が長崎県なので、天ぷらは、つゆでなく、「あご入り五島列島の料理塩」をかけていただこう。で、∴本陣。山田錦の香り、といったものを想像していると、全くの別物。地方の酒にありがちな、ちょっとしたヒネ香。そして、
4月17日「秘湯ロマン」で紹介された静岡の秘湯!頼朝の湯本陣頼朝の湯本陣楽天トラベル
伊豆長岡温泉秘湯ロマンで紹介した静岡の宿。☆本陣源頼朝公がこの地に事逗留し、ここを宿舎として温泉に入浴したと伝えられている。客室は和室。和室10畳+広縁の部屋や5名以上泊まれる和室14畳+6畳の部屋もある。頼朝の腰掛岩が残る露天風呂と伊豆石を切り抜いた洞窟風呂がある。お湯は弱アルカリ性で美肌効果があり飲泉の湯もできる。食事は駿河湾の海の幸と季節の地元食材を使った料理がいただける。頼朝の湯本陣楽天トラベル
酒都西条本陣跡東広島市の西条は…灘/兵庫や伏見/京都と並び日本三大酒どころです。赤レンガの煙突が立ち並ぶ情緒豊かな街並みの散策が楽しい江戸時代には西国街道の宿場町「四日市」として栄えました。その中心にあったのが御茶屋と呼ばれた本陣です西国街道を歩いた思い出9年前の春に歩いて西条に行った時の日記です▼2017-03-09『「西国街道を行く飢坂(かつえざか)」迷子になって…』【西国街道(旧山陽道)を…】(目標は大きく)京・大阪へ向かって歩いています。区切
参勤交代の際に大名が宿泊した陣屋で、低い石垣が残っているが、本陣の遺構なのかは不明。(赤穂市有年牟礼)天領本陣ともあるので、天領支配の代官所もあったのかもしれない。
大井宿木曽路の入り口大井宿、今の中津川市大井、ここは木曽路の玄関口京都から来れば最初。この宿場を過ぎれば険しい山道が続く木曽路、その街道の真ん中に本陣がある。今も外は昔ながらの豪壮な構え、門構えは豪華でいかにも本陣らしい構えの門。門の前には明治天皇休憩場所と刻まれた大きな石柱が堂々と立っている。しかし母屋は改装されており、昔の面影は少ないが周囲は雰囲
おはようございますAM4時45分起床、5時40分本陣入り事務所内の清掃をたった今さっき終えたところですこれより都内某所にある高地専門トレーニングジムで主に「体」を鍛えてきます戻り次第ミッション開始労働委員会等4連続の予定を矢継ぎ早に、超粋な気持ちで熟して参ります明日は朝一からパワーランニング、日の出の頃の時間帯に出陣予定ですアマゾンジャングル230キロマラソン本レースに向けて、最高の心技体で挑める最高の準備を自分に施しますでは
4/5(日)の東海道歩き二川宿まで歩いてきて宿内の二川宿本陣資料館を見学中です『東海道を歩く(東向き編)吉田宿〜二川宿その2』4/5(日)の東海道歩きスタートから6km過ぎまで歩いた所の飯村の松並木からの続きです『東海道を歩く(東向き編)吉田宿〜二川宿その1』年度末は何かと忙…ameblo.jp資料館の見学の次は本陣へ綺麗に復原されています部屋がたくさん上段の間復原工事の様子のパネルもありました↑改修前↓現在個人的にはこれらのパネルが一番興味深かったです表門から
先週金曜日、桜を求めてメチャクチャ歩きまして、今、疲れのピークです。外出の気力なし。で、町名碑の話でも。新静岡セノバと松坂屋静岡店を結ぶけやき通りは人通りの多い賑やかな場所ですが、そのはずれにひっそりと立っているのがこれ。静岡市のいろいろな場所にある、「駿府の頃にはこの場所はこういう名前の町だったのだよ。」ということを示す町名碑のひとつです。横の説明文を見てみる。画像でも読めるかな?、とは思いますが、一応下に文を載せておきます。
本陣香川県善通寺市善通寺町3-2ラーメン一本勝負の一杯に満足しました。2024.2うどん県香川の善通寺市にある本陣で昼食をいただきました。主たる営業は夜の居酒屋のようで、昼はラーメンのみを提供する二毛作のお店です。メニューはラーメン、ラーメン大、おむすびと、正にラーメン一本勝負のお店でした。ラーメン一本勝負の一杯に満足しました。ラーメンとおむすびをいただきました。おむすびはカウンターに置かれていたので、申告してセルフでとりました。配膳されたラーメン
さきたま古墳公園の桜です。(埼玉県行田市)埼玉(さきたま)は、埼玉県の地名発祥の地です。石田三成が忍城を水攻めした時に本陣を構えた丸墓山古墳です。公園内には約200本の桜が植えられています。最後までご覧いただきましてありがとうございました。
■関ヶ原激戦地へいよいよ、関ヶ原の激戦地へ。ここからは、あの戦いの中心を実際に歩いていきます。■笹尾山へ次向かったのは、笹尾山。ここは石田三成の本陣が置かれた場所です。小高い丘の上から見渡す関ヶ原。この場所から、三成は戦況を見ていたのかと思うと――一気に現実味が増してくるしここからすべてが動いていたと思うと、静かな場所でありながら、どこか張り詰めた空気を感じます。■島左近本陣跡麓には三成の重臣・島左近の本陣跡。三成を支えた名将。この地で戦い、そし
新東名から三遠南信自動車道に入って、いつもの様に北上してたら、鳳来峡より先まで行けそうな雰囲気。ドコまで行けるのかと思って終点まで行ったら、佐久間川合だと。どこ、ココ?今日は、どっちかと言うと、長野じゃなくて岐阜に行きたいんだけど・・・。グルっと回って行き先を修正してたら、川沿いの桜がイイ感じ。ウチを出る前に岐阜の花粉状況を調べたら、スギ花粉全盛期らしい・・・。到着したら、中津川方面が真っ白に霞んでる・・・。とは言え、ココまで花粉症の症状出てないし、大丈夫っしょ!と言うことで、マ
今日の散歩おじさん地域は雲が多かったものの日差しもあって、気温は「4月中旬並」の18.5℃まで上がりましたから、桜の開花が進んだことでしょう(^^)さて今日の記事は3月中旬に歩きました「旧水戸街道」です!今回はマクドナルドを目印に、この交差点から道中再開です(^.^)しばらくは現在の国道6号線を進みましたが、道中を再開して間もなくの所にあった小さなお社(?)の中には「石の祠」がありました!見える範囲に文字などは確認できなかったので何が祀られているのかは分かりませんでしたが、こういう物があ
この日も順調に午前の仕事が終わりランチの時間となりました。何を食べようかオフィスを出ながら考えます。しばらく行っていなかったのでこのお店に向かいましたよ~(^。^)そば処本陣本店住所:札幌市東区北9条東8丁目1−5安くて美味しいランチが食べられる本陣です(^_^)/前回来たのが1月中旬(こちら)なので約2ヶ月半ぶりの入店になります。お店に入ると元気なお姉さんが『あら!いらっしゃいませ~久しぶりだね!』と出迎えてくれました。おすすめ定食メニューです。値段も変わりありませ
名称:新政府軍本陣城郭:陣城陣場:池上本門寺設置年:1868年設置者:東征大総督府所在地:大田区池上1-1-1「池上本門寺」新政府軍本陣跡「松濤園」無血開城会談場所「理境院」西郷隆盛宿舎
今回は、数日前に挙げた、『上伝馬本陣・脇本陣跡+α』昨日、下伝馬本陣・脇本陣跡の碑をご紹介しました。『下伝馬本陣・脇本陣跡』伝馬町通を歩いておりますと、こんなものがありました。ありました、といっても…ameblo.jpの「+α」、駿府貫目改所跡の碑について。上伝馬本陣・脇本陣跡の碑の横、同じ形の碑には「駿府貫目改所跡」とあります。貫目って、何?そもそもなんて発音する?「かんめ」??「かんもく」???皆目わからん。上のプレ
ホルムズ湾が閉鎖され、石油が届かずガソリンの値段が大変なことになっています海上封鎖って想像以上に恐ろしいものだと実感地ましたねえアメリカからホルムズ湾開通の為に護衛の協力が来たとのことです封鎖しているところを通ろうとするわけなので危険が伴うのは当然であり、戦闘に発展する可能性はあるでしょうここでどうするかが考えどころなのですよねえ戦闘をしてはいけないからとホルムズ湾の護衛をしないという事は石油が届かないという事ですからガソリンが値上がりしようがそのまま干からびようが文句を言わない覚悟
鳥まる店主けんいちのブログ第5話|戦略を変えたことで、すべてが整い始めた売上を追いかける中で少しずつズレていった自分のやり方。「このままでいいのか?」その違和感にようやく向き合うことにしました。そして出した答えはシンプルでした。戦略を変える。すべてを一つでやろうとするのではなく目的ごとに分けて考えることにしたんです。まず、イベントはイベント用のメニューでやる。多くの人が集まる場所では、回転やインパクトも大事になる。そこに半身焼きを無理に合わせるのではな
背骨をコロコロ気持ちいいマッサージでカイロプラクティック整体カイロプラクティックオステオパシーを安全にホマレテラピー・マッサージ院長小川です。ご相談ご予約はお電話かSMSで09027795441へホマレテラピーは独自手技です。マッサージのような気持ちの良いテクニックで背骨のズレを修正し、自律神経を調整します。ホマレテラピーは中村区の秀吉生誕の地豊国神社にほど近い本陣で誕生しました。この唯一無二のテクニックを是非体感頂き未病の頃に施術を受け病を防いでください。もちろん日
先日大阪に遊びに行ってまいりました田舎なエジプトちほーから一転大都会大阪です見るもの全てが目新しくて新鮮でしたわー梅田ダンジョンを踏破した先に到達したたこ焼き屋さん面白個人雑貨店の街泡立つスープのラーメン面白くて美味しくて楽しかったですねいそして驚いたのは花粉の少なさ!エジプトちほーを出るときは鼻ズビズビだったのですが、大阪の街を散策している間は自分が花粉症であることを忘れましたからね流石は大阪!しかし、これ日帰りで行ったのは厳しかったお陰で帰って一日たってもヘロヘロのまま
今回も平坦なコースです。「熊野詣」は江戸期には廃れたようで、しかも新たに「紀州街道」が整備され、こちらが利用された事により、かっての熊野街道の道筋や王子社の場所等は、ハッキリしない所が多いです。新年(2026.1.10)早々「久米田駅」に戻り、前回終了地点から出発です。「府道30号線」をどんどん南下し「作才町交差点」から、旧道へと入って行きます。旧道を歩いて行くと、以前「溜池」だった所が、その土手(堤防)を含め消滅し、新築住宅街となっていました。正に「十年ひと昔」です。参考