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吉田ジョージChangeTalk,ChangeLife"生き方を変えない限り喋りは変わらない"喋りは「生き方」が9割「話がちゃんと”伝わる人”と話をちゃんと”聴ける人”を増やす」「大事なのは、伝え方ではなく伝わり方」伝え方や話し方だけにフォーカスした自己満足、利己的思考はすぐ捨てろ大事なことは「どう伝えるか」ではなく相手に「どう伝わったか」を考えることだこんにちは!僕のブログに来ていただき本当にありがとうございます!突然の訃報今朝FMHa
2026年05月03日(日)曇り奥さんと岐阜県恵那市明智町の日本大正村に初めて行った。愛知県犬山市の明治村は有料の大型テーマパークだがここはそうではない。大正時代の建物などを残した明智町の古い街並み全体が大正村になっている。大正村資料館この木造4階建ての建物は元々は繭を貯蔵する蔵だったそうだ。昔のことだから階段はとても狭くて急で上り下りがキツくてコワかった。大正時代のたくさんの資料が展示されてて説明を読むのは時間がかかる。昔の映画ポスターや俳優の写真を見るのは楽しかった。大正
福知山駅(ふくちやまえき)は、京都府福知山市にある、西日本旅客鉄道(JR西日本)・WILLERTRAINS(京都丹後鉄道)の駅である。散策時間は1時間半なので、福知山城跡まで歩くことにしました。(。-ω-)近くには見えているんですが、なかなか着きません。『海の京都福知山』で、福知山は京都なんだと思いました。(*^^*)福知山という名前が強く覚えたのは、この脱線事故でした。(>.<)y-~くしくも、今年で事故から20年。感慨深いものがありました。(~_~;)『さんの丸』という、面白
こんにちわきらみの憩です☺️5月3日は明智光秀まつりの日💕久しぶりの外出です🚐💨心配した雨も降らず、暑からず寒からず🎶迫力ある武者行列🤗可愛い子供達も行列に参加💝そして、大正村村長さんの竹下景子さん私達に気付いて、手を降って下さり感激です🥰アッという間の楽しいひととき😊ひ孫さんにも会えました💖全員行けなかったのは残念ですが、多くの方が参加てきました☺️恵那市グループホームきらみの憩
先週の第17回大河ドラマでは戦国武将が次々と退場となりました。この回だけで信長包囲網を敷いた武田信玄、朝倉義景、浅井久政・長政親子が亡くなり足利義昭は京都追放となりました。番組の冒頭で武田信玄が自らついた餅をのどに詰まらせての呆気ない退場には驚きでした。史実では美濃方面進行中に病死したはずでは?ところで信玄役の高嶋政伸は過去にも太平記の足利直義や真田丸の北条久政として登場し、久しぶりに彼を見たのにあっけない幕切れで残念です。自身が描いた信長包囲網の一画が崩れて足利義昭の命運は尽きました。やが
「豊臣兄弟!」三方ヶ原の戦い、あっという間に終わりました。家康、だいぶ気弱になってます。姉川で信長にガツンとやられたのが、トラウマになっているようです。今回も、家来として登場していたのは石川数正「だけ」です。家康、この男だけが最後の頼り、みたいな雰囲気ですら、あります。ところで、この石川数正について、「この先の史実を考えると、切なくなる」って人がいましたけど。さて、どうでしょう。数正は、このあと徳川を退転して、豊臣秀吉の家臣になるはず、です。つまり「家康を裏切る」ことになるわけです
イケ戦の総選挙が終わりましたね姫さま方はどのように臨まれましたか?新アプリへの移行に伴うアイテムの引継ぎは無しと発表されたので…マダムはこれまでほぼ使ったことのない"がちゃ札"を総選挙応援がちゃに投入!↓光秀さんカラーのドレスと髪型GET‼︎同じくほぼ使ったことの無かった"お相手変更"を繰り返すこと二十数回期日までに2000枚を投票出来ました!↓はぐ光秀さん♡GET‼︎イケ戦で初めてのハグ彼が嬉しくて更には中間発表で光秀さんの首位は間違いないとわかって選挙
【福井】福井県敦賀市金ヶ崎町の恋の宮金崎宮大河ドラマ『豊臣兄弟』第4章「元亀争乱編」に突入した第14回「絶体絶命!」の大河ドラマ紀行では『金ヶ崎城』が登場しました。第14回「絶体絶命!」まとめ|大河ドラマ「豊臣兄弟!」-「豊臣兄弟!」見どころ-大河ドラマ「豊臣兄弟!」-NHK【NHK公式】第4章「元亀争乱編」突入!第14回「絶体絶命!」の情報をまとめました。www.nhk.jp【金崎宮御朱印
録画しておいた豊臣兄弟を三話分ほど観たがひどい😭俳優陣がみな似たような顔つきなのは諦めるとしてもとにかく脚本がもう😭😭😭😭グダグダ面白がらせよう、クスリとさせようという意図の場面が悉く間が悪くスベってる。武将達の台詞はガナリたてて唾飛ばすばかり。合戦の場面は工夫が無く、しかも少人数で刀で斬り合ってるとか❗️前田ですら槍ではなく刀振り回してるのってアリ❓️😆なんのお遊戯会だよ😅イッパシの有名武将が馬にものってないし明智光秀が禿げてすらいない😂😂😂あーあ😅😅
織田信長方であった荒木村重は、堀(中島)城の本願寺勢に次いで、伊丹忠親にも戦を仕掛けました。伊丹城内に兵糧が無いことから、村重は持久戦に持ち込むであろうと天正二(1574)年七月二十九日、村重の伊丹氏攻めについて、信長が明智光秀に伝えました。(『細川家文書』)そして、(既に池田と尼崎を押さえていた)村重は、同年十一月十五日に伊丹氏を滅ぼしました。伊丹城は、六甲山地から南東に伸びる舌状の台地(伊丹台地)の東縁辺部に築かれ、『細川両家記(ほそかわりょうけき)』には、「伊丹城ばかり堅固也、誠不思
先日まで見てきた「城門」(櫓門も含む)には、門からの出入りを監視する「番所」を併設しているモノも見られましたが、お城や陣屋を構成する「城郭建造物」には、独立して建てられた「番所」というモノもあります。今回のシリーズでは、各お城にある「番所」(全国「番所」を巡るシリーズ)を紹介しています。お城内外への人の出入りや、各曲輪間や建物間の出入りを監視、管理する「番所」も重要な役割を担う「城郭建造物」です。「番所」には、そこに詰める武士や中間(今でいうガードマン)が滞在できる単独の建物もあれば
イケ戦10周年の記念すべき総選挙本日、結果が発表されましたね首位は…我らが♡♡♡光秀さん♡♡♡(↑新アプリでの☆5カードだって)2023,24,25年と三連覇!5度目の第1位!おめでとう🎉ございます🍶全順位は以下に…Top3は前回同様。今回は3人が100万票を超えました!新アプリ発表の効果でしょうか?もう少し増えたら嬉しかったけれど前回よりは投票数が改善したのは何よりです家康はマダムの好みではないので信長様が抜かれると…結構口惜しい…兼続さんは配信からの定位置
予約不要で駅からスタートの名鉄ハイキング・電車沿線コースの「ぎふワールド・ローズガーデンで花の香に癒される」の常設開催コース⑩に参加をしてきた秘書です。(23日)コースは、距離:約7.0㎞時間:約1時間50分①名鉄広見線・新可児駅(スタート)②身隠山古墳③明智城跡④ぎふワールド・ローズガーデン⑤パティスリーアンジュ⑥恵那川上屋咲久舎可児御嵩インター店⑦道の駅可児ッテ⑧名鉄広見線・顔戸駅(ゴール)みどころ・・様々なテーマごとに植栽されたおよそ6,000品種
明智光秀の本音(だと思う、多分)が沢山聞けて、良かったです、今週は。将軍義昭から「あの兄弟をこちら側にスカウトしろ」というミッションが出たからでしょうが、光秀、よくそんな事まで藤吉郎に話しちゃうな、って私は寧ろ、びっくりしてしまいました。「麒麟がくる」のときの主人公(十兵衛)は、毎週毎週、悩みまくっていました。しかし、分類としては同じ「白光秀」でも、今年の光秀は一切ブレそうにありません(脇役だからそんなブレてる時間はない?)。自分は絶対に将軍の忠臣であること、泰平の世は義昭だけが作れるこ
今回は、何と申しましょか。秀吉京都奉行就任やら、二条御所からくり屋敷やら、明智光秀の足利義昭に対する思いやら(もう、フラグが立っとる…)、小谷城での陰謀やら、色々あったのですが、個人的には『赤ちゃん祭り、ちっちゃい子祭り🐥』だったなぁ(≧▽≦)と。でも、この子たちの行く末を思うと(〒﹏〒)読経で圧をかける坊さん集団やら、お公家さんたちの相手やらの京都奉行でのお役目に疲れ、女遊びをする秀吉。(秀吉の善意だがなんだか、分からないままに巻き込まれる小一郎💧)その日もいつものよう
木曜日。逃げるように会社から帰宅して、室見川へ。木曜日のメニュー閾値走を実施しました1㎞アップジョグ~20分間閾値走(設定:4分45秒)今日は暑さが一段階あがったような感じでキツカッタです。途中で咳き込んでしまって、そのままスピード戻せず。走れるだけ走ったつもりで、心拍数もゾーン5で頑張ってるから良しとしよう。そして、今日は神戸マラソンの抽選結果発表日でした。結果は・・・落選まあ、元
比叡山焼き討ち。この歴史に悪名を残した信長の行為の裏で、秀吉たち自身の、苦渋の決断も描かれていました。と、いうか、今回、物語の前半と後半で、振り幅が激しすぎて(T_T)。妹が嫁いだ浅井を攻める葛藤と辛さに苛まれてか、寂しそうな顔で闇夜を見つめていた信長でしたが、そこに、二匹の猿⋯もとい信長を慰めようと猿メイク🐒をした豊臣兄弟が訪れ。しかし、部屋の中にはすでにベロンベロンに酔った柴田様がいて。そうかと思ったら、酒やつまみを持った重臣たちが次々と。皆、ノッブを元気づけようと、集まった模様
本城惣右衛門覚書は、本能寺の変で明智光秀に従軍していた光秀配下の足軽・本城惣右衛門が、江戸時代に入って晩年、親族と思われる三人の人物に宛てた記録の内の一番乗りで本能寺に侵入したという部分を掲載したものである。この覚書から本能寺の変がどのように行われたのかが伺える貴重な資料となっている。現代文訳:守天働児『明智光秀が謀反を起こし、織田信長様に腹を召させた時、本能寺に私たちより先に入ったと言う人がいたら、それは嘘です。まさか、信長様に腹を召させるとは夢とも知りませんでした。その時は、太閤秀
「中国大返し」は奇跡のように言われますが、実際には、秀吉と少数の親衛隊のみが馬で駆けて戻ってきただけで、大半の兵は後ろに置き去りにされていたんです。じゃあ、山崎で決戦した兵隊はどっから沸いて出てきたのかというと、四国征伐に出発しようとしていた織田信孝、丹羽長秀の率いる部隊を、途中で吸収しただけなんです。なので、山崎合戦の名目上の大将は信孝です。しかしここが秀吉の宣伝戦の絶妙なところで、まるで毛利と戦っていた軍団がまるごと戻ってきたかのように見せかけることによって、「秀吉はスーパーマンか」と人
3月27日金曜日大河ドラマ「豊臣兄弟」主要登場人物細川藤孝(亀田佳朗)細川藤孝(ほそかわふじたか)戦国時代から江戸時代初期にかけての武将、大名、歌人。細川幽斎(ほそかわゆうさい)、長岡藤孝(ながおかふじたか)、長岡幽斎(ながおかゆうさい)としても知られる。天文3年(1534年)4月22日、三淵晴員の次男として、京都東山にて誕生。のちに、晴員と共に12代将軍・足利義晴の近臣であった細川晴広の養子となる。天文15年(1546年)、
斎藤龍興、死なず!少年龍馬だった濱田龍臣さん演じる斎藤龍興、生きてました、てゆうか、なんか逞しくなって復活してきました!嬉しい!正直言って、龍興は「豊臣兄弟」にこれまで登場したキャラのなかで、私が最も共感してしまうキャラかも知れません。無能な三代目と家臣からも侮られ、虚勢を張って強権的に生きて来た美濃国主時代。しかし、負けて逃亡し、守るものがなくなったことで、なんか解放され、逞しくなって帰ってきたような気がします。いいなあ、龍興!こういう裏番キャラが、大河には必須なんですよ!機転が
2026年の大河ドラマ『豊臣兄弟』ということで、その弟の秀長を題材した歴史小説の下巻です。現代の豊臣秀長像を決定づけたと言われる歴史小説『豊臣秀長下』豊臣秀長上ある補佐役の生涯(文春文庫さ1-14)Amazon豊臣秀長下ある補佐役の生涯(文春文庫さ1-15)Amazon全一冊豊臣秀長ある補佐役の生涯【電子書籍】[堺屋太一]楽天内容・レビュー豊臣秀吉の弟として、長生きしていれば徳川家康が天下を取ることもなかったのではないかという評価
月日は百代の過客にして、行きかう年もまた旅人なり。ご存知の俳聖・松尾芭蕉『奥の細道』の書き出しの言葉である。わたしも最近は、ようやくそう思えるようになってきた。月日は永遠にとどまることのない旅人であって、やってきては過ぎ去る年もまた旅人である。と、いう。私は、その人が亡くなったとき、我が師父を失ったと大袈裟でなく悲嘆にくれた。30代前半だった私は、明日から何をよりどころにして生きていけばよいのか自問自答してみたが、答えがでなかった。あれから30年が経つ。その人とは、司馬遼太郎。
お疲れ様ですです〜今日はちょこっと札幌たんけん仕事終えて議会会館食堂へ閉まってた〜だよね次は札幌市役所18階ライラック食堂ラストオーダーが17:45私が到着したのが17:46はい終了エビチリ定食美味しそうあんかけ焼きそばも次回はぜったい食べてやる٩(🔥ω🔥)وくっそ.......帰宅\(´・ω・`)┐しゅたっ温活準備とチジミを焼いて長芋の煮っころがしとさつまいもは🍠焼き芋明日のお昼ご飯だよいただきまっすお昼やすみ休憩室でガッツリ豊臣兄弟
今回は金ヶ崎撤退戦。各人、見どころがありすぎて、今回はストーリーはなぞらず(私のブログ読まれる方は、既に見終わっているだろうし)、登場人物ごとに感想を書こうと思います。まずはノッブ(信長)勝家から『浅井長政謀反の報せ入った』と聞かされても、信用しない。お市から両端を縛った『小豆袋』が届けられても、半兵衛が小豆袋の意味を教えても、長政が裏切るわけがない!と、頑なに信じようとはせず。いや、信じたいのか。小一郎が、小豆袋を開いて『これは何も伝えることができないお市様が、小豆袋を白紙の文
ヒゲはヒゲでもどの部位のヒゲかで、ヒゲの漢字が違うアゴヒゲのヒゲは鬚と書く鼻の下のヒゲは髭と書く近江高島の白鬚神社のヒゲは鬚、アゴヒゲの鬚全国にある白髭神社のヒゲは髭、鼻の下のヒゲの髭そんな話を教えてもらって綴ったブログはこちら↓白鬚神社と乙女が池とガリバーの話〜その壱〜『白鬚神社と乙女が池とガリバーの話〜その壱〜』湖岸に浮かぶ赤い鳥居といえば!どーこだ!(いきなりクイズ!?)有名どころでは広島県の宮島の厳島神社東日本在住な方なら神奈川県の箱根神社関西の方ならここですよね…ame
その先は、続かなかった。私は、漸く安堵の息を吐き――そのまま、意識が遠のいた。最後に見えたのは、駆け寄ってくる影だった。門の向こうから慌ただしく現れた一人の武将。その面差しは、霞の向こうにぼやけていたが、ただ一つ、強い声だけが耳に残った。「その者を離すな!すぐ奥へ運べ!」それきり、私は深い闇に沈んだ。次に目を開けたとき、天井には太い梁が走っていた。見慣れぬ木目。囲炉裏の煙の匂いではない。もっと静かで、整えられた空気。寺でもなく、農家でもない。この身に馴染んだ武家の屋敷の匂いであった。身体を
四国・安芸へ行ったときについでということで安芸城跡を訪れた。まわりは結構整備されていて、大変な田舎であるのに観光バスも受容れられる状態で、資料館まであった。行ったときには既に閉館していたが、その壁一面には山内一豊が三段崎勘右衛門を討ち取る様子を描いた大きなパネルがあった。何年か前に放映された「巧妙が辻」を思い出した。三段崎為之?-1573は朝倉氏の家臣で通称、勘右衛門という。三段崎氏は朝倉高景を祖とする朝倉氏の一門(庶流)である。為之は強弓の使い手として知られる猛将で、1573年織田信
『天下布武』が『天下一統』と、意味が違うことを知った今回(スミマセン、私、知らなかったんです💧今回で少しお利口さんになりました(^_^;))尾張美濃を平定し、岐阜城に入った信長。そこへ、足利義昭の使者、明智光秀が訪ねてきて。彼の目的は、信長を足利義昭を奉じて上洛させること。しかし、秀吉はともかく共に彼らを城下まで迎えに行った半兵衛は何やら怪訝な表情。それはなぜかと思ったら、明智の従者に扮して足利義昭が、直接信長に会いに来たのを見抜いていたから。(ビミョ~に義昭様。物見遊山を、楽しんでい