ブログ記事15,911件
こんばんは福知山城からまず近くの黒井城を攻城しに行く。詳しく調べては無いので有名な所から。【黒井城】丹波市春日町猪ノ口山標高430m比高356m築城は赤松貞範別名保月城保築城第一次黒井城攻城時の城主は赤井直正第二次黒井城攻城時の城主は赤井直義続日本の100名城に選出されています。30分くらいの道のりって書いて有ったので低い山を想像してたら結構高い山に頂上が平になっているおそらくここであると思い気が遠くなる😱グーグルマップで黒井城を調べたら氷上高校の敷地内に案内さ
京都で北へはアガル、南へはサガル左京右京は、上座(北)の天皇から見てその上に、上京、下京、西京、東山がある京都の人は確かに移動中に方角を意識している。そうしないと碁盤の目の市内では迷う。東京江戸川で方角わからなくなり、通行人に聞いたら誰もわかっていない。10人目、やっと教えてくれたのは???自転車に乗った婦人警官でした。(外国人ではありません)第26・27回京都検定問題と解説Amazon(アマゾン)これは、
今日は安土桃山時代の武将・豊臣秀吉の忌日(旧暦)。太閤忌と呼ばれているそうです。京都市東山区にある秀吉を祀る豊国神社では、忌日の新暦にあたる9月18日・19日に例祭・献茶祭が行われるそうです。ご存じ!!豊臣秀吉について1537年、天文6年の2月6日、尾張国愛知郡中村郷(現:愛知県名古屋市中村区)の下層民の家に生まれます。父・木下弥右衛門は足軽や農民との説があるようです。秀吉の幼名は日吉丸。織田信長に足軽として仕え、機敏な行動と才覚により戦功を重ねて累進。1573年(天正元年)、浅井氏の滅
こんばんは攻城記を書く前に、光秀の丹波平定の事を少し調べてみました。1575年信長の命を受け丹波平定にとりかかります。10月に光秀は丹波平定に向けていきなり丹波の赤鬼と呼ばれている赤井直正の居る黒井城を攻めます。最初に丹波No.1を叩けばほぼ丹波平定したような物(因みに丹波No.2の波多野秀治は味方に居ます)と考えたんでしょうか?黒井城落城の一歩手前ぐらいまで行ってたみたいですが、翌年1月黒井城攻略の途中で波多野秀治が裏切ります。これにより光秀は窮地に立たされ敗走しました。1577
こんばんは。お盆休み終わりましたね〜。夫がやっと出勤してくれました!と、言っても、今日は早く帰ってきましたよ。久しぶりの出勤ですからね…。さて、27話を最初から最後まで見て、本当に内容が盛りだくさんでした。信澄の自白に心が揺れた明智光秀。それに影響されるかのように、公方様に救いを求めましたが拒絶され、まさに心が瀕死の状態になってしまいました。明智光秀にとって、義昭は家族のような存在。公方様に長く仕えていたし、物理的に離れてしまっても、織田の家臣でなく、明智光秀個人として見てくれ
世の中ではご朱印ブームが続いていますが、ご朱印にもいろいろあって「鉄道」絡みのデザインもありますこちらはEX会員向けの限定切り絵ご朱印です◆西教寺◆見開き¥1500(拝観料込)(ex予約で申込)比叡山麓にある西教寺は聖徳太子創建ともされるが、比叡山焼き討ちで焼失後、明智光秀によって復興されたことから光秀一族の墓があります境内は除災招福のガラス風鈴の回廊もあって涼しげです見開きの大判ご朱印には大きく琵琶湖と光秀?とN700S新幹線が描かれた切り絵御朱印です社殿やN7
ひとつは京都外待庵妙喜庵ない大山崎町千利休蜜庵大徳寺塔頭龍光院内北区小堀遠州作如庵遊楽園織田有楽斎犬山市第26・27回京都検定問題と解説Amazon(アマゾン)これは、コロナ後の京都観光文化力ガイドAmazon(アマゾン)
今日は亀岡城下町案内所の当番の日。併設の本町カフェも休みなので、静かです。感謝。
おはようございます。今回は予約記事です。前回の続きです。『豊臣兄弟!27話「本能寺の変」』こんにちは。とうとうこの回がやってきました…。↓前回はこちら『豊臣兄弟!26話「信長を笑わせろ!」』こんばんは。豊臣兄弟26話です。↓前回はこちら『「豊臣…ameblo.jp場面が変わり、夜、安土城では市と信長が話をしています。市は信澄のことを許せない様子で、怒ってます。しかし、信長は怒りに満ちた様子はありません。酒を飲みながら…「見上げた男よ。20年もの間…真の心を隠してわしを恨み続
こんばんはグーグルで明智光秀の城はと尋ねたら次のような解答が有りました。坂本城琵琶湖周辺に築いた城福知山城丹波平定の時に築いた城亀山城本能寺の変の時に出陣した城また関連する城で周山城が出てきました、これは京都市右京区に光秀が築いた城とされてます。うちの中では坂本城が光秀の城と言う感じです。今回は鍾乳洞から近い福知山城へ行って来ました。多分若い頃に一度攻城してたはず。近くの駐車場から正直余りかっこいい城とは言えないなぁ…石垣好きにはささります😁光秀の丹波平定のパネル
長篠の戦いは、「個人の武勇及び、騎馬の突撃」で勝敗が決まる、戦争から、「経済力に裏打ちされた大量の鉄砲と、高度に訓練された集団の組織力」が勝敗を決める、戦闘への大転換となり、織田信長は、軍事革命を起こした。長篠の大勝利により、信長を脅かす、東の大勢力はなくなり、信長は、名実共に天下統一の最有力候補となったのである。1576年、織田信長は、琵琶湖の畔に、天下統一の象徴となる、安土城の建設を開始した。日本史上初の本格的な「天守閣」を有する、安土城は、外観は、華麗絢爛でありながら、内部は
岸和田城の中の資料館には、明智光秀の肖像画が飾らせてます。※資料館は撮影禁止なんで、ネットで見つけた画像です。本物は、岸和田にある『本徳寺』というお寺にあり、明智光秀唯一の肖像画です。本徳寺は、明智光秀の子供が建てたと伝わっているお寺です。皆さんの『明智光秀』って人の印象というか、聞いていた話ってどんな話ですか❓私が今まで聞いていた話は、・織田信長を裏切った人・三日天下の人・豊臣秀吉に敵討された人・武者狩りにあって亡くなった人など、あまり良い話はなかった人です。その人の肖像画
【週末note】更新しましたお客に選ばれるお店が大切にしていることがありますだから選ばれるのでしょうそれは何か・・・続きは本文で😊敵は本能にあり|ProBonoさのhttps://note.com/pro_bono_sano/n/ne9fb7211dfbb
こんばんは先日仕事がとても早く終わったので、一度行って見たかった鍾乳洞に行って来ました。京都唯一の鍾乳洞の質志鍾乳洞。行っては見たけどちょっとがっかりな感じでした。一般的な観光用の鍾乳洞は奥に進む感じですが、ここは縦穴式の洞窟です。入口。入口からまず下に降ります。降りた先に鍾乳石が有りました。しかし目立った…鍾乳石はこれくらい。ほとんど岩です。更に下に降りて行く感じ。苔?の着いた石が有りました。底で行き止まり。10分も掛からないくらい。良かったのは洞窟の中は暑く無い
※この記事は広告を利用しています。「豊臣兄弟!」第29回天下への道(大河ドラマ)2026年7月26日放送私の感想を簡単にまとめていきます。ーーーーーーーーーー第29回天下への道何故、信長を討つことになったのか?秀吉ならずとも、私も是非明智光秀に問いたかった。『信長に奪われたものを取り戻したかった』が、その答えでした。『光秀、その答えじゃ、納得がいかない』と、呟く自分がいます。何を奪われたというのか?足利義昭と見た幕府再興の夢?
誰が「織田家」を主導するか?秀吉か、はたまた信長の息子たちか…《信長亡き後》の天下をめぐる大混乱っぷり誰が「織田家」を主導するか?秀吉か、はたまた信長の息子たちか…《信長亡き後》の天下をめぐる大混乱っぷり本能寺の変で織田信長が自害しました。後継者を決める「清須会議」を経てもなお、天下取りをめぐる争いが続くことになります。toyokeizai.netいよいよ《清須会議》が始まった!信長の後継はいったい誰なのか…秀吉がとった"なかなか強か"な戦略いよいよ《清須会議》が始まった!信長の後継はいっ
美濃加茂市民ミュージアム内カフェ・つむぐでランチ🍽️米粉のガレットのランチに企画展「お盆の針仕事」に因んだコンセプトデザートが気になってこちらもオーダーしてみる。マンゴー、いちじく、バタフライピーetc...とカラフルなゼリーの海をたゆたいゆったり幸せな夢をみるお蚕さんの様子💫展覧会の雰囲気に寄せてよく考えられていて食べるのがもったいないくらいでした。カフェの方はとても親切で植松さんの展示を観に来たと言ったら植松さんが描いた蚕の半身クルクル回すと一匹の蚕蛾になるスティッ
北陸新幹線延長でも話題になったこの用語京都市の南区あたりで、伏見の酒造りの水源となっている。京都市は、地上にも地下にも盆地となる京都(伏見)の水は柔らかいといわれ、軟水であることを覚えておこう(対極は灘の硬水)伏見の水は、伏流水水は、湯葉生麩などにも重要である。第26・27回京都検定問題と解説Amazon(アマゾン)これは、コロナ後の京都観光文化力ガイドAmazon(アマゾン)
私:本能寺の変という理解し難い歴史的大事件を理解しようと努める中で、明智光秀は、清和源氏の流れをくむ美濃国の守護・土岐氏の支流(庶子家)の土岐明智氏という話が出てくる、が、それについて、その真偽を問題にしているものを見かけたが、こういうことを考える際、本当か嘘(捏造)か、の他に、嘘であったかもしれないが、現実には、本人はそう思い込んでいて、廻りもそう受け止めていて、それが当人や周りの人達の行動に影響していた(かどうか)ということも論じるべきではないのだろうか
京野菜は品種の商標権定義は(1)明治以前の導入栽培の歴史を有する。(2)京都市域のみならず府内全域を対象とする。(3)たけのこを含む。(4)キノコ類、シダ類(ぜんまい、わらび他)を除く。(5)栽培又は保存されているもの及び絶滅した品目を含む。京みず菜(みずな)、賀茂なす、伏見とうがらし、万願寺甘とう(万願寺とうがらし)など京都商工会議所の発案規格に合格すれば、京都のどこでつくってもよい第26・27回京都検定問題と解説Amazon(アマゾン)
再投稿致します。。。数年前に、かつて明智光秀公の城でもあった京都/亀岡市亀山城跡(本体)にて。神人を介し織田信長公と明智光秀公の御魂が対話されたことがありました。信長光秀、お前か?光秀いいえ、違います。信長ならば、サルだけが得したということか?本能寺の変は比叡山延暦寺の信奉者たちによる敵討ちでありました。明智光秀公は本能寺での謀反の計画の噂を聞き、挨拶と護衛も
幕末の京都における新選組副長の土方歳三は、武蔵国多摩郡石田村(現東京都日野市石田)の出身であるが、土方歳三肖像写真現在の京都の伏見区の醍醐地区と、隣接する宇治市の境い目のあたりに、日野と石田という地名も隣接していることはあまり知られていない。ちなみに石田の北西にある小栗栖(おぐるす)という土地は、天下分け目の天王山の戦いで羽柴秀吉に敗れた明智光秀が、この地まで逃げて来て土民に殺された場所である。光秀最期の地とされる明智薮
こんにちは。とうとうこの回がやってきました…。↓前回はこちら『豊臣兄弟!26話「信長を笑わせろ!」』こんばんは。豊臣兄弟26話です。↓前回はこちら『「豊臣兄弟!」25話変事の予兆』こんばんは。本日2度目の投稿となります。今回は「豊臣兄弟!」25話です。…ameblo.jp『豊臣兄弟26話続き』こんにちは。本日は仕事のため予約投稿です。前回の続きです。『豊臣兄弟!26話「信長を笑わせろ!」』こんばんは。豊臣兄弟26話です。↓前回はこちら『「豊臣兄…ameblo.jp前回、
JapanHistoryTravelonInstagram:"丹波亀山の城下町京都府亀岡市に残る、丹波亀山の城下町。この町の歴史をたどると、戦国時代の明智光秀にいきつく天正5年(1577)頃、織田信長の命を受けた光秀は、丹波攻略の拠点として亀山城を築きました。そして城だけでなく、その周囲に城下町を整えていく近隣の村々から人々を移住させ、商人を呼び寄せるなどして形づくられた城下町。江戸時代になるとさらに発展していきました。現在も町家や昔ながらの町割りに、その面影を見ること…0likes
2級のテーマ問題が豊臣兄弟ということで、NHK豊臣兄弟関連(清須会議以降)*1583年賤ケ岳の戦い(VS柴田)*1583年秀長姫路城主、秀吉大阪城築城*1584年小牧長久手の戦い(VS家康)*1584年紀伊攻め*1585年四国攻めと続きます。秀長死去は1590年第26・27回京都検定問題と解説Amazon(アマゾン)これは、コロナ後の京都観光文化力ガイドAmazon(アマゾン)
皆様、おはようございます。今日はセントレア忍者夏の陣2週目から、忍者体操から神君伊賀越演武へ編をお送りします。忍者体操吹き矢を放つ所作です。ちなみに草二が写っていませんが、ステージ下で子供達と一緒に体操しています。そうこうしている内に体操は終わり、参加した子供達に忍者札(トレーディングカード)が配られました。その後は神君伊賀越演武に移り、最初に草二が概要を説明しました。以前は半蔵がいる時は、この役目は半蔵が担当していたのですが・・・。草二の説明が済む
期間:2026/08/12〜08/19天井:300(100&200時に星4と交換可)倍率:2倍初回:半額覇)源頼光:朝廷の守護者呪)橋姫:法界悋気の怨戦)明智光秀:神智明晰戦)浅野長政:五奉行筆頭射)馬場信春:無傷の将©コーエーテクモゲームス
「センゴク天正記」の続き、ついに、織田軍と武田軍が存亡を賭けた決戦に至りました。有名な、「長篠の戦い」ですねそれまで、織田信長でさえ、本格的に戦うことを避けて来た、戦国最強と名高い武田軍。作者さんの、武田軍に対する熱い思い入れがよく分かる。武田家の武将、山県昌景、とか馬場春信とか、とにかくカッコよく描いていますね。子どもの頃、学校の歴史の授業で習った「長篠の戦い」ってすごい有名だけど、たぶん、「織田信長が、はじめて鉄砲を使って、騎馬隊で有名な武田軍を圧倒し、織田軍が勝利
8月19日亀岡並河大井神社花祭(夏祭り)露店(屋台)も多くてオススメ盆踊りも和太鼓も盛り上がります大井神社京都府亀岡市大井町並河1丁目JR山陰本線並河駅の東側すぐ丹波・亀岡大井神社鯉明神と崇められし丹波の古社、大井神社の公式サイトです。ooijinja.blog.jp屋台の時間は16時から21時30分まで🏮開店12周年☆大感謝プライス\あす楽/☆送料無料☆『花火の福袋』(打上の有無選択可)【花火セット】【手持ち噴出】【手持ち噴出打上】【手持ち噴出からくり
「……のう、秀長」「はい」「そちは秀吉が好きか」秀長は迷いなく答えた。「我が唯一の兄にござります」その返答には一片の迷いもなかった。「天下を取ると思うか」「たかが足軽のせがれ。されど今や、その名は天下に轟いておりまする。その者が天下をも手中に収めるとなれば――それは、それで面白き世ではございませぬか」「その面白き世を、そなたは見たいと思うたか」その問いにだけ、秀長はすぐには答えなかった。否。答えなかったのではない。答える必要がない、とでも言うように静かに微笑んでいるだけであった