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早速まずは箱サボを取り付けます。にほんブログ村↑押すと更新が早くなるかも…しれません(←両面テープは各自用意とのこと。行先はまず五日市線の拝島行としてみました、西武新宿線でもお馴染みの行先ですし、西武線や手っ取り早く青梅線の72・3形+クモハ40編成と一緒に遊ぶこともできるので。テープを切り出してから貼るより先に両面テープに張り、カッターで余白を切り抜きました。箱サボパーツのランナーは上下なので普通のニッパーで切ったところ、両脇から切るような形になりちょいやりにくく感
↑クモハ53007を最後尾に田切のカーブをゆく247M。1983年1月撮影。関西を疾走する新快速。その225系100番台の前面スタイルを見ていると、飯田線で余生を送っていた半流線型のクモハ53を連想させた。こちらも、ルーツはその新快速の先輩に当たるようだ。関西型省電を代表する電車で、流線型のクモハ52も注目されたが、個人的にはこちらが好きであった。クモハ53-007と008がいた。↑の007は張り上げ屋根も維持していた。晩年は2連を組むクハ68がトイレ無しであったことから、限定運用を組
東海道線早川駅構内に停車中のクモヤ90、大船工場出場車の試運転のようでしたが、何度か早川駅の側線で停車する姿を見かけました。鶴見線や南武線で73系が現役だった頃、全く見向きもしなかったクモヤ90でしたが、国鉄末期になると各電車区の一般公開で注目される車両になっていました。タネ車が旧63系のモハ72なので、殆どが3段窓を残していました。おそらく「桜木町事故」の記憶なのでしょうか、鉄道に全く興味が無い父でさえ「63型」や「3段窓」などの言葉を知っていましたね。
久々に鉄道模型を。フリマサイトに思いがけない珍しい車両が出ていたので購入しました。戦前の鉄道省、京阪神に登場した急行電車(現在の新快速)用モハ43、後のクモハ53通称「合いの子」。戦前から私鉄との競争が激しかった鉄道省関西地区。2扉クロスシートのモハ43形が導入されていました。世界的な流線型ブームに影響され昭和11年登場した増備車は流線型のモハ52でした。しかし流線型ゆえの正面非貫通は運用に支障をきたすことも多く、増備車は側面はそのままに正面に貫通扉を設けた上元の形式モハ43を名乗りました