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京浜工業地帯を走る鶴見線系統に残る旧型国電の撮影に出かけたのは1977年4月7日だった。当時高校生の僕は(鉄道研究会ではなく)写真部に所属し、モノクロフィルムは自家現像をしていた。そのネガファイルに日付が書かれているので間違いないと思う。しかし、撮影メモなどは取っていないので、どういうルートでどういう行動をしたのかは覚えていない。ネガに残るカットの順に行動を推測するしかない。鶴見線を走る電車が新性能化されたのが1980年1月だから、そろそろ旧型国電が置き換えられるという噂が出ていてもおかしくな
2026.08.29今日も朝から雨、気温は低く過ごしやすい昨日の模型いじりの続きでも1996.08.24前日EF58-157+旧客を撮影後EF58|ki61-a6m2のブログ撮影地で○ヨして撮影開始イベント会場への輸送を兼ねた旧国での団臨でしょうか?????Mクモハ12041何だか賑やかそうですね~オレンジカード作成の名目だったような?臨時列車ED62-6+旧客3B程なくして帰って来ました、多分これがフォトランだったのでしょう有名撮影地で、ギャラリー
と言っても2両だけですが・・・TOMIX鉄コレ。仙石線Aセットでしたかね。7月に横浜で開催されていた、「ホビーランドぽち」の中古販売会で見つけたものです。3000円で売られていました。(定価はもっと・・・お高いんですよねぇ・・・奥さま)個人的には造形が良いと思いますが、発色はもうちょっと明るめでは?と思うのですが。戦前型旧型国電(特に半流)はこのアングルから見るのが好きです。くまジロー的には。ここで両車の車歴です。■クモハ54109モハ60033昭和16年日本車
今から40年以上前の学生時代にハマった路線の一つに飯田線がある。1981年から83年にかけて計6回飯田線詣でをしている。飯田線の魅力は言うまでもなく旧型国電であるが、それが風光明媚な沿線を走るというところに惹きつけられたのである。飯田線に頻繁に通う中でお気に入りともいうべき撮影ポイントがいくつかあった。その一つが伊那大島〜上片桐間のカーブである。初めて飯田線に足を踏み入れたのは1981年1月だった。仲間と夜行日帰りで訪れた。田切〜伊那福岡間の鉄橋付近には前日降った雪が残り、伊那大島〜上片桐間の
今日の散財。・鉄道模型趣味9月号・RMMODELS10月号・鉄道ピクトリアル10月号鉄道模型趣味とRMMODELSに関しては、Nゲージと16番ばかりで、HOj1/8712mmとHOe1/879mmしか興味のないおいらには、イマイチな内容。鉄道ピクトリアル。旧型国電特集キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!これでご飯3杯は食べられます。まだざっと目を通しただけですが、既知の内容が多いとはいえ、有益な内容に圧倒されます。特に、関東風・関西風のジャンパ栓については決着
鉄コレ・旧型国電モ1031ジャンクを蘇らせるこの2両の車両は2007年講談社発刊の「週刊昭和の鉄道模型を作る」の創刊号の付録です(トミーテック・鐡道コレクション)私も当時、書店で購入し動力も取り付け走るようにしました。「週刊昭和の鉄道模型を作る」⇩「週刊昭和の鉄道模型を作る」付録の鐡道模型です。左側の中心に入っています。最近、ジャンクの・この旧型国電モ1031をメルカリなどで見つけ、数年の間に5両も集めてしまいました。ジャンクですからかなりの時間をかけ直す
城川原駅構内には、手狭な電車区(正式名称は富山機関区城川原派出所)が併設されていました。在籍車両は2両編成が5本、全てクモハ73とクハ79の全金属の車体で、晩年の南武線や鶴見線で同形式を見ても興味を感じない車両でした。ただ、最後の73系となると無性に名残り惜しくなり、全廃の2ヶ月前に「北陸周遊券」でノコノコやって来たのでした。
1984年2月、知り合いから「近々豊田電車区の旧型国電の廃車回送がある」と聞き、「ならば廃回前の姿を撮っておこう」と豊田電車区へ来ました。幸い、クモハ40061が公道から撮れる位置にいましたが、もう1両のクモエ21002は見当たらず・・何気なく撮った201系、40系、101系の並びでしたが、あたかも「中央線国電史」のような画像になりました。
アシェット・コレクションズ・ジャパン株式会社が発行してきた「国産鉄道コレクション」(全240巻/発行完了)の付録の模型の写真を中心に、全号を順番に振り返る記事シリーズを紹介を続けています。今回は第44巻の紹介です。今回は第44巻になります。本号の付録は、2エンジン搭載による強力パワーと、両運転台という利便性によって、全国のローカル線、、特に閑散線区や山岳戦区で重宝された、キハ20系一般型ディーゼル動車のキハ52形100番台のNゲージサイズ模型でした。さて、いつものようにパッケ
アシェット・コレクションズ・ジャパン株式会社が発行してきた「国産鉄道コレクション」(全240巻/発行完了)の付録の模型の写真を中心に、全号を順番に振り返る記事シリーズを紹介を続けています。今回は第41巻の紹介です。今回は第41巻になります。本号の付録は、戦前から戦後にかけて、昭和の時代の国電(大都市圏の通勤電車)を支えた63・73系直流電車クモハ73形のNゲージサイズ模型でした。いつものようにパッケージを解いて、奥から冊子を出してみましょう。巻頭記事は、発刊当初の私鉄の名車シ
1973年、蒲田電車区にポツンと1両だけクモハ73が留置されていました。運行標記の「65B」が正しければ下十条電車区から来た転属待ちなのか?既に2年前に京浜東北線から73系が引退しており、スカイブルーの103系の中で目立つ存在でした。随分と長い間、公道沿いの場所に置かれたままで、自宅から自転車を走らせて撮りに出かけたと記憶しています。
高一電留1976/1979。時代は流れ・・(T_T)
国鉄末期、まだ随所で腕木式信号機が現役でしたが、旧型国電の走行区間では可部線が唯一でした。(1984.2.10可部線可部駅構内)可部駅は電車区間の終端部で、2本の出発信号機と旧型国電との並びは、鉄道月刊誌で何度か目にした構図でした。あまり深く考えずに早朝に来たのですが、朝ラッシュ時の4両編成が構図的に好ましかったです。
スローペースで作成していた、モハ14+クハ18がようやく完成。イエロートレイン金属キットを、今回はハンダではなく、瞬間接着剤で組み立てました。飯田線仕様になるのかな?3D屋根の積層痕消しが面倒でしたが、以外はまあ問題なく組めました。連結カプラーは当初KATO密連を取り付けましたが、連結面間隔がかなり広くなったので、KATOの貨車用カプラーに取り換え。幌はキット指定のTOMIXパーツです。ヘッドライトはいろいろ製作所。銀河モデル復活が絶望的な状況なので、このパーツを継
石打からは関越道に乗りますが、その前に・・・1978年11月に来て以来、48年ぶりの石打駅に寄り道。こちらが1978年11月5日の石打駅。なんとなく面影は残っているようですが・・・すっかり寂れてしまって・・・こんな駅だったかな??全く記憶にない^^;せっかくなので、線路向こうの留置線のあった方へ行ってみようと踏切へ行くと・・おぉっ!!タイミングよく電車が!本数も少ないはずなのでこれはラッキー!!線路は渡ったものの、留置線があった方へは近づけず・
東海道線早川駅構内に停車中のクモヤ90、大船工場出場車の試運転のようでしたが、何度か早川駅の側線で停車する姿を見かけました。鶴見線や南武線で73系が現役だった頃、全く見向きもしなかったクモヤ90でしたが、国鉄末期になると各電車区の一般公開で注目される車両になっていました。タネ車が旧63系のモハ72なので、殆どが3段窓を残していました。おそらく「桜木町事故」の記憶なのでしょうか、鉄道に全く興味が無い父でさえ「63型」や「3段窓」などの言葉を知っていましたね。
しばらくぶりにアメーバブログへ戻ってきました。以前書いていたアイドル系ブログから一転、不肖・くまジローの以前からの趣味であったNゲージを書いていきます。当鉄道に入線間もない、国鉄クモハ40型です。最近の車両造形は良く出来ていますね。リベット一つ一つが丁寧に表現されてます。クモハ40は戦前型省型国電の一派である40系の両運転台車であり当初はモハ40型です。平妻タイプと半流タイプの二つに分かれ、平妻タイプはその後モーター出力を上げモハ61となった仲間もいます。これ
クモハ73、クハ79モハ72、サハ78、クハ79全金車、クモハ73近代改造車クモハ73、クハ79交換前面パーツクハ79全金車クモハ73近代改造車-1クモハ73近代改造車-2クモハ73、クハ79モハ72、サハ78クモハ73交換前面パーツクハ79交換前面パーツ
↑クモハ53007を最後尾に田切のカーブをゆく247M。1983年1月撮影。関西を疾走する新快速。その225系100番台の前面スタイルを見ていると、飯田線で余生を送っていた半流線型のクモハ53を連想させた。こちらも、ルーツはその新快速の先輩に当たるようだ。関西型省電を代表する電車で、流線型のクモハ52も注目されたが、個人的にはこちらが好きであった。クモハ53-007と008がいた。↑の007は張り上げ屋根も維持していた。晩年は2連を組むクハ68がトイレ無しであったことから、限定運用を組
いつもご覧いただきありがとうございます。🍵昨日は朝から実家に両親から頼まれたブツを持って行って帰宅、掃除洗濯を済ませて飲み会へ。🍻バタバタした一日を過ごし今日は衣替えと姉に頼み事をこなし休日が終わってしまいました。また明日から長い一週間か…。😓今日ご紹介する車両はマイクロエースの国鉄クモハ41・54・60スカイブルー大糸線仕様です。あまり見かけない車両で様々な個性的なスタイルに魅了されて買ってしまいました。😅加工箇所はカプラーをTNカプラーに交換したのみでです。各車両を見ていきます
相鉄線で時折り見かけた黄色い電車、残念ながら運行時刻が分からず走行は撮れずじまい・・ただ、引退後の一般公開で間近に見ることができました。外観から、旧型国電の車体かと誤解されがちでしたが、上回りは昭和30年代半ばに新製された全金属車体なんですね。新製能の5000系が走り始めた後に、わざわざ「戦前タイプ」の車体を新造したのが不可解・・張り上げ屋根に前面Hゴムの特徴的な外観から、譲渡先のローカル私鉄で即座に「相鉄の電車」と分かる存在で、大雄山線には3編成9両が在籍。日立電鉄ではラッシュ専従の
当時、東二見車庫に旧.国鉄モハ63形の車体があることは、鉄道愛好者の間で良く知られていました。(1984.2.9山陽電鉄東二見車庫)訪問当日、東二見車庫の事務室を訪れ、訪問の趣旨を告げて見学ノートに記帳すれば、見学が許可されました。(もしかしたら、ヘルメットを借用したかもしれません)事務室から遠く離れた場所に居た国鉄モハ63形の車体、良くぞ残っていたものです。訪問から3年後、大阪勤務となり山陽電鉄の車窓から何回か確認できましたが、そのうち消えてしまいました。
青梅(09/23/1968)-5/5
青梅(09/23/1968)-4/5
青梅(09/23/1968)-3/5
鉄:青梅(09/23/1968)-2/5
【26年1月4日探索・5月18日公開】現在地はこの辺栃木県下野市小金井斜め前方、日酸公園に保存されている旧型国電仕様の救援車・クモエ21を見に来た。屋根付きの場所で保存されていた。クモエ21001、横川軽井沢間の走行可能な●が付いている。内部の一部を窓越しに撮影した。一応、踏切が設置されていた。車両は動くことは無いので、イベントで警報機を鳴らす事が無い限り鳴る事は無いはずだ。まだらの熊のような遊具・・・
とりあえず来たものを忘れないようにメモっているにほんブログ村↑押すと更新が早くなるかも…しれません(←四月入庫第二弾TOMIX98576国鉄72・73形通勤電車(青梅線)セット(4両)KATO10-2154愛知環状鉄道2000系青帯2両セットホビーセンターカトー4015-6Gクハ153538ライトユニットホビーセンターカトー74276Dクハ116東海台車TR235Eトミーテック(N)バスコレPLUS(BP11)京王バス愛環2000系は
今月号の鉄道ピクトリアルの特集は「JR東日本鶴見線」でした。あえて「JR東日本」を謳いつつ、中身は国鉄時代がメイン、しかも17m国電が大半なのが、いかにもピクトリアル!私が初めて鶴見線を訪れた時、17m国電は大川支線を除いて淘汰された直後で73系が主役でした。(品川駅構内の側線に、鶴見線の17m国電が疎開留置していたのを見ましたが・・)私にとって鶴見線といえば73系なのですが、僅か8年間(1972~1980)の在籍とは意外です。鶴見線で最後まで残った旧型国電は2両のクモハ12(120
久しぶりに、鉄道雑誌を発売日当日に購入しました。買ったのは、鉄道ピクトリアルと鉄道模型趣味とRMMODELSの3冊。RMMODELSはあまり興味のある記事はなかったけど、鉄道模型趣味は西武の赤電が壮観。西武の赤電は、おいらが上京した昭和59年にはもういなかったな。文献と、西武多摩川線の新101系のリバイバルラッピング車でしか知りません。これで、1/8712mmだったらなぁ。16番に興味ないんだよ。そして、大トリの鉄道ピクトリアル。特集は鶴見線。鶴見線といえば、旧型国電