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ご覧頂きありがとうございます15歳から精神科への通院、入退院が始まり、40年近く経過しました。自閉症スペクトラムのこだわりの強さや感覚過敏による生きにくさ、統合失調症の妄想の辛い症状と闘っています。今は作業所2ヶ所に通い、グループホームで生活しながら、精神科にも毎週通っています。初めての方は、こちらをどうぞ。⬇️ゆこたんのこといつもは月曜日だけなんだけど、就労Aの作業所に木曜日の今日も行った。それは昼食会が目的だったんだけど、それは又後で触
昨年に母を緩和ケア病棟で見送ってから、相続した公共墓地にあるお墓の片付けをしていました。いわゆる、墓じまい。公共墓地に借りた墓地は、安い金額とは言えわたしがいなくなったら遺す家族への負担になります。そもそも、わたしすら会ったことも名前を聞いたこともない遠い親戚が入っていたりもしました。わたし自身、お骨というものに執着が全くと言って良いほどありません。そのあたり、かなり昔に亡くなった祖父も、遺骨は山か海に撒いてくれと何度も言っていたこともあり、その影響を受けているかもしれません。そう、
神奈川県に住み、今年の3月に82歳で亡くなった姉の長女と次女が亡き姉の遺骨・遺灰を持って来鹿した姉は昭和17年大阪に生まれ、その後、戦争疎開のため一家で鹿児島県姶良郡隼人町に引っ越し、終戦後の昭和21年、一家は鹿児島市に転居した石工職人の父親と紬織工の母親のもと、7人きょうだいの三女として育ち、中学校を卒業後は医師宅や衣料品店社長宅の女中奉公を勤めたその後、関西や関東地区の紡績会社、電気部品製造会社に勤めるなど苦労を積み重ね、うら若き乙女の時代、その僅かな給金の中か
皆さんおはようございます。バリ島体験型ゲストハウスアスティバリ寧々です。本日12月18日。今日も気合い入れて、頑張っていきましょー。昨日は,亡父の迎えられなかった80歳の誕生日でした。夫は,ジャカルタに行っているので,息子と3人で行ってきました。私の父は、日本にもお墓があるのですが、分骨して,バリの海に散骨しました。生前父がずっと願った事で、父の亡き後、ずっとドアが開いたり、私の夢にも出てきていて、夫と相談し,日本から父の位牌を持ってきて、このバリの海に、散骨しました。昔から,墓はいらな