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🟢亡き人への手紙を受ける「緑のポスト」🟢撮影2025/6/28京都府舞鶴市京都府舞鶴市の大聖寺には、亡き人への手紙を受け付ける「緑のポスト」があります。以前から、このポストから亡き父恩師へどうしても手紙を書いて出したかったので、近畿地方は早く梅雨明けした6月28日に寺を訪ねました「緑のポスト」は、檀家だった北吸郵便局の局長が引退した丸型ポストを寄贈。通常の赤色の丸型ポストでは間違えて投函するので郵便局から指摘があり景観にあわせ緑色に塗りかえ、最初はさい銭受けのような役割をしていた
6/14(土)、師匠・井上善策先生のメモリアルコンサートが終演。3/20の夜、ご自宅で突然倒れられ、あっという間に逝かれてしまいました。享年89歳。お亡くなりになる前日は「帰れソレントへ」を良い声で歌い、当日の昼間もいつも通り食事をしてと、とてもお元気だったそうです。善策先生には中学校時代の恩師の紹介で高校1年の夏に初めてお会いして、元々教育学部志望だった私に芸大声楽科の受験を強く勧めて下さいました。先生のレッスンを受けて芸大にも合格でき、その後も先生の演出されたオペラに出演させていただ
韓国ドラマ、『むやみに接してくれ』2024年(全16話)を観ました。朝鮮時代の伝統を現代でも守り続ける朝鮮特別自治区「ソンサン村」の後継者のユンボク(エル)と、恩師のホンド(イ・ユヨン)がソウルで再会します。ユンボクは、礼節を重んじる鉄壁男子。恩師と同席なんてもってのほかと、後ろの席に座って会話そんなユンボクも、ホンドの指導()により、やっとの思いで、同席出来る様に…
私は披露宴司会を依頼してくださった新郎・新婦さんと、結婚式当日1週間前に必ず進行の確認のために話をする時間を取っています。披露宴の流れをあらためて再確認してほしいことと、もう一つ大事なことがあるんです。ゲストとして招かれる側で見る披露宴と、自分が主催者側で見る披露宴は色々違うものです。今日はそのうちの一つをご紹介していきますね。【主賓】と呼ばれる存在(上司、恩師、お世話になった方)が披露宴前半に祝辞(スピーチ)をしてくれる場合。
パッチワーク・ハワイアンキルト講師その他、ミシンキルト・トロピカルアップリケ資格取得《ユザワヤ芸術学院本校講師》…メディア出演・書籍掲載作品多数…ユザワヤ蒲田店・横浜店ではHawaiianquiltの店頭特別講習会を開催中詳細は下記をご覧下さいませ次回開催は・・・・2026・5月9日(土曜日)ユザワヤ横浜店2026・5月10日(日曜日)ユザワヤ蒲
広島市安佐南区でこころピアノ音楽教室を主宰しております川島浩一です!ブログにご訪問頂きありがとうございます。指先は「第2の脳」と言われるので、そこをピアノを弾く(練習する)事によって常に刺激を与え続けているピアニストは呆けないと聞いた事があります。確かに過去の有名なピアニストの方々が「呆けた(失礼💦)」と言うのは聞いた事がありません。恩師坪田昭三先生も、齢97歳にして現役ピアニストであられますが、頭脳明晰な事は周りの人達全てが知る所です(御本人は『呆けた』と茶
2026年1月11日放送の「松山千春ONTHERADIO」。番組の最後に自身の「途上」をかけた。「途上」に関する過去に書いた記事は以下。___<2018年3月10日記事>2013年5月14日、松山千春コンサートツアー「夢破れて尚」。@東京国際フォーラム一部ラストの「途上」。テレビやライブ映像などで観てきたがこの時が一番印象に残っている。恵比寿GPでのライブはチケット当選叶わず後に発売されたライブ映像だけだが、この時の「途上」も感動した。一部ラストの「挫折」もそうだが
朝のニュースでレース後の村竹と中学時代の恩師・高嶋先生とのやり取り流してて感動したのだけど、TBSのニュースサイトに無いの残念。「何も間違ってない」と高嶋先生叫んでた。村竹ラシッドに競技の楽しさを教えた恩師「ハードルがあったら勝てる」と思わせた緩急ある練習☆★☆ラシッドは、中学時代が一番厳しくしんどかったと…この話を聞いて、今だんだん緩い練習をしている指導者の方で、『やっぱり厳しくしないと』と、厳しいトレーニングが復活か?
一時帰国の備忘録記録、続きです✨シアトルで公私共にお世話になっていたヴァイオリニスト🎻小目谷しず子先生とランチしました🥰小目谷先生との出会いは、娘が3歳の頃。麻布十番のヴァイオリン教室でした。5歳でシアトルに移住した翌年、なんと小目谷先生もシアトル駐在が決まり、シアトルで奇跡の再会❤️しかもご近所!!これは間違いなく運命だと思いましたそんなわけで、小目谷先生には、娘が6歳から8歳まで、基礎を教えて頂きました❣️娘はスズキメソードのお教室に通っていたので、教本の曲は進んでいたのですが、基礎が
大阪を拠点に関西を中心に活動しているお琴弾き自身のお琴に関する活動や生徒さんたちとの出来事を発信してます。お琴の楽しさを伝えられたらいいな。こんにちは”じゅんこ先生とハッピーな仲間達”のブログへようこそ2月15日、沢井一恵先生がご逝去されました。コロナや、先生が体調を崩されたりでここ数年は、お目にかかる機会が無かったけど、たまにメールで近況報告したりすると、お人柄を感じるお返事下さったりして、お会い出来なくても、一恵先生の存在を感じることができてました。事務局か
8年の歩みが形になる時。自立した走りを信じて見守る。皆様、こんにちは。「学ぶ・スクール」、ダッシュスクールでございます。5月14日、高校総体を目前に控えた選手の練習風景です。小学、中学、そして高校。彼と共に歩んだ8年間は、まさにコツコツと自己ベストを更新し続ける挑戦の連続でした。その間、私の研究も進み、多くの情報を伝えてきました。時には彼を混乱させてしまったこともあったかもしれません。しかし、今、彼の姿には本物の「自立心」が宿っています。今は新しいことを教えるのを止め、彼がこれまで
昨日、恩師の退官パーティーが、有って、男3人しかいなく、40名は、女性だった。36歳で、お酒止めて、20年ぶりにビール飲んだが、マズくて、グラス1杯で、やめた。ビールが、こんなにまずいとは思わなかった。
中川久美子です2026.3.29カトウノブヒトダンスアカデミー34周年記念晩餐会へ。中川雄太・石川久美子組としてプロデビューを最初から支えて下さった恩師、加藤信人、妙子先生。先生方が、このパーティーを最後にカトウダンスの看板を下ろすと聞いた時、中川雄太先生は、一人部屋で涙を流していました。私は部屋に入れませんでした雄太先生は、愛大舞研でダンスに出会い、カトウダンスで育ちました。本当に、カトウダンスから始まっているからこそやりどころの無い寂しさが込み上げたのだと