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毎年年賀状をやり取りしている先生が2人居る。1人は、小学5年、6年生の時の担任男性教師。もう一人は、高校1年生の時の担任の女性教師。小学校の先生の方は、卒業してからもちょこちょこ会ったり家に行ったり、大人になってからも、まぁまぁ身近な人だった。ただ。ワタシが25歳で初めて一人暮らしをしだした時に、酔っぱらって、『にょろ〜今から家に行くぞー』と電話をかけてきてしつこくて、凄く気持ち悪くなったので、そこからは年賀状の付き合いだけで疎遠にしました。そしてもう一人の高校時代の先生は、高
ルピシアさんの【ブックオブティー・アンポーズ】卒業式の着付けをお願いしている美容院へ持って行く紅茶を注文しました。1週間前に着物や髪飾り等を持って行くので、その時にお渡しします。(꜆..)꜆ドウゾ紅茶☕️の大好きな恩師にも(づᴗ_ᴗ)づ♡
お友達から…今日の嬉しいお話…届きました❤️感謝して…お裾分けです‼️先ほど予告した…ちょっとした…サプライズ❤️は…「その人は昔」を…歌い終えられた後…訪れました❤️・・・・・・今は…二代目…舟木一夫‼️美しい…〜客席から…拍手〜まあ…冗談はさておき…80に…なりました‼️「今日は…高校の時の担任の先生が…お見え下さってます‼️」〜客席から…怒涛のような拍手〜「100歳を超えてるのかなあ〜と…思っていたけど…93歳‼️」〜客席から…拍手〜〜お元気で…矍鑠(かく
園長通信~こころ~№441救世主現るその42026.4.28魔法使いが救世主と
本番前、最後の合わせがありました。歌の伴奏は難しいけど、大好きです。カンツォーネの伴奏は大切な間奏があります。型にハマらないように、少し色を付けます。恩師である宇佐美衆二先生は、私の中学生時代のソルフェージュの恩師。御歳76。恩師から学ぶことは計り知れなくて言葉も音楽も超えることがあるのです。
昨日、津市のプラザ洞津で津高校の古希同窓会に出席しました。高校時代は、受験戦争のさなかで、友人はライバルと思えと言われて、穏やかな楽しい附属中学時代と比べて、あまり良い思い出がなく、これまで、一度も高校の同窓会には出席していませんでしたが、昨年、大病を患い、6週間の入院を経て、奇跡的に回復した今、これまでの人生を振り返ろうと思い、古希、皆が70歳という年齢は、今後、なかなか、会えない人が多いかもという気持ちで出席しました。三重県の津高校はそのころ、人口が増えている時代でもあり、1学年580
広島市安佐南区でこころピアノ音楽教室を主宰しております川島浩一です!ブログにご訪問頂きありがとうございます。3月の東京レッスンの時、恩師坪田昭三先生から「楽譜から読み取って感じた事を演奏に反映させる事が大切だから」と言われ、自分は人の演奏は聴かない(参考にしない)と言われて、目から鱗でした。と言うのも、初手でどんな曲か判らない時、得てして人の演奏を聴いて(あ、こんな感じの曲なんだな)と思う事はあるのですが、その後も四六時中聴いてしまうとその演奏の真似になってしまうから
こんにちは、コーチのコガです今日私の恩師である吉村雅文先生の退職パーティーが行われました多くの大学サッカー関係者順大関係者が集まりお祝い致しました平服でカジュアルでというドレスコードでしたが正装で臨まなくてはいけないと思ってしまいました私と吉村さんの関係吉村さんから教わったことについてはブログの文量では書ききることができません今の私の考えの元となっていることは吉村さんから学んだことです最後に笑顔で一緒に写真を撮らせて頂きました2ショットでの写真は初めてかもしれ
カリフォルニアからこんにちは。なーすままです。いろいろあって、久しく離れておりましたが、また可能な限り再開します。期待をせずにお待ちくださいだいぶ昔の前回は、前回10年以上前の東海岸への赴任の時に迷いに迷って帯同を決めた経緯を書かせてもらいました。今回は東海岸で生まれた長男が小学校5年生となり、東京で生まれた次男が小学校2年生のときに、再度の赴任でカリフォルニアについてくることを決めた経緯を書きます。海外赴任が決まった時のこと今回赴任が決まる約3
3月1日(日)、清水高校定時制の卒業証書授与式があり、昼間の全日制に続いて、参加させてもらいました。定時制は、定時制棟での卒業式になります。定時制も全日制も、高台へ移転をして初めての卒業式。階段踊り場にはたくさんのお祝いの電報が来ていました。定時制の卒業式は、昨年より同窓会長ということで参加させてもらっています。今年の卒業生は6名。昨年の卒業生は1名だったのを思うと、人数は多いように思いますが、全日制のところでも同じように思いましたが、人数が多い少ない
高校生からお世話になっている恩師、八尾健介先生。藝大受験、藝大時代、そして仕事でもお世話になった先生です。読響を退団の後、昭和音大で教鞭をとられていました。この度退任のお祝いに参加させていただきました。先生から内祝を頂戴しました。皮のトレーキー🔑🗝️を入れて大切に使いたいと思います。
中川久美子です2026.3.29カトウノブヒトダンスアカデミー34周年記念晩餐会へ。中川雄太・石川久美子組としてプロデビューを最初から支えて下さった恩師、加藤信人、妙子先生。先生方が、このパーティーを最後にカトウダンスの看板を下ろすと聞いた時、中川雄太先生は、一人部屋で涙を流していました。私は部屋に入れませんでした雄太先生は、愛大舞研でダンスに出会い、カトウダンスで育ちました。本当に、カトウダンスから始まっているからこそやりどころの無い寂しさが込み上げたのだと
皆様こんにちは😊まだまだ冷え込む日々が続いていますね!空気が澄んでいる分、夜空の星がとても綺麗に見える季節です。今日は、私にとって一生忘れられない、大切な思い出と共に歩んだ一曲を紹介させてください。今日紹介するのは、BackstreetBoysさんの「TheAnswertoOurLife」です。この曲は今の私にとって、聴くたびにある恩師の面影が浮かぶ、とてもエモーショナルな曲でもあります。実はこの曲、先日亡くなられたばかりなのですが、ダンス教室の恩師が
ドラゴン怒りの鉄拳1974年7月20日公開1900年初頭、上海を背景に、横暴をきわめる日本軍国主義に対決する青年の活躍を描く。あらすじ非情可烈な日本軍国主義の嵐が中国大陸を吹き荒れる1908年。その動乱のさなか上海の街に一人の中国人青年がやってきた。名をチェン・チェンといい、秀れた拳法の使い手だった。チェンの目的は、彼の武術の師であるチン・ウー道場の創始者ホ・ユアン・チアの葬儀に参列するためだった。道場はこの偉大な武道家の不可解な死に打ちひしがれさらにそれに追い討ちをかけるように数日後、