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県民の関心は経済と暮らしに移っていた。玉城陣営の政策を見ても、それに対応するものであり、辺野古に触れたのはわずかである。しかし、そのこと自体が、辺野古問題で説得力ある政策を打ち出せない現実をあらわしたものである。政策が有権者の支持を得るには、正当である(県民の願いに合致している)だけではなく、実現可能だと思わせるものが必要だったが、後者が圧倒的に欠けていたのだ。だから有権者の関心が経済に傾いていったのだが、その関心を玉城陣営に向けさせるのに必要だったのは、辺野古での実現
手紙を出すにとどまらず支部の返事には機関がコメントを返したことで「双方向型」になったこと、悩みが出やすいよう会議も幹部が前に並ぶスクール形式ではなく「ロの字型」にしたことを、中間機関の重要な経験と紹介している。その上で、「中央の自己改革」の経験を述べているのだが、中間機関の経験とズレている。中央の活動も中間機関の経験をそのまま学び、文字通りの「双方向型」にすること、中央委員会総会の会議も思い切って「ロの字型」にすることなどが必要ではないか。